無事、熱海と仲直りすることができた木曜日を経て、金曜日。
 彼女が朝チャットで『いつもの時間に行く』と送ってきたので、俺もそれに合わせて学校に行く準備を進めた。
 そして、玄関で対面。

「……なんかさらに目が赤くなってないか?」

「気のせいよ――それより、はいこれ」

 熱海はあきらかに気のせいではない目でそう言って、俺に四角い包みを差し出してくる。勘違いでなければ、弁当箱だと思うのだけど。

「……え? まさか俺の分も用意してくれたのか?」

 疑問符を浮かべながらも俺は弁当箱を受け取――ろうとしたのだけど、熱海が「片手じゃ難しいでしょ」といって、俺の通学バッグに入れてくれた。

「ちゃんと左手だけで食べられるようなメニューにしたから安心しなさい。食べたくなかったら捨ててもいいから」

「捨てるわけないだろ!? あ、ありがとな」

「気にしないで。これは―そう、王子様に食べてもらう実験台みたいなものよ」

「その言葉が無かったら素直に喜べたんだけどなぁ」

「あたしの手料理が嬉しくないって言いたいのかしら?」

 そうニヤついた顔で言いながら、熱海はぐりぐりと俺のわきばらを親指で押してくる。
 くすぐったいのと照れくさい気持ちが同時に襲ってきたので、反射的に「ウレシイデス」と棒読みの返事をした。

「じゃ、行きましょう。手、繋ぐ?」

「俺は子供か。あんまりからかわないでくれ……耐性ないんだから」

「あははっ、ごめんごめん」

 クスクスと口に手を当てて熱海が笑う。仕返しに本当に手を握ってやろうかと思ったけど、恥ずかしさが邪魔をして結局ダメだった。
 いつか実行して熱海を驚かせてやろうと思いつつ、二人並んで駅を目指した。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 駅に付くと、そこにはいつもの三人が俺たちを待っていた。
 まだ待ち合わせ時間までには少し時間があるけど、全員集合だ。

「「おはよー」」

 俺と熱海が同時に挨拶をすると、三人もそれぞれ挨拶を返してくれる。
 蓮と黒川さんは嬉しそうに、そして由布は俺と熱海を交互にじろじろ見ていた。
 それから由布は難しい顔をして、

「……気付いたの?」

 そんな短い言葉を、俺と熱海に投げかけてきた。
 気付くって――なにを?
 意味が分からずポカンとしていると、熱海が物凄いスピードで由布の手を引いてどこかに行ってしまった。さっぱり意味がわからないんですけど。

「あれ、どういう意味?」

 なにやらコソコソと話をしている由布と熱海を指さしつつ、蓮に聞いてみる。
 すると蓮は、肩をすくめて「どうしたんだろうね」と口にしながら、なぜか悲し気な表情を浮かべた。

「それよりもさ、仲直りできたようで良かったね。僕も(つむぎ)も心配していたんだよ」

「本当だよ~。みんな仲良くしようよ~」

 蓮に続き、黒川さんも眉をハの字にしてそう言ってきた。そして彼女は、俺の左手を握って上下にブンブンと振る。
 ……昨日の件があったあとで良かったな。これを熱海が目にしていたら『言いなさい!』と詰められていただろうし。

 黒川さんの手を解きつつ、二人に「心配かけて悪かったな」と口にしていると、熱海と由布が帰ってきた。というか、そろそろ電車が来る時間だぞ。
 改札に向けて足を進めながら、「何の話をしてたんだ?」と熱海に聞いてみることに。

「へ? あ、あのね、えっと――」

 すると、熱海はしどろもどろになって口をあわあわとさせ始めた。どうしたんだコイツ。

「お互いの良い部分に気付けたのかなーって意味だよ? ね? みっちゃん」

「そう! そうよ!」

「……なるほど?」

 釈然としないが、意味としては合っている……のか?
 誤魔化されているような気がしなくもないけど、別になにか悪いことが起こっているわけでもないだろうし、気にしなくてもいいか。

 首を傾げながら歩いていると、由布に手招きをされて、集団から引きはがされる。
 前方を歩く熱海がこちらをチラチラと見ていた。前にもこんな状況があった気がするけど、チラ見の頻度が前の五倍ぐらいになっている。

「ねぇねぇアリマン、ちょっと質問なんだけど」

 由布は、そんな風に話しかけてきた。「なんだ?」と聞き返すと、

「『手を伸ばせば手に入る恋』と『地獄の向こうにある真実の愛』、アリマンが選ぶとしたらどっち?」

 由布はそんな二択を提示してきた。
 恋愛を知らない俺に恋だの愛だの聞かれても困るんだが。わからないと答えようと思ったところで、「真剣に考えて」と真面目な表情で追撃されたので、頭を働かせてみることにした。
 ふむ……恋とか愛とかってことは、相手が必要不可欠だよなぁ。

「その地獄とかって、俺だけ? それとも二人とも?」

「みんなだよ」

 俺からこの質問がくることを予期していたように、由布は即答する。二人と言わずにみんなと言ったことに少し違和感を覚えたが、たぶん大した意味はないだろうと判断して、二択を考える。
 両者とも地獄を見るのかぁ。これは判断が難しくなってきたぞ。
 うーん……でもやっぱり、

「恋愛はまだよくわかんないけどさ、お互いに強く想いあっていたほうが幸せだろうし、選ぶなら『地獄の向こうにある真実の愛』かなぁ――ところで、この質問になんの意味があるんだ? 心理テストとかそういう感じ?」

「あははっ、アリマンならそう言うと思ったよ! これはちょっとうちのクラスで流行ってた質問だから、深く気にしないでいいよ~」

 そういうことか。男子の意見として参考にしたいとかそんな感じだろう、たぶん。
 朝の一幕――他愛のないやり取りだったのだけど、のちに俺は思い知る。

 この選択は、俺の将来に――人生に大きな影響を与える、とても大事な選択だったのだと。