「子供のころは……もしかしたら、今日は見てくれるかもしれないって希望をかけて、話しかけたり、興味を引こうと思っていろいろ頑張ったけど……そんなの余計親を怒らせるだけでさ。『邪魔』って言われて、部屋追い出されて、飯ももらえずに泣いて過ごしてた……。それでも、いつになったら俺のことを見てくれるんだろうって、諦めきれなかった」

 「バカみたいだよな」と、呆れたように笑った彼の頬には、一筋の涙があった。
 それがすっと落ちてきて、口元にあてていた彼の手に当たる。

 なにも声が出ない私に変わって、彼が震える声で話をつづけた。

 「学校では、頑張った分だけ見てくれるから……先生も、みんなも見てくれるだろ。それだけが救いだった。俺はここにいてもいいんだなって、認めてもらえた気がした……」
 「……」
 「運がよかったのは、生まれつきの学力と、運動神経じゃねえかな」

 「こんなこと言ったら自惚れ屋って思われるかもしれねぇけど」と、冷ややかに笑った彼の目は、降り注いでいる雨を見ていた。
 雨はやむことなく、さらに勢いを増しているようにも見えた。貸してもらったコートも徐々に濡れて冷たくなり、それでも消えない温もりはまだ暖かかった。

 「だから、怖かった。みんなに好かれてるってのは何となくわかってたけど、もし本当のことがばれたらどうなるんだろうって……。親には愛されなくて、ろくな生活送れてねぇやつだって知ったら、どんな態度になるのか怖かった……」
 「うん……」
 「小学校とかは、もっとやんちゃな感じだったけど、中学校の時に一部のやつにばれたんだよな……。そんで、一気に態度が変わって、俺を見る目も変わって、変に気遣わられて、ほんとに地獄だった」

 「それで」と長い息とともに吐き出した言葉を、静かにつなぐ。

 「遠慮するような目とか、可愛そうっていう目、心配するような目……全部全部気持ち悪くて……確か、中学は学校休んだな。でも、そうすると親に怒られるから、適当に暇つぶしたり、伯父さんの家にかくまってもらってた」
 「そう、なんだ……」
 「でも、他人と関わると、そういうのがばれた時に傷つくから、できるだけ関わる人を少なくして、こういう態度取ってた」

 そっか。そういうことだったんだ。
 彼の過去の全貌が、なんとなくわかってくるとともに、彼の表情も暗くなっていく。
 私はそっと彼の手を握る手に力を込めた。
 すると、それにこたえるようにして、弱く、でも確かな力で握り返された。