あの日、キミを助けたのはオレでした



「それにしても有馬くんはすごかったよね! まだ全快してるわけじゃないのに、足も速いし体力もあるし力もあるし! 運動神経抜群だったよ!」

 体力測定のあと授業を挟んで、昼休み。
 黒川さんは弁当を片手に、目をらんらんと輝かせながら俺を褒める。よほど語りたいのか、声から楽しさが伝わってくるし、いつもより声量も大きめだ。嬉しいけど、恥ずかしい。

 ほんのり顔が熱くなるのを感じていると、熱海に小声で「よかったじゃない」とニヤニヤしながら言われた。

「優介は中学のときからすごかったからねぇ。僕は運動神経があまりよくないし、スポーツテストはいつも平均くらいだったから、一緒にいる身としては情けない気持ちになってたよ」

「お前は大して悔しがってなかっただろ」

「悔しかったよ。次の日には忘れてたけど」

「本当に悔しがってないなお前!」

 俺のツッコミでケラケラと笑う蓮に向けてため息を吐いていると、黒川さんが「そんなことないよ!」とこぶしを握って立ち上がる。

「城崎くんはあのとき階段でピューンって私のこと助けてくれたもん! 運動神経すごくないときっとできないよ~。だから、もっと自信もって!」

 黒川さんは真実を知らないから一切悪気はないんだろうなぁ……蓮は「あはは」と乾いた笑いを漏らしているけど、内心は少し焦っていそうだ。実際、俺と同じことをやれと言われても、蓮ができるかどうかはわからない。案外うまくやって骨折もしないかもしれないけども。

「まあうちの旦那もやるときにはやるってことよ」

 そこに、嫁からの助け舟が飛んでくる。旦那呼ばわりもいつもなら蓮がツッコんでいるところだけど、今回は見逃すようだ。まあ、助けてもらっているしな。
 きゃいきゃいと盛り上がっている黒川さんと由布をよそに、熱海は俺に顔を寄せてから声を掛けてきた。

「城崎が体力テストボロボロだったらバレるところだったわね」

「今更バレたくはないなぁ」

 腕が治ったからと言って、恩着せがましいことはしたくないし。
 まぁでも、熱海がこうして俺に色々お世話や感謝をしてくれたのだから、報酬としては十分すぎるぐらい受け取っているのだけど。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 俺の弁当を作ることがなくなった。夜も早くに帰るようになった。
 だけど、だからといって俺と熱海の関係が悪くなったわけではないし、帰宅するときはいつも二人で帰っている。途中までは他の三人も一緒だけど、バス停を離れてからの二人の時間に変化はない。

「有馬、腕が本調子だったらもっとすごかったのね」

「まぁ体動かすことは嫌いじゃないからなぁ……そういう熱海もA判定だろ? ちょう座体前屈もぺた~ってなってたし。軟体動物みたいですごかった」

 うんうんと頷きながら褒めると、彼女は呆れた表情で俺を見上げる。

「そこはもっと他のたとえはなかったの? 『軟体動物みたい』って言われて喜ぶ女子がいったいどこにいるのよ」

「うーん……じゃあ猫みたいとか?」

「それはアリ。猫は可愛いもん」

「つまり熱海は可愛いと言ってもらいたいと――そういうことか」

「べ、べつにそうは言ってないでしょ!」

 べしべしと俺の背を叩く熱海。叩かれているのに、女子との触れ合いを嬉しく思ってしまう俺は変なのだろうか。相手が熱海という美少女だから――というのももちろんあるだろうけど。

「じゃああとはアレだ。ほら、運動が得意ってところは、俺と熱海は一緒だな」

 黒川さんは残念ながらC判定。由布と蓮は二人とも仲良くB判定だったらしい。
 そして俺と熱海は、二人そろってA判定。この腕の状態ではギリギリだったけど、いい結果が出せたので俺としてはホクホクである。
 いつも自分だけ仲間外れだと気にしている彼女にとっては、なかなか良い情報なのではなかろうか――そう思って言ってみたのだけど、

「ほんとねっ! たしかに、言われてみればそうだわっ!」

 なんだか俺が思っていた以上に喜んでいる模様。夕日を瞳にキラキラと反射させながら、嬉しそうな顔で俺を見上げる。そして視線を前方に戻し、ぽつりと俺に話しかけているのか、独り言なのかわからないような声量で言った。

「また有馬と被ってるところを見つけたわ」

 なんで熱海はこれだけのことでそんなに喜べるんだろうなぁ……。
 共通点が少ないからこそ、貴重に思えるってことなんだろうけど。というか、熱海の口ぶりだと『自分だけ仲間外れ』というより、純粋に俺と一緒であることに聞こえてしまうから、もっと俺に勘違いさせないように言って欲しい。

 もしかして俺に気があるんじゃないか――そう思ってしまいそうだから。

「――あ、これはあくまで物珍しかっただけだから。別に有馬と一緒で嬉しいとかそういうことじゃないからね?」

 俺の妄想は一瞬で砕かれてしまった。いや、砕いてくれたほうが良かったのか?

「へいへい、もちろん知ってますよ。熱海はいつまでもどこまでも王子様が大好きだもんな」

 無意識に出たため息と一緒にそう話すと、熱海は『夕日のせい』と言い訳にできないほどに顔を赤面させた。

「――うっ……そ、そうよ! 悪い!? 文句ある!?」

「別に文句があるとは言ってないだろ」

「顔が言ってるもん!」

 いったいそれはどんな顔だよ。
 そう思ってプリクラで披露したピエロスマイルを作り上げると、彼女は「ぶふぉっ」と激しく噴き出して笑ったのだった。