「ごめんなさい……」
 風花はうなだれていた。机には「再試」と書かれたプリントがある。
 河埜に勉強を教わって四日。風花はまだテストをパスできないでいた。怒鳴りながらも、得々とした岡の顔を思い出す。小さくなる風花に、河埜は、「大丈夫」と繰り返した。
「問題は解けてるよ。解くペースも上がってるし」
「はい……」
 肩を落とした。そうなのだ。河埜はすごく丁寧に教えてくれて、風花がおろおろしても、じっと答えを待っていてくれた。どんな答えをしても聞いてくれて、人格攻撃をしなかった。だから、河埜には、答えを口に出せるようになってきた。
 しかし、岡を前にしてのテストとなると、また全然、冴えなかった。「今日こそ、河埜の期待に応えたい」と思うのに、余計にミスしてしまう。小さくなっていると、河埜が少し思案顔になった。
「そうだな。生田さん、ちょっと一回、俺の目、見てみてくれる?」
「えっ?」
「目だけ。俺の顔が消えるくらい、じっと目を見てみて」
 いつも通り、横向きに椅子に座った河埜が、じっと自分を見ていた。風花は、最初どきどきしたが、河埜があんまりまっすぐに見るので、引き込まれるように、その澄んだ目を見つめる。
 青みがかったきれいな白目の中心に、こげ茶の瞳が光を受けて輝いてる。綺麗だな。そこに自分が映っている。感動して見つめていると、しんとあたりから、音が消えた気がした。
 それからもただ、じっと見つめ続けていると、「うん」と河埜が頷いた。ぱ、と手を叩く。
「できてる。そういう感じでいってみて」
「へ?」
「生田さんは、集中深いから大丈夫。さっき俺の目見てたみたいに、問題以外は、きっと全部取っ払えるよ」
 真面目な声に、思わず呆けた。河埜はうんと納得したように頷いている。風花は、「わかった」と頷き返しつつ、さっきの様子を改めて客観的に意識して、真っ赤になってしまった。
 す、すごく見つめあったよね?今、私たち。
 河埜は不思議そうに、首をかしげた。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない」
「そう?じゃあ、問題いこう」
「はいっ」
 問題に向かえるのがありがたいなんて、稀有なことだ。照れてしまう気持ちを散らすように、一生懸命数式を読んだ。それでも勝手に、顔が火照る。
 河埜くんって、変わってるなぁ……!それとも自分が変なのかな?
 単純に、意識されてないだけかもしれない。それは、なんだか少し切なくなったので、あまり考えないでおいた。そんなの、当たり前のことなのに、なんだか自分でも不思議だった。