「ごっ、ごめん、待った?」

 公園に駆け込んで彼の姿を見つけるなり、ばっと頭を下げた。
 街灯もあり、そこら辺の公園に比べたら暗くなり始めても明るかった。
 彼の座るベンチの横には小さなランタンが置かれていた。

 「待ってねぇよ」
 「よ、よかった」

 ほっと息をついて「横座っていい?」と許可を取ると、ノートから目を離さずに「別に」と淡々と告げられた。
 腰を下ろして、バックからメモ帳と筆記用具を取り出した。
 でも、いきなり何をしたらいいのかわからなくて、じっと彼のノートをのぞき込んだ。

 今は空の星座の配置を見ていたらしく、スマホと見比べながらスケッチをしていた。

 「目、悪くなっちゃうよ」

 思わず、という感じでこぼれ出た言葉に、彼がちっと舌打ちをする。
 機嫌を損ねちゃったかなと不安そうに見ていると、「お前は親か」と呆れたような声が降ってきた。
 反射的に謝ると、彼はおかしそうにくっと、押し殺したような笑い声を漏らした。

 スマホの電源を消したのを見て、私は「もしよかったら」と持ってきた図鑑を差し出した。
 「用意周到すぎねぇ?」と私の方を見た彼は、それをもってランタンで照らしながらまたスケッチを再開していた。

 よかった、と胸をなでおろしつつ、彼のノートの上の方に書かれた文章を眺めながらたずねる。

 「なに調べてるの?」
 「……取りあえず、オリオン座にまつわる神話」
 「へぇ、面白そうだね……」

 私もなんか聞いたことのある気がするけど、詳しいところは忘れてしまった。

 でも、なんというか、こんなこと言ったら彼に失礼だけど、今までこういった課題は全部スルーしていたのに、こんなに積極的な彼はかなり珍しかった。
 しかも、こうして誰かを誘って一緒にだなんて、前の彼からは全く考えられない。

 いったいいつ、どこで私たちは変わっていったのだろう。
 絶対に前の自分からは変わったのに、それがいつかと聞かれたら答えることなんかできなかった。

 訪れた静寂を破るようにして、彼が「ホントにさ」と夜空に向かってつぶやいた。

 「……親って勝手だよ。自分の理想を押し付けてさ」

 「それで」と彼が続けて言う。

 「思い通りにならないと怒って、邪魔者扱いされて」
 「……」
 「そんなふうに縛られた世界で生きてて、ホント馬鹿みてぇ」

 次から次へと彼の口からあふれ出てくるのは、まぎれもなく彼の本音だった。
 突然のことに驚いた。いきなり何を言い出すんだろうと。

 意味も分からず、ただ彼の顔を見ていた。

 整いすぎた横顔。彼の顔を見た人は誰もが憧れ、恋焦がれる、そんな美貌を持った、私とは別世界にいた人。
 でも今は違う。こんなにそばで悩んで、苦しんで、同じように一日一日を生きている。