先に、にぎわいの森に着いたユウスケは入り口で、勝ち誇った表情でオレを待っていた。渋々オレは敗北を認め、分かったよ、と言った。
 にぎわいの森は、遠方からの観光客で混雑している。商業施設の入り口を入ると、道端で募金活動をしている子どもの団体が目に入った。子どもは5人、みんな小学生か中学生くらいの年齢だ。
「ご協力お願いします!」
 その団体は、統一された黄色の蛍光色のジャンパーを着て、すれ違う人たちに一生懸命に呼び掛けている。
 オレとユウスケは募金をできるだけの金がなかったし、関心もなかったから目を反らして先へ進もうとした。

「あ! ねえ!」
 勢い良く通り抜けたら背後から声が聞こえてきた。
 驚いて後ろを振り向くと、制服を着た女子が手を振っている。
 アイツだ。
 先週、阿下喜駅前の路地裏にある自動販売機前でオレの金を盗んでいきやがった。
 何であの募金をする団体にアイツがいるのか?
 相手にするとロクなことがなさそうだったから、オレは無視する。

「ヤスシ。あの子、知り合いか?」
 ユウスケは首を傾げてオレに聞く。
「知らねえよ。放っておこうぜ」
 オレは見ないようにして進むと、またアイツは強引になった。
「待ってよ! ねえ!」
 あの女子が大声で叫ぶから、周りの人たちがじろじろ見ている。そしてアイツはオレたちを追い駆けてきた。
 獲物を見つけたライオンのように、楽しそうな表情をしている。オレはどこかに逃げ出したかったが、あんなに大声を出されてはたまらない。
 仕方なく立ち止まり、アイツが来るのを待った。

「ねえ、お金、ちょうだい!」
 まただ。唐突に少女が無謀なことを言い出すので、ユウスケは笑った。相変わらずコイツは金が目当てらしい。
 だが、この時、コイツが募金する団体にいたから、募金のために金を欲しがっているのは何となく分かった。
 しかし、先週は了解なしに勝手に金を盗られたから、オレはこの女子が憎い。

「バカじゃねえの。それよりもこの前盗った金返せよ!」
 年下の中学生を相手に、オレは容赦ない。
「この前のお金は、ちゃんと募金したよ。ありがとう。ところでさあ、お金……駄目?」
 罪の意識もなく、コイツは微笑んでいる。
「お前、こんな幼い子とパパ活してんのかよ? 隅に置けないな」
 ユウスケは、にやにや笑いながら、オレを冷やかした。
「ふざけんなよ! そんな訳ないだろ」
 つい、むきになって怒鳴ってしまったから、ユウスケに益々誤解される。
「まあまあ、そんなに照れるなって。年下の中学生が好みなのか。意外だな。俺は先に中に入ってるから、ごゆっくり」
 ユウスケはオレを見捨てて、スイーツ店に入っていった。
「おい! 置いていくなよ」
 ユウスケは背中を向けたままオレとこの女子に手を振っている。

「パパ活だって。うふふ」
 コイツは、置かれている状況を全然理解しないどころか、楽しんでいる。本当にタチの悪いガキだ。
 周りの客が、小馬鹿にした笑みを浮かべてオレと少女を見て通り過ぎる。勘違いして笑っている奴らをオレはぶん殴ってやりたかった。
「ねえ、背負ってるのって、ひょっとしてエレキ・ギター?」
「そうだよ。オレはバンドのボーカル・ギターだ。オレやさっきいたユウスケは音楽にすべてをかけてる」
「すごいじゃん」
「それより、金はない! さっさと皆のいる場所へ戻れよ。しっ、しっ」
「何よ、その言い方は。ここで何か買うお金はあるくせに」
 初めてコイツが怒りの表情を露にした。
「貧しいオレがわずかな金でほんの少し買い物するくらい、自由だろ。その金さえも巻き上げるのか? オマエは、何様だよ!」
 大声で言っても、コイツはたじろく気配がしない。

「全部なんて言ってないじゃん。一円でも、十円でもいいのにさ」
 長い髪を茶色に染めて、しかめっ面したオレに臆することなく話し掛けてくるこのコイツの度胸は、無謀に近い。
「オレは、世間からも愛想をつかされるような貧しい落ちこぼれなんだよ。こんな派手で安っぽい服を着た奴は大金なんか持っちゃいない。もっと効率的に募金を集めたいんだったら、ネクタイ締めた人とか、いい服を着たおばさんに声を掛けるべきだな。分かったか?」
 冷静になって言い聞かせた。オレの言い分は、的を射ているはずだ。オレだったら、そうする。その方が手っ取り早い。
 するとなぜかコイツは、さらに怒りの感情を高まらせている。
 掌をぎゅっと握り締め、細い目を吊り上げて頬を膨らませていた。オレにはコイツの頭の中がさっぱり理解できない。