「電話しなよ」
若子が言うと、まつりもうなずいて、
まだ何も送ってないトーク画面を開いた。
『前野くん、さっきはごめんね。電話したいんだけどいいかな?』
送信して、すぐに既読がつく。
『いいよ』
通話画面が表示されて、まつりの顔に緊張が走った。
「私、どっか行ってようか?」
「ん、いい。ここにいて」
まつりは呼吸を整えて通話ボタンを押す。
「あ、前野くん?」
「なに?」
「前野くんに聞きたいことがあるんだけど、今聞いても大丈夫?」
「大丈夫だけど、どうした?」
「あのね、」
発作的に電話したが、まつりは何から聞けばいいのか分からなかった。まつりは聞きやすいこと、前野進が簡単に答えられることを沈黙の間に考えた。
「前野くんって中学どこだった?」
「西中だけど」
「引っ越す前は?」
「ああ、引っ越す前は私立の学校行ってたよ」
「どこ?もしかして…松葉中?」
電話先は戸惑いか困惑からか、無音の時が流れる。
前野進は言葉を選びながらゆっくりと答えた。
「そうだよ、引っ越す前は松葉中に通ってた」
「私も行ってたの。松葉中に」
すると、前野進は絞り出すように静かに答えた。
「もしかして、思い出した?」
その一言をまつりは求めていたことに気づいてしまった。嘘をついてでも肯定して、その先に前野進はどんな言葉をまつりに言うのか知りたくなった。
「思い出した…かも」
まつりが考えながら言うと、進は嬉しそうに話し始めた。
「ずっと。まつりが全部分かっててやってるのか、どっちか分からなかったからさ。どう接したらいいのか分からなかったよ」
前野進がまつりのことを呼び捨てで呼ぶほどの仲だったこと、進との温度差を体感してまつりは衝撃を受けた。
「いきなり進くんって言ったと思ったら、また前野くんって呼び方変えたりさ、心臓に悪いって」
「え、私そんなこと言ってた?」
まつりが言うと、電話口はしばらく静かになった。その一言で、まつりは真実を知るチャンスが崩れ落ちていくのが分かった。
「そこは思い出してないんだ」
「うん。でも前野くんって呼ぶより進くんって呼ぶ方が言いやすいななんて思ってたよ」
「じゃあコーラの話は?」
「ごめん、なんだっけそれ?」
この一言が更に間違いだと気づいた時には遅かった。
「忘れたけど私諦めないよ、絶対思い出すから」
全てを取り戻したい気持ちだけで思いついたことを、まつりは口走っていた。
「そういうの、いいから」
「う、うん。」
「俺たち付き合ってたんだけど」
「え?」
まつりの頬がじわっと熱くなった。
「思い出せるまで待てって言われてたけどさ、もういいよな」
混乱するまつりに、進は語気が荒くなるのを抑えるように言うと電話を切った。
その時、まつりは自分の言葉が何を意味するのか気がついた。
振り向かないと決めたのに、前に進むと決めていたことその理由さえ思い出せないままで本当にいいのか。
マクドナルドのポテトのアラーム音が聞こえる。


