遠くで、お昼休み開始のチャイムが鳴った。
 クラスメイトのみんなは各々購買の方に向かったり、屋上に向かう人もいれば教室で弁当を広げる人もいる。
 本当ならもここで中庭に移動するのだけど、今日はすぐに立てないでいた。

 今日何度目かのめまい。そしてぼうっとして機能しなくなった頭。
 この不調は朝学校に来てから少しずつ症状が出てきていて、途中で薬を飲んだのだけど全くよくなる気配がしなかった。

 うう、と一人でうめきながら誰もいないところに行こうと思って北校舎の方まで歩いた。
 歩くとめまいもひどくなった。でも誰かから心配されるより前に誰もいないところに行かなければと思ってただ一心に歩く。

 1歩1歩歩き進めるたび、お昼の騒がしい話し声やうるさく響く誰かの叫び声がどんどん遠ざかっていく。
 そして北校舎の棟に足を踏み入れた途端、しんとした冷たい空気に触れた。

 普段はあんまり使わない校舎で、理科室、家庭科室、美術室などが集まっている。
 なのでお昼の時間帯はこんな方には誰もいなくて、先生も通っていないので比較的静かな場所だ。
 ひとりきりになるのには最適だった。

 北校舎の屋上につながる階段に座り込む。
 じっと目をつぶっていると、いつの間にか痛みが引いて落ち着いてくるのを感じた。
 そのまま寝れそうだな、なんて思いながら体育座りの格好で頭を突っ伏していると、こつんこつんと校舎に響く靴音がした。
 ハッと頭を持ち上げてじっと音のする方を見ていると、その音はこっちに近づいてきて……。

 「は」「え」

 目の前に立つ人と、一瞬視線が絡んだ。

 「なんで、鷹野くんが」
 「聞きてぇのはこっちだ」

 座りながら、茫然と彼を見上げる。
 まさか彼もここに来ていたなんて。
 昨日あんなことがあってからだとさすがに二人きりは気まずかった。

 目をそらしてじっと壁の落書きを見つめていると、彼の声が頭上で響いた。

 「お前さ、また体調悪いの」
 「……え……」

 近づいてきて、1メートルくらい離れたところに座った鷹野くん。
 こっちを見る目はやっぱり感情が読めなくて、どういう意図でそう言ったのか全く分からなかった。

 「い、いや大丈夫だよ、ほらいつものこと、だし……」

 笑みを張り付けて、そこまで一息に言った。瞬間、横からブリザード級の冷たい視線が突き刺さるのを感じる。

 「『大丈夫』って、まだ言うのかよ」

 苛立たしそうに彼がそう吐き捨てた。
 低く、獣が唸るような……そんな声。
 彼の放った言葉がグサッと心臓を貫いた。

 大丈夫? そんな聞かれ方をしたら、いやでも大丈夫だと答えるだろう。
 大丈夫じゃないときでも、大丈夫と言って身を守る癖ができてしまったのだから、いまさらそんなのは治りそうになかった。
 ただ何か言わないと、と焦って「ごめん」とそれだけ言った。