「ヤスシ! こんな遅い時間まで何をしていたの?」
 家に帰ると、母が玄関に出てきてオレを睨む。
「別に」
「また、バンド? いつも言っているでしょ。何でもっと勉強しないの?」
「勉強はキライだ」
「もう、あなたは手遅れね。失敗だったわ」

 子どもの頃は、母と過ごす毎日が幸せだった。あのまま、幸せはずっと続くと思っていた。
 しかし音楽にのめり込み、夢中になっていった高校生の頃から、ずっとオレは母を受け入れられない。
 きっかけは些細なことだ。
 ド派手な化粧をして、女性っぽい衣装でライブのステージに上がるオレの姿を見て、嫌になったらしい。田舎では、化粧をする男は変人に見えるのだろう。
 ついには、親父までオレを避けるようになった。
 親父はオレと血が繋がっていない。そもそも親父にとってもオレは邪魔者だったのだ。3歳の時、本当のオレの親父は母と離婚して、それ以来会っていない。
 父親違いの弟、貴文は、中学生で、学校の成績がよかった。きっとこの先、進学校に進んでさらに将来が嘱望されるであろう貴文と、Fランク高校でバンドをしてばかりのオレとの扱いの差は歴然だ。

 親父がオレよりも血の繋がった貴文を大切にしてしまう気持ちは、分からないでもない。いくら家族だと言っても所詮、オレと親父は他人なのだから。
 しかし母までオレを邪魔に感じる態度を取るのは、さすがにショックだった。
 母は、目を見てオレと話そうともしない。貴文には、あんなに優しい笑顔で接するというのに。
 優しいと信じていた母の中に、底知れない残虐で冷酷な性格が眠っていると気づいた時、この世の全てが汚れて見えた。