夏休み気分もすっかり抜けた十月初め。十一月の文化祭に向けて、本格的に準備を始めることになり、一年一組のホームルームでは出し物決めが行われた。
かき氷やらクレープ屋やらお化け屋敷やら、様々な意見が出てきたが、多数決の結果決まったのは「メイド&執事喫茶」。文化祭といえば!という感じの結構ベタな出し物だ。
私はお化け屋敷に手を上げていたが、メイド&執事喫茶も悪くない。というか正直、出し物はなんでもよかった。元不良の私が学校行事に参加できるということ自体が、既に奇跡みたいなことだったから。今の自分なら準備でも当日も、みんなと一緒に最高の時間を過ごせるだろう。
これからのことを想像して、一人によによと笑っていると、「桜ノ宮さん」と右隣の席から名を呼ばれた。
「何一人で笑ってるの?」
隣の席から四条がこちらを見てくすくす笑っている。
先の席替えで、私はこの男の隣の席になってしまったのだ。最近は関わることが増えて彼と話すこと自体は慣れてきたが、いつもの癖でふとしたときに素が出てしまいそうで少し怖い。
「いけないかしら?」
言葉遣いが乱れないよう注意しながら返答すると、彼は前を指さした。
「いけなくはないけど、もうすぐくじ引きの順番だよ」
見るといつの間にか準備の作業分担を決めるくじ引きに入っていた。既に二つ前の席の女子が、席を立って前に出ている。
「あ、ありがとう」
すぐに順番が回ってきて、私は慌てて席を立った。
教壇に置かれた箱の中のくじを引き、四つ折りにされた紙を取り出す。中に書かれていたのは「メニュー考案係」だった。
席に戻ると、四条がこちらに身を乗り出してきた。
「どうだった?」
「メニュー考案係よ」
「わあ、僕と一緒だね」
「え」
四条がにっこり笑って小さな紙切れをはためかせる。そこには確かに私と同じく、メニュー考案係の文字があった。
さつきとならともかく、まさか彼と一緒なんて。私は頭を抑えながら席に着いた。
「腐れ縁かしら……」
「ひどいなあ。僕と一緒じゃ楽しめない?」
四条は首をかしげながら私の顔をのぞき込んでくる。
「そういうわけじゃないけれど……」
確かに四条はここ数週間関わっている影響で、クラスの中でもよく話す部類の人間になっている。それに一緒の係なら、彼を助け出すときにも楽だろう。悔しいかな四条と話すのは結構楽しいし、無理をしている時に助け出すのもいつの間にか苦じゃなくなっていた。相変わらず事情は教えてくれないけれど、それさえ既に気にならない。
とはいえそれを、素直に認めてしまうのは悔しい気もする。
「決まった以上は楽しむわよ。本当はさつきと一緒がよかったけれど」
仕方なしにそう答えると、四条は満足そうに微笑んでいた。何が嬉しかったのかは分からないけれど、その柔らかな微笑みにつられて私も口が緩んでしまった。
けれども私は気付いていなかった。別の場所から、私たちに鋭い視線が向けられていたことに。
「桜ノ宮さぁん、ちょっと来てくれる?」
作業分担決めのホームルーム後の十分休憩で、ゆるふわショートの小柄な女子、小峰由衣さんが私に話しかけてきた。クラスの中心的存在で、小さくてかわいいと男子たちにもてはやされている子だ。
普段話すことはない彼女が、一体私に何の用だろう。元不良の考えでいくと、こういうときは大抵喧嘩にいきつくのだが、小峰さんは普通の女子だ。その小さな身体で私に向かってくるとは思えない。
疑問はありつつ断る理由もなかったので、私は彼女について行くことにした。
連れて行かれたのは階段の踊り場だった。他のクラスの移動教室がないタイミングなのか、ひと気がなくしんとしている。
小峰さんは私と向き合うと、首をかしげて問うてきた。
「桜ノ宮さんって、四条くんと付き合ってるの?」
何かと思えば四条の話かと、私は内心頭を抱える。
私と彼が付き合っているらしいという噂は、相変わらず広まったままだった。こんな風に女子から確認されるのも、これが初めてではない。
だから私は、いつも通り否定することにした。
「違うわ。四条くんとは友達みたいなものよ」
本当は友達ではなく取引相手なのだが、その辺りがバレると自分の首が絞まるので黙っている。
大抵の女子はこう答えると、毎回安心した顔をして去っていく。小峰さんも同じだと思っていた。けれど彼女は「そっか~」と嬉しそうにしながら上目遣いで迫ってきた。
「そっかぁ~。じゃあさ、文化祭の準備係、交換してくれな~い?」
「えっ?」
まさかそう来るとは思わず、私は言葉に詰まってしまった。
どう答えるか迷っている間に、小峰さんは畳み掛けてくる。
「私、四条くんのことが好きなんだよね~。だから一緒の係になりたくて。ほら、文化祭を好きな人と一緒に楽しめたら最高じゃん? だからさ、協力してほしいな?」
「ええっと……」
別に四条とはカップルでもない。ただの取引相手だ。好きな相手と文化祭を楽しみたいという感覚は理解できるし、小峰さんがそうしたいなら私が邪魔する訳にはいかない。けれども「うん、いいよ」と言う言葉が何故だかすぐに出てこなかった。
どうしてなのだろう。四条にはずっと振り回されているし、さっきも同じ係になって複雑な思いをしていたはずだ。
しかし迷う私の回答を、小峰さんは待ってくれない。
「ね、いいよね? ちなみに私の係、羽生さんがいるんだぁ。さっき羽生さんと一緒が良かったって言ってたの聞こえたし、桜ノ宮さんにも悪い話じゃないよね」
逃げ道を塞がれた。ここで頷かないのなら、相応の理由が必要になる。そしてその理由を、私は見つけることができていない。
「わかっ、たわ」
「やったぁ~」
ぎこちないながらも答えると、小峰さんは飛び跳ねる。
「それじゃ、そういうことで!」
彼女は用が終わったとでも言うように、階段を駈け降りていった。
多分、これでよかったんだ。
小峰さんは好きな四条と一緒になれるし、私はさつきと一緒に文化祭を楽しめる。友達と過ごす学校行事は、なによりも憧れていたもののはず。
なのに頭へ浮かぶのは、係が同じだと分かったときの、四条の笑顔だ。彼を思うと、何故だかもやもやとした気持ちが晴れなかった。
すっきりとしないまま一年一組の前まで戻ると、ちょうお教室から出てきた四条と鉢合わせた。彼は青い顔をしながら、私に詰め寄ってくる。
「ねえ、小峰さんと係を交代したって本当?」
先に教室へ戻った小峰に聞かされたのだろう。嘘をつく意味もなかったので、私は正直に返答する。
「ええ。でも四条くんのことは見ておくから大丈夫よ」
四条の顔をまともに見られず、私は足早に教室へと入っていった。
彼の一番の心配は、取引のことだろう。連れ出す約束をしておけば、彼も納得するはずだ。
だからすれ違いざまに見た四条の顔が、ショックを受けているように見えたのは、きっと私の都合の良い妄想だろう。
***
「ねえ、これ終わる気がしないんだけど」
「いつかは終わるわよ。一緒に頑張りましょう」
隣の席でうなだれるさつきを励ましながら、私は真ん中を輪ゴムで止められた紙の束を手に取った。数枚重ねられた紙を一枚ずつ開いていけば、ふわりと紙の花が咲く。
小峰さんと係を交換した私は、さつきと同じ内装係になっていた。毎日放課後に教室へ居残り、入り口を飾る看板や、テーブルクロスなんかを用意している。
今は壁に飾る花を紙で作っている最中で、一人二十個のノルマが課せられていた。けれどもさつきは手先が器用ではないようで、度々紙を破っては「もう嫌だ」とうんざりしている。そんな彼女を励ましながら、私は最後の紙束を手に取った。
うん、ちゃんと楽しい。
さつきとの時間を咀嚼しながら、私は自分の感情を確かめる。なのに胸の奥には相変わらず、小骨が刺さったような感覚が残っていた。
教室の後方ではメニュー考案係のメンバーが集まって相談をしている。その中には四条の姿もあった。横では小峰さんが四条に笑いかけている。二人の姿を見ていられなくて、私はそっと目をそらした。
四条とは、ここ最近話していない。
係を交換して以降、休憩の度に小峰さんがやってきて、四条を連れ出していくからだ。放課後も互いに文化祭の準備で忙しく、カフェやファミレス巡りもしなくなった。顔を合わせる機会も減り、四条が無理をしているのかどうかさえ、私には分からなくなっている。
それから私と四条が付き合っているという噂もなくなった。小峰さんが私の話を、あちこちで広げているらしい。お陰で他の女子から問い詰められることもなくなった。いい傾向のはずなのに、心のどこかでそれを惜しいと思ってしまっている自分がいる。
四条はただの取引相手。むしろ初めは私を脅してきた、王子の皮を被った悪魔のような人間なのだ。なのにどうして、こんなに話せないのが苦しいのだろう。せっかく学校行事に参加できているのに、なんだかずっと暗い気持ちでいる気がする。
そのとき、さつきが小さく悲鳴を上げた。
「やばっ、もう少しで紙なくなりそう」
見ると花の材料である薄紙が、残りわずかとなっていた。失敗したことも重なって、余計に消費してしまったのだろう。自分の方は問題ないが、さつきはノルマ達成まであと十個以上も作らねばならない。
紙の入っているビニール袋には、百円ショップのシールが貼ってある。確か近くにあるショッピングモールに、同じ店が入っていたはずだ。
「さつきはそのまま作業していて。私が追加で買ってくるわ」
「マジで? ありがと薫、ほんと神……!」
「大げさよ」
両手を組んで頭を下げてきたさつきにくすくす笑いながら、私は財布を持って席を立つ。そのとき教室の反対側から、争いの声が聞こえてきた。
「本当に僕一人で大丈夫だから」
「でも一人で荷物を持つのは大変だよ? 私が手伝ってあげるって~」
「いやいや。考えないといけないこともたくさんあるし、買い物に人数を割くわけにはいかないよ」
揉めているのは四条と小峰さんだった。話の内容から察するに、四条くんが買い出しに行こうとしたところを、小峰さんが一緒に行くと言い始めたのだろう。言い合いは一向に進展する気配もなく、メニュー考案係の他のメンバーも呆れた様子で二人を見ている。
「小峰さん、最近よくやるよねぇ。逆に四条くんに引かれそうなのに」
さつきは花を作る手を止めてため息をついている。
「あの子、いつも四条くんにあんな感じなの?」
「そうそう、薫に係を変わってもらってから顕著っていうか。あれは文化祭で落とす気でいるよねぇ。あの薫になびかなかった四条くんが、小峰さんに行くとは思えないけど」
最後の一言はともかく、それより前が気になった。
小峰さんと争う四条に目を向ける。その顔は今まで見たことがないほど青ざめていた。穏やかな声と柔らかな笑顔は保っているものの、口元は引きつっている。明らかに限界ぎりぎりの様子だ。
ここは私が入ってやらないと。二人の元に向かおうとしたが、すぐに足が止まってしまう。
「四条くんが好きなの。協力してよ」
脳裏に小峰さんの言葉が再生される。
四条とは取引をしている。けれど小峰さんとも約束をしているのだ。四条との取引を守るなら、小峰さんの望みを私が邪魔してしまうことになる。それが果たして許されるのか。
迷っていると、不意に四条の目がこちらに向けられた。
久々に視線が交わる。戸惑いと気まずさと、そのほかよく分からない感情が、私の中でごちゃ混ぜになり、思わず顔を逸らしてしった。
けれども四条は逃がさないとばかりに足早に近づいてきて、がしりと私の腕を掴む。
「桜ノ宮さんも買い出し?」
口調も表情も穏やかだった。けれど私の腕を掴む手は震えていて、思わず息を呑む。
「僕も買い出しなんだ。よかったら一緒に行こう」
「わっ、ちょっと待って……」
有無を言わせずものすごい力で腕を引っ張られる。よかったらも何もない。これでは強制連行だ。結局彼の力に抗えず、私は大量の視線を浴びながら教室を出る。
急な出来事に小峰さんの顔を見る余裕がなかったのが、不幸中の幸いかもしれない。
時刻は夕暮れ時にさしかかっていた。茜色に染まる空の下、四条は私の腕を掴んだまま、無言で正門を踏み越え、歩道をずんずんと進んで行く。
「四条! おい四条、止まれって!」
仮面を剥いで声を掛けると、ようやく彼は足を止めた。けれどこちらを向こうとはしない。しばらく黙っていた四条だったが、やがて小さく呟いた。
「どうしてすぐに、助けてくれなかったの」
その声は、学年一のイケメン王子とも、私を翻弄してきた悪魔とも違っていた。
けれども私はよく知っている。弱々しく、縋るような震え声。それはいじめられていた蓮が私に助けを求めてきた時とそっくりだった。
かちり、と。パズルのピースが埋まった気がした。
「……それが、あんたか」
頻繁に見せる無理に作った笑顔。不良をやたらと毛嫌いしている発言。ずっと私に事情を話そうとしなかった、本当の理由。
「あんたも昔、不良にいじめられていたんだな」
四条が頷きながら、こちらを振り向いた。肩を小刻みにふるわせて、目を潤ませる彼の姿は、幼い子供のようだった。
その痛々しい表情に、胸が裂けてしまいそうになる。いつも助け出した後、一緒に居たことがなかったから知らなかった。あの無理に作った笑顔を剥がせば、大きな苦しみが表れることに。
四条はぐしゃりと顔を歪ませ自嘲する。
「そう、これが僕。人と話すだけで苦しくなって、弱みを握った君を利用するくらい、弱くて卑怯な人間なんだ。王子でも悪魔でもなんでもないんだよ。さあ、好きに笑って」
「笑わないよ」
私は首を横に振り、四条の隣へと並んだ。彼の苦しみを少しでも和らげたくて、緩んだ四条の手をぎゅっと握る。そのまま彼の手を引き歩きながら、ゆっくりと歩みを進めた。
「けど、どうしてあんなに無理してたんだ」
「……高校生活を、楽しみたかったからだよ」
彼が独り言のように呟いたのは、私の願いと全く同じものだった。
ぽつり、ぽつりと、四条は言葉を落としていく。
「……僕、中学の頃に不良たちからいじめられててさ。殴られたり蹴られたりは当たり前だったし、カツアゲなんかもよくされてた。クラスメイトたちも不良が怖くて誰も助けてくれなくて。中には一緒になっていじめてくる奴もいたから、どんどん人と関わるのが嫌になってさ」
推測はできていたけれど、彼の口から改めて聞くと痛々しかった。蓮には自分がいたが、彼には助けを求められる相手が居なかったのだろう。
「苦しくて、辛かった。でも同時に、情けなかった。いじめられても、何もできない自分自身が。だから高校では自分を変えようと思ったんだ。中学の僕を知らない場所に行って弱い自分を仮面で隠して、学校生活を楽しもうって。そうやって嘘をついて手に入れた立場で、卑怯にも僕は楽しんでる」
「別に……卑怯ではないだろ」
卑屈に笑う四条に、私は握る手の平に力を込めた。
強い者が弱い者の振りをするより、弱い者が強い者の振りをする方が、何百倍も難しいと思う。願いこそ私と同じだが、そこに至るまでに注がれた努力と勇気は、私の日ではないだろう。そうして嘘の自分を作り上げた四条を卑怯とは絶対に言えない。
「似た状況の私が言うのもなんだけど、別に嘘が悪いとは思わない。嘘も方便って言うしな」
確かにありのままの自分でいることが、賞賛されている節はある。けれど中には素の自分でいることができない人間もいるのだ。例えば不良の本性を出すと、無条件で周りに怖がられてしまう私のように。
望む自分になるために、仮面を被り偽りの自分を演じ続ける。それは嘘つきの証拠ではなく、変わろうとしている努力の証だ。もしもそんな努力が常識によって否定されるなら、常識の方が間違っていると思う。
「他人を傷つける嘘ならダメだけど、自分を守って、成長させるための嘘だってあるだろ」
そうしてつき続けた嘘は、いつか本物になるかもしれない。いつかは私の「不良」というレッテルも剥がれて、「おしとやかな女の子」なれるかもしれないから。
「はは……ならやっぱり、僕は卑怯だ」
励ますつもりで言った言葉はしかし、彼の嘲りを助長したようだった。
「僕が君の秘密を握ってから、君に対してなんて思ってたか知ってる? 昔自分をいじめてた不良が、僕の言葉に翻弄されてる事実に優越感を感じてたんだよ。君は僕の復讐心と征服欲を満たすおもちゃにされていたんだ。それで君を傷つけていない訳がないじゃない」
「……」
弄ばれていると感じなかった訳ではない。事実初めの頃は、四条に苛立ちを感じていたこともある。
けれど次第に、それはなくなっていた。四条と共に共有した時間は、私にとっても大切なものになっていたのだ。なにより彼は、元不良の本性を晒しても避けないでいてくれる。些細だけれど、私にとってはそれが嬉しかった。
そこまで考えて、ようやく自分の気持ちに気付く。きっと私は、四条ともっと一緒に居たいと思っていたのだ。だから小峰さんに係を譲れと言われてもやもやしたし、さつきと一緒の係になれても気持ちが晴れなかった。
「……たとえそうだとしても、私は気にしないよ。それでも私は四条と一緒にいたい」
この気持ちが何の感情からくるのかは分からないけれど、せめて四条の罪悪感を拭えたら。そう願って、正直な気持ちを口にする。
けれども四条は苦しそうに微笑んで――するりと手を離してしまった。
「ううん、やっぱりこんなことはやめないと」
四条は大きく前に踏み出し、私の方を振り向いた。
彼は、今にも泣き出しそうだった。
「君を取引で縛り続けて、一緒に過ごしているうち、だんだん僕も君と一緒に居るのが楽しくなってた。秘密を握って取引を持ちかけていたから、王子様みたいに振る舞う必要はなかったし。それに君は、僕をいじめていた不良たちとは違う。他の人たちが気付かなかったような僕の表情の変化に気付くくらい気遣いができて、周りに嘘をつく生き方も堂々と肯定できるくらい信念を持ってる。君は僕が出会った中で、一番綺麗な人間だよ」
「……なら、どうして」
「いま胸にある楽しさが、なにから来たものか分からないんだ。今は初めの頃とは違う気持ちでいるけれど、元々あったものがすべて消えたとは言い切れないから。でも僕は、綺麗な君をこれ以上汚い感情で振り回したくない。今、君の話を聞いて余計にそう思ったんだ。だからこれで、終わりにしないと」
暮れていく夕日の中、四条は最後の言葉を告げる。
「君は僕の秘密を知った。僕も君の秘密を知った。今後はお互いの秘密を守ることが条件だ。だからもう、君は僕を助けないで」
四条はいつもの穏やかな王子スマイルを浮かべていた。仮面をつけて、それ以上は心配しなくていいとでも言うように。そうして踵を返し、道の先を歩いて行く。
残された私は、立ち止まったまま動くことができなかった。
かき氷やらクレープ屋やらお化け屋敷やら、様々な意見が出てきたが、多数決の結果決まったのは「メイド&執事喫茶」。文化祭といえば!という感じの結構ベタな出し物だ。
私はお化け屋敷に手を上げていたが、メイド&執事喫茶も悪くない。というか正直、出し物はなんでもよかった。元不良の私が学校行事に参加できるということ自体が、既に奇跡みたいなことだったから。今の自分なら準備でも当日も、みんなと一緒に最高の時間を過ごせるだろう。
これからのことを想像して、一人によによと笑っていると、「桜ノ宮さん」と右隣の席から名を呼ばれた。
「何一人で笑ってるの?」
隣の席から四条がこちらを見てくすくす笑っている。
先の席替えで、私はこの男の隣の席になってしまったのだ。最近は関わることが増えて彼と話すこと自体は慣れてきたが、いつもの癖でふとしたときに素が出てしまいそうで少し怖い。
「いけないかしら?」
言葉遣いが乱れないよう注意しながら返答すると、彼は前を指さした。
「いけなくはないけど、もうすぐくじ引きの順番だよ」
見るといつの間にか準備の作業分担を決めるくじ引きに入っていた。既に二つ前の席の女子が、席を立って前に出ている。
「あ、ありがとう」
すぐに順番が回ってきて、私は慌てて席を立った。
教壇に置かれた箱の中のくじを引き、四つ折りにされた紙を取り出す。中に書かれていたのは「メニュー考案係」だった。
席に戻ると、四条がこちらに身を乗り出してきた。
「どうだった?」
「メニュー考案係よ」
「わあ、僕と一緒だね」
「え」
四条がにっこり笑って小さな紙切れをはためかせる。そこには確かに私と同じく、メニュー考案係の文字があった。
さつきとならともかく、まさか彼と一緒なんて。私は頭を抑えながら席に着いた。
「腐れ縁かしら……」
「ひどいなあ。僕と一緒じゃ楽しめない?」
四条は首をかしげながら私の顔をのぞき込んでくる。
「そういうわけじゃないけれど……」
確かに四条はここ数週間関わっている影響で、クラスの中でもよく話す部類の人間になっている。それに一緒の係なら、彼を助け出すときにも楽だろう。悔しいかな四条と話すのは結構楽しいし、無理をしている時に助け出すのもいつの間にか苦じゃなくなっていた。相変わらず事情は教えてくれないけれど、それさえ既に気にならない。
とはいえそれを、素直に認めてしまうのは悔しい気もする。
「決まった以上は楽しむわよ。本当はさつきと一緒がよかったけれど」
仕方なしにそう答えると、四条は満足そうに微笑んでいた。何が嬉しかったのかは分からないけれど、その柔らかな微笑みにつられて私も口が緩んでしまった。
けれども私は気付いていなかった。別の場所から、私たちに鋭い視線が向けられていたことに。
「桜ノ宮さぁん、ちょっと来てくれる?」
作業分担決めのホームルーム後の十分休憩で、ゆるふわショートの小柄な女子、小峰由衣さんが私に話しかけてきた。クラスの中心的存在で、小さくてかわいいと男子たちにもてはやされている子だ。
普段話すことはない彼女が、一体私に何の用だろう。元不良の考えでいくと、こういうときは大抵喧嘩にいきつくのだが、小峰さんは普通の女子だ。その小さな身体で私に向かってくるとは思えない。
疑問はありつつ断る理由もなかったので、私は彼女について行くことにした。
連れて行かれたのは階段の踊り場だった。他のクラスの移動教室がないタイミングなのか、ひと気がなくしんとしている。
小峰さんは私と向き合うと、首をかしげて問うてきた。
「桜ノ宮さんって、四条くんと付き合ってるの?」
何かと思えば四条の話かと、私は内心頭を抱える。
私と彼が付き合っているらしいという噂は、相変わらず広まったままだった。こんな風に女子から確認されるのも、これが初めてではない。
だから私は、いつも通り否定することにした。
「違うわ。四条くんとは友達みたいなものよ」
本当は友達ではなく取引相手なのだが、その辺りがバレると自分の首が絞まるので黙っている。
大抵の女子はこう答えると、毎回安心した顔をして去っていく。小峰さんも同じだと思っていた。けれど彼女は「そっか~」と嬉しそうにしながら上目遣いで迫ってきた。
「そっかぁ~。じゃあさ、文化祭の準備係、交換してくれな~い?」
「えっ?」
まさかそう来るとは思わず、私は言葉に詰まってしまった。
どう答えるか迷っている間に、小峰さんは畳み掛けてくる。
「私、四条くんのことが好きなんだよね~。だから一緒の係になりたくて。ほら、文化祭を好きな人と一緒に楽しめたら最高じゃん? だからさ、協力してほしいな?」
「ええっと……」
別に四条とはカップルでもない。ただの取引相手だ。好きな相手と文化祭を楽しみたいという感覚は理解できるし、小峰さんがそうしたいなら私が邪魔する訳にはいかない。けれども「うん、いいよ」と言う言葉が何故だかすぐに出てこなかった。
どうしてなのだろう。四条にはずっと振り回されているし、さっきも同じ係になって複雑な思いをしていたはずだ。
しかし迷う私の回答を、小峰さんは待ってくれない。
「ね、いいよね? ちなみに私の係、羽生さんがいるんだぁ。さっき羽生さんと一緒が良かったって言ってたの聞こえたし、桜ノ宮さんにも悪い話じゃないよね」
逃げ道を塞がれた。ここで頷かないのなら、相応の理由が必要になる。そしてその理由を、私は見つけることができていない。
「わかっ、たわ」
「やったぁ~」
ぎこちないながらも答えると、小峰さんは飛び跳ねる。
「それじゃ、そういうことで!」
彼女は用が終わったとでも言うように、階段を駈け降りていった。
多分、これでよかったんだ。
小峰さんは好きな四条と一緒になれるし、私はさつきと一緒に文化祭を楽しめる。友達と過ごす学校行事は、なによりも憧れていたもののはず。
なのに頭へ浮かぶのは、係が同じだと分かったときの、四条の笑顔だ。彼を思うと、何故だかもやもやとした気持ちが晴れなかった。
すっきりとしないまま一年一組の前まで戻ると、ちょうお教室から出てきた四条と鉢合わせた。彼は青い顔をしながら、私に詰め寄ってくる。
「ねえ、小峰さんと係を交代したって本当?」
先に教室へ戻った小峰に聞かされたのだろう。嘘をつく意味もなかったので、私は正直に返答する。
「ええ。でも四条くんのことは見ておくから大丈夫よ」
四条の顔をまともに見られず、私は足早に教室へと入っていった。
彼の一番の心配は、取引のことだろう。連れ出す約束をしておけば、彼も納得するはずだ。
だからすれ違いざまに見た四条の顔が、ショックを受けているように見えたのは、きっと私の都合の良い妄想だろう。
***
「ねえ、これ終わる気がしないんだけど」
「いつかは終わるわよ。一緒に頑張りましょう」
隣の席でうなだれるさつきを励ましながら、私は真ん中を輪ゴムで止められた紙の束を手に取った。数枚重ねられた紙を一枚ずつ開いていけば、ふわりと紙の花が咲く。
小峰さんと係を交換した私は、さつきと同じ内装係になっていた。毎日放課後に教室へ居残り、入り口を飾る看板や、テーブルクロスなんかを用意している。
今は壁に飾る花を紙で作っている最中で、一人二十個のノルマが課せられていた。けれどもさつきは手先が器用ではないようで、度々紙を破っては「もう嫌だ」とうんざりしている。そんな彼女を励ましながら、私は最後の紙束を手に取った。
うん、ちゃんと楽しい。
さつきとの時間を咀嚼しながら、私は自分の感情を確かめる。なのに胸の奥には相変わらず、小骨が刺さったような感覚が残っていた。
教室の後方ではメニュー考案係のメンバーが集まって相談をしている。その中には四条の姿もあった。横では小峰さんが四条に笑いかけている。二人の姿を見ていられなくて、私はそっと目をそらした。
四条とは、ここ最近話していない。
係を交換して以降、休憩の度に小峰さんがやってきて、四条を連れ出していくからだ。放課後も互いに文化祭の準備で忙しく、カフェやファミレス巡りもしなくなった。顔を合わせる機会も減り、四条が無理をしているのかどうかさえ、私には分からなくなっている。
それから私と四条が付き合っているという噂もなくなった。小峰さんが私の話を、あちこちで広げているらしい。お陰で他の女子から問い詰められることもなくなった。いい傾向のはずなのに、心のどこかでそれを惜しいと思ってしまっている自分がいる。
四条はただの取引相手。むしろ初めは私を脅してきた、王子の皮を被った悪魔のような人間なのだ。なのにどうして、こんなに話せないのが苦しいのだろう。せっかく学校行事に参加できているのに、なんだかずっと暗い気持ちでいる気がする。
そのとき、さつきが小さく悲鳴を上げた。
「やばっ、もう少しで紙なくなりそう」
見ると花の材料である薄紙が、残りわずかとなっていた。失敗したことも重なって、余計に消費してしまったのだろう。自分の方は問題ないが、さつきはノルマ達成まであと十個以上も作らねばならない。
紙の入っているビニール袋には、百円ショップのシールが貼ってある。確か近くにあるショッピングモールに、同じ店が入っていたはずだ。
「さつきはそのまま作業していて。私が追加で買ってくるわ」
「マジで? ありがと薫、ほんと神……!」
「大げさよ」
両手を組んで頭を下げてきたさつきにくすくす笑いながら、私は財布を持って席を立つ。そのとき教室の反対側から、争いの声が聞こえてきた。
「本当に僕一人で大丈夫だから」
「でも一人で荷物を持つのは大変だよ? 私が手伝ってあげるって~」
「いやいや。考えないといけないこともたくさんあるし、買い物に人数を割くわけにはいかないよ」
揉めているのは四条と小峰さんだった。話の内容から察するに、四条くんが買い出しに行こうとしたところを、小峰さんが一緒に行くと言い始めたのだろう。言い合いは一向に進展する気配もなく、メニュー考案係の他のメンバーも呆れた様子で二人を見ている。
「小峰さん、最近よくやるよねぇ。逆に四条くんに引かれそうなのに」
さつきは花を作る手を止めてため息をついている。
「あの子、いつも四条くんにあんな感じなの?」
「そうそう、薫に係を変わってもらってから顕著っていうか。あれは文化祭で落とす気でいるよねぇ。あの薫になびかなかった四条くんが、小峰さんに行くとは思えないけど」
最後の一言はともかく、それより前が気になった。
小峰さんと争う四条に目を向ける。その顔は今まで見たことがないほど青ざめていた。穏やかな声と柔らかな笑顔は保っているものの、口元は引きつっている。明らかに限界ぎりぎりの様子だ。
ここは私が入ってやらないと。二人の元に向かおうとしたが、すぐに足が止まってしまう。
「四条くんが好きなの。協力してよ」
脳裏に小峰さんの言葉が再生される。
四条とは取引をしている。けれど小峰さんとも約束をしているのだ。四条との取引を守るなら、小峰さんの望みを私が邪魔してしまうことになる。それが果たして許されるのか。
迷っていると、不意に四条の目がこちらに向けられた。
久々に視線が交わる。戸惑いと気まずさと、そのほかよく分からない感情が、私の中でごちゃ混ぜになり、思わず顔を逸らしてしった。
けれども四条は逃がさないとばかりに足早に近づいてきて、がしりと私の腕を掴む。
「桜ノ宮さんも買い出し?」
口調も表情も穏やかだった。けれど私の腕を掴む手は震えていて、思わず息を呑む。
「僕も買い出しなんだ。よかったら一緒に行こう」
「わっ、ちょっと待って……」
有無を言わせずものすごい力で腕を引っ張られる。よかったらも何もない。これでは強制連行だ。結局彼の力に抗えず、私は大量の視線を浴びながら教室を出る。
急な出来事に小峰さんの顔を見る余裕がなかったのが、不幸中の幸いかもしれない。
時刻は夕暮れ時にさしかかっていた。茜色に染まる空の下、四条は私の腕を掴んだまま、無言で正門を踏み越え、歩道をずんずんと進んで行く。
「四条! おい四条、止まれって!」
仮面を剥いで声を掛けると、ようやく彼は足を止めた。けれどこちらを向こうとはしない。しばらく黙っていた四条だったが、やがて小さく呟いた。
「どうしてすぐに、助けてくれなかったの」
その声は、学年一のイケメン王子とも、私を翻弄してきた悪魔とも違っていた。
けれども私はよく知っている。弱々しく、縋るような震え声。それはいじめられていた蓮が私に助けを求めてきた時とそっくりだった。
かちり、と。パズルのピースが埋まった気がした。
「……それが、あんたか」
頻繁に見せる無理に作った笑顔。不良をやたらと毛嫌いしている発言。ずっと私に事情を話そうとしなかった、本当の理由。
「あんたも昔、不良にいじめられていたんだな」
四条が頷きながら、こちらを振り向いた。肩を小刻みにふるわせて、目を潤ませる彼の姿は、幼い子供のようだった。
その痛々しい表情に、胸が裂けてしまいそうになる。いつも助け出した後、一緒に居たことがなかったから知らなかった。あの無理に作った笑顔を剥がせば、大きな苦しみが表れることに。
四条はぐしゃりと顔を歪ませ自嘲する。
「そう、これが僕。人と話すだけで苦しくなって、弱みを握った君を利用するくらい、弱くて卑怯な人間なんだ。王子でも悪魔でもなんでもないんだよ。さあ、好きに笑って」
「笑わないよ」
私は首を横に振り、四条の隣へと並んだ。彼の苦しみを少しでも和らげたくて、緩んだ四条の手をぎゅっと握る。そのまま彼の手を引き歩きながら、ゆっくりと歩みを進めた。
「けど、どうしてあんなに無理してたんだ」
「……高校生活を、楽しみたかったからだよ」
彼が独り言のように呟いたのは、私の願いと全く同じものだった。
ぽつり、ぽつりと、四条は言葉を落としていく。
「……僕、中学の頃に不良たちからいじめられててさ。殴られたり蹴られたりは当たり前だったし、カツアゲなんかもよくされてた。クラスメイトたちも不良が怖くて誰も助けてくれなくて。中には一緒になっていじめてくる奴もいたから、どんどん人と関わるのが嫌になってさ」
推測はできていたけれど、彼の口から改めて聞くと痛々しかった。蓮には自分がいたが、彼には助けを求められる相手が居なかったのだろう。
「苦しくて、辛かった。でも同時に、情けなかった。いじめられても、何もできない自分自身が。だから高校では自分を変えようと思ったんだ。中学の僕を知らない場所に行って弱い自分を仮面で隠して、学校生活を楽しもうって。そうやって嘘をついて手に入れた立場で、卑怯にも僕は楽しんでる」
「別に……卑怯ではないだろ」
卑屈に笑う四条に、私は握る手の平に力を込めた。
強い者が弱い者の振りをするより、弱い者が強い者の振りをする方が、何百倍も難しいと思う。願いこそ私と同じだが、そこに至るまでに注がれた努力と勇気は、私の日ではないだろう。そうして嘘の自分を作り上げた四条を卑怯とは絶対に言えない。
「似た状況の私が言うのもなんだけど、別に嘘が悪いとは思わない。嘘も方便って言うしな」
確かにありのままの自分でいることが、賞賛されている節はある。けれど中には素の自分でいることができない人間もいるのだ。例えば不良の本性を出すと、無条件で周りに怖がられてしまう私のように。
望む自分になるために、仮面を被り偽りの自分を演じ続ける。それは嘘つきの証拠ではなく、変わろうとしている努力の証だ。もしもそんな努力が常識によって否定されるなら、常識の方が間違っていると思う。
「他人を傷つける嘘ならダメだけど、自分を守って、成長させるための嘘だってあるだろ」
そうしてつき続けた嘘は、いつか本物になるかもしれない。いつかは私の「不良」というレッテルも剥がれて、「おしとやかな女の子」なれるかもしれないから。
「はは……ならやっぱり、僕は卑怯だ」
励ますつもりで言った言葉はしかし、彼の嘲りを助長したようだった。
「僕が君の秘密を握ってから、君に対してなんて思ってたか知ってる? 昔自分をいじめてた不良が、僕の言葉に翻弄されてる事実に優越感を感じてたんだよ。君は僕の復讐心と征服欲を満たすおもちゃにされていたんだ。それで君を傷つけていない訳がないじゃない」
「……」
弄ばれていると感じなかった訳ではない。事実初めの頃は、四条に苛立ちを感じていたこともある。
けれど次第に、それはなくなっていた。四条と共に共有した時間は、私にとっても大切なものになっていたのだ。なにより彼は、元不良の本性を晒しても避けないでいてくれる。些細だけれど、私にとってはそれが嬉しかった。
そこまで考えて、ようやく自分の気持ちに気付く。きっと私は、四条ともっと一緒に居たいと思っていたのだ。だから小峰さんに係を譲れと言われてもやもやしたし、さつきと一緒の係になれても気持ちが晴れなかった。
「……たとえそうだとしても、私は気にしないよ。それでも私は四条と一緒にいたい」
この気持ちが何の感情からくるのかは分からないけれど、せめて四条の罪悪感を拭えたら。そう願って、正直な気持ちを口にする。
けれども四条は苦しそうに微笑んで――するりと手を離してしまった。
「ううん、やっぱりこんなことはやめないと」
四条は大きく前に踏み出し、私の方を振り向いた。
彼は、今にも泣き出しそうだった。
「君を取引で縛り続けて、一緒に過ごしているうち、だんだん僕も君と一緒に居るのが楽しくなってた。秘密を握って取引を持ちかけていたから、王子様みたいに振る舞う必要はなかったし。それに君は、僕をいじめていた不良たちとは違う。他の人たちが気付かなかったような僕の表情の変化に気付くくらい気遣いができて、周りに嘘をつく生き方も堂々と肯定できるくらい信念を持ってる。君は僕が出会った中で、一番綺麗な人間だよ」
「……なら、どうして」
「いま胸にある楽しさが、なにから来たものか分からないんだ。今は初めの頃とは違う気持ちでいるけれど、元々あったものがすべて消えたとは言い切れないから。でも僕は、綺麗な君をこれ以上汚い感情で振り回したくない。今、君の話を聞いて余計にそう思ったんだ。だからこれで、終わりにしないと」
暮れていく夕日の中、四条は最後の言葉を告げる。
「君は僕の秘密を知った。僕も君の秘密を知った。今後はお互いの秘密を守ることが条件だ。だからもう、君は僕を助けないで」
四条はいつもの穏やかな王子スマイルを浮かべていた。仮面をつけて、それ以上は心配しなくていいとでも言うように。そうして踵を返し、道の先を歩いて行く。
残された私は、立ち止まったまま動くことができなかった。


