かなり長い時間寝てしまっていたこともあり、起きてからはずっと熱海と話していた。
 お腹がすいていたので、ベッドから降りてローテーブルの前に座り、熱海が買ってきてくれていたゼリーを食べる。俺は桃のゼリー、熱海はみかんゼリー。

 彼女はやたらと俺のために食べ物や飲み物を買ってきてくれていたらしく、冷蔵庫を覗くと見覚えのないものが大量に入っていた。母さんが買ってきてくれたものがあるから、たぶん三日ぐらいは体調を崩しっぱなしでも大丈夫な量である。

「晩御飯はどうする? 食べられそうならおじやとか作るけど。レトルトのやつ買ってきてたから」

「……食べられますが、いいのでしょうか」

「じゃあ作るわね。今更あたしに遠慮なんていらないわよ」

 熱海は苦笑して立ち上がると、キッチンに向かっていった。
 冷蔵庫の中を確認している熱海をダイニングから眺めていると、新婚さんみたいだなぁというありきたりな感想が思い浮かんだ。熱海の恋人になる人は、きっと幸せ者だ。

「王子様に早く会えるといいな」

 小さな背に向けてそんな言葉をかけると、彼女はこちらを振り返って、苦笑いを浮かべる。

「あたしが王子様を見つけちゃったら、もうこんな風にこられなくなるわよ?」

「……それもそうか」

 今の状態、はっきり言って同じクラスメイトの男女の関係としては異常だもんなぁ。たとえ住んでいる部屋が隣とはいえ、男同士、女子同士というわけでもないのに。
 居心地よく感じてしまうのは、罪なことなのだろうか。

「ま、あんたが誰かのことを好きになって、あたしがお邪魔になったらすぐに退散するわよ。変な風に勘違いされたら有馬が困るでしょ?」

「あんまり現実感ないけどな」

 たしかに俺に好きな人ができたとしたら、熱海が俺の家に通っている状態はマズいだろう。とはいえ、熱海を追い出すようなこともしたくない。……難しい問題だ。



 熱海が作ってくれたおじやを食べて、俺はいつも通りシャワーを浴びた。
 彼女は『万が一のことがあったらいけないから』と俺の家で待機してくれており、いつも通り背中を拭き、ドライヤーで頭を乾かしてくれた。
 それから熱海は一度家に戻って、自宅でシャワーを浴びたのち、再び俺の家に戻ってきた。

 俺はベッドに横になり、熱海は昨日の俺と同じように、ベッドに背を預けて足を伸ばしている。その状態で、俺たちはクラスメイトの話をしたり、しりとりをしたり、俺の部屋にあったちょっとエッチな表紙のラノベを熱海が持ってきたり。
一部ハプニングはあったが、おおむね楽しい時間を過ごした。

 そして……俺たちは再び、同じ過ちを繰り替えしてしまった。

「「あらあらあらあら」」

 そのからかいの成分を多分に含んだ声で目を覚ますと、案の定母さんと千秋さんが俺と熱海を見下ろしていた。俺は慌てて体を起こし、ベッド脇に頭だけ伏せて寝ている熱海を見て、現状を把握。

「最悪だ……いちおう弁明しておくが、やましいことは何もないからな?」

 ニマニマとした表情で口元に手を当てる母さんにジト目を向けながら言うと、母さんは「わかってるわかってる」というあまりわかっていなさそうな返事をした。
 そして千秋さん。
 彼女は無我夢中でスマホのシャッターを切り続けており、俺が顔を隠したところでスマホをポケットにしまう。肖像権の侵害で訴えるぞ。

「お楽しみのところ、お邪魔してごめんなさいね」

「お邪魔になっているとしたらお楽しみではなく睡眠のほうですけどね」

 俺たちに問題があるのはわかっているが、それでもからかわれているためちょっと皮肉を込めて返答した。反省はしていない。

「あははっ! まぁもう十一時になりそうだし、このまま道夏をここで寝させるわけにもいかないもの。許してちょうだい」

 千秋さんはそう言うと、寝ている熱海のほっぺをぺちぺちと叩く。「んー」という声を漏らした熱海は、目をぱちぱちと瞬かせて、俺の顔を見た。そしてみるみるうちに、顔を赤に染め上げていく。

「……も、もしかして、また寝ちゃってた?」

 夢だよね? そんな風に言いたげな彼女は、背後にいる俺や千秋さんを見上げてフリーズ。言葉を失ってしまうのも仕方がないだろう。

「俺も、熱海もな」

 俺がそう言ったところで、千秋さんが「さあ有馬くんも疲れてるだろうし帰るよ~」と熱海の手を引いて立ち上がらせる。手を上に持ち上げられ、まだ夢の中にいそうな熱海はゆらゆらと立ち上がり、ぼんやりとしながらも俺に「お大事に」という言葉を残して帰って行った。


「まだ熱はあるの?」

 母さんは熱海たちを玄関まで見送ったあと、部屋に戻ってきてそう聞いてきた。体温を測ってみると、七度八分。熱は少し落ち着いてきているが、体はまだだるい感じがした。

「明日も熱があるようなら、ちゃんと休むのよ?」

「へ~い」

 返事をして、再度ベッドに横になる。
 その後、母さんは俺とご飯は食べたのだとか喉は乾いてないかだとかの問答をしてから、母さんは電気を消してから部屋を出て行った。

 しかし、熱なんて久しぶりに出したな。
 三年間健康体という黒川さんほどではないけど、俺も体が弱いほうではない。高校に入ってからは、今年の始業式に休んだぐらいだ。熱ではなく、骨折で。
 もし明日も熱が出ていたら、学校を休まないといけないのかぁ……。

「……そう思うってことは、学校が楽しいってことなんだよな」

 小学校や中学一年のころの俺ならば、熱よあがれと祈り続けただろう。