……でも、ダメなんだ。この甘さに気を取られていちゃ、ダメなんだ。

 鷹野くんといるの、楽しかった。
 何も隠さずに、私自身を受け止めてくれる場所があったのに。

 もう屋上には行けない。もう彼とこんな風に話せない。
 あんな風にみられているってわかったら、今まで通りに……なんて無理だ。

 おさまったはずの涙がぽろぽろと頬を伝って手の甲に落ちていく。
 ……これでいいんだ。もう、彼とは終わりで。

 無理やりにでもそう決めないと、うごめいている私の中の気持ちが溢れそうになるから。
 落ちてきた涙がどんどん制服にしみをつくっていく。

 「も、大丈夫、だよ」

 数分経っても彼がずっとそこにいるので、落ち着いてきたところで苦し紛れにそう言った。
 ちょっと声が震えていたけど、うまく言えた……と思った。

 「嘘つくな」
 「……」
 「なにが大丈夫なんだよ……。もっと頼れって言っただろ!」

 彼が珍しく声を荒げた。
 そして私の方に一歩詰め寄ったかと思うと、私の手を指差して彼が口を開いた。

 「震えてる」
 「……え?」

 そう言われて手を見ると、確かに少し震えていた。
 手のひらを見て、それからぎゅっと握り込む。そうすると幾分か震えが収まってほっと息をついた。

 「なにがあった」
 「……ごめん」

 またもそう問われて、胸が締め付けられるような思いだった。心配してくれているのは分かる。嬉しいけど、けど。
 もうここには居れない。そう決めたのだから、もう私もここにいるべきじゃない。

 「……もう、関わらないで……」

 はっきりというべきだったのに、やっぱりそれを言うには勇気が必要で思いのほか声が震えた。
 視界の端で、彼がびっくりしたように「は?」と呟いたのがわかった。
 これ以上何かを聞かれる前に、逃げないと。

 立ち上がって走ろうと思い踏み込んだ瞬間、離した右手をさっと掴まれた。

 「なんでだよ」
 「……ごめん」
 「……なんでだよって聞いてんだろ!」

 何故か、彼が苦しそうな顔でそう言った。
 水晶みたいに私を見つめる目は怒っているのか、はたまた何かへ不安を抱えているのか、少し切なく細められていた。

 「なんで……?」

 私が発した声に、鷹野くんが意味が分からないとでもいうふうに「は?」と声を漏らした。

 「なんで、なんでそんなに、私に構うの?」
 「それは……」

 彼が一瞬たじろいだように見えた。そのすきを見て手を振りほどいてきた方向をダッシュで帰った。
 途中で彼が私を呼ぶ声がしたけれど、無視して走った。

 自分で聞いたことだけど、

 ……さっきの答えを知ってしまったら、本当にもう引き戻せない気がして怖かった。

 灰色の雲の下で、ぽつ、ぽつと雨が降ってきた。

 ……ああ、予想当たっちゃったな。

 雨は私をあざ笑うかのように、すぐに勢いを強くして降り注いだ。