マネージャーが俺のいる控え室に入って来た。
「では、もうそろそろ移動を…」
出番だ。
今夜は全国ツアーの最終日。客席にいる4万人のファンが俺の登場を、今か今か、と待っている。
今夜の客のノリはどうだろうか? サングラスをかけ、楽屋を出る前に、鏡に映る自分の姿を最終チェックした。
これが、売れ始めた新人ロック・スターか?
鏡に映る自分は悲しい顔をしている。ミカを思い出した後は、いつもこうだ。
オレは忘れないだろう、ツキカと過ごした時間の全てを。
今の俺があるのは、ツキカのおかげだ。
誰からも必要とされず、愛されていない、って思い込んで孤独の淵にいた俺に、あいつはまっすぐな愛をくれた。
なあ、ツキカ。今、元気にしてるか?
オレは少しは魅力のある人間になれたかな?
きっと今もどこかでオレの楽曲を聴いててくれていると信じている。
愛がなければ生きられないなんて、バカげているって昔は思ってた。でも、それは世の真理だと今は断言できる。
本当はこんな育ちが悪くて貧相なオレにラブ・ソングなど歌う資格はないのかも知れない。でも、オレが歌うことで救われる人がたった一人でもいるのなら、地の果てに行ってでも歌うだろう。
弦を張り替えたばかりのギブソンのギターを抱えて立ち上がった。控え室のドアを開けるとプロデューサーが出迎えてくれている。
今夜も華やかなステージが始まる。
もう泣くのは止めたんだ。
落ち込んでいたままじゃツキカに申し訳ないから。
ツキカにもらった愛の輝きを、今度はオレが多くの人に伝える番だ。オレは優しい愛を歌にしよう。耳の鼓膜が張り裂けそうなエレキ・ギターのサウンドと激しいリズムに乗せて。
控え室から細い通路を真っ直ぐ進んでステージの脇に行くと、オレが出て来るのを待ち望む観衆の熱気が伝わってきた。
一人でも多くの人に知って欲しい。誰もが本当は愛されている、という喜びを。
裏切られ誰も信じられない人、憎しみを抱いたまま孤独に生きる人、失業して自分の居場所を見出せない人、苛立ちの中で破壊の衝動に駆られる人。……心を病んだ現代人の全てに届け。
かつてはオレもそうだった。いや今もか? 例え豊かな生活を送る金持ちにだって、心の貧しい奴はいっぱいいる筈だ。
真っ暗なステージの中央に立つと、眩しいスポットライトが視界を奪った。
耳から聞こえる観衆の喝采。
オレは右手を挙げて合図をすると、背後のドラマーがリズムを刻みだした。
ギターの弦をチョーキングする心地いい音が鳴り響く。観客は立ち上がり、熱狂の渦の中に呑み込まれていった。その狂喜の中で、オレは本当の弱い自分を失っていく。
そして今夜も俺はロック・スターになった。(了)
「では、もうそろそろ移動を…」
出番だ。
今夜は全国ツアーの最終日。客席にいる4万人のファンが俺の登場を、今か今か、と待っている。
今夜の客のノリはどうだろうか? サングラスをかけ、楽屋を出る前に、鏡に映る自分の姿を最終チェックした。
これが、売れ始めた新人ロック・スターか?
鏡に映る自分は悲しい顔をしている。ミカを思い出した後は、いつもこうだ。
オレは忘れないだろう、ツキカと過ごした時間の全てを。
今の俺があるのは、ツキカのおかげだ。
誰からも必要とされず、愛されていない、って思い込んで孤独の淵にいた俺に、あいつはまっすぐな愛をくれた。
なあ、ツキカ。今、元気にしてるか?
オレは少しは魅力のある人間になれたかな?
きっと今もどこかでオレの楽曲を聴いててくれていると信じている。
愛がなければ生きられないなんて、バカげているって昔は思ってた。でも、それは世の真理だと今は断言できる。
本当はこんな育ちが悪くて貧相なオレにラブ・ソングなど歌う資格はないのかも知れない。でも、オレが歌うことで救われる人がたった一人でもいるのなら、地の果てに行ってでも歌うだろう。
弦を張り替えたばかりのギブソンのギターを抱えて立ち上がった。控え室のドアを開けるとプロデューサーが出迎えてくれている。
今夜も華やかなステージが始まる。
もう泣くのは止めたんだ。
落ち込んでいたままじゃツキカに申し訳ないから。
ツキカにもらった愛の輝きを、今度はオレが多くの人に伝える番だ。オレは優しい愛を歌にしよう。耳の鼓膜が張り裂けそうなエレキ・ギターのサウンドと激しいリズムに乗せて。
控え室から細い通路を真っ直ぐ進んでステージの脇に行くと、オレが出て来るのを待ち望む観衆の熱気が伝わってきた。
一人でも多くの人に知って欲しい。誰もが本当は愛されている、という喜びを。
裏切られ誰も信じられない人、憎しみを抱いたまま孤独に生きる人、失業して自分の居場所を見出せない人、苛立ちの中で破壊の衝動に駆られる人。……心を病んだ現代人の全てに届け。
かつてはオレもそうだった。いや今もか? 例え豊かな生活を送る金持ちにだって、心の貧しい奴はいっぱいいる筈だ。
真っ暗なステージの中央に立つと、眩しいスポットライトが視界を奪った。
耳から聞こえる観衆の喝采。
オレは右手を挙げて合図をすると、背後のドラマーがリズムを刻みだした。
ギターの弦をチョーキングする心地いい音が鳴り響く。観客は立ち上がり、熱狂の渦の中に呑み込まれていった。その狂喜の中で、オレは本当の弱い自分を失っていく。
そして今夜も俺はロック・スターになった。(了)



