少し勉強をして、時計を見て気がついた。
今の時刻は5時10分前を指していた。
ヤバい、そういえば鷹野くんとの約束を忘れていた。
あの後結局、私の方が恥ずかしくなって勉強する、と言って自室にきてしまったのだ。あの流れで許可を取れたらよかったのだけど……。
許可もらえるかな。いや、今までそういうことに関しては全部だめだと決められてきた。
しかも「そんな時間があるなら勉強しなさい」とまで言われてきた。
でも、私は知ったのだ。
自分の見ている世界は、あまりにも狭すぎたと。
そして世界は……意外と……自分の思う以上にいろいろなことが通用すると、知ったのだ。
筆箱と、親との連絡を取れるスマホ。
数年前に買ってもらった、空の様子が書かれた図鑑のような本を入れる。
あとは小さなノートを小さなバックに入れて階段を下りた。
キッチンではお母さんが夕飯の準備を始めていた。
お父さんはリビングの机でパソコンを広げて何かやっているように見える。
そして珍しくお兄ちゃんが帰ってきていて、イヤホンをはめながら勉強をしているところだった。
忙しそうに頑張っているみんな。これから出かける私。
ぐ、と唇をかむ。
昔の私ならここで出かけるなんて、そんなことできない。
家族はこうして一生懸命頑張っているのに、たいして成績もよくない人は遊びに行く。
そんな考えをして、一人で我慢して、きっとお母さんを手伝うか勉強をやりに戻っているだろう。
「……あの、お母さん」
ぎゅっと右手に握ったバックを力いっぱい握りしめる。
「これから、少し出かけてきたいんだけど、あの、自由課題の関係で……夜の空を観測することになって」
「え⁉ これから行くの? だってもう5時回るのよ? 外も暗いしこんな時間に……」
「でっ、でもどうしても……」
「観測だったらベランダに出てやりなさい、さすがに暗くなり始めるのに危ないわ」
「……」
私にしては頑張った方だ。食い下がってみたけど、さすがに無理だった。
まぁこうなるのは分かっていたし……鷹野くんには、明日しっかり謝ろう。
「うん、じゃあそうするね。ベランダでも十分見れると――」
「冴、行ってきな」
突然、私の声を遮るようにしてお父さんの声が響いた。
パソコンの画面から顔を上げ、こっちを見ている。
こうしてお父さんが私に興味を示すことなんてあんまりなかったのに。
今はこうして背中を押してくれている……。
でも素直にうなずくことができなくて、ちらりとお母さんの方を見る。
「何言ってるのよ、さすがに危ないでしょう?」
「でも、冴がいきたいと言っているんだ。もう高校生だし、冴もしっかりしてるんだから大丈夫だろう」
お父さんのその言葉に、じいんと胸があったかくなった。
まさかそんなことを思ってくれていたなんて、予想外すぎた。
普段あんまり関わらなかったけど、しっかり見ていてくれたのかな……。
「冴、お母さんの説得はしておくから。スマホは持ったね? 6時前には帰ってきなさい」
「……うん」
「公園は家の裏だろう? 万が一何かあったら連絡だよ」
「……うん」
「ちょっと! 勝手に……!」
お母さんがわなわなと震えていた。
お父さんの方を見て、信じられないとばかりに目を見開いている。
それでもお父さんはこっちを見て少し笑った。
その目が、『行ってらっしゃい、気をつけて』と言っているように見えて、うん、とうなずく。
それからジャケットを羽織って、そっとリビングを振り返る。
イヤホンをしていたせいで全く状況が理解できていないお兄ちゃんに、「ホントに大丈夫なの⁉」とお父さんに詰め寄るお母さん、それを困ったようにかわすお父さん。
賑やかだなぁ。
玄関の扉を開けて、そっと空を見る。
目の前には、マジックアワーに紛れた小さな星が、輝いている。
よし、行こう。
足を踏み出して、公園の方に向かう。
――初めて思った。
こんな時間がずっと続いてほしい、なんて。
今の時刻は5時10分前を指していた。
ヤバい、そういえば鷹野くんとの約束を忘れていた。
あの後結局、私の方が恥ずかしくなって勉強する、と言って自室にきてしまったのだ。あの流れで許可を取れたらよかったのだけど……。
許可もらえるかな。いや、今までそういうことに関しては全部だめだと決められてきた。
しかも「そんな時間があるなら勉強しなさい」とまで言われてきた。
でも、私は知ったのだ。
自分の見ている世界は、あまりにも狭すぎたと。
そして世界は……意外と……自分の思う以上にいろいろなことが通用すると、知ったのだ。
筆箱と、親との連絡を取れるスマホ。
数年前に買ってもらった、空の様子が書かれた図鑑のような本を入れる。
あとは小さなノートを小さなバックに入れて階段を下りた。
キッチンではお母さんが夕飯の準備を始めていた。
お父さんはリビングの机でパソコンを広げて何かやっているように見える。
そして珍しくお兄ちゃんが帰ってきていて、イヤホンをはめながら勉強をしているところだった。
忙しそうに頑張っているみんな。これから出かける私。
ぐ、と唇をかむ。
昔の私ならここで出かけるなんて、そんなことできない。
家族はこうして一生懸命頑張っているのに、たいして成績もよくない人は遊びに行く。
そんな考えをして、一人で我慢して、きっとお母さんを手伝うか勉強をやりに戻っているだろう。
「……あの、お母さん」
ぎゅっと右手に握ったバックを力いっぱい握りしめる。
「これから、少し出かけてきたいんだけど、あの、自由課題の関係で……夜の空を観測することになって」
「え⁉ これから行くの? だってもう5時回るのよ? 外も暗いしこんな時間に……」
「でっ、でもどうしても……」
「観測だったらベランダに出てやりなさい、さすがに暗くなり始めるのに危ないわ」
「……」
私にしては頑張った方だ。食い下がってみたけど、さすがに無理だった。
まぁこうなるのは分かっていたし……鷹野くんには、明日しっかり謝ろう。
「うん、じゃあそうするね。ベランダでも十分見れると――」
「冴、行ってきな」
突然、私の声を遮るようにしてお父さんの声が響いた。
パソコンの画面から顔を上げ、こっちを見ている。
こうしてお父さんが私に興味を示すことなんてあんまりなかったのに。
今はこうして背中を押してくれている……。
でも素直にうなずくことができなくて、ちらりとお母さんの方を見る。
「何言ってるのよ、さすがに危ないでしょう?」
「でも、冴がいきたいと言っているんだ。もう高校生だし、冴もしっかりしてるんだから大丈夫だろう」
お父さんのその言葉に、じいんと胸があったかくなった。
まさかそんなことを思ってくれていたなんて、予想外すぎた。
普段あんまり関わらなかったけど、しっかり見ていてくれたのかな……。
「冴、お母さんの説得はしておくから。スマホは持ったね? 6時前には帰ってきなさい」
「……うん」
「公園は家の裏だろう? 万が一何かあったら連絡だよ」
「……うん」
「ちょっと! 勝手に……!」
お母さんがわなわなと震えていた。
お父さんの方を見て、信じられないとばかりに目を見開いている。
それでもお父さんはこっちを見て少し笑った。
その目が、『行ってらっしゃい、気をつけて』と言っているように見えて、うん、とうなずく。
それからジャケットを羽織って、そっとリビングを振り返る。
イヤホンをしていたせいで全く状況が理解できていないお兄ちゃんに、「ホントに大丈夫なの⁉」とお父さんに詰め寄るお母さん、それを困ったようにかわすお父さん。
賑やかだなぁ。
玄関の扉を開けて、そっと空を見る。
目の前には、マジックアワーに紛れた小さな星が、輝いている。
よし、行こう。
足を踏み出して、公園の方に向かう。
――初めて思った。
こんな時間がずっと続いてほしい、なんて。
