俺たちを助けてくれた店員さんは、「どうぞごゆっくりと楽しんでください」と声を掛けてから、店内の整理に戻った。『ごゆっくりとご覧ください』とかじゃないのかよとツッコみたくなったが、助けてもらった手前こらえた。

「声を掛けるのが遅くなってすまん――といっても、俺は何もできなかったけど」

 頭を掻きながらそういうと、女子二人は同時に首を横に振った。

「そんなことないよ! 有馬くんが来てくれたとき、私すごく安心したんだよっ!」

「ありがとね有馬。助かったわ」

「ありがと有馬くん!」

 大したこともできてないのに、こうしてお礼をもらうと変な気分になるな。
申し訳ない気持ちというかなんというか……あの男性店員みたいに、スマートに解決できればよかったのだけど。俺は店員じゃないし、難しいか。

「このまま店から出るのもなんだか負けた気がするし、ここで一着は買って帰りましょう!」

「うんうんっ! あ、そういえばさっき有馬くんに似合いそうな服見つけたんだよっ! こっち来て~」

 ズンズンと力強い意思をにじませながら店内を歩く熱海。黒川さんもそのあとに続きつつ、俺を手招きする。
 まぁたしかに、彼女たちの言う通りここで帰るのも癪だな。

 店員さんにも助けてもらったし、ここはお礼としても売り上げに貢献させてもらうことにしよう。そう思いながら、ちらっとレジのほうに目を向けてみると、

「……迷子か?」

 男性店員さんは、彼が着ているものと似ている白のパーカーを身に着けた小さな女の子に体当たり――いや、グリグリと頭突きをされていた。
 迷子のお世話にナンパの撃退――接客業って、物を売るだけが仕事じゃないんだなぁ。


☆☆ ☆ ☆ ☆


 結局、俺はその店で白のシャツを一着、薄い緑のシャツを一着、褐色のズボンを一着、グレーのズボンを一着、それから靴下を二足購入した。先ほどの男性店員さんに、『店内でご迷惑をおかけしたので』と全ての商品を二割引してくれた。めちゃくちゃいい人だ。またこよう。
 とりあえず用事は終えたので、これからどうしようかという話になったのだが、少々歩き疲れたこともあり、俺たちは上階にある喫茶店に向かった。

「今度遊ぶときは買った服を着てみてね! 楽しみにしてるよ~」

「家を出る前にあたしがチェックしてあげるわ」

 席に着くなり、熱海たちがニコニコ、そしてニヤニヤの表情を浮かべて言ってくる。
 そりゃ買ったからには着たいけど、期待されると恥ずかしいんだが。

「へいへい……それより何を頼むか決めようぜ。話すのは注文が終わってからだ」

「「は~い」」

 素直に返事をした二人は、メニュー表を広げて「何食べる?」と「おいしそうだね」と盛り上がっている。俺も、手元にあるメニュー表を広げて何にしようかと悩む。
 黒川さんは自宅に晩御飯が用意されているようだし、俺と熱海も家で食べるつもりだ。それに加えて、まだ時刻は夕方の四時。ちょっとしたデザートでいいか。

 カフェラテと、この一番人気のティラミスにしよう。
 注文する内容を決めてから顔を上げると、二人がジッとこちらを見ていた。

「な、なに? どうした?」

 困惑しながら問いかけると、熱海が好奇心を前面に押し出したような表情で口を開く。

「いやほら、ここって飲み物もケーキもいっぱい種類あるでしょ? 陽菜乃と有馬、また被るのかなぁって」

「私はもう決めたよ~一致するかな?」

 どうやら、俺と黒川さんの注文するメニューが被るかどうか気になったらしい。たぶん、熱海はすでに黒川さんが何を頼むのか聞いているのだろう。俺に「有馬は何を頼むつもり?」と聞いてきた。

「カフェラテとティラミスだけど」

 そう言うと、熱海はげんなりとした表情になった。そして黒川さんは手をぱちんと合わせて目を見開く。

「すごいすごいっ! まったく一緒だよっ! やっぱり有馬くんと私、好みが一緒なんだね!」

「ほんと、あきれるぐらいに似てるわよね……」

 肘をついて顎を支え、熱海はふてくされたように言う。仲間外れにされたような気分なのだろう。別に好みが一緒だとか一緒じゃないとか、気にすることでもないだろうに。

「熱海は何を頼むんだ?」

「オレンジジュースとフルーツタルトですがなにか?」

 俺から顔をツンとそらしながら、そっけない口調で熱海が言う。ご機嫌斜めがわかりやすいな。

「もー、道夏ちゃんそんなにムスッとしないの~。私は道夏ちゃんと好みが違ってもずっと仲良しじゃん~」

 黒川さんはそう言いながら熱海に軽く抱き着く。目の前でこの光景を見せられている俺は、いったいどんな反応をするのが正解なのか。誰か三秒以内に教えてください。

「冗談よ、ちょっと二人をからかっただけ」

 舌をチロリと出して片目をつぶって熱海が言う。
 黒川さんは「なんだ~、ビックリしたよ~」と言って離れていったが、本当に冗談だろうか? 俺にはやはり、自分だけ好みが違うことを悲しんでいるように見えるのだけど。