あちこちで戦っている景色や音や匂いがする。今回は絶対に守らなければいけない。何があっても、今回は前回と同じような失態はしない。もう、一般市民を巻き込ませない。私の心には余裕なんて無かった。見えた敵はなりふり構わず潰す。それが私の使命だから。私は五月雨清香。私は人よりも多くのものを持って生まれた。優れた容姿は周りの人を虜にし利用するため、優れた学力は周りの人を引っ張っていくため、優れた運動能力は周りの人を守るため。私は仮面の使徒である前に五月雨清香なのだ。私にはたくさんの使命がある。こなさなければ、全て完璧にこなさなければ。それが五月雨家としての使命だとお父様が言うのだから。気がついた時には、体はもうボロボロだった。周りに何人もの白虎の仲間たちが倒れていた。私は痛みなど感じなかった。十人以上の沙羅曼蛇隊に囲まれても、諦めることなく殴り、蹴り続けた。武器を使っていようと関係無い。私は臆すること無く前に進み続けるだけだ。
「たく、どんなけいるんだよ。蛆虫みたいにうじゃうじゃと湧いてきやがって。」
「ああ、これだと白虎の五倍の人数は居るんじゃねぇか。」
ようやく吉と合流し、二人で背中を守り合う。
「副隊長は。」
「あぁ、そんなのとっくにやられたよ。あいつ、根はビビリ何だから無理するんじゃねぇよなァ、たく。」
私たちが共闘していると、知っている人影がこちらに駆け寄って来る姿が見えた。
「仮面の使徒、総長大丈夫すか。」
光輝だった。沙羅曼蛇を殴り飛ばしながらずんずんとこちらに向かって来た。
「漆黒の太陽、無事だったか。よし、お前ら二人で共闘しろ。俺様は沙羅曼蛇の総長と話を付けてくるからよォ。」
私たちの返事を聞く間も無く、吉は遠くへ行ってしまった。
「くっそ、共闘は出来ねぇから、背中合わせろ。お前はあたしの背中側を守れ。あたしはお前の背中守ってやる。」
私の指示通り光輝は私の背後に周り敵を蹴散らす。
「仮面の使徒、総長が話付けてくるからよぉ、それまで耐えるぞ。」
「ああ、分かってるよ。お前先にくたばるなよ。」
 それから数時間が経過した。白虎の仲間たちはほとんど倒れてしまった。私たちの唯一の希望を待ち望んでいた。しかし、結果は良くないことになってしまった。
「おい、戦いは終わりだ。これを見ろ。」
沙羅曼蛇の総長の呼びかけに全員が一瞬で戦いを止めた。そこには吉が沙羅曼蛇の総長にボコボコにされている姿があった。腹部からは血が流れ、足は変な方向に曲がっていた。沙羅曼蛇の総長の手にはナイフと金属の棒が握られていた。その様子を見た沙羅曼蛇メンバーは皆喜びあっている。辺りを見渡すと私と光輝以外の白虎のメンバーは全員倒れていた。私たちもすぐさま押さえつけられた。
「あれ、こいつ何か軽いし、あまり力無いよ。もしかして、君って女。」
私が女だと気がついたメンバーの一人が楽しそうに話している。力強く体重がかかり、手も縛られているため抗えない。
「美人かな。」
さらに集まってきた人達がによって逃げ道まで塞がれてしまった。一人の男が仮面を外そうと手を伸ばしてくる。必死になって抵抗するが数多の男達によっていとも簡単に鎮圧された。私の仮面に手が触れた瞬間、いきなりその男が吹っ飛んだ。
「おい、仮面の使徒に手ェ出すな。ぶち殺すぞ。」
光輝だった。ギリギリのところで光輝が守ってくれたのだ。周りの敵が身構えるもいとも簡単に吹っ飛ばしていき、周りのを全員失神させた。
「光輝。」
私は光輝に手を伸ばす。このままほって置いたら光輝がどこかに行ってしまいそうで、光輝が光輝じゃなくなりそうで必死に手を伸ばす。
「清香、ごめん。俺、お前の事守るなんて大口叩いたのに結局、危険な目に晒してしまった。本当に婚約者失格だ、俺は。」
私の手をしっかりと握りしめる。光輝の力と思いの強さを刻々と受け止める。
「あのね、光輝。守ってくれてありがとう。だからね失格なんかじゃないよ。本当のこと言うとね、少し、いやとても怖かった。光輝は私の婚約者で、ナイトで、ヒーロー。」
私は一度言葉を切る。言葉がぐちゃぐちゃになってしまい、伝わっているのかと言う不安が押し寄せる。光輝の顔を見ると、真面目な目が覗いていた。大丈夫、光輝なら私の話を聞いてくれる。だって、私が一番信用できる人だから。
「あのさ、この前光輝がお互い秘密があるって言ったじゃん。光輝さえ良ければ、その、教え合う。」
恐る恐る尋ねる。私から自分が起こり出した話題に持っていくなんて、はしたない女だと思われただろうか。怒っていたらどうしようなどの感情がぐるぐると渦を巻く。怖さで光輝の目を見ることが出来なかった。
「俺から言わせてくれないか。」
光輝が私の体をしっかりと抱き寄せた。光輝の胸の中で頷く。血と汗の匂いがする。それはきっと、私も同じだろう。でも、その中に安心する匂いがする。光輝の匂いがする。
「天野川家と五月雨家は私たちが生まれた時がから私たちを政略結婚させるつもりだっただろう。だけど、私は、いや俺は清香が好きなんだ。どうしようも無いほどにお前が好きなんだ。たとえ世界が偽りでも、たとえ日々の日常生活が、みんなの前でするの笑顔が、話し方が、たとえ私自身が偽りでも、俺のこの言葉だけはぜってぇ嘘じゃねぇ。この気持ちだけはぜってぇ嘘にさせねぇから。」
光輝の心からの思いが伝わってくる。涙が頬を伝う。嬉しいのか安心し過ぎたのかは分からないけれど、一つだけ確かなことがある。
「あたしも光輝の事が好きなの。政略結婚とか関係無い。あたしはあんた以外に誰も必要じゃないの。あんたの前でしか素直になれないの。本当のあたしを分かってくれるのは光輝だけなの。たとえ世界が偽りでも、たとえ日々の日常生活が、みんなの前でするの笑顔が、話し方が、たとえ私自身が偽りでも、あたしのこの言葉は嘘じゃない。絶対に違うって言えるから。この気持ちだけは誰にも譲れない。譲らないから。」
泣きながら本当の気持ちを光輝に打ち明けると、もう一度光輝の手が私の体を包み込む。抱き寄せられ、頭にそっと手が置かれる。
「清香は泣き虫だな。本当に昔から。」
「大体、光輝の方が昔はずっと泣いてたじゃん。それで、光輝を泣かせないって私がいつも怒られてた。」
顔を見合わせて笑う。周りに意識がある人がいないことを確認し、光輝がマスクを、私が仮面を取る。互いの唇が重なり合う。敵陣の真ん中、仲間や敵が気絶してる山の真ん中で人生で初めての体験をする。
「清香、新しい発見でも出来たのか。頬が赤いけど、どうかしたのか。」
私が照れていることを光輝に誂われる。だが、そんな光輝の顔もとても真っ赤に染まっていた。
「えぇ、人生で初めてだからね。それと、光輝も人のこと言えないくらい顔が赤いよ。」
私が仕返しに指摘してやると、光輝はバツが悪そうにそっぽを向いた。この楽しくて、幸せな時間を終わらせたく無い。そのために、私たちにはやるべき事がある。それは光輝も分かっていた。
「決着、付けねぇとな。」
「そうね、誰か一人でも戦えるのならまだ白虎が負けていない。最後の一人まで諦めずに戦う。これがあたしたちの愛したチームのルールだから。私たちはまだ戦える。だから、白虎はまだ負けていない。そうでしょ。」
私が光輝の意思を確認するように促す。
「あぁ、そうだな。恩は恩で、仇は仇で返さねぇとな。」
予想通りの言葉が返ってきて安心しつつも、緊張が高まる。私は仮面を、光輝はマスクを付けて立ち上がる。手を取り、決して離れないようにしっかりと握りしめる。深く、深く息を吸う。
「白虎ァ、一番隊隊長、仮面の使徒ォ。」
「白虎ァ、一番隊副隊長、漆黒の太陽ォ。」
「「出撃だァ。」」
仲間の敵を打つために、これ以上被害が拡大しないために、そしてこの戦いの幕を閉じるために。沙羅曼蛇の総長を倒すべく本部へ走る。