「えー風花ちゃん、テストバスしたの~?もう岡の匙投げ待ちかと思ってた」
「河埜くん、すごいねー!風花ちゃんに満点取らせるなんて、名トレーナー!」
お弁当を食べながら、友達が言う。風花は、「うん」と頷いた。嬉しいことのはずなのに、ものすごく肩身が狭い。
最近、友達たちの空気がとげとげしい。パンをかじりながら、できる限り、気を逆立てないように相槌を打っていた。
「本当に、風花ちゃん、河埜くんにお金払わなきゃだね」
「わかるー」
そう言って、険のある笑いが飛んで、話が終わった。
そこから、塾の話題や、部活の話題に移る。それから、ずっと話から締め出された。それについては、いつものことだ。風花は、いつ話題を振られてもいいように、耳を傾けていた。けれども思考の半分は、「河埜にお礼」という言葉でいっぱいになっていた。
たしかにそのとおりだ。河埜にお礼がしたい。風花は、そのことを考える。すると、ぱっと気分が明るくなっていった。
◇
その日の夜。
「何にしようかなあ。勉強のお供だし、やっぱり甘いもの?でも、辛いものの方が好きかな?」
風花はスーパーのお菓子売り場を練り歩いていた。お菓子を取り上げては、うーんとうなる。鉄板はチョコだけど、手を汚さないで食べられるのがいいな、など、うんうん悩む。千尋なんかはコーヒーに砂糖をたくさん入れてるけど、と考えて、「除外」と頭から追い出した。楽しい気持ちに、水を差したくない。
「どうしようかな。今日、さりげなく聞いておくんだった……」
困りながら、気分は明るい。とりあえずめぼしいものを選ぶと、ついでに生鮮食品のコーナーに行くことにした。食材のにおいがまじる涼しさと、コーナー特有の活気が好きなのだ。ちょっとだけ、ケーキも見て言っちゃおうかな。どうせ、千尋が家に来ていて、勉強もできないし――足を向けた時だった。
「お兄さん、ワカメあるよ!ワカメは髪の毛にいいよ~!」
魚売り場で、元気な声がする。面白い口上に、気が引かれてそちらを見た。そして、目を見開く。
「河埜くん?」
「――生田さん」
ワカメを手にした河埜と、風花は見つめあった。
「ぐ、ぐうぜん」
へたくそすぎる風花の言葉に、河埜も照れくさそうに笑った。その笑顔に思わずきゅんとしてしまう。
「私、お菓子を買いに来て……」
と、聞かれてもいないのに、照れながら言った。額まで熱い。河埜は「そっか」と頷いた。
「俺も夜食の調達に来たんだ」
そう言って、かごを掲げた。辛いことで有名な袋めんと、キムチ、卵、豆腐。さっきのワカメが入っている。
「辛いのすきなの?」
「うん。うちは皆、辛党かな」
「そうなんだ!」
かごを確認して、ほっとする。なんとなくの勘で、辛いお菓子をメインにしてよかった。流れで、そのままレジに向かう。
会計を済ませると、河埜は「送るよ」と言ってくれた。お言葉に甘えることにした。
帰り道を行きながら、「図々しかったかな」と考える。でも、もう少しだけ、一緒にいたい。そっと河埜を見上げた。
エコバッグを手に、隣を歩く河埜は、シャツとパンツというラフな格好をしていた。ここが学校の外なんだなって実感する。
「お腹すいたな……」
「うん。あの、夜食ってなんだか、すごくおいしいよね」
「わかるよ。俺は、夜中に食べるラーメンがいちばんおいしい」
「河埜くんが作るの?」
「うん。煮て卵いれるだけだけどね」
「おいしそう。私も夜ラーメンしたい」
夜にこっそりキッチンに降りて、ラーメン食べたらどんなに楽しいだろう。想像して、ふふと笑う。
ゆったり流れる会話に、こころがふわふわする。河埜といると、話したいことが、心からいっぱい飛び出してくる。こんなことは初めてだ。風花にとって、言葉はずっと、のどにつかえるものだったから。たぶん河埜が、すごく受け入れてくれる感じがするからだ。
「でもワカメ、どうしようかな……」
河埜がふいに、苦笑しながら言った。風花は思わず笑ってしまう。
「味噌汁しか浮かばないや。いい食べ方知ってる?」
「えっと……シンプルだけど、私は、さっと茹でて、ポン酢で食べるのが好き、かな」
「へえ、いいね」
風花は、じっとまぶしげに見上げる。河埜は、風花を見下ろして笑う。
「俺の姉さん、美容師なんだ」
「そうなんだ」
姉弟ふたりとも、おしゃれなんだなあ。河埜が、笑いながら自分の前髪を軽く引っ張る。
「それで、俺も手伝ってるんだけど。最近、毛根が心配で」
それでワカメ。
冗談めかして笑う河埜に、風花は、「そうなんだ」と頷いた。頷きながら、感激していた。
――河埜の髪は、お姉さんの夢を応援するためだったんだ。
すごい。なんて優しいんだろう。
風花の高校では、髪を染めることは禁止されている。河埜は成績がいいから、教師も口を出せない。けど、やっぱり口さがなく言う人はいる。それでも、河埜は胸をはって、歩いている。なんて勇気だろう。
「すごいなあ」
「ん?」
「河埜くんは、ヒーローだね」
いつも、人のために、自分の力をふるうんだ。風花のことも、助けてくれた。
こんなすごい人と、私、一緒にいていいのかな。いられるかな。落ち込んで、自分の図々しさにちょっと笑った。今、お世話になってる身なのに、友達みたいな言い方してる。恥ずかしくて、うつむいた。河埜は、黙って、風花を見ていた。
「俺は、生田さんの方がすごいと思うよ」
「え?」
「いつも、人のために動いてるでしょ。花瓶の水とか、水槽とか」
「そんな……そんなこと、全然」
慌てて手を振った。自分のしてることなんて、自分のためみたいなものだ。河埜は、夜空を見上げながら、続ける。
「俺はね、ただしたいことをしてるだけだよ」
「河埜くん」
「話すときひとつでも、生田さんはいつも人のこと考えてる。ちょっと心配なくらい」
星を見ながら――本当に、何気ない風に、河埜は言った。風花はそれを、信じられない気持ちで聞いた。そんな風に、私のことを、思ってくれたんだ。自意識過剰だって、ずっと言われてきた性格を、そんな風に、すくいあげてくれた。
「そんな、わ、私なんて」
それから、言葉にならなかった。それは、本当に、河埜に失礼な気がしたから。涙をただ耐えて、目元をおさえた。河埜は何も言わないで、じっと、空を見上げ続けていてくれた。
「ありがとう」
「また明日ね」
去っていく、河埜の背を見送ろうとして、「待って」と言った。河埜が振り返る。
「あ、あのね。本当はこれ、渡したかったの」
お菓子の袋を差し出した。河埜は首をかしげる。風花は、一生懸命、言葉を続けた。
「お礼がしたくて、河埜くんに。だから、これ……」
河埜は、じっと風花とお菓子の袋を見て、受け取ってくれた。
「ありがとう」
「わ、私こそ、本当にありがとう」
胸の前で、ぎゅっと手を握り合わせて、頭を下げる。河埜は笑う。
「じゃあ、明日持っていくよ。一緒に食べよう」
「……――うん!」
河埜は手を振って、今度こそ去っていった。風花は、じっとその背を見送り続けた。星が、きらきら輝いてる。胸の中に、黄色い光が、きらきら光っていた。ぎゅっとそれを抱きしめる。
どうしよう。私、河埜くんのことが好きだ。きっと、ものすごく。
次の日の放課後。河埜はお菓子を持ってきてくれた。
二人で、話しながら、お菓子を食べて、勉強をした。すごく幸せな時間だった。
「河埜くん、すごいねー!風花ちゃんに満点取らせるなんて、名トレーナー!」
お弁当を食べながら、友達が言う。風花は、「うん」と頷いた。嬉しいことのはずなのに、ものすごく肩身が狭い。
最近、友達たちの空気がとげとげしい。パンをかじりながら、できる限り、気を逆立てないように相槌を打っていた。
「本当に、風花ちゃん、河埜くんにお金払わなきゃだね」
「わかるー」
そう言って、険のある笑いが飛んで、話が終わった。
そこから、塾の話題や、部活の話題に移る。それから、ずっと話から締め出された。それについては、いつものことだ。風花は、いつ話題を振られてもいいように、耳を傾けていた。けれども思考の半分は、「河埜にお礼」という言葉でいっぱいになっていた。
たしかにそのとおりだ。河埜にお礼がしたい。風花は、そのことを考える。すると、ぱっと気分が明るくなっていった。
◇
その日の夜。
「何にしようかなあ。勉強のお供だし、やっぱり甘いもの?でも、辛いものの方が好きかな?」
風花はスーパーのお菓子売り場を練り歩いていた。お菓子を取り上げては、うーんとうなる。鉄板はチョコだけど、手を汚さないで食べられるのがいいな、など、うんうん悩む。千尋なんかはコーヒーに砂糖をたくさん入れてるけど、と考えて、「除外」と頭から追い出した。楽しい気持ちに、水を差したくない。
「どうしようかな。今日、さりげなく聞いておくんだった……」
困りながら、気分は明るい。とりあえずめぼしいものを選ぶと、ついでに生鮮食品のコーナーに行くことにした。食材のにおいがまじる涼しさと、コーナー特有の活気が好きなのだ。ちょっとだけ、ケーキも見て言っちゃおうかな。どうせ、千尋が家に来ていて、勉強もできないし――足を向けた時だった。
「お兄さん、ワカメあるよ!ワカメは髪の毛にいいよ~!」
魚売り場で、元気な声がする。面白い口上に、気が引かれてそちらを見た。そして、目を見開く。
「河埜くん?」
「――生田さん」
ワカメを手にした河埜と、風花は見つめあった。
「ぐ、ぐうぜん」
へたくそすぎる風花の言葉に、河埜も照れくさそうに笑った。その笑顔に思わずきゅんとしてしまう。
「私、お菓子を買いに来て……」
と、聞かれてもいないのに、照れながら言った。額まで熱い。河埜は「そっか」と頷いた。
「俺も夜食の調達に来たんだ」
そう言って、かごを掲げた。辛いことで有名な袋めんと、キムチ、卵、豆腐。さっきのワカメが入っている。
「辛いのすきなの?」
「うん。うちは皆、辛党かな」
「そうなんだ!」
かごを確認して、ほっとする。なんとなくの勘で、辛いお菓子をメインにしてよかった。流れで、そのままレジに向かう。
会計を済ませると、河埜は「送るよ」と言ってくれた。お言葉に甘えることにした。
帰り道を行きながら、「図々しかったかな」と考える。でも、もう少しだけ、一緒にいたい。そっと河埜を見上げた。
エコバッグを手に、隣を歩く河埜は、シャツとパンツというラフな格好をしていた。ここが学校の外なんだなって実感する。
「お腹すいたな……」
「うん。あの、夜食ってなんだか、すごくおいしいよね」
「わかるよ。俺は、夜中に食べるラーメンがいちばんおいしい」
「河埜くんが作るの?」
「うん。煮て卵いれるだけだけどね」
「おいしそう。私も夜ラーメンしたい」
夜にこっそりキッチンに降りて、ラーメン食べたらどんなに楽しいだろう。想像して、ふふと笑う。
ゆったり流れる会話に、こころがふわふわする。河埜といると、話したいことが、心からいっぱい飛び出してくる。こんなことは初めてだ。風花にとって、言葉はずっと、のどにつかえるものだったから。たぶん河埜が、すごく受け入れてくれる感じがするからだ。
「でもワカメ、どうしようかな……」
河埜がふいに、苦笑しながら言った。風花は思わず笑ってしまう。
「味噌汁しか浮かばないや。いい食べ方知ってる?」
「えっと……シンプルだけど、私は、さっと茹でて、ポン酢で食べるのが好き、かな」
「へえ、いいね」
風花は、じっとまぶしげに見上げる。河埜は、風花を見下ろして笑う。
「俺の姉さん、美容師なんだ」
「そうなんだ」
姉弟ふたりとも、おしゃれなんだなあ。河埜が、笑いながら自分の前髪を軽く引っ張る。
「それで、俺も手伝ってるんだけど。最近、毛根が心配で」
それでワカメ。
冗談めかして笑う河埜に、風花は、「そうなんだ」と頷いた。頷きながら、感激していた。
――河埜の髪は、お姉さんの夢を応援するためだったんだ。
すごい。なんて優しいんだろう。
風花の高校では、髪を染めることは禁止されている。河埜は成績がいいから、教師も口を出せない。けど、やっぱり口さがなく言う人はいる。それでも、河埜は胸をはって、歩いている。なんて勇気だろう。
「すごいなあ」
「ん?」
「河埜くんは、ヒーローだね」
いつも、人のために、自分の力をふるうんだ。風花のことも、助けてくれた。
こんなすごい人と、私、一緒にいていいのかな。いられるかな。落ち込んで、自分の図々しさにちょっと笑った。今、お世話になってる身なのに、友達みたいな言い方してる。恥ずかしくて、うつむいた。河埜は、黙って、風花を見ていた。
「俺は、生田さんの方がすごいと思うよ」
「え?」
「いつも、人のために動いてるでしょ。花瓶の水とか、水槽とか」
「そんな……そんなこと、全然」
慌てて手を振った。自分のしてることなんて、自分のためみたいなものだ。河埜は、夜空を見上げながら、続ける。
「俺はね、ただしたいことをしてるだけだよ」
「河埜くん」
「話すときひとつでも、生田さんはいつも人のこと考えてる。ちょっと心配なくらい」
星を見ながら――本当に、何気ない風に、河埜は言った。風花はそれを、信じられない気持ちで聞いた。そんな風に、私のことを、思ってくれたんだ。自意識過剰だって、ずっと言われてきた性格を、そんな風に、すくいあげてくれた。
「そんな、わ、私なんて」
それから、言葉にならなかった。それは、本当に、河埜に失礼な気がしたから。涙をただ耐えて、目元をおさえた。河埜は何も言わないで、じっと、空を見上げ続けていてくれた。
「ありがとう」
「また明日ね」
去っていく、河埜の背を見送ろうとして、「待って」と言った。河埜が振り返る。
「あ、あのね。本当はこれ、渡したかったの」
お菓子の袋を差し出した。河埜は首をかしげる。風花は、一生懸命、言葉を続けた。
「お礼がしたくて、河埜くんに。だから、これ……」
河埜は、じっと風花とお菓子の袋を見て、受け取ってくれた。
「ありがとう」
「わ、私こそ、本当にありがとう」
胸の前で、ぎゅっと手を握り合わせて、頭を下げる。河埜は笑う。
「じゃあ、明日持っていくよ。一緒に食べよう」
「……――うん!」
河埜は手を振って、今度こそ去っていった。風花は、じっとその背を見送り続けた。星が、きらきら輝いてる。胸の中に、黄色い光が、きらきら光っていた。ぎゅっとそれを抱きしめる。
どうしよう。私、河埜くんのことが好きだ。きっと、ものすごく。
次の日の放課後。河埜はお菓子を持ってきてくれた。
二人で、話しながら、お菓子を食べて、勉強をした。すごく幸せな時間だった。



