「……ただいま」

 バクバクと心臓が強く波うっているのがよく分かった。
 靴を脱いでこぶしを握り締めながらそっとリビングに入った。

 お母さんは「おかえり」と一言言って、見ていたテレビを止め「どうだった?」と聞いてきた。

 「え、テストはなかったよ……?」

 突然聞かれた質問に、キョトンと首をかしげる。
 最近学校でテストはなかったし、塾の方でも確か2週間ほど前のテストが最後な気がする。

 と、そこまで考えてお母さんが何かに気がついたようにこっちを見ているのがわかった。
 その顔はなんだか切なそうで、ますます今何が起きているのか分からなくなってしまった。

 「お母さん……?」
 「いえ、そうね……。今まで冴には学校生活のことなんて聞いたことなかったものね……」

 独り言のように、どこかぼうっとしながらそうつぶやいたお母さんをじっと見つめる。
 何を言っているのだろう……?

 「お母さん馬鹿ね……。勉強のことしか冴に言ってこなかった……ごめんね、ごめんね……」
 「え?」

 お母さん……?

 どんどんと、頭の上に浮かんでいたはてなマークが大きくなっていく。
 ここまで言われても全く分からずに、もう一度「え?」と声を漏らした。

 するとこっちに近づいてきたお母さんが、そっと私の頭を抱いた。

 「今日の学校、どうだった……?」

 そういうことか、と一人で納得した。
 何にもない、きっと明日になったら忘れてしまうようなたった1日のことだけど。

 「……楽しかったよ」

 ちょっと恥ずかしかったけど、たった一言そうつぶやいた。
 お母さんの腕の中にいるのがだんだんいたたまれなくなってきて「お母さん」と言うと、泣き笑いのような顔で「よかった」と言ってくれた。

 なんでかよく分からないけど、もしかしたら私の求めていた家族の形はこれなのかもしれないと、強く強くそう思った。



 でも、私の心に空いた穴はまだふさがっていなかった。
 ――何かが、まだ足りていない。