「どっから話そうかな」

 鷹野くんは暗い顔一つせず、いつもと同じ口調でそう言って空を見上げた。
 彼はじっと自分の記憶を辿っていくかのように、目を閉じている。

 隠されていた、彼の秘密。時々現れたあの暗いかげった表情の意味が、やっと分かるのだ。
 ドクン、と心臓は嫌な音を立てる。
 何か、知ってしまったら戻れないような、そんな感覚さえした。

 じっと彼の横顔を見ていると、何かを決めたように一つ、長い息を吐き出して口を開いた。

 「実は……俺の家、けっこう複雑、で」

 前髪をかき上げてそう言った彼が、「いわゆる家庭環境が……ってやつだよ」と付け足すようにそう言った。
 家庭環境が複雑、というのは両親が亡くなっていたり、離婚したり……。
 私が想像するのは先入観で、何にも知らない人が言うことだ。

 こんなに何もかも充実していて、悩みなんかなさそうな彼が……。
 私が思わず彼の目を見ると、鷹野くんが「それだよ」と私の目を指差して乾いた笑いを浮かべた。

 「俺は『何でもできて、悩みなんかなさそうな完璧なやつ』なんだろ。みんなにとってはそうなんだろ……」
 「……」
 「本当のことを言ったら、みんな離れてく。知ったやつらは全員そういう……『可哀想な目』で見てくるんだよ」

 ハッと息をのんだ。それからさっと下を向く。
 無意識に、彼を傷つけていたことがずしん、と心に重く響く。
 でも、ここであやまるのは少し違う気がした。
 ぐっと目を閉じて、彼のセリフを待つ。

 「興味持ってくれたことなんて、勉強しかねぇし」
 「……うん」
 「でも、続くとまぁ、そんなでもないかな……」

 何かをあきらめて、雨が降り注ぐ空をぼんやりと見つめていた。
 目には空がきれいに映っているのに、そこには何の感情も読み取れなくて、その目の透明さに私は目を見開いた。