「んんっ、このクレープ美味しい!」
「毎回思うけど、あんた相当の甘党だよな……」
 呆れ顔の桜ノ宮さんを無視して、僕はマロンクリームとさつまいもの欠片がたっぷり入ったクレープに齧り付いた。ふわふわとした甘いクリームにはちみつが絡んださつまいものほっくりとした甘さが重なって、幸せな気分になってくる。
 前にファミレスで桜ノ宮さんから「素で話すのもいいなと思った」と聞いた僕は、それ以降毎週こうして彼女をカフェやファミレスに誘い出していた。今日は密かに目をつけていたクレープ屋さんのクレープを食べに来ている。
 ちなみに桜ノ宮さんが食べているのはツナとレタスが入った惣菜クレープだ。和菓子が似合いそうな大和撫子系の女の子が、ツナクレープに齧り付いているのは、なんだか不思議な光景だった。
「っていうか、なんでこんなに連れ出すんだよ。なにかまた変な要求するつもりじゃないだろうな」
 桜ノ宮さんが眉をひそめながら警戒の目を向けてくる。
 正直それは自分でもよく分からない。でも多分、不良の桜ノ宮さんが僕の一挙一動で翻弄されている姿を見るのが楽しかったんだと思う。
 だからもっと戸惑ってほしくて、からかうように言葉を返した。
「そんなつもりはないよ。ただ桜ノ宮さんが僕と話したいみたいだからさ」
 なんとも言えない顔で眉間に皺を寄せる彼女に、僕は思わず微笑んでしまう。
 他の人はこんな風にからかえない。けれど桜ノ宮さんにはできてしまう。取引をした時点で既に王子であることを少しだけ捨てているから、多少イメージが崩れても問題ないと思っているのだろう。自然体とまではいかないまでも、他の人に比べれば彼女とは気楽に過ごせていた。
「僕、これでも王子で通ってるんだよ。ひどいことをする人間に見える?」
「あんたは王子と言うより悪魔だよ」
 悪魔。悪魔か。
 別にショックは受けていない。むしろ不良に恐れられていると思うと気分が良い。そのはずだ。だから胸がわずかに波打ったのは、気のせいだろう。
 思いを誤魔化すように、僕は彼女のイメージに合わせて悪魔らしい笑みを浮かべた。
「心配しなくても、今以上の取引を要求するつもりはないよ。この時間は僕からのサービスみたいなものだから。好きに楽しんで」
 なんて、そう言ったけれど本当は僕も楽しんでいる。
 だって普通は人と話しているとすぐに限界が来てしまうのに、彼女との時間は苦しくなかった。むしろ彼女に断られたとしても、もっと一緒にいたいと思ってしまう。
 きっとこれは、不良への優越感からくるものだ。桜ノ宮さん個人に向けた感情では決してない。たった一人へ向ける感情にしては、始まりがあまりに汚くてみっともないから。
 目の前でまた複雑そうな顔をする桜ノ宮さんを眺めつつ、僕は心の底の底で芽生えはじめた感情からそっと目を背けた。

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