たとえ世界が偽りでも

 沙羅曼蛇の本拠地に向かって全力で突っ込む。沙羅曼蛇は大体百人、白虎はわずか二人。だが白虎最強の二人だ。
「うっらァ。来いやおらァ。」
まず清香が挑発する。それを聞いた何人もの敵が一斉に押し寄せてくる。でも、そんな事は関係無い。清香は軽い攻撃をして相手の気を引く。その後はもう私に任せてくれれば良い。大丈夫、お互いに一番信頼し合っているから。私の一番信頼出来る人は敵の注意を引きつけて、私に攻撃が飛んでこないようにしてくれている。だから、私も「重攻撃」だけに集中することが出来るのだ。だから、私もそれに応えなくてはいけない。取り残しを絶対に作ってはならない。それが私の使命だから。それが私と清香の約束だから。
「おらァ。ぶっ潰してやるゥ。」
仲間達の悔しさや、苦しみ。そして、仲間達けら貰った優しさや、喜び。全てを己の拳に乗せてぶち放った。
「はぁはぁ、後はてめぇだけだ。降りてこい。」
高みの見物をしていた沙羅曼蛇の総長に向かって清香が叫ぶ。
「あの量を良く二人で倒したな。」
ゆっくりと階段を降りてくる。肌がビリビリと警告を出している。「こいつはやばい。異次元だ。」と自分の体が訴えて来るのが分かる。それを感じたのは私だけではないらしい。清香の手が少し震えている。清香の手を握りしめる。
「大丈夫、俺がいるから。もしも、怖かったら俺を置いて逃げて良いからな。」
私が清香の耳にこっそりと耳打ちをする。すると清香の手が私の手をしっかりと握りしめた。
「何言ってるんだ。これは武者震いだ。こんなに強そうなやつと戦えるんだぞ。こんな機会めったにねぇ。総長を負かしたを倒せたらあたしらが次期総長で決定だなァ。」
強がっていても、声が強張っているのが分かる。怖いに決まっている。今まで、紅茶の入ったカップよりも重いものを持ったことも無いような令嬢が、ナイフを持つ他チームのボスと戦おうとしているのだ。私に出来る事はただ一つだけ。清香と一緒に戦う事だけ。私は清香のように素早く攻撃を避けることは出来ない。けれど私は清香よりも大きなダメージを与えることが出来る。清香と私は二人で一つ。それ以上ででもそれ以下でも無い。どちらが欠けても成り立たない唯一無二の存在だから。
「仮面の使徒、行くぞォ。」
「わぁってるよ。置いてかれるなよ、漆黒の太陽ォ。」
二人で揃って飛びかかる。不思議と怖さはなかった。興奮とやる気で満ちあふれている拳を敵に突きつける。拳が鉄パイプに当たる。それでも攻撃をやめない。何故なら今はこの命は私一人の命では無いから。一緒に戦ってくれる仲間がいるから。痛くても、苦しくても諦めてはいけない。これは最後の大将戦なのだから。最後まで絶えず、立ち向かい続けた方が勝者だ。
「あははは、楽しいなァ。漆黒の太陽ォ。」
いきなり清香が大声で笑い始めた。清香は敵の目を自分に向けさせようとしているのか、あるいはただ楽しんでいるだけか。清香の動きを見る。やる気に満ちあふれ、舞うように、羽ばたくように動く彼女の姿を。
「たく、この狂人(バトルジャンキー)は。」
清香は今を楽しんでいる。普段の彼女と今の彼女ではどっちが楽しんでいるのか一目瞭然だ。なんたってここは彼女が心から楽しく舞える場なのだから。ここが彼女の安らぎの場所なのだから。
「こいつ、ぜってぇ倒さねぇといけねぇじゃんかよ。」
私の口から零れ落ちた一言に、自分が呟いたにも関わらず納得する。そうだ、彼女が心から楽しめる場所を失わせてはいけない。もし、沙羅曼蛇の傘下になってしまったら、仮面を付けている清香と、マスクを付けている私は、まず正体を探られるだろう。今、私たちの正体を暴こうとする人など白虎にはいない。だから、それが私たちにとっては心地良いのだ。私たちに必要な場所と、本当の私たちを失いたくない。夜明けが刻一刻と迫ってくる。朝になれば、使用人が私たちの部屋に来るだろう。私たちがいないことがバレれば説教どころじゃ済まなくなる。一緒にいると危ないことをすると認識された暁には、私と清香の婚約は解消されてしまうだろう。折角、互いに互いの思いが伝わったのにこんな所で離れ離れなんて認められない。それに、明るくなると正体がバレる危険性も格段に上がる。タイムリミットは夜明けまで。夜明けまでの耐久戦が始まる。沙羅曼蛇は総長一人、白虎は一番隊隊長仮面の使徒と、一番隊副隊長漆黒の太陽の二人だ。
「すぐにぶっ飛ばして風呂に入りてぇなァ。一緒に入るか。」
清香がいきなり馬鹿な事を言い出し、数秒思考が停止しかける。
「…入るわけねぇだろ、馬鹿。」
「うわぁ、馬鹿ってひでぇ。昔入った仲なのに。てか、何か妙な沈黙の時間無かったかな、漆黒の太陽さん。」
「てめぇが馬鹿な事言うからだろォ。」
「馬鹿馬鹿言うなよ、たく。折角善意でお誘いしてやったのによォ。」
「お断りだ。」
不真面目で馬鹿な会話を戦闘中に始める。でも、それが逆に心を温め、体を解した。行ける、まだまだ戦える。だって私は漆黒の太陽だから。清香と吉に期待されている新星(ニュースター)だから。たとえ世界が偽りでも、私がそれをぶち壊して新しい本当の世界を作り上げてやる。タイムリミットは近づいている。
「仮面、行けェ。」
思いっ切り清香の背中を押す。どれだけ練習しても一回も成功出来なかった技。私たちが生み出した中で最強の技。清香がスピードに任せて飛び、総長の顔を蹴り上げようと足を振り上げた。総長はギリギリの所で交わしてしまった。「失敗した」きっと誰もがそう思うだろう。人は相手の失敗を見た一瞬だけ油断する。飛び上がった清香が目立ちすぎていて、私にまで注意が回ってい無かった。すかさず後ろに回り、スタンバイをする。清香の蹴りを避けた瞬間、相手がニタっと笑う瞬間、相手の防御が薄くなる瞬間。全ての瞬間が重なり合う時、その時はやって来る。思いっ切り右足を蹴り上げる。私の足は見事、総長の股間に命中した。総長は小さく悲鳴を上げてから、その場に膝から倒れ失神した。
「名付けて、『見せかけ◯玉キック』よ。」
清香がドヤ顔で下品な言葉を堂々と述べる。周りに意識がある人がいない事を確認して安堵のため息をついた。
「清香、下品だろ。可愛い女の子何だから、もう少しお淑やかにしてないと…。」
誰も貰ってくれないよ、そう続けようとして口を閉じた。
「あら、もう貰い手はいるわよ。それとも、その誰かさんが私を捨てようとしているのかしら。」
「違うよ。その何て言うのかな。お上品にして無いと吾郎さんに嫌われるよって。」
「でも、光輝さんは素の私の事も好きでしょう。どちらかと言うと、普段の私よりもこっちの私の方が好きでしょう。」
清香が首をコトンと傾けながら問いかけて来た。何も言い返せなかった。理由は単純明快。清香の言っている事がまんま私の気持ちだからだ。
「本当に敵わないな、清香には。」
清香がふんわりとと微笑むように感じた。仮面の下ではどんな顔をしているのだろうか。
「なぁに。私の顔が見たいの。」
清香が誂うように聞いて来る。マスクを取って清香に向かってにっこりと微笑んだ。
「私の顔を見たかったのは誰かな。」
清香が顔を赤らめ、そっぽを向いた。
「もう、本当に光輝さんには敵わないわ。」
私たちは太陽が昇り始めるまで笑っていた。