「私たち、本当に付き合ってたの? どんな風に?」
まつりは振り返ると前野進に言った。
前野進は少し目を伏せて、バルコニーの柵に手をかけた。
どこか遠くを見るようなまなざしで、しばらく黙っていた。
「……うん、本当に付き合ってたよ」
静かな声で言う。
「どんなふうに?」
まつりは自分でも、この先を聞いて良いのか分からなかった。
進は、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔はやっぱり懐かしいとまつりは胸がズキンと痛んだ。
「普通に付き合ってたって言いたいところだけど、それだけじゃ足りないくらいには、色んなことあったよ」
「色んなことって?」
「親が俺たちの関係に反対して2人で駆け落ちするくらいのことはあった」
前野進はさらっと言った。
「……私、何も覚えてない」
「うん。でも、無理に思い出さなくていい」
進は切なげにそう言うと、まつりの方を見た。
「駆け落ちって言っても深夜に2人でマクドナルド行って、2人の未来の話をしただけだけど」
まつりは息を呑んだ。自然と顔が引き攣る。
「それでも、私の親からしたら大事件だ」
まつりは乾いた声でそう言って、思わず小さく笑った。
「……怒鳴られたのって、私だけじゃないよね?」
そう言うまつりに進は苦笑した。
「そう!俺も、家に呼び出されてさ。『娘をどこに連れて行った!』って、めちゃくちゃ怒られた」
「ほんとに?」
「うん。俺、マクドナルドって正直に言ったのに、全然信じてもらえなかった」
「そりゃそうだよ……夜中にマックって……」
ふたりは、同時に小さく吹き出した。
その瞬間、まつりの胸の奥に、あたたかい何かが灯った気がした。
記憶じゃない。
でも、きっとその笑いは、過去のふたりとどこかで繋がっていた。
「私……どうしたらいいんだろう」
まつりはぽつりと言った。
「何もかも知らない自分で、進くんの前に立ってるのが、こわいよ」
「こわくていいよ。俺だって、こわいから」
「え?」
「まつりが、もう俺のこと好きじゃなかったらどうしようって、毎日思ってる」
「……そんなの、わかんないよ」
まつりの声は、かすかに震えていた。
「でも、ちゃんと知りたいって思ってる。今の私の気持ちも、進くんの気持ちも」
「うん」
進は小さくうなずいた。
「だからさ、焦らなくていいって。」
「ううん、焦るとか気持ちの話じゃなくてね。思い出したいんだ全部、また時間があったらその時の話聞かせてくれない?」
その瞬間まつりは、進の目が泳いだのに気づいてしまった。


