さて、道夏には一時に集合と伝えているけれど、由布、蓮、黒川の三人は十時に我が家にやってくることになっていた。事前に集まって何をするのかと言えば、部屋の飾りつけである。

 言い出しっぺは由布で、黒川はその意見に大賛成。蓮は楽しそうだからということで賛成して、俺も道夏が喜ぶのであれば――って言う感じだ。

「なんか工作みたいで楽しいよね! こんなの作るのいつぶりだろ~」

「小学生のときとかに作ってたよなぁ――うわっ、破れた」

「見て見て蓮! 金金金銀銀銀! めちゃくちゃキラキラ~」

「もうちょっとバランス考えようね――でもせっかくだからそれは、目立つところに飾ろうか」

 テーブルを四人で俺たちが何を作っているのかと言えば、折り紙を細く切り、輪っかにしてつなぎ合わせる輪飾りだ。場所は俺の部屋である。

 さすがにリビングを飾るには広すぎるし、片付けのことを考えると自室でやるのが一番いいと思ったのだ。最悪、しばらくそのままにしておいても不便はないし。

 冷蔵庫には四人でお金を出し合ったフルーツたっぷりのホールケーキや飲み物があって、各自誕生日プレゼントも用意してきている。なんだか盛大な誕生日会になってしまったなぁと思うけど、夏休みだし、祭りの一種と思えば悪くはないだろう。

「有馬くん見て~、ぺんぎんさん作ったよ!」

「おぉ! すごいなそれ! よく一枚の紙でこんなことできるな」

「ヒナノン器用だねぇ~、私も何か作ろっかなぁ」

「紬は鶴も折れないでしょ?」

「折り方わかればできるもーん! イルカとか作ったことあるし!」

 なんだか道夏をのけ者にして楽しんでしまっているような気もするが、彼女には驚いてほしいのだ。そして喜んでほしいのだ。

 彼女にとって、そしてみんなにとって良い思い出になればいいなと心から思う。
 たぶん俺以外のみんなも、同じようなことを考えてくれているんじゃないだろうか。

「じゃあ俺は他の飾りつけをしとこうかな、風船とかも膨らませなきゃだし」

「今は百円均一でいろいろ揃うから便利だよねぇ」

「だな。じゃあ蓮もこっち手伝ってくれ。由布と黒川は折り紙のほうを頼んでていいか? まだいっぱい余ってるし」

「うん、わかった! 私たちはこっちを頑張るね!」

「ねぇヒナノン~、クジラとかも作って水族館みたいにしようよ~」

「わぁっ、それいいね! ネットでいろいろ調べてみようよ! でもクジラは水族館にいないんじゃ……」

 和気藹々と。

 この夏休みの間でみんな心を痛めていたとは思うけど、その気配はもう一切感じなくなっていた。
 まだ各々の傷は癒えていないかもしれないけれど、この五人なら乗り越えていけるんじゃないか――助け合っていけるんじゃないか――風船に息を吹き込みながら、俺はそんなことを思った。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 道夏から集合時間の十五分前にチャットが届いた。『もう誰か来た? そっちに行ってもいい?』という内容で、それを三人に伝えると、みな一様に笑顔で頷いた。
すでに準備は万端、あとは彼女が来るのを待つだけって状況だったからな。

 インターホンがなると同時に玄関を開くと、そこにはちょっと照れ臭そうにもじもじと身体を動かす道夏の姿。俺と目が合うと「今日はよろしくお願いします」と緊張した様子で話した。

 ちなみに俺以外の三人は、部屋でクラッカーを構えて待機している。

「なんでそんなにがちがちなんだよ」

 笑いながらそう口にすると、道夏は不満そうに頬を膨らませる。つつきたくなったが自重した。

「だ、だって、自分を祝ってくれるってわかってるところに行くのって、なんだか恐れ多いというか……」

「まぁ気持ちはわからんでもないな」

「でしょ?」

 俺も、『誕生日パーティをする!』だなんて言われたら、そんなことしなくて大丈夫だから――と遠慮してしまいそうだ。いや、間違いなくするだろう。こういうところは道夏と一緒だな。

「――あれ? もうみんな来てるの? あたしが最後?」

 足元に視線を落とした道夏が、玄関にある靴を見て不思議そうに首を傾げる。約三時間前に集まっていたと知ったらビックリするだろうなぁ。まだ言わないけど。

 彼女は靴を脱いで丁寧にそろえてから、いつもと違ってそわそわした様子でリビングへ向かう。きょろきょろとあたりを見渡して、再び首を傾げた。

「みんなは?」

「俺の部屋で待ってるよ――そういえば道夏って、俺が助けた本人だってわかっていながら、部屋に入るのためらってたんだよなぁ」

「だ、だって、そのことを内緒にしてたんだから仕方ないじゃない! 陽菜乃にもそんな風に伝えてたし……」

 つまりあれは自分の気持ちの問題ではなく、隠蔽のためだったということか。

「結果としては、道夏は王子様の部屋にしか入っていないわけだ。よかったな」

 からかうようにそう言うと、道夏もまたからかうような表情で俺を見てくる。

「うわぁ、自分で自分のこと『王子様』とか言っちゃうんだ」

「うるせーよ、ほら、みんな待ってるから」

 自分に不利な流れを察知したので、道夏の背中を押して部屋に入るように仕向ける。彼女の身体に触れるのは少し緊張したけれど、道夏は「優介逃げた」と笑いながら、俺の手の動きに身体をゆだねてくれた。

 そして彼女は扉のレバーハンドルに手を掛けて、慣れた様子で開いた。家の造りはほぼ一緒だし、初めてってわけじゃないからな。

 俺は彼女のすぐ後ろで、びっくりして転んだりしないように補助をする予定である。

「――え? なに――ひっ!?」

 扉を開くと、前方から三つの破裂音。カラフルなテープが勢いよく飛び出して、道夏を襲った。

 彼女は声にならない悲鳴を上げて、びくっと半身になりながら後退。しかしそこには俺がいて、俺は意図せず道夏を抱きとめるような形になってしまった。

「みっちゃんお誕生日おめでとーっ! あー! さっそくイチャイチャしてるーっ!」

「おめでとう熱海さん」

「道夏ちゃんお誕生日おめでとう! どさくさに紛れて有馬くんに抱き着くなんてずるい! これはもうプレゼント無しだね!」

 テープに次いで、三者三様のお祝いの言葉も飛んできた。

 ちょっとハプニングが起きたせいで予想外の内容もあったけれど、黒川もニコニコしているし、これで険悪になるってことはないだろ。

「……え? どういうこと? なにこれ……?」

 驚きのせいで三人の言葉を処理しきれなかったらしい道夏が、呆気にとられた表情で俺を見上げる。非常に可愛いが、三人の前であまり蕩けた姿は見せたくない。

「何ってそりゃ、熱海の誕生日パーティだよ」

 ひとまず名前で呼ぶのは封印して、目をまん丸に見開く彼女にそう伝えた。

 しかしいまだに状況を整理できていないらしい道夏は、ぽかんとしたまま俺を見上げて、そして三人を見て、部屋を見て――呆然とするのだった。