『榎本なら解ける』。先ほど言われたその言葉が、深く深く突き刺さる。期待と憐れみと同情の目が、全部全部私に突き刺さっている。

 過去にもこんなことがあったのだ。
 それは今でもはっきりと鮮明に覚えている、小学校3年生の時の出来事。

 指名されて、黒板の前に立ったら頭が真っ白になって、分かっていたはずの答えも、全部分からなくなってしまって焦って泣き出したっけ。
 泣いてる私を見て先生は困ったように笑って『一回落ち着いて席に座ろっか』って言われて先生に手を繋がれて席に戻った。

 そうしたら、あちこちから『泣いてるよ』『解けなかったのかな』『冴ちゃんならできると思った』って声が聞こえてきて、それも全部私を傷つけて、なかなか立ち直れなかった。

 誰かからの期待とプレッシャーがずっとずっと怖かったのに。

 それからはみんなの期待に応えられるように、毎回毎回一生懸命にやってきて絶対に繰り返さないって思っていたのに。

 ごくりとつばを飲んだ。「榎本いけるかー?」と聞く先生の声がする。

 やらなきゃ。みんなが私を見てる。

 手に持っていたシャーペンを転がして、机に手をついて立ち上がる。

 「たぶん、できま――」
 「俺がやる」

 え、と声にならない声が漏れた。
 乱暴にガタンと音を立てて立ち上がったのは、隣の席で寝ていたはずの鷹野くんだった。
 彼の行動に驚いて目を見ると、その水晶のような目は、いつもと変わらず感情の読めない白い光が灯っているだけ。

 今彼が何を言ったのか、そしてその内容が理解できない。それはきっと、クラスのみんながそうだった。

 しん、と静まりかえる教室の中、驚いた顔をする先生が「榎本にやってもらおうと思ってたんだが……」と呟いて鷹野くんを見る。
 でも彼はめんどくさそうにチッと舌打ちをして「どーでもいいだろ」と一言発して黒板の前に立った。
 そして一瞬の迷いもせず、白いチョークを手に取って私がやるはずの4番の問題のところに答えを書いていく。

 「まぁ、鷹野がやってくれるなら全然いいんだが……」

 黙々と答えを書き込む鷹野くんに、先生は頭をかきながらつぶやく。

 みんなも驚いていたけれど、「鷹野くんも頭いいもんね」「問題解いてる後ろ姿もかっこいい!」「難しい問題をやるってところがもうかっこよすぎる!」と女子たちはキャーキャーと騒ぎ始め、男子も「やっぱすげー!」と感嘆の声を上げる。

 それを見て、全身の力が抜けたのか、倒れ込むようにしてイスに座る。
 心臓が痛いくらいにうるさかった。緊張なのか、不安なのか、安心なのか、そんなの分からない。