「はあっ、はあ、は……」

 冷たい階段に座り込んで、硬い壁に背中をつけた。
 ほ、と息が漏れた。もう声は聞こえない。

 でもまださっきの声がこびりついていて心臓もバクバクと激しく音を立てていた。

 ――『マジで邪魔なんだけど』

 ――『媚売るとかサイテー』

 何かがのどの奥を焼き付けてせり上がってくる。苦しい、辛い。
 目元に手をやって初めて気づいた。
 泣いてる……?

 泣くな、泣くな。

 泣いたらダメって思えば思うほど、どんどん涙があふれてくる。
 それと同時にいままでため込んでいた思いも全部出てきて勢いが止まらなかった。

 さっきまで響いていた笑い声はどこかへ消え、その代わりに押し殺した泣き声があたりを覆う。

 ドンッ……。

 いきなり、階段の上の方から音がした。
 音がした方を見ると、そこにはお昼が終わったとみられる鷹野くんがいた。
 いつも通り、何を映しているのか分からにほど透き通った瞳は、今は驚いたように私を見ていた。

 それから私の方に近づいてきて、「なにがあった」と低くつぶやいた。

 その声がすごくすごく嬉しくて、でも辛くて、ごちゃごちゃの感情のまま「ごめん」と言って鷹野くんの方に手のひらを向ける。
 ごめん、ごめん……。
いったい何に対してのごめん、だったのだろうか。自分でも分からないけど、考えるよりも先に口にしていた。

 「泣いてるのか」

 私の手のひらをじっと見て、それから私の顔を見てそう言った鷹野くん。
 その声はちょっと困ったような、焦ったような……そんな感じの声だった。

 やっぱり、困ってる。そうだよね、いきなり泣いてる人がいたら戸惑うし困るよね。
 手をおろして、そのまま顔を覆った。うう、と声にならない声が我慢できずに漏れた。

 「腹痛てぇのか」
 「……違う、よ」

 首を横に振りながらそう答えた。変わらない鷹野くんに、なんでかちょっとだけ笑顔が戻った気がした。