「は? 何だこりゃ?」
 翌日、バンドのメンバーは、いつもの山沿いの貸しスタジオに集まった。『生まれ変わりのキス』……というオレが昨夜書き上げた歌を見せると、俊介は拒絶反応を示す。
「キスだってよ、キス。お前が恋愛をテーマに書くなんて異常だぜ」
 ユウスケは、馬鹿にして大笑いしている。

 スタジオは2時間レンタルで5,000円くらい。高校生のオレたちには高価だ。限られた時間の中で、納得のいく練習をしなければならない。
 スタジオに入ると俺たちは、まずどの曲を練習するのか、簡単にミーティングをする。オレが事前に新しい詞を書いたら、この場でメンバーに見せて話し合いをするのが決まりだ。

「ヤスシ、あのガールに惚れたな? キスしたのか? この犯罪者!」
 ユウスケは突然背後から右腕で俺の頭をヘッド・ロックし、からかった。
「ツキカは関係ない」
「『ツキカ』だってよ。聞いたか俊介? もう恋人感覚だな」
「ユウスケの言い方は大袈裟だが、確かに中学生をたぶらかすのはよくないぞ」
 俊介は、ツキカとオレの関係を異様に思っている。

「作詞とオレのプライベートは関係ないだろ。それに、手なんて出してない」
「そうなのか? 面白くないな」
 ツキカとオレとの関係をネタに騒げなくなると、ユウスケは静かになった。
「なんでこんな歌、つくったんだよ。こんなのバンドの音楽性と違うじゃないか」
 俊介は真面目に、作詞の内容を吟味して言う。ユウスケも頷いた。メンバーには、この歌のテイストを受け入れ難いようだ。
 しかし、オレはこういう楽曲を一度演奏してみたかった。愛が見つからなくて怯える人たちが、少しでも愛について何かを感じ取ってくれるのなら、オレたちが音楽に熱中することの意味を見出せそうな気がしたのだ。
 そしてオレに期待するツキカのため。オレはメンバーを何とか説得したかった。

「オレはいたって真面目なんだけど。どうだい、駄目かな? 恰好悪くても、バンドの人気を出す戦略としてあえてピュアなラブ・ソングを歌ってみないか?」
 オレは、ツキカへの想いについて二人に突っ込まれるのが嫌だったから、理屈をこねて説得する。
「世間に媚を売ってるみたいじゃないか。それにコードしか書いてないから、メロディが分かんないよ」
 俊介は、自分の担当である作曲までオレが事前にやったことを不満に思っているような口調だ。

 仕方なく、オレはギターを弾いて『生まれ変わりのキス』を歌った。歌っているとツキカを愛しく想う気持ちが募って、情熱的になった。我を忘れ、ただ、盲目的に叫ぶように歌う。
 オレのそんなクレイジーな心境を理解してくれたのか、ユウスケと俊介は真剣に聞いてくれた。

「テンポは、もうちょっと早めの方が良いな」
 聞き終わったユウスケがポツリと言った。目を閉じてドラム・ワークをイメージしているみたいだ。
「サビは転調して、半音上げた方が良いかな。その方が盛り上がる」
 俊介は冷静に原曲を分析すると、ベースを持ってこの歌にマッチするように弾き始める。
 3人で演奏を合わせ、途中それぞれのアイデアを付け足しながら、ミディアムテンポのロック・バラード『生まれ変わりのキス』が完成した。

 後日、岩田商店のライブでこの歌を試しに歌ったら、今までに体験したことのない客の反応を感じた。魂のこもった愛の歌は、凄いパワーを持っている。俺たちは、確かな手応えを感じた。
「最高! ヤスシって、すごい」
 ライブに来てくれたツキカも、この歌を聴いて歓喜の声を上げた。そしてライブを終えるとツキカがまたステージに飛び乗ってきて、オレに抱きつき、頬にキスをする。
 この『生まれ変わりのキス』をきっかけにして、反抗的で騒がしい音楽一辺倒だったオレたちの音楽に対する姿勢が変わった。
 そして駆け出しだったオレたちのバンドは実力を徐々に発揮し、ライブハウス岩田商店の中でトップへと登り詰めた。