「ねぇ、鷹野く――」
 「暗所恐怖症と、閉所恐怖症……だから」

 え?
 私の声にかぶせられた声は信じられないくらい震えていて、今にも消えそうなくらい細い声だった。
 聞いたことがあるような、ないような。
 暗所恐怖症……は、たぶん暗いところがダメ。
 閉所恐怖症は狭いところとかがダメ……みたいな感じだと思う。

 さっきのは全部、そういう症状とかだった、っていうこと……?

 現に今、彼の体が震えている。すごく小さく、小さくだけど私にはわかった。

 「だせぇだろ、こんなみっともない姿見せてごめん」
 「そんな……」

 自嘲気味に笑う彼を見て、思わず声が出る。
 違う、そんなこと思ってないよ。
 今の状況もきっと彼にとってはすごく怖いんだ。私が、彼を助ける番だ。

 とりあえず、まずは亜紀に連絡だ。外からしか鍵が開かないから今から来てもらおう。
 きっとご飯とか食べている時間だと思うけど、きっと亜紀なら来てくれる。
 スマホを取り出して連絡を入れ終わった私を見て、彼がぽつりとつぶやく。

 「……怖いだろ、こんなとこ見せて、ホント情けねぇ」
 「――ううん! そんなことない……! 知ったからって失望なんかしないよ。大丈夫だよ……」
 
 言い切ると同時に思わず、彼の手を握っていた。
 私がしっかりしなきゃなのに、なぜかジワリと視界がにじんで涙がつうっと頬を伝っていく。

 私の言葉を聞いた彼が、かすかに目を見開いて私と視線が絡まった。
 今までに見たこともないくらい驚いている彼の黒い目を、じっと見つめる。

 そして、手を握ってしまったことを思い出して「ごめんっ」と言ってすぐにパッと手をはなそうとした、その時。

 「このままでいい」

 彼がそうつぶやいた。いつの間にか彼の呼吸も落ち着いて、ゆっくりと息を吐く。
 それから固まる私を見て、彼がもう一度静かに言った。

 「このままで、いいから」

 握り返された手を、にじむ視界の中で見る。
 なんで、なんで。
 さっきまでは不安でどうなっちゃうんだろうって怖かったけど。

 今は静かな空気の中でドキドキと高鳴る胸を押さえていた。
 なんでこんなにドキドキしてるんだろう、わかんない。わかんない。


 わずかにもれる光の下でお互いの存在を確かめ合うようにして、手を握って助けを待っていた。