だが、誰も彼の笑った顔は見たことないと思う。常に顔をしかめて不機嫌そうで、授業中なんかはずっと窓の方を向いてつまらなさそうに頬杖をついている。女子にキャーキャー騒がれたって、今のように冷たく返してさばいている。
 ただ、孤高の一匹狼、というわけでもないようで、クラスの男子と話しているところも見かける。

 授業にまともに参加しないくせに、成績は私よりも上の順位だ。常に上の方にいて、私でもトップ5に入るのにそれより上ってどれだけ頭がいいんだろう。
 彼とは次元が違う。勉強もせずにいい点が取れるなんて、神様はほんとに不公平だ。

 きっと、彼は神様から私に足りない全部をもらったのだろう、と思った。

 「……って聞いてんのか、さっさとどけ」
 「え?」
 「そこ、俺が先だったって言ってんだろ、寝るだけなら教室とか図書館でもできるだろ」

 チッ、と舌打ちが聞こえた気がして、私はあわてて席を立つ。
 ご飯を食べるのも、教室でも図書館でもいいんじゃないのか、なんて思ったけど、そんなこと言ったら彼の機嫌が悪くなるのは目に見えている。
 スカートを直しながら彼のおでこをじっと見る。少し赤くなっているそこはきっとさっきぶつかったときのものだろうと思った。

 「そ、そういえば、さっきぶつかったの大丈夫? えっと、冷やすものはないんだけど保健室に行くともらえると思うから、念のため行ったほうが――」
 「うぜぇ、んなのどうでもいい」

 吐き捨てるように言われたその言葉に、どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
 やっぱり苦手だ。彼のことが全くつかめない。
 何か言われる前に、早く違う場所に移動しよう。

 まだざわざわとする心を無視して、教室まで小走りで戻った。