「あ、鷹野くん……!」

 約束の放課後になり、バックをもって屋上に向かった。
 今日はいつも一緒に帰る亜紀はちょうど予定が入っているそうで一緒に帰れなかったのでちょうどいい。
 ここに来るまでには、みんな昇降口に集まっていて人の流れでごまかせば特に気になられなかったし、目だったりもしなかった。

 私が来たときにはすでに彼が来ていたようで、こっちを向いてまたすぐに視線を空の方に戻してしまった。

 同じ教室のはずなんだけどなぁ……。少し話し込んできたから遅くなっちゃったな。

 屋上のはじっこにバックを置いて、それから彼の方にゆっくりと近づいた。

 「……ここ、座ってもいい?」
 「別に」

 視線を外さないまま素っ気なくそう言い放った彼に、ありがと、と小さくつぶやく。

 「……今日、なんでここに?」

 昼休みに誘いを受けてから気になっていたことだけど、結局聞けていなかったのでそっと尋ねた。
 数秒経っても彼が口を開こうとしないので、私は「ありがとう」と一言言った。
 すると彼は意味が分からないとでも言いたげな顔で、じっとこっちを見つめてきた。

 途端に緊張して空を仰ぎながら夕方のグラデーションをそっと眺めた。

 「今日、誘ってくれて……嬉しかった。だから、ありがとう」
 「んなのどーでもいい」

 表情一つ変えずにそう言われて、すごく悔しかった。
 こんなに今の時間を特別で大事だと思っているのは私だけなんだろうか。
 彼にとっては何でもない、数日後には忘れてしまうようなたった一コマなんだろうか。

 寂しい。悔しい。切ない。いろいろな感情が沸き上がってきて、全部を吐き出すようにしてふうっと息を吐いた。

 もう空はすっかり暗くなって、オレンジ色の夕焼けはあんまり見れなかったけど、夜の深い青、紫がかった青、そして鮮やかな色彩を蝕んでいく深い夜の闇のなかで静かに流れる時間を過ごした。
 その途中で、ふと読んでいた本に出てきたある言葉を思い出した。

 「『太陽が沈んでも、空は必ずまた明るくなる。』」
 「……?」
 「これね、私のお気に入りの本の主人公が言ってるセリフなの。夕焼けの時って太陽が沈んで、空が暗くなって、その後には必ず夜が訪れる。でも、夜が明けると新しい日が始まるでしょ?」

 彼が、そっと目の前に広がる空に目を移したのを見て、言葉をつづけた。

 「私が、ずっと暗闇の中でもがいていた時に、見つけた言葉。どんなに夜が長くても、絶対に朝は来る……空は明るくなるよって、なんかいいよね」

 ちょっと恥ずかしいことを言ったな、と空を見ながら思った。
 なんか彼の心に響けばいいんだけど、と思いながらちらっと隣を見ると、食い入るように夕焼けの光を見ていた。
 何かを欲するような、何かに飢えているような、私には分からない『何か』に向かって手をのばしているような、そんな感覚がした。

 私もつられて空を見た。もう空の大半は暗く、深い紺色になっていた。

 それでもセカイが真っ赤にもえている。私たちも、赤く赤く輝いて、太陽は鮮烈な光をもたらしじわじわと地平線の向こうへと、近づいていった。