来年のバレンタインデーにもらえるチョコが一つ確定した日の翌日。四月二十五日の火曜日だ。相変わらず熱海は俺の外見の評価を良くしようとしているらしいが、彼女とてそんなにポンポンと案が出てくるわけでもないらしく、本日は昨日と同様のチェックが入った。ニコリとはしないけど、背筋はたぶんいつもよりきれいに伸びていると思う。

 それはさておき。

「ごめんね。今年は紬《つむぎ》の家族と一緒に温泉旅行に行く予定なんだ」

 昼休みになって、ゴールデンウィークの予定を蓮に尋ねてみたところ、彼は苦笑いを浮かべながらリア充マウントをとってきた。いや、そんなつもりはないだろうけども。

「へぇ、いいな温泉。由布の家族と一緒ってことは、蓮の家族とかも一緒に?」

「そうだよ~! もはや両家公認の付き合いだからね!」

 へっへっへー、と自慢げに胸を張って由布が言う。
 もし別れたりしたら気まずそうだなぁ――という少し後ろ向きな妄想をしてしまったことを恥じつつ、俺は二人に「楽しんで来いよ」と答えた。まぁこいつらならそのまま結婚まで突き進むだろうし。

「有馬はなにも予定ないの? よかったらあたしたちと遊ぶ?」

 盛り上がるカップルを見ながら弁当をつついていると、熱海がそんな風に声をかけてきた。

「道夏ちゃんナイスアイデアだよっ! 何して遊ぶのが良いかな?」

「いや黒川さん、まだ俺は遊ぶと決めたわけでは……」

 この二人とはカラオケにも行ったし、我が家に押しかけられたこともある。
 だが、カラオケに行ったのは学校の帰り道だったし、彼女たちが俺の家にやってきたのも心の準備がゼロの状態だった。まぁなんというか、休日に女子二人と遊ぶことになったといわれても戸惑いしかないのである。

「え? ダメなの?」

「ダメなわけじゃないけど……女子二人で遊んだほうが楽しくないか? 俺がいたら邪魔じゃない?」

 せっかく誘ってくれたんだから素直に受け入れとけよと自分でも思うが、心の奥にいる暗い自分が素直になることを拒んでいる。
 そんな俺の頭を、熱海がペシッと叩いてきた。

「なんだよ」

「嫌だったらそもそも誘わないわよ。有馬は人のことよりも、自分のことをもっと考えなさい。あんたがあたしたちと一緒に遊んでも楽しめないって言うなら、あたしたちもあきらめるから」

「……楽しめないことはない」

「そんなうじうじした回答の仕方しないの!」

「楽しめると思います」

「よろしい」

 詰めに詰められて、俺の暗い部分を熱海は押しつぶした。そして、残された俺の素直な部分が、口から漏れ出てしまう。なぜかわからないがめちゃくちゃ恥ずかしい気分だ。
 満足げに頷く熱海に恨みがましい視線を向けていると、黒川さんも会話に混ざってくる。

「有馬くんは普段どんなことをして遊んでるの?」

 どんなことをして遊ぶのか……か。
 蓮たちとはカラオケやボーリング、ゲームセンターや家でゲームとかいろいろやっているけど、蓮たちとは定期的に遊んでいるが、頻繁に遊ぶわけじゃないし、友達が他にいるわけでもないからなぁ。一人で漫画を読んだりしているほうが圧倒的に多い。

 そんな感じのことを暗くならないように黒川さんに伝えると、彼女は「なるほどなるほど」と特に気にした様子もなく頷いてくれる。

「じゃあ有馬、今度あたしたちの買い物についてきてくれない? ほら、この前ナンパされて途中で帰ってきたって言ったでしょ? 有馬が一緒に来てくれたら、あたしたちも安心して買い物ができるんだけど」

「そうだねっ! 有馬くんがよかったらぜひっ!」

 熱海の意見に、黒川さんも素早く賛同する。
 なんだか気を使われてしまったような気がしてならない。だけど、こうやって俺を必要としてくれるような言い方をしてくれると、俺としても誘いにとても乗りやすいな。

「俺はナンパ避けか」

 照れ隠しに、やれやれという雰囲気を装ってため息交じりに言う。だが、俺の気持ちを彼女たち二人は察しているようで、ともに「「お願い」」とにこやかに言ってきた。

「あとはほら、有馬も靴下とかそろそろ買わないといけないだろうし」

「俺の靴下の寿命情報を漏らすなバカ」

 ジト目を向けながら言うと、熱海はケラケラと笑った。そして、蓮と由布がいるほうに顔を向けて、口を開く。

「ねぇ二人とも、有馬の私服ってどんな感じなの? あたし部屋着ぐらいしか見たことないんだけど」

 おい、なぜ俺に聞かず蓮たちに聞くんだ。
 まぁ聞かれたとしてもまともな回答はできないだろうから、熱海の行動は間違っていないのだけども。

「んー……良く言えば落ち着いてる。悪く言えば暗い……かな」

「あははっ! たしかにアリマンはそんな感じだよね~!」

 蓮たちにそう言われてしまったが、実際彼らの言う通りなので、反論はできなかった。黒とか、グレーとかのシンプルな服が多いのだ。かろうじて藍色の服が一着あるけれど、それ以外は暗い色の無彩色ばかりである。
 明るい色の服を見ると、どうにも自分が着て似合うとは思えないのだ。
 ああいった服は、性格も明るい人が似合うものだろうし。

「じゃああたしと陽菜乃で有馬の服を選んであげるわ」

「結構です」

「私、有馬くんの好みと似てるから安心して任せていいよ!」

「なんで黒川さんまで乗り気なの……?」

 熱海に言われるならまだしも、黒川さんに言われると強く否定しづらい。
 この差はなんだろうなと考えてみたけど、はっきりとした答えを導き出すことはできなかった。