くるり、と後ろを向きダッシュの準備が完璧にそろったところで、後ろからあの冷たい声色で呼ばれた。
 ぎくりと背筋を伸ばして、これから浴びるであろう言葉に身構える。

 「お前さ」
 「……はい」
 「俺がここの管理人だとでも思ってるわけ?」
 「……はい?」

 予想をはるかに上回った言葉に戸惑って、振り返って思わず聞き返してしまった。
 言葉も出ない私に変わって、鷹野くんはドカッとベンチに座って私のことをぎろりとにらみ上げた。

 「俺の私有地じゃないんだから、誰が使っても勝手だろ」
 「た、たしかに」
 「だから、食べれば、それ」

 ずいっと勢いよく指差されたのは私の持っているお弁当箱。あわてて片付けたから、ナフキンがぐしゃぐしゃになっているけれど。
 ってそれよりも今の彼の言葉だ。もしかしたら私の聞き間違いかもしれないけど、食べれば、といったのだ。
 信じられない思いで、え、とかすかな声がでた。

 「わ、私ここにいて邪魔じゃない? 後で追いだされない?」
 「誰がするか」

 あなたです、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、もう一度「ホントに?」と首をかしげた。
 すると彼はハァッと大きくため息をついてから少し奥に移動してくれた。

 真ん中に座っていた彼が移動してくれたおかげで、私も座れるすきまができた。てっきり追い出されるものだと思っていたから、さすがにこの展開は予想していない。びっくりとしながらもゆっくりベンチの隅に座る。

 私と彼の間は、あと一人はいれそうなくらい空いているけれど、お互いにその間を詰めようともせずに静かにお昼を食べ始めた。

 誰かとこうしてお昼を食べるなんて、いつぶりだろう。家に居たって一人だし、高校に入ってからは一人で食べていたから、もしかすると中学校以来か。さすがにそれはないか、と打ち消して、なんとなく空を見上げた。

 好きだなぁ、空を見るの。今日は風が強いから、真上にあった雲がすぐに流れていってしまう。薄く伸びた雲はまさに秋を感じる雲だった。

 「空、きれいだなぁ……」

 空を見上げながら、ぽつりと独り言ちる。
 鷹野くんは何も反応してくれないけど、静かに聞いてくれているんだろうな、と思った。
 ぼーっと空を眺めて、風に当たって、息を吸い込む。

 最近ずっと狭いところで小さく息をしていた。でもこうして息を吸い込むとたまっていた重い空気が全部全部浄化されて、心が軽くなる。そんな気がした。
 吸った分の息を全部吐いてから、「あのさ」と横を向いて話しかける。

 「今までどこで食べてたの? 教室? 屋上? それとも……あっ、図書館の前かな」

 思い浮かんだ場所を上げていって、ちらりと横を見る。すると購買で買ったらしきメロンパンを食べながら眉間にしわを寄せた。
 その反応の意味が分からなくて心の中で首をかしげると、鷹野くんは低い声でつぶやいた。

 「今までは教室。そっから鈴木がうるさいから屋上行って、屋上も騒いでるやつら多すぎてうるさいから、最近ここ」

 なるほど。そりゃあこの容姿をしていれば、女子たちは騒ぐだろうし、普通にお昼の時間帯は話し声で騒がしくなるのだから、静かな場所といえば唯一ここだろう。
 最近は鈴木さんがクリスマスに向けて、鷹野くんに猛アタックしているという噂が流れてきていた。
 人とコミュニケーションを取ってみんなと一緒にいる……というタイプではない鷹野くんにとって、まぁお昼休み位静かに自分の時間を過ごしたいのは分かる。

 ここは校舎から一番遠い場所だし、はっきり言ってベンチとか設備も古い。
 まさに知る人ぞ知るスポットと言っても過言ではない。

 それからぽつぽつととりとめのないことを話しながら時間が過ぎていった。