バンドの練習が終わって建物の外に出たら、空はすっかり暗くなり、ちらほら雪が降ってくる。初雪だ。
11月下旬に忌部市で初雪が観測されるのは、異様に早い。きっと積もることはないだろう。
『マザー』の出来栄えに満足したユウスケは、譜面に直す作業を明日までに仕上げたいから、と先に帰る。音楽が上手く噛み合い出すと、ユウスケは段々、音楽家として目覚め始めてきた。昔みたいに遊びで時間を費やすくらいなら一曲でも多くいい作品を完成させて、ステージで発表したい、とまで言うようになった。
ユウスケは家が金持ちだから、色んな音楽機材の他に、パソコン上で音のミックスや譜面を作成し編集できるソフトを持っていた。だから当然の成り行きで、でき上がった曲を譜面にする作業はユウスケの担当となる。そのでき上った楽譜を元に、スタジオが使えない日は、メンバーが各自自宅で練習するのだ。
スタジオの外でオレは俊介と二人きりになった。
右手に広がる藤原岳を眺めると、山頂は雪で霞んで見えた。予想以上に早く舞い降りた白い粒を歓迎して、優しく吸収しているかのようだ。
「今日はアルバイトじゃないのか?」
オレは、最近できた亀裂を少しでも埋めようと、俊介に優しく話し掛けてみる。
「ああ」
返事をする俊介はどこかぎこちない。
「そうか」
「ああ。あのさ、タケシ。あの子が好きなのか?」
不意に俊介は、またオレのプライベートな部分に口出しをしてきた。
「うん。でも何もしてないよ」
「キスはしてるだろ、頬とはいえ? しかも皆の見てるライブのステージの上で毎回」
「今のオレには、ツキカが必要なんだ」
「俺は、いけないと思うよ」
俊介に心底、腹が立ったが、外見上反発した態度は取らなかった。
「そうか。考えておくよ」
オレは俊介の言い分を受け止める仕草で答えた。俊介もこれ以上、ツキカのことに触れない。
「ヤスシー!」
100メートルくらい先にある国道の交差点からオレを呼ぶ声が聞こえた。
ツキカだ。
「じゃあな」
俊介は見向きもせず自転車に乗ってその場を去った。もう雪は止んでいる。
ツキカはすれ違いざまに、俊介の睨みつけるような表情を見て困惑していた。
「きっと、俊介さんは、何かに苦しんでいる」
ツキカは、去っていく俊介を眺めながらぽつりと呟いた。
「ちょっと最近、アイツいらいらしてるみたいだ」
「きっと、私のせいだ」
「ツキカのせいじゃないよ。原因は全部わがままなオレだ」
「でも……」
「関わらない方が良い。ツキカに何かがあったら心配だからさ」
「う……ん」
そしてツキカの手を取って、三岐鉄道三岐線の西藤原駅を目指して歩く。
最近のオレは毎週日曜日にツキカのいる教会に通い、児童養護施設のメンバーが行うボランティアにも積極的に参加するようになっていた。
全てツキカの薦めによるものだ。社会のために奉仕するという精神が、オレの音楽性にいい影響を与えてくれている。
活動する児童養護施設の他のメンバーとは、すっかり顔馴染になった。全員小中学生の女子だ。みんな顔が生き生きしている。この中で年長になるツキカは、リーダーの立場にあった。神父のアランも活動に加わるが、全て子どもたちの自主性に任せていたのが特徴的だった。
「ねえ、ヤスシ。この世に無駄なものなんてないよ。善意はちゃんと受け止めてくれる人がいる」
募金活動を面倒くさがるオレに、ツキカは言い聞かせる。でも、これは音楽にも通じることなのかもしれない。
「募金、お願いします」
「ヤスシ、声が小さいよ。ボーカリストなんでしょ!」
募金活動の現場を仕切るツキカは厳しい。
また、空から雪がチラついてくる。
この街に、まだ雪は早い。
オレとツキカも、この初雪のように、ただ出会うのが早過ぎたのだろうか?
11月下旬に忌部市で初雪が観測されるのは、異様に早い。きっと積もることはないだろう。
『マザー』の出来栄えに満足したユウスケは、譜面に直す作業を明日までに仕上げたいから、と先に帰る。音楽が上手く噛み合い出すと、ユウスケは段々、音楽家として目覚め始めてきた。昔みたいに遊びで時間を費やすくらいなら一曲でも多くいい作品を完成させて、ステージで発表したい、とまで言うようになった。
ユウスケは家が金持ちだから、色んな音楽機材の他に、パソコン上で音のミックスや譜面を作成し編集できるソフトを持っていた。だから当然の成り行きで、でき上がった曲を譜面にする作業はユウスケの担当となる。そのでき上った楽譜を元に、スタジオが使えない日は、メンバーが各自自宅で練習するのだ。
スタジオの外でオレは俊介と二人きりになった。
右手に広がる藤原岳を眺めると、山頂は雪で霞んで見えた。予想以上に早く舞い降りた白い粒を歓迎して、優しく吸収しているかのようだ。
「今日はアルバイトじゃないのか?」
オレは、最近できた亀裂を少しでも埋めようと、俊介に優しく話し掛けてみる。
「ああ」
返事をする俊介はどこかぎこちない。
「そうか」
「ああ。あのさ、タケシ。あの子が好きなのか?」
不意に俊介は、またオレのプライベートな部分に口出しをしてきた。
「うん。でも何もしてないよ」
「キスはしてるだろ、頬とはいえ? しかも皆の見てるライブのステージの上で毎回」
「今のオレには、ツキカが必要なんだ」
「俺は、いけないと思うよ」
俊介に心底、腹が立ったが、外見上反発した態度は取らなかった。
「そうか。考えておくよ」
オレは俊介の言い分を受け止める仕草で答えた。俊介もこれ以上、ツキカのことに触れない。
「ヤスシー!」
100メートルくらい先にある国道の交差点からオレを呼ぶ声が聞こえた。
ツキカだ。
「じゃあな」
俊介は見向きもせず自転車に乗ってその場を去った。もう雪は止んでいる。
ツキカはすれ違いざまに、俊介の睨みつけるような表情を見て困惑していた。
「きっと、俊介さんは、何かに苦しんでいる」
ツキカは、去っていく俊介を眺めながらぽつりと呟いた。
「ちょっと最近、アイツいらいらしてるみたいだ」
「きっと、私のせいだ」
「ツキカのせいじゃないよ。原因は全部わがままなオレだ」
「でも……」
「関わらない方が良い。ツキカに何かがあったら心配だからさ」
「う……ん」
そしてツキカの手を取って、三岐鉄道三岐線の西藤原駅を目指して歩く。
最近のオレは毎週日曜日にツキカのいる教会に通い、児童養護施設のメンバーが行うボランティアにも積極的に参加するようになっていた。
全てツキカの薦めによるものだ。社会のために奉仕するという精神が、オレの音楽性にいい影響を与えてくれている。
活動する児童養護施設の他のメンバーとは、すっかり顔馴染になった。全員小中学生の女子だ。みんな顔が生き生きしている。この中で年長になるツキカは、リーダーの立場にあった。神父のアランも活動に加わるが、全て子どもたちの自主性に任せていたのが特徴的だった。
「ねえ、ヤスシ。この世に無駄なものなんてないよ。善意はちゃんと受け止めてくれる人がいる」
募金活動を面倒くさがるオレに、ツキカは言い聞かせる。でも、これは音楽にも通じることなのかもしれない。
「募金、お願いします」
「ヤスシ、声が小さいよ。ボーカリストなんでしょ!」
募金活動の現場を仕切るツキカは厳しい。
また、空から雪がチラついてくる。
この街に、まだ雪は早い。
オレとツキカも、この初雪のように、ただ出会うのが早過ぎたのだろうか?



