一人で過ごす休日を経て、五月五日の金曜日。
 祝日は今日で終わりだが、明日明後日と土日が続くので、ちょうど今日が連休の中間地点ということになる。

 熱海と黒川さんが我が家にやってくるということで、リビングやトイレはもちろん、おそらく入られることはないであろう自室をぴかぴかに掃除した。相変わらず片手しか使えない状態なので時間はかなりかかったが、猶予が丸一日あったので問題なく終了。
 昼の一時に俺と熱海は黒川さんを駅の前にあるバス停まで迎えに行き、そこから三人でマンションに向かった。

「なんかお菓子とか買っていくか? 通り道にスーパーあるけど」

「私持ってきてるよ~」

 俺の質問に、黒川さんは肩から斜めに下げたバッグをペチッ叩いてから言う。準備のいいことで。

「あたしの家にも少しあるから、持っていくわね。――あ、飲み物はどうしたらいい?」

「昨日オレンジジュースとリンゴジュースとお茶買っといた」

「「おー!」」

 俺が答えると、二人がそろってパチパチと拍手してくれる。これだけで喜んでもらえるならお安い御用だ。
 黒川さんは昨日と違って白のシャツに黒のロングスカートを着ているが、キャスケット帽はまた被ってきていた。俺としてはこの帽子が好きだから、どんどん被って良いと思う。
 熱海はいつも通り髪を下した状態で、薄いオレンジのTシャツにデニムのショートパンツ。生足がとてもまぶしい――といいたいところだが、

「うわ、まじか……降ってきたぞ」

 家を出た時は太陽が見えていたのに、いつの間にか空はどんよりと雲に覆われていて、腕や額に雨粒が落ちてきた。

「えぇ!? 今日天気予報雨だったっけ!? 有馬くん、早歩きは大丈夫?」

「有馬! あんた腕濡れちゃうっ! 服の中に隠せる?」

 熱海も黒川さんも、自分が濡れることを気にした様子はなく、俺の腕のことを心配していた。二人そろって優しすぎかよ。
 俺は熱海の提案通り、腕を支えていた布をズボンのポケットに丸めていれて、服をぐいぐいと引っ張ってから腕を濡れないように服の中に収納。

「これで大丈夫、というか、別に走っても平気なんだけど――雨強くなってきたし」

 雨宿りをしてもいいと思うが、もう家まで徒歩三分ぐらいの距離なんだよな。ダッシュでマンションに向かったほうがいい気がする。女子たちの判断次第だけども。

「走ったらダメに決まってるでしょ! 危ないじゃない!」

「うんうん、でも風邪ひいたらいけないから、早歩きで行こ~」

 そんなわけで、俺たちはできるだけ屋根のある場所を通りながら、土砂降りのなか早歩きでマンションまで向かっていった。


「すごい雨だったね~。急に降るからびっくりしたよ」

「ほんとよ。あ、陽菜乃は一回うちに来てね。タオルとか貸すか――」

 エレベーターに乗ってから、左手で顔についた雨粒をぬぐいつつ、二人の会話を聞いていたのだが、途中で熱海の声が途切れたので視線を彼女たちのほうに向けてみる。
 こちらを向いている黒川さんと、俺に背を向けている熱海。

 ――あ。

 俺があることに気づいた瞬間、熱海が勢いよくこちらを振り返った。
 俺の視線は、吸い寄せられるように熱海の胸元に向かってしまう。

「こ、こっち見ちゃダメっ!」

「うげぇっ!?」

 正面から、熱海の掌底が飛んできた。顔面にそれを受けてしまったが、寸前に視界に映った光景を思い出し、攻撃されても仕方がないかと思った。
 なにしろ、彼女たちは現在雨のせいでずぶぬれだ。

 まぁ何が言いたいかというと、服が透けているのである。

 黒川さんのほうは、下に白のキャミソール的なものを着ていたようだけど、それでもうっすらと下着の模様が透けて見えてしまっていたし、熱海はおそらく下着だけしか着ておらず、くっきりと下着の形が見て取れた。

「痛ぇ……」

 ダメージを受けた部分を手で押さえながら、彼女たちに背を向ける。
 この程度の痛みであの光景を得られたのならば、かなりのプラスだな。彼女たちがショックを受けないように、バレていなければ何も見ていないことにするけども。

「ご、ごめん有馬! でも今は見ちゃダメ! その、服が雨で透けちゃってるのよ!」

 熱海は慌てた様子でそう言って、俺の背中をさする。そこは攻撃されてないんですが。
 というか、俺が見てしまったことには気づいてないみたいだな。よかった。

「デリカシーがなくてすまん」

「ごめんね有馬くん、できれば見ないようにしてくれると嬉しいかな……その、恥ずかしいので」

 黒川さんは口調から羞恥心がにじみ出ているような感じで、尻すぼみになりながらそう言った。

「大丈夫大丈夫。見ないようにする」

 壁に向かってそう言いつつ、心の中では『見てしまってごめんなさい』と懺悔する。
 それから、目的地である七階に到着すると、俺が先頭を歩く形で自室に入った。幸い、すれ違った人はいなかったので、彼女たちの透け透け状態は他人の目に入ることはなかった。

「じゃあ陽菜乃と一緒に着替えてから有馬の家行くから――おでこは大丈夫? 痛い?」

 玄関の前にたどり着いたところで、熱海が俺の背後から聞いてくる。「平気平気」と答えておいた。

「じゃあすぐに準備していくから! 有馬くんも早く着替えて風邪ひかないようにね!」

「おう、そっちもな」

 そう返事をして、俺は彼女たちに目を向けないまま家に入った。
 振り返りたい気持ちは大いにあったけれど、なんとか俺の理性は仕事をしてくれた。