「風花ちゃん、河埜くんといたってほんと?」
 次の日学校に行くと、友達たちに詰められた。余りの勢いに、風花はおどついた。そのことを気にしているのは、友達だけじゃなくて、クラスがどことなし、こちらに気を払っているのがわかった。親の次には、友達か……知らず及び腰になる。
「うん」
「えーっ!なんで?」
 大きな声を上げられて、咄嗟に顔が真っ赤になった。それは、学年主席の河埜と劣等生の自分だ。けど、それを明らかに驚かれると、つらい。表に出せず「はは……」と笑った。友達は机を叩く。
「いや、笑ってないでさ。実際何でなの?」
「勉強を教えてもらうことになって……」
「えーっ」
 友達の目が、険のあるものになる。それに慌てて、経緯を説明した。友達たちは、聞くほどにしらっとした顔になって、目線を横に流していた。
「ふーん。河埜くんって親切なんだね」
「うん」
「ほんと。あの見た目で、優しいなんてやば!」
 はしゃぐ友達たちを前に、風花は顔をこわばらせた。嫌な言い方だ。
「河埜くん、本当にいいひとだよ」
 そう言うと、場が一気に白けた。「あのさ、いまそう話してるじゃん?」と呆れ声で言われる。話の流れも読めないのかって不快な顔をしていた。友達の一人が、手を合わせて調子を変えるように声を高くする。
「でもまあ、よかったね。風花ちゃん。これで終電から行かなくて済むね!」
「……ありがとう」
 皆が「そうだねー」と笑った。これが、悪気がないのだ。今はちょっと、険があるけど。「でもさあ」と、友達が笑い混じりに続ける。
「すごいね、風花ちゃん。私絶対無理だよ」
「わかる。河埜くんに教えてもらうとか、気が引けて無理!」
「やっぱり、風花ちゃんは、いい意味で恥がないっていうか、気持ちが違うよね!尊敬する」
 ねー、と顔を見合わせて笑いあう友達に、風花は、うつむいて笑った。笑って、制服のすそを握りしめていた。漫画なら、絶対いま私、目が死んでるだろうな。そんなことを考えた。

 ◇

 風花は、花瓶を持って廊下を歩いていた。逃避と言われても、こうしていると、精神が整うのだ。手洗い場で、水を換えていると、後ろから声をかけられた。
「生田さん」
「河埜くん?」
 河埜は移動のようで、脇に教科書を抱えている。通りすがりで、気づいて声をかけてくれたんだ。そう思うとなんだか嬉しかった。河埜は、風花を見て、「花の水、換えてるの?」と尋ねた。風花は、「うん」と、少しきまり悪げに頷いた。何もできないくせに、いい子ぶってるみたいだ。
「えらいね」
 けれど、河埜はひとこと、感心した声でそうつぶやいた。本当に何気なくて、ぱっと胸が熱くなる。河埜くんって、本当に何気なく、人のことを褒められる人なんだ。
 頬が熱い。その分、昨日、母にした弁解が、恥ずかしくなる。成績じゃなくて、すごく優しくて、立派な人だっていえばよかった。小さくなっていると、河埜は「じゃあ」と言って笑った。
「また放課後にね」
「あっうん……!」
 さっと来て、さっと去る。風みたいだなと思った。色があるなら、きっとみどり色だ。名前とぴったり。膿んでいた気持ちが、すっと涼やかになる。
「よろしくお願いします」
 気合いを入れていると、激しい水音がして、振り返る。
「わっ」
 水が出しっぱなしで、あわてて蛇口をしめた。