少しして彼がいきなり立ち上がったかと思うと、舌打ちをしてから私の方を向いた。
 吸い込まれそうな黒い瞳に見つめられて、息がつまる。
 ただ目が合っただけなのに、私の世界をのぞかれているような……そんな感覚がした。
 実際にはそんなことないはずなのに、考えていることとか悩んでいることとか、全部全部見透かされていそうで目をそらす。
 すると「目そらすな」と言って強引に目を合わせられる。

 「変わりたいか」

 そっと告げられた彼の言葉に、今までため込んできたすべての気持ちがあふれだしそうになる。

 変わりたい……?

 そうか、私は変わりたかったのか。
 こんな弱い自分を捨てて、もっと強い自分になりたかったのか。

 うなずけば、私は変われるのだろうか。彼についていけば、今の私から変わることができるのだろうか。

 怖い、怖い。
 だけど今ここでうなずかなければ、このまま真っ暗な道を歩いていくことになるんだろう。

 その先に――、暗い道で光っている、その先のところへ行きたい。

 変わらないと。変わらないといけないんだ。

 震える声で「うん」という。頼りなくてかすれてて、今にも消えそうなくらい弱くて小さい声。
 だけど彼はそれを聞いて満足そうにうなずいた。

 「じゃあ見せてやる。お前の知らない、世界を全部」

 そう言った彼の瞳に映る私は、いつの間にか泣いていた。

 「変われる、かな……」
 「ん」

 全身が緊張で震えていて、そうつぶやいた声も細く震えていた。
 でも、彼がつぶやいた言葉には確かに確信があった。『変われるよ』と、直接言われているわけじゃないのに、そういってもらえた気がした。

 「まだ見たことない世界に、行きたい……」

 その瞬間、彼が口の端を浮かせて笑う。ちょっと意地悪そうな、年相応の顔。

 目線も、心も、全部全部奪われた。ドクン、と今までよりも大きく心臓が高鳴った。


 彼が笑ったこの瞬間を、きっとこの先も忘れないだろうな、とただそんなことを思った。