欠伸をして、伸びをして。俺はこれも毎年のことだとテレビをつけた。
昼寝ならぬ夕寝をしてしまった結果、気づけばもう夜の九時である。大晦日恒例、『紅白百番勝負!』は始まってしまっている。赤組と白組に別れて、男女で歌を使ったバトルをするというお約束の番組だ。
――あー……しまった。花菜ちゃん見逃しちまった。録画はしたけどさー。
正直言って、俺はあんまりこの番組が好きではない。それでも録画した上で、なるべくリアルタイムで見ようとする理由は決まっている。同居している誰かさんがこの番組が好きなことと、俺が推してるアイドルやらバンドやらも何組か出演するからだ。
番組の内容は気に入らないところがあっても、出演している歌手はその限りではない。特に俺が大好きな皆瀬花菜ちゃんは、彼女が大御所のアイドルグループにいた時からの押しである。卒業してソロ活動するようになってからも追いかけ続けている。――私の目の前であんまり派手な応援しないでよね、と同居人に冷たい目を向けられることもあるが、それはそれだ。
「あーあー……くそっ、花菜ちゃん見損ねた……!今日新曲歌ってくれる予定だったのにあー……」
「そこー?聞こえてるんですけどー?」
「うぐっ」
風呂場の方から声が聞こえてきて、俺はぐっと声に詰まる。風呂上がり、半袖短パン姿の優希が、濡れた髪を拭きながら歩いてくるところだった。高校を卒業してから働いている優希と、大卒で会社員の俺。年の差もあるしそれ以外の理由もあるし、当初から両親には微妙に良い顔をされなかった自分達の交際。押しきった理由など簡単なこと。誰になんと言われようが、俺にはもう優希以外の相手と付き合うなど考えられなかったからだ。
優希が好きだ。
ちょっと臆病で気弱だけれど、人の痛みを思ってすぐ泣いてしまうところ。誰かの為に力を尽くすことを惜しまず、何をやるのも一生懸命なところ。勿論顔も“スキ”の範疇に入っている。昔は背が高くてすらっとしたタイプの方がいいと思ってたのになぁ、と自分でも少し不思議だ。理想としていたクールビューティではなく、選んだのは小柄で可愛いタイプの優希だった。まあ、惚れた相手が好みだ、というのは間違ってはいないだろう。
ついでに、そこまで勝ち気ではないはずだが、嫉妬だけはいっちょまえの恋人である。アイドルは仕方ないのわかってるけど!と言いながらも俺が女の子のタレントに熱い視線を送ってると隣でむくれてくれるのだからたまらない。すまん、お前のそういう顔見たくて嫉妬させてる時もあるんだわ――なんてのは、ここだけの話である。
「皆瀬花菜とかどこがいいのかわかんない。それよりももっとほら、気の強そうでカッコいい女性タレントの方が魅力的じゃないの?ほら丁度歌ってる、マリカとかさ」
ほら、と優希が指差した先。モデル体型の美女が、マイクを片手に熱唱している。パンク系で歌う曲もハードロック系が多いのがマリカだ。若い女子を中心に人気を博して、この数年でついに紅白百番勝負にまで呼ばれるまでに至った。
綺麗だなあ、とは思う。女子達からすれば可愛い系アイドルはムカついても、ああいう男前美女は嫌われにくいんだろうなということも。しかし。
「嫌いじゃないけどさー。俺の好みも変わったというかなんというか」
「そうなの?前は長身美女が好きとか言ってたじゃん」
「言ったけど。……今は、誰かさんにどっか似てるタレントばっか目で追っちゃうというかなんというか。花菜ちゃんとか、小柄で目が大きくて可愛い系でものすごーく似てるものを感じるというかなんというか」
「ばっ」
途端、真っ赤なゆでダコになる優希。マジで可愛い、と俺はにやにやしてしまう。ついでに、間近に見える生足がやばい。真っ白でつやつや、お洒落に気を使っているだけあって、お風呂上がりのモチ肌は本当にたまらない。
ぶっちゃけ、ものすごい目に毒である。そろそろ襲っても許されるかな、と本気で思う今日この頃。優希も十九歳で高卒だ。見た目がいくら幼くても年齢的には問題ないはずである、タブン。
「そ、そんなことよりさあ!ずっと聞きたかったことがあったんだけども!!」
俺のオオカミな視線に気づいてか、優希はクッションをだきしめてばふっ!と座り込んでしまう。
「とーやんさぁ、どうしてこの番組苦手なの?紅白百番勝負とか定番中の定番じゃん、大晦日の。昔より視聴率下がったって話は聞いてるけど、それでも見てる人は多いよ?出てくる歌手はゴーカだしさ、幕間のイベントとか最近はけっこー工夫されてるし。普通に面白いと思うんだけど。てか、心底嫌いってわけじゃないから見てるんでしょ、これ?」
ちなみに、とーやん、というのが俺のアダ名である。優希は周囲の友人知人に、可愛い呼び名をつけるのが昔から好きだった。俺のとーやん、という呼び方も恋人になる前からのものである。
いや、まさかジムで偶然会っただけのあのかわいこちゃんが、俺の恋人になる日が来るとは思わなかったわ――とはしみじみ思うことだが。
「うーん。そうだなあ、言ってなかったっけ」
俺は苦笑して、口にする。
「男女で赤白に分かれるってのが、どーも嫌いでさあ。ていうか、赤が嫌いなんだわ。女の色、ってレッテル貼ってるかんじがすげぇ嫌。それさえなけりゃ、この番組もふつーに楽しく見てられんだけどねぇ」
なんとなく察したのだろう。途端、泣きそうに眉を八の字にして、ごめん、と呟く優希。そんな顔などしなくていいのに。いつか話してもいいかな、と思っていたことを今、なんとなく話しているというだけなのだから。
白が男の色であるかどうかは、多分意見が分かれるところだろう。だが赤は違う。女の子のランドセルの色は赤で、トイレのマークも女の子は絶対と言っていいほど赤だ。赤は女の子の色、赤が好きなんてそんなの女々しい――そういう、性別のイメージの押し付けが昔からどうしても我慢ならないのである。
いいではないか、男の子が赤が好きでも。女の子が赤が嫌いでも。そんなの好みの問題であるはずで、それだけで男らしさだの女らしさだの決めつけられる理由はないはずなのに――。
LGBTQを認めようという動きは広まってきても、人々の心を無意識に縛るものはまだまだ消えていない。無意識で自覚もないものは、そう簡単に変えていくなど出来ないのである。
特に子供たちは素直で、残酷だ。赤い服が好きだと、赤いランドセルがいいと望んだだけで――その少年を、虐めの対象にするくらいには。
昔は男の子はランドセルが黒、女の子は赤と実質決められていたようなものだった。今ではカラフルになってきているし、それ以外のランドセルを持っている子供も多く見かけるようになっている。
それでもきっとまだ、少ないことだろう。――赤いランドセルを堂々と背負って学校に行く勇気を持った男の子は――きっと。
「……そうだったね。とーやんは、赤が嫌いだったね」
静かに告げる、優希。
「でもね、とーやん知ってる?」
「ん?」
「戦隊ヒーローの主人公は、大抵“赤”なんだよ。だから、私は赤が好き。いつも助けてくれる、一番大好きな人を思い出すから。私のために怒って、心配して、そばにいてくれる誰かさんが……私にとってはヒーローだから」
ぽすん、と優希が俺の肩によりかかってくる。温かい。独りじゃない。優希が傍にいてくれて、寄り添ってくれるおかげで――俺はいつも、いつだって知ることができるのだ。
俺達は孤独なんかじゃない。どんな自分でも、それが誰かにとっては歪でも――愛する人がいて、愛してくれる人もまた確かに存在するということを。
「とーやんが助けてくれたから、私は……もう、虐められて泣いてる子供じゃない。今は堂々ととーやんが好きだって言える。堂々とスカートを履いて、とーやんの隣を歩けるんだもん。……だから大丈夫だよ。赤は女の子の色かもしれないけど、女の子だけの色じゃない。私のために怒ってくれるとーやんがいる、それだけで幸せなんだから」
親の反対を押し切って赤いランドセルを背負ったせいで、虐められていた優希。
赤いランドセルなんか嫌だと親に反抗し、中学では頑なにセーラー服を拒んだ俺。
そんな俺達が出会って、ぴったりと合わさったパズルのピースのようにひとつになって今――此処に、いる。
――そうだな。そんな奇跡に比べりゃ……赤が女の色かどうかなんて、些細な問題だよな。
優希が言うなら、今日から赤はヒーローの色だ。
そう思えばきっとそれだけで、世界はどこまでも鮮やかに染まるのだろう。
「ありがとう。……これからもよろしく、優希」
愛しい肩を抱き寄せて、俺は言う。
「もち。……こっちこそよろしくね、透子」
お互いの名前を呼んで、俺達は笑った。
最高に幸せな除夜の鐘まで――あと、一時間半。
昼寝ならぬ夕寝をしてしまった結果、気づけばもう夜の九時である。大晦日恒例、『紅白百番勝負!』は始まってしまっている。赤組と白組に別れて、男女で歌を使ったバトルをするというお約束の番組だ。
――あー……しまった。花菜ちゃん見逃しちまった。録画はしたけどさー。
正直言って、俺はあんまりこの番組が好きではない。それでも録画した上で、なるべくリアルタイムで見ようとする理由は決まっている。同居している誰かさんがこの番組が好きなことと、俺が推してるアイドルやらバンドやらも何組か出演するからだ。
番組の内容は気に入らないところがあっても、出演している歌手はその限りではない。特に俺が大好きな皆瀬花菜ちゃんは、彼女が大御所のアイドルグループにいた時からの押しである。卒業してソロ活動するようになってからも追いかけ続けている。――私の目の前であんまり派手な応援しないでよね、と同居人に冷たい目を向けられることもあるが、それはそれだ。
「あーあー……くそっ、花菜ちゃん見損ねた……!今日新曲歌ってくれる予定だったのにあー……」
「そこー?聞こえてるんですけどー?」
「うぐっ」
風呂場の方から声が聞こえてきて、俺はぐっと声に詰まる。風呂上がり、半袖短パン姿の優希が、濡れた髪を拭きながら歩いてくるところだった。高校を卒業してから働いている優希と、大卒で会社員の俺。年の差もあるしそれ以外の理由もあるし、当初から両親には微妙に良い顔をされなかった自分達の交際。押しきった理由など簡単なこと。誰になんと言われようが、俺にはもう優希以外の相手と付き合うなど考えられなかったからだ。
優希が好きだ。
ちょっと臆病で気弱だけれど、人の痛みを思ってすぐ泣いてしまうところ。誰かの為に力を尽くすことを惜しまず、何をやるのも一生懸命なところ。勿論顔も“スキ”の範疇に入っている。昔は背が高くてすらっとしたタイプの方がいいと思ってたのになぁ、と自分でも少し不思議だ。理想としていたクールビューティではなく、選んだのは小柄で可愛いタイプの優希だった。まあ、惚れた相手が好みだ、というのは間違ってはいないだろう。
ついでに、そこまで勝ち気ではないはずだが、嫉妬だけはいっちょまえの恋人である。アイドルは仕方ないのわかってるけど!と言いながらも俺が女の子のタレントに熱い視線を送ってると隣でむくれてくれるのだからたまらない。すまん、お前のそういう顔見たくて嫉妬させてる時もあるんだわ――なんてのは、ここだけの話である。
「皆瀬花菜とかどこがいいのかわかんない。それよりももっとほら、気の強そうでカッコいい女性タレントの方が魅力的じゃないの?ほら丁度歌ってる、マリカとかさ」
ほら、と優希が指差した先。モデル体型の美女が、マイクを片手に熱唱している。パンク系で歌う曲もハードロック系が多いのがマリカだ。若い女子を中心に人気を博して、この数年でついに紅白百番勝負にまで呼ばれるまでに至った。
綺麗だなあ、とは思う。女子達からすれば可愛い系アイドルはムカついても、ああいう男前美女は嫌われにくいんだろうなということも。しかし。
「嫌いじゃないけどさー。俺の好みも変わったというかなんというか」
「そうなの?前は長身美女が好きとか言ってたじゃん」
「言ったけど。……今は、誰かさんにどっか似てるタレントばっか目で追っちゃうというかなんというか。花菜ちゃんとか、小柄で目が大きくて可愛い系でものすごーく似てるものを感じるというかなんというか」
「ばっ」
途端、真っ赤なゆでダコになる優希。マジで可愛い、と俺はにやにやしてしまう。ついでに、間近に見える生足がやばい。真っ白でつやつや、お洒落に気を使っているだけあって、お風呂上がりのモチ肌は本当にたまらない。
ぶっちゃけ、ものすごい目に毒である。そろそろ襲っても許されるかな、と本気で思う今日この頃。優希も十九歳で高卒だ。見た目がいくら幼くても年齢的には問題ないはずである、タブン。
「そ、そんなことよりさあ!ずっと聞きたかったことがあったんだけども!!」
俺のオオカミな視線に気づいてか、優希はクッションをだきしめてばふっ!と座り込んでしまう。
「とーやんさぁ、どうしてこの番組苦手なの?紅白百番勝負とか定番中の定番じゃん、大晦日の。昔より視聴率下がったって話は聞いてるけど、それでも見てる人は多いよ?出てくる歌手はゴーカだしさ、幕間のイベントとか最近はけっこー工夫されてるし。普通に面白いと思うんだけど。てか、心底嫌いってわけじゃないから見てるんでしょ、これ?」
ちなみに、とーやん、というのが俺のアダ名である。優希は周囲の友人知人に、可愛い呼び名をつけるのが昔から好きだった。俺のとーやん、という呼び方も恋人になる前からのものである。
いや、まさかジムで偶然会っただけのあのかわいこちゃんが、俺の恋人になる日が来るとは思わなかったわ――とはしみじみ思うことだが。
「うーん。そうだなあ、言ってなかったっけ」
俺は苦笑して、口にする。
「男女で赤白に分かれるってのが、どーも嫌いでさあ。ていうか、赤が嫌いなんだわ。女の色、ってレッテル貼ってるかんじがすげぇ嫌。それさえなけりゃ、この番組もふつーに楽しく見てられんだけどねぇ」
なんとなく察したのだろう。途端、泣きそうに眉を八の字にして、ごめん、と呟く優希。そんな顔などしなくていいのに。いつか話してもいいかな、と思っていたことを今、なんとなく話しているというだけなのだから。
白が男の色であるかどうかは、多分意見が分かれるところだろう。だが赤は違う。女の子のランドセルの色は赤で、トイレのマークも女の子は絶対と言っていいほど赤だ。赤は女の子の色、赤が好きなんてそんなの女々しい――そういう、性別のイメージの押し付けが昔からどうしても我慢ならないのである。
いいではないか、男の子が赤が好きでも。女の子が赤が嫌いでも。そんなの好みの問題であるはずで、それだけで男らしさだの女らしさだの決めつけられる理由はないはずなのに――。
LGBTQを認めようという動きは広まってきても、人々の心を無意識に縛るものはまだまだ消えていない。無意識で自覚もないものは、そう簡単に変えていくなど出来ないのである。
特に子供たちは素直で、残酷だ。赤い服が好きだと、赤いランドセルがいいと望んだだけで――その少年を、虐めの対象にするくらいには。
昔は男の子はランドセルが黒、女の子は赤と実質決められていたようなものだった。今ではカラフルになってきているし、それ以外のランドセルを持っている子供も多く見かけるようになっている。
それでもきっとまだ、少ないことだろう。――赤いランドセルを堂々と背負って学校に行く勇気を持った男の子は――きっと。
「……そうだったね。とーやんは、赤が嫌いだったね」
静かに告げる、優希。
「でもね、とーやん知ってる?」
「ん?」
「戦隊ヒーローの主人公は、大抵“赤”なんだよ。だから、私は赤が好き。いつも助けてくれる、一番大好きな人を思い出すから。私のために怒って、心配して、そばにいてくれる誰かさんが……私にとってはヒーローだから」
ぽすん、と優希が俺の肩によりかかってくる。温かい。独りじゃない。優希が傍にいてくれて、寄り添ってくれるおかげで――俺はいつも、いつだって知ることができるのだ。
俺達は孤独なんかじゃない。どんな自分でも、それが誰かにとっては歪でも――愛する人がいて、愛してくれる人もまた確かに存在するということを。
「とーやんが助けてくれたから、私は……もう、虐められて泣いてる子供じゃない。今は堂々ととーやんが好きだって言える。堂々とスカートを履いて、とーやんの隣を歩けるんだもん。……だから大丈夫だよ。赤は女の子の色かもしれないけど、女の子だけの色じゃない。私のために怒ってくれるとーやんがいる、それだけで幸せなんだから」
親の反対を押し切って赤いランドセルを背負ったせいで、虐められていた優希。
赤いランドセルなんか嫌だと親に反抗し、中学では頑なにセーラー服を拒んだ俺。
そんな俺達が出会って、ぴったりと合わさったパズルのピースのようにひとつになって今――此処に、いる。
――そうだな。そんな奇跡に比べりゃ……赤が女の色かどうかなんて、些細な問題だよな。
優希が言うなら、今日から赤はヒーローの色だ。
そう思えばきっとそれだけで、世界はどこまでも鮮やかに染まるのだろう。
「ありがとう。……これからもよろしく、優希」
愛しい肩を抱き寄せて、俺は言う。
「もち。……こっちこそよろしくね、透子」
お互いの名前を呼んで、俺達は笑った。
最高に幸せな除夜の鐘まで――あと、一時間半。



