何も言わない、静かな時間が流れる。
 ぽつぽつという音が次第に大きくなってきて、それに耳を澄ませながら、ちらっと彼の顔を盗み見る。

 鷹野くんは、まだちょっと赤い頬のまま、黙って前を向いていた。

 あったかい。
 このコートも、鷹野くんのさりげない気遣いも。
 思いがけず優しくて、少し照れてて、でもちゃんと届いてきた。

 ――そういうところ、好きだな……。

 そう思った瞬間、頭のどこかでほぼ反射的に『伝えなきゃ』と思った。
 今だ。今伝えなきゃ、後悔する……。

 ふと、口が勝手に動いてた。

 「……ねえ、鷹野くん」
 「ん」

 彼がこちらを見ないまま、返事をくれる。その横顔を見つめながら、私は続けた。

 「あの……」

 やっぱり、言葉が続かない。今言わなきゃ、とそう思ったのに、なかなか言葉が出てこない。
 そんな私を不思議に思ったのか、鷹野くんが不思議そうにこっちを向いた。

 私は逃げるように目をそらして、でも言葉だけはつなげた。
 風の音と雨の音が混じる中で、私はぎゅっとコートの前を握りしめて、視線を足元に落とした。

 「……私、鷹野くんのことが好き、です」

 言い終えて、顔が熱くなる。怖くて顔を上げられない。

 少しの沈黙。キィン、とはりつめた空気が漂う。

 「……お前、バカだな……」

 ぽつりと落ちたその声に、おそるおそる顔を上げる。
 そこには、何とも言えない表情の鷹野くんがいて。
 その瞳は確実に私をとらえているのに、違うところを見ているような、そんな感覚がした。

 「俺、そんなふうに思ってもらえるほど、いいやつじゃねぇから……」
 「え……?」
 
 予想外すぎる返事に、私は思わず言葉を漏らした。
 断られた、でもなく、なんとなく遠ざけられたような感じだった。
 
 「でも」
 「……」
 「我儘だけど、話聞いてくれるか」
 
 そういった彼は、やっぱりどこか遠くを見て、自嘲気味に笑っていた。

 「……うん」

 どんな関係だっていい。告白は断られたはずだけど、なぜかそんな気まずい空気がない。
 今は、彼の話に耳を傾けよう。

 私が彼を救うと言ったのは、まぎれもなく私の本音だから。

 「お前になら、話せるかなって……」

 雨の中につぶやかれた言葉。だけどそれがはっきりと伝わった。
 そして彼の緊張も。
 何を話そうとしているのか、その内容だなんて言われても予想なんかつかないけど。

 「……うん、聞かせて」

 今、ここで彼に寄り添うことが私の役目だと思った。