「ねえ、そのお金ちょうだい!」
 人通りのない路地裏で缶コーヒーを買おうと自動販売機にコインを投入しようとした時、見知らぬ女の子が突然、オレに話し掛けてきた。
 そして、その女子は無邪気に笑い、オレを見つめている。制服を着ていて、中学生みたいだが、……雰囲気が大人びている。
 二重瞼の細い目に丸い顔。ボブヘアーで前髪は額で同じ長さに切り揃えられていた。

 無邪気そうに見えて、欲しいのは金か。ろくでもない。
「ドリンクを買うくらいだったら、そのお金、私にちょうだいよ。ねえ」
 関わりたくなかったから、オレは無視して自動販売機にコインを入れる。するとその子は販売機のおつり返却レバーを勝手に回して、投入したコインを素早く抜き取りやがった。
「何するんだよ!」
「駄目?」
 その子は罪の意識もなく、笑っている。
「当たり前だろ。金を返せ」
「やだよー。べーっだ!」
 舌を出し、オレ小馬鹿にした後、走って逃げた。

「ふざけんなよ! くそっ」
 オレは怒りがこみ上げたが、わずかな小銭を取り戻すためだけにわざわざ走って追い駆ける気力はなかった。
 財布をもう一度右側の尻ポケットから取り出して小銭を取り出そうと探るが、……ない。
 仕方なく千円札を取り出して自動販売機の投入口に入れるが、すぐ戻ってくる。販売機の電光表示を見ると、つり銭切れランプが点いていた。
 貧しいオレは電子マネーなど持っている訳もない。
 もうここでは、缶コーヒーは買えないようだ。

「覚えとけよ、あのガキ!」
 オレは大声を張り上げて、電柱を思いっきり蹴りつける。
 街がセピア色に染まる夕暮れ時。自動販売機の商品ディスプレイを覆う透明のプラスチックに夕日が反射して眩しい。
 オレの小銭を窃盗するという、クレイジーな女の子。
 ツキカとの出会いは、こんな具合でわずか一分にも満たないものだった。