オレは、いつまでも逃げてばかりいられない。翌日、ケジメをつけなければ、と思いオレはバンドのメンバーが集うスタジオに出掛けた。この日は午後から練習で、スタジオを押さえてあった。
 俊介が来るはずだ。オレから全てを奪った憎い俊介が。

 スタジオに予定よりも30分早く到着したオレは、ロビーのソファに座って俊介とユウスケが来るのを待った。
 ロビーの大きなガラスから見える藤原岳は雄大でオレの湧き上がる呪いの念にも、動じることなく静かに佇んでいる。曇り空を割って、シャープな一筋の太陽の光が、時折地面を切り裂くように射し込んだ。

 しばらくして、ユウスケが来た。
「よお」
 無愛想な挨拶をするユウスケは、普段と全く変わらない。オレの身に起こったことを全然知らないからだ。
「どうしたんだ? 浮かない顔してよ。あのガールと喧嘩でもしたか?」
 ユウスケは、大声でのん気に笑う。しかし、沈んだまま表情一つ変えないオレを見て、本気で心配し始めた。

 オレはバンドのメンバーに嘘をつきたくない。だからあったことすべてをユウスケに話した。短気なユウスケは、すぐに怒りが沸き上がってきているのが分かる。
「俊介の野郎、仲間に舐めたことするじゃねえか」
 オレが俊介と話し合う前に、ユウスケと俊介の間で衝突が起こりそうな雰囲気だったので、オレは冷静になれ、と言った。

 オレも本心は俊介を殴りかかりたい。でもそんなことをしたら、ツキカが悲しむ。
 オレは俊介を殴りに来たのではない、バンドのリーダーとしてケジメをつけに着たのだ。
 やがて、俊介がソフト・ケースに入れたベースを背負ってやって来た。

「よお、何だよ、暗い雰囲気だな」
 俊介は何食わぬ顔で、爽やかに俺たちに話し掛けてきた。この冷静さが、オレには腹立たしかった。
 オレたち3人は黙ったまま、スタジオの中に入り、防音用の分厚いドアを閉める。
 そしてスタジオが密室になった途端、真っ先にユウスケが俊介につかみかかろうとする。オレは急いでユウスケを抑えた。
「何だよ?」
 俊介は、ユウスケの鬼のような形相に怯えていた。
「てめえ、仲間を裏切ったのか?」
 ユウスケはスタジオ内にあるスピーカーを持ち上げて、俊介に投げつけようとした。
「助けて!」
 顔面まで迫った巨大なスピーカーを見て、俊介は悲鳴をあげた。

「ユウスケ、止めろ! そんなことをしても何の解決にもならないだろ! ツキカはそんな報復を望んじゃいないんだ」
 オレの叫び声で、やっとユウスケは俊介への攻撃を止めた。

「何で俊介はツキカを憎む? どうしてオレの家族を崩壊させようとするんだ?」
 うな垂れる俊介に率直に疑問をぶつけた。俊介は何も言おうともしない。
「おいコラ、何とか言えよ」
 ユウスケが俊介の頬を叩くと、俊介は涙を流した。

「ヤスシが憎かった」
 俊介は静かに答える。
「だから、それはどうしてだ?」
「俺も、ツキカさんが好きなんだよ」
 やっぱり、そうか。でも、だからといって、好きなツキカまで陥れるなんて。
「ヤスシは、いつもあの子を思う歌詞を書いてくるから、辛かったんだ。ユウスケだって好きな人が、目の間で他の奴と堂々とキスしたら嫌だろ? だから児童相談書に電話して復讐しようと思って…」

「それで、お前はせっかくここまで順調にやってきたバンドまで潰すのか?」
 オレの問いかけに、俊介は急に不気味な笑みを浮かべる。
「ヤスシがツキカと別れれば、俺たちは今までどおりやれるじゃないか?」
「は?」
「まさか、CDデビュー目前のこんな最高の状態なのに、ヤスシもユウスケもチャンスを手放さないだろ?」
 オレは俊介の自分勝手な発想に耳を疑う。ツキカのない未来なんて、どんなに華やかでも、オレはいらない。

「じゃあ、もうバンドは解散だな」
 オレは遂に、運命を決める重大な発言をした。
「おい、ヤスシ……」
 ユウスケは何かを言いかけて、言葉を飲んだ。

「おい! ヤスシ、本気か? もうこんなチャンスは人生で二度と手に入らないんだぞ?」
 オレは、もう無理だと思った。すべてを手放す覚悟もできている。ユウスケも、静かに頷いた。
 この時、オレたちが築き上げてきたすべてが消えた。