借りてきた2冊の本をじっと眺めてバックにしまった。
 本当は図書館で読みたかったのだけど、受験生が多くて、そこで堂々と本を読むほどの勇気はなかったので、こうして帰ってきたというわけだ。

 このまま帰ろうと思ったけど、北校舎の屋上に続く階段を見て何も考えないままその重い扉を押し、屋上に入った。

 ここで読書をしてもいいかもしれないと思ったのもつかの間、風が強く冷たい風が容赦なく顔に当たってきた。
 さすがに寒いな、と考えなおし、帰ろうとした時だった。

 奥の方に、一人の人影があった。
 後ろ姿だけだったけど、その姿は間違いなく鷹野くんだった。

 でも、その後ろ姿がどこか寂しそうで、今にも風に飛ばされて消えてしまいそうなほど、小さく見えた。

 じっと、後姿を見る。

 遠く、すごく遠く見えた。

 ここまで築いてきた私たちの距離が、一気に離れてしまったように感じて、ゴクリとつばを飲む。

 「鷹野くん!」
 「……」

 私の声に、彼がこっちを振り返ってくれた。私の存在に気がついたようで、屋上の手すりから手を離し束の間、目が合った。
 私が彼の方に行くと、「どうした」といつも通りの声で尋ねられた。

 特に用事もなかったので、「なんとなく」とかなりごまかしてしまった。

 「なんかお前、今日様子おかしいけど」
 「え、あ、うん。ちょっといろいろあって」

 家でのことは鷹野くんにあんまり話していないような気がするので、詳しいことは伝えずにそう言った。
 それから「あっ」と言葉を付け足す。

 「いいことだよ、ちょっと浮かれてるのかも」
 「あ、そ」

 ぼそっと彼がつぶやく。どーでもいいみたいな感じの口調だったけど、少しほっと安心しているようだった。

 そこからとりとめもないことを話し、時間をつぶしているとさっきまで晴れていた空がいつの間にかどんよりとしていてぽつ、ぽつと雨が降ってきた。

 「雨か」
 「天気予報ではこんなはずじゃなかったのにな……」

 屋上から移動しようとも考えたけど、なんとなく彼と一緒に居たくて、雨をしのげるものを探す。
 傘は持ってきてないし、カーディガンを取り出そうとしたところで横から黒いコートを差し出された。

 え、と探る手を止めて彼を見る。

 差し出している張本人は、横を向いて目を合わせようともしないまま、こっちにコートを突き出していた。

 「使え」
 「いやっ、私もカーディガンあるし」
 「濡れるだろ」
 「別に洗えるし……」

 ね、と言って何とか押し返そうとしたのだけど、彼がめんどくさそうにこっちを向いて、それからそのコートを広げて私の肩にかけてきた。
 突然のことにびっくりしながら、まだ理解できない頭で彼を見る。
 すると少し赤くなった顔を隠すようにして下を向きながらぼそりと呟いた。

 「使えって言ってんだから使え」
 「……っ……」
 「俺はいいから」
 「ありが、とう……」

 さっきまでいつも通り、平常だった心臓が今は暴れるようにバクバクと強く波うっていた。
 ぎこちなく書けられたコートはすっごくあったかくて、肩からすっぽりとおさまっていた。