ガタン、と物音がして、いきおいよくそっちを振り返る。
 怖いものが極端に苦手な私にとって、今の物音は恐怖の対象でしかなかった。
 だがその原因がわかってホッと胸をなでおろした。

 「……鷹野くん」

 彼が朝、図書館にいるなんて。いつも朝学活が終わったころにひょろりと現れたり、教室で寝ているイメージがあったので朝ここにいるというのはかなりの驚きだったのだ。

 私の席から3個くらい後ろの席に座っている鷹野くん。
 もしも物音がしていなければ気がついていなかっただろうな、と思うくらい静かに身を潜めていた。

 私の声が届いたのか、彼はめんどくさそうに髪をかき上げてチ、と舌打ちをした。

 もしかして、ここにいることを知られたくなかったのだろうか。それなら私はここからいなくなるべきだろうか。
 『絶対に言わないから』と言って、今すぐにでも出ていくべきか。

 頭の中で、いろいろな考えが浮上しては沈み、結局よく分からないままじっと彼を見つめる。

 「あの、私邪魔かな。戻った方がいいなら戻るし、えっと、ここにいることが知られたくないんだったら誰にも言わないし……」

 何も言わずに、ただ黙りこくっている彼を見て、さらに焦ってしまい慌てて言葉を続ける。

 「ホントにごめんね、あの、教室行くから……」
 「……つってんだろ」
 「え?」
 「いてもいいって言ってんだろ。ここ、俺の部屋じゃないんだからそんなこと気にする必要ねぇだろ」

 居てもいい。そう言われて一気に緊張が解けた。てっきり追い出されるのかと思っていたから、この反応は予想外だった。
 前を向いて座り、すっと目を閉じた。
 起きたあとはあんまり眠くならないのだけど、今日はあくびひとつでもして、このまま窓の景色を眺めていたら簡単に眠れそうだった。

 二人しかいない、朝の図書館。
 うるさいでもなく、特別話をする感じでもなく、ただただ静かな空間が流れているだけ。

 お互いに何も話さないけれど、なぜだか気まずい空気にならない。話しかけようと思ったけれど、そうしたらこの大切な何かが壊れる気がしてそっと口を閉ざした。

 なんでこんなに安心するんだろう。なんでこんなに穏やかな気持ちになれるんだろう。

 勉強や両親の小言、友達と話すときの気づかいや先生からのプレッシャー。私を苦しめているすべてのものが、この空間ではなくなって綺麗に浄化されているようだった。

 そのまま私たちは、特に会話もせず朝の時間まで時を過ごした――。