夜遅くに、コツコツとシャーペンを走らせる音が部屋に響いていた。
 他の音は何もなく、唯一車の走る音が不定期に訪れるだけ。

 本当なら今日やるべき勉強はとっくに終えていたのだけど、本を読む気にもなれず、かといって寝ることもできず、他にやることが見当たらなかったのでこうして次の予習を行っていた。

 霧のいいところまで進んで時計を見ると、針は12時を指していた。
 結局いつもより少し早いくらいの時間になってしまった。今日はしっかり寝ようと思ったのに。

 はぁ、とため息が漏れた。
 なにに対するため息でもなく、自然とこぼれてしまったもの。

 最近、ため息しかしていない気がする。何に対してもすぐにため息をこぼしてしまうのがほんとに嫌だった。

 全然、うまくいかない。どうすればいいんだろう。

 「もう、やだな……」

 呟いた声が、夜の空気に吸われて消えた。
 目をつぶると、瞼の裏に鷹野くんがボヤッと現れた。
 彼のせいでこんなにも心を惑わされている私はいったい何なのだろうか。

 もちろん彼はいろいろな人から好かれていて、人気があるというのは知っていた。だけどああいう形で自分にも嫉妬や憎悪の矛先が向くと精神的にもきつかった。

 ――『ひどいよ。私が先だったんだよ』
 ――『冴ちゃんもうちょっと気を遣えないの?』
 ――『もっとみんなのことも見てあげてよ』

 ……違う、あれは過去のことだ。
 私が悩まされて、何があっても自分だけは我慢しようと決めたあの日の過去。
 忘れてしまいたいのに、なかなか頭にこびりついて消えない、苦い記憶。

 大丈夫だよね、だってもう私は、あの時の私じゃない。

 電気を消して、ベットに倒れ込む。
 するとさっきまで全然寝れなかったはずなのに、一気に眠気が襲ってきて倒れるようにして眠った。