「なんか出来が悪いと、飯も食べられなかった。リビングに行っても親に邪魔だって言って追い返されるし、適当に暇つぶしてたかな。最近はそういうことないけど、俺に興味なんてねぇよ。起きたら親はいねぇし、勝手になんか食って家出て来てる」
 「鷹野くん」

 おかしそうに笑った彼に、私は思わず彼の手を取った。

 『そんなでもない』なんて、そんなことあるわけない。
 親にそんなふうに扱われて、普通なんかじゃいられるわけ、ない。
 そんなわけ、ないじゃん……!

 「私には、話してくれるんでしょ……?」
 「……」
 「一人で抱えないで、半分こにしようよ……」
 「……」

 隠している。まだ彼は、本音を隠している。

 私はそれが知りたかった。

 「お願い……」

 かすれた声で、彼にそういった。少しでもいいから、役に立ちたかった。
 すると彼は、私に握られた手を見て、それから私を見てぐっと唇をかみしめた。
 何かにこらえるような、何かと戦っているような、彼の葛藤があった。

 「……羨ましかった。普通の生活を送ってる人が、羨ましかった……」
 「……うん」
 「なんで俺なんだろうって、何度も思った。子どもは、この親に生まれたいとか決めれねぇじゃん。こんなふうに扱われるくらいならいなかった方がよかったって……」

 私が握っている手とは別の方の手で、口元を覆った。
 涙なのか、雨のせいなのか分からない。だけど彼の顔が濡れて、悲しそうに歪んでいる。

 彼の横顔を見ると、心なしかあのきれいな瞳に涙がたまっているのが見えた。
 決して弱みを見せない彼が、こんなに苦しんでいる。
 でも、だからと言って変なことを言ってまた傷つけてしまったら本末転倒だ。

 気の利いた一言も言えない私が、すごく悔しかった。