僕らがユーア=フォウスに戻り、エルフ族を治療してから三日が経った。
幸いにも死者は出なかったし、後遺症が残るほどひどいケガをしたエルフもいない。
それに、森に生えてた薬草の種類と量が豊富なおかげで、治療もかなり手早く進んだ。
もしも治療がもたついて、手遅れになったエルフがいたらどうしようかと思うと、僕は怖くて仕方なかった。
そのたびにミトが僕を慰めて「大丈夫ですよ」って言ってくれるのが嬉しかった。
ちなみにペガサスはというと、さっさと飛んで町を離れてしまった。
そんな中、すでに目が覚めて、軽く体を動かせる程度に回復したエルフもいるユーア=フォウスのとある家の一室に、僕らはいた。
「……ん……」
エルフ族の長、フェムがベッドに寝かされた、僕とカルとミトの家。
そこに集まった僕らの前で、フェム=エズ=ミグラがやっと目を覚ました。
「フェム! 目が覚めたか!」
最初に彼女に駆け寄ったのは、カルだ。
口じゃいろいろ言ってたけど、やっぱり幼馴染が心配なのは当然だよね。
次いで僕とミト、ローヴェインが彼女の眠っていたベッドを囲んだ。
「……カル、なの……?」
わずかにカルを認識したフェムは、急に血相を変えた。
「……みんなは……皆は大丈夫なの!?」
「お、おい!」
彼女が目を血走らせ、体を起こしててカルに問いかけるのは、エルフ族の安否。
その姿はまるで、ウンディーネにエルフ族の里がどうなったのかを聞くカルみたいだ。
「私達、エルフの里を襲われて、避難所に行ったけど逃げ遅れた子もいて、それで!」
「落ち着いてください、里の皆は無事です!」
半ばパニックに陥っていたフェムの顔が、次第に正気に戻ってゆく。
「……ほんと、に……?」
「ああ、本当だ。危なかった子供や老人もいるけど、今は容体も安定してるよ」
「ユーリ君の『鑑定』スキルで集めた薬草、お絵かきで作った山ほどのベッドと包帯、兄さんの発明品の調合がないと、とても間に合いませんでしたけどね」
「それに、発明品の方はとうとうぶっ壊れちまった! 次のをさっさと作らねえとな!」
調合マシンが壊れて爆発したことを思い出しながら、カルがけらけらと笑う。
ところが、彼の明るい表情とは裏腹に、フェムの顔つきは次第に険しいものになっていく。
そして大げさなほどのため息をついた彼女はカルを睨んで言った。
「……まだ、あんなくだらない発明品を作ってるのね」
カルの発明をねめつける、厳しい言葉を投げつけたんだ。
「は?」
「エルフの里を出て、反省したと思ったら、まだ外の文化を学び続けてるなんて。相変わらず、一族の歴史を侮辱するような真似を続けるなんて、信じられないわ」
ぽかんとするカルや皆をよそに、フェムはつらつらと言葉を並べてゆく。
さっきまでケガを負い、眠っていたエルフとは思えないほどの饒舌ぶりだ。
僕はそれが、なんだかいい気分には思えないけど。
「なんだよ、その言い方! 俺の発明品がなきゃ、お前の命だって危なかったんだぞ!」
「大方、発明品が役に立ったのは最後の最後。ほとんどはミトのおかげでしょう?」
「ぐぬ……!」
反論できないカルに、フェムはさらにきつい言葉を投げつける。
「あなたはいつもそう。人の話も聞かずに、独りよがりな発明を作って、周りに迷惑をかけてばかり。で、里を追い出されても己を顧みずに、人間とゴーレム……あと、ライカンスロープ族を率いて、何をしているのかしら?」
いくらカルとの軋轢があるからって、そこまで言わなくたっていいのに。
偉ぶった態度で鼻を鳴らすフェムに、とうとう僕の後ろで牙がきしむ音が聞こえた。
「口をはさんで申し訳ないが、命の恩人にかける言葉ではないだろう」
ローヴェインだ。
彼女がいら立てば、子分達はたちまち怯えるというのに、フェムは恐れを見せないどころか強気な態度を微塵も崩さない。
「そういうエルフでもないあなたは、何者かしら?」
「私はライカンスロープ族のローヴェイン。所以あって、ここに住んでいる」
「そう。ひとまず私の説教が終わるまで、黙っていてくれると助かるわ」
フェムがそう言うと、ローヴェインは諦めたようにごきり、と首の骨を鳴らした。
「エルフ族は高慢と聞いていたが、その通りだ。そうでないのはカルとミトだけのようだな」
「フェムは昔からこうなんだよ、ローヴェイン」
カルのあざ笑うような口調に、今度はフェムが眉間にしわを寄せる。
「俺は俺の夢を叶えようとしてるだけだ! 皆が笑って暮らせる町を作る、エルフの里みたいに風習に囚われてばっかりじゃない、新しい町をな!」
売り言葉に買い言葉で、カルも語気が荒くなってる。
エルフの里に行った時はどんなことをしても助けたいって顔だったのに、今は何で助けちゃったんだって言いたげな顔なんだ。
それが真意かはともかく、ローヴェインとミトだっていい表情はしないよ。
フェムがどんな口調だって、どちらも喧嘩は望んでないんだから。
「兄さん、落ち着いて」
「それはそれとして熱くなりすぎだ、カル」
「エルフ族のことを知ろうともしなかったくせに、よく言うわ!」
二人が止めようとしても、フェムが止めなきゃ意味がない。
そしてフェムが攻撃的な姿勢を崩さないなら、カルだってヒートアップするばかりだ。
「老人連中に気に入られようと必死だったお前に言われたくねえな!」
「あなたの発明品が、何度里を危機に陥れたか知ってる!? 道を作るために木を切り倒すなんてふざけたことを言って、里の周辺を丸裸にしかけたことがあったわよね!?」
「お前こそ、わざわざ子供の前に俺を引きずり出して、罰の『頭叩き』をやったよな!? こんなエルフになってはいけません、なんてご丁寧に説教しやがって!」
「それはあなたが、いつまで経っても夢見がちな子供だからよ!」
ミトが呆れても、ローヴェインが天井を仰いでも、二人は口論をやめない。
「俺はただ、エルフ族が静かに滅びるのをどうにかしたいだけだ!」
「滅びるかどうかなんて、分からないじゃない!」
「いーや、分かるね! 森に囲まれて、眠るように滅んでいくだけだぜ!」
「この分からず屋のカル……!」
「石頭のフェムになんか、説明したって分からねえだろーよ!」
さて、そろそろけんかを止めないと、互いに掴みかかりかねない。
ミトが仲裁を投げちゃって、ローヴェインが「いっそ殴り合いでもすればいい」なんておもっている様子なら、きっと誰にも止められない。
だったら、ここは一歳児のメリットを活かして、僕がその役目を買って出ようじゃないか。
「……う、うう……」
僕がうつむき、声を震わせると、二人がじっとこちらを見つめた。
「「ん?」」
いいぞ、後はちょっとだけ悲しいことを思い出して――。
「うえぇ~ん……」
――泣くだけだ。
二人とも、いい機会だから覚えておくといいよ。
ユーリって人間は意外とずる賢くて、手段を択ばない赤ん坊だってことをね。
「「え、ええっ!?」」
僕がわんわんと泣き出すと、二人の表情は怒りから一転、焦りへと変わる。
「お、おいっ!? どうしてユーリが泣くんだよ!」
「あなたが泣かしたんでしょう! 子供が泣くほど騒ぐなんて、百歳を超えてる自覚がない、頭も心の子供の証拠だわ!」
ただ、こんな状況になっても口喧嘩が止まらないなんて想像してなかったけど。
カルとフェムって、もしかすると仲が良いんじゃないのって思っちゃうよ。
……いや、実際仲が良いんだろうけど。
「お前こそ、バカみたいに騒いでるからユーリが泣いちまうんじゃねえか!」
「バカにバカなんて言われる筋合いはないわよ!」
「ええ~ん……」
わざとらしく泣いてみても、二人が口論を止める様子はかけらもない。
むしろヒートアップしちゃってるんだから、二人の関係性は筋金入りだ。
「石頭なんだからバカって言われても理解できないんだろ!」
「何だと!?」
「何よ!? まったくもう、バカは――」
とうとう僕を無視しそうになった時、ミトが一番簡単な手段で仲裁に入った。
「ど・ち・ら・も・です!」
「あたっ!?」
「んぎゃっ!?」
つまり、げんこつだ。
ミトに頭を小突かれて、二人はそろって頭を押さえてうずくまった。
こういう時、しっかりと制裁して物事を収められるミトは、やっぱりカッコいいね。
「ユーリ君を泣かせるようなことをするなら、例外なくげんこつの刑です」
頭をさすりながら体を起こすフェムは、僕をちょっぴり恨めしそうに見つめた。
「……確かに、人間族の子供にウソ泣きさせるほど気を使われたなら、仕方ないわね」
「え、ウソ泣き?」
ありゃりゃ、バレちゃった。
まあ、今はもう泣いてもないし、うつむいてもないから、そりゃバレるよね。
ふっふっふ、でもここまで二人を騙せたし、僕は案外演技派かも。
「てへぺろ」
舌を出して笑うと、フェムもやっと、ちょっぴりだけど笑ってくれた。
カルやミトと同じ金色の髪を揺らす彼女は、笑うととても綺麗だなあ。
「見れば分かるわよ、あれくらい。私達の口喧嘩がエスカレートしてきたから、ウソ泣きで場の空気を変えようとしたんでしょ? カルはともかく、長であるフェム=エズ=ミグラの目はごまかせないわ」
「そこまでされるほど熱くなっていたのに、長とはな」
「熱くなっていたのは事実だわ。謝らせてちょうだい……ごめんなさい」
フェムがぺこりと頭を下げると、今度はカルが腕を組んで眉を吊り上げた。
「へっ。俺だって大人だ、許してやらなくもねえよ」
「あなたに言ったんじゃないのよ、おバカさん」
「んだとぉ!?」
もう、一度はちゃんと場を収めたのに、また言い争いしちゃ意味がないじゃないか。
「今度口論になったら、次は私が首を締め上げてやるが?」
「「うっ……」」
でも、今度はローヴェインが指をばきり、と鳴らしてくれたおかげで、二人とも黙った。
ちょっと乱暴な手段だけど、こうでもしないと、二人はいつ取っ組み合いの大喧嘩を始めたっておかしくないものね。
「言っておきますが、ローヴェインさんの力は僕よりも強いですよ」
「嘘とはいえ、ユーリたんを泣かせたような輩だ。容赦などしてやらないから、安心して気絶するといい」
「……わ、分かったわ」
ちょっとだけ額に汗をかいたフェムに向かって、ローヴェインが言った。
「ひとまず冷静になったなら、聞かせてくれ。なぜ、エルフの住む集落が壊滅したのかを」
フェムはわずかに目をそらし、窓の外の景色を見つめた。
「私達にとっても、あまりに急な出来事で……でも、あれは間違いないわ」
まるで恐るべき事件が起きた瞬間を思い出すように、それでいて彼女は思い出したくないように、藍色の瞳を揺らしてるんだ。
その理由は、僕らにもすぐに分かった。
「あの魔物の群れ――あれは、『スタンピード』よ」
彼女の里を滅ぼしたのは、恐るべき現象。
僕らも聞いたことだけはある――スタンピードだって言うんだ!
「「スタンピード!?」」
僕とカル、ミトが声を上げる中、ローヴェインだけが彼女に掴みかかった。
「スタンピードだと!? どういうことだ、なぜそんな現象がそっちでも起きてるんだ!」
「な、なによ!? 肩を掴まないで!」
戸惑うフェムの声を聞いて、幸い、ローヴェインはすぐに我に返ってくれた。
もしも彼女までうろたえたら、ミトでもどうにかできるか分からなかったよ。
「……すまない。だが、どうしても聞きたいんだ」
「ローヴェインの住処は、最近スタンピードで圧し潰されたんだよ」
「……そうだったのね」
ローヴェインが狼狽した理由を聞くと、フェムは納得してくれた。
彼女は落ち着いた様子を取り戻したように見えるけど、まだ唇を軽く噛み続けてる。
きっと彼女の脳裏には、自分達の集落をが破壊されたさまがまざまざと浮かび上がっているに違いない。
リーダーとして何もできなかった、と今でも悔やむ彼女を想うと、僕もつらくなる。
「ですが、おかしくありませんか?」
なんだか嫌な雰囲気を変えるように、ミトが話を逸らした。
「エルフ族は魔物の動きを察知し、読み取る力に長けています。特にフェム、貴女は遠くにいる魔物の動きすら感じ取る上に、里に近づけないほどの弓の技術があったでしょう」
「しょんなに、しゅごいの?」
「同じ的の中心に、五回連続で矢を当てるほどの実力者ですよ」
そんなことができるなら、きっとオリンピックに出れば金メダルを総なめだね。
「フェムほどのエルフが、どうしてスタンピードを予測できなかったのですか?」
「あれは、明らかに異常よ」
フェムが布団の端を握り締めて、顔をしかめた。
「これまで何度もスタンピードの予兆を察知して、怒りの感情が広まる前にその魔物を仕留めて止めてきたけど……今回は感情の伝播速度も尋常じゃないし、魔物の集まり方も想像以上だったわ」
何度もスタンピードを止められたというのは、僕にとって驚きだ。
でも、そんなフェムですら止められなかったというのが、もっと驚きだ。
「信じられませんね……」
「だけど、まぎれもない事実よ。言いたくはないけど、あっという間に魔物が押し寄せてきて……瞬く間に、里は踏み潰されたもの」
「まあ、スタンピードは天災みたいなもんだ。理屈っぽく考えるだけ、無駄だぜ」
カルが肩をすくめた。
「ローヴェイン、だったかしら。あなたの集落を襲ったスタンピードと同じものかもしれないし、もしもそうなら、動きが事前に予測できるかもしれないわね」
「何かの役に立つのか?」
「災害から生き残ったなら、次の目的地に警告するのが、エルフ族の習性よ」
なるほど、とローヴェインが頷いた。
災害大国の生まれとしては、僕も納得できる習性だ。
「地図はないから、大まかな場所だけを書いていこう。カル、スケッチブックを」
ローヴェインに言われて、カルはいつも発明品のアイデアを書き連ねているスケッチブックを彼女に渡した。
そういえば、僕はユーア=フォウスがどこにあるかを知ってるけれど、もっと広い視点でどこに位置しているかは考えたことがない。
その辺りを、ローヴェインははっきりと理解しているみたいだね。
「ここがユーア=フォウスだ。エルフの里はこの町から西にずっと進んで、ライカンスロープの集落は森を超えた先にある――」
「何ですって!?」
地図を描き始めて半分くらいのところで、今度はフェムが大声を上げた。
「わっ!」
思わず僕が転びそうになったのを、ペンを放り出したローヴェインが支えてくれる。
危ない、もう少しで頭を床に打つところだったかも。
「ユーリを脅かすとは、さっきの警告が堪えていないようだな」
「さっきは貴女が、大きな声を出していたでしょう」
「むむむ……」
言い返せないローヴェインをよそに、フェムはさっきよりもずっと慌てた顔をしてる。
まるで地図を見て、何かとんでもない事実に気づいたような表情だ。
「そうじゃないわ! いいえ、それどころじゃないのよ! このルートが正しければ、次のスタンピードの目的地は……」
すう、と息を吐いてから、フェムは信じられない事実を告げた。
「……この町よ」
スタンピードが、この町にやってくると。
「え」
僕もカルも、ミトも、ローヴェインすらも呆気にとられた。
時間が止まったかのようにすら見える静寂の中で、フェムの声だけが部屋に響く。
「この町、ユーア=フォウスとか言ったかしら? ここに、早ければ五日以内にスタンピードの影響を受けた魔物が押し寄せてくるわ」
恐ろしいほど冷静なフェムが、首を横に振る。
「いいえ、私が眠っていた期間も加味する必要があるわね」
「お前はユーア=フォウスに運ばれてから、三日ほど眠っていたぞ」
「だったら遅くても二日以内ね。今日中には荷物をまとめて、町から逃げるのを勧めるわ」
淡々と告げられた言葉の意味を、僕はまだ理解しきれなかった。
ユーア=フォウスにスタンピードがやってくる?
魔物の群れが、エルフ族の里を圧し潰すほどの群れが、もうじき押し寄せる?
信じられないというより、信じたくなくて、胸が締め付けられる気持ちだ。
「お前、そんな大事なことを、なんで今の今まで言わなかったんだよ!?」
カルが怒鳴ると、やっぱりフェムも怒鳴り返した。
「私だって、さっき聞かれたから答えたのよ! ここがどこにあるかも分からなかったし、里の皆のことで頭がいっぱいだったんだから、無理言わないで!」
「フェムさんの言う通りです、兄さん。彼女を責めるのは、良くないですよ」
「……クソッ」
歯痒そうな顔をするカルの代わりに、僕がフェムに問いかける。
「ふぇむしゃん。どーしゅれば、いいの?」
「ユーア=フォウスがどれだけ思い入れのある場所だとしても、町を離れて一番近い集落に行くしかないわね」
「えっ……」
「運が良ければ、もう一度戻ってこられるけど……悪ければ、町は修復不可能なくらい破壊されるわ。どちらにしても、今の町のことは諦めなさい」
「しょんな……」
きっとどうにかなると答えてくれるかもと、淡い期待を込めた問いかけだったけど、返ってきたのは残酷な現実。
それでもフェムは相当オブラートに包んで、僕に話してくれたに違いない。
里を破壊したスタンピードが、ユーア=フォウスを欠片でも残してくれるはずがない――粉々に破壊しつくされて、戻ってこれないに決まってる。
「ミト、里の皆はどれくらい回復してる?」
「ほとんどのエルフは歩ける程度にはケガが治っていますが、まだ立ち上がるのが難しい老人もいます。少なくとも、万全とは言い難いでしょう」
「だったら、恥を忍んでお願いさせてほしいわ。エルフ族を町から逃がすのを、手伝ってちょうだい。代わりにできることなら、何でもやるから」
「ですが……」
「あなたなら分かるでしょう? 魔物の暴走と、その恐ろしさを」
スタンピードの被害者であるフェムにこう言われれば、ミトも納得せざるを得ない。
「ローヴェインさんも、スタンピードの被害者なら理解できるはずよ。油断していれば同胞だけじゃない、そこのちびっこだってただでは済まないわ」
「……ああ」
同じく魔物の脅威を知るローヴェインも、皆の命を優先して当然だ。
「部外者の私が仕切るつもりはないわ。ローヴェインさん、あなたに指示を――」
でも、違った。
誰もが諦めかけてしまった状況の中で、そうじゃない人もいるんだ。
「――いいや、出ていく必要はねえ」
「なんとかなるよ」
僕とカルだ。
少なくともカルは、何のプランもない僕と違って、目に決意の光を灯してる。
僕はと言うと、ただユーア=フォウスを失いたくないだけだ――でも、誰が何と言おうと、カルの夢を諦めたくない一心だけは嘘じゃない。
「カル? 何を言ってるの?」
「どこから来るのか分かってるなら、それを逆手にとってやりゃあいいんだ! あいつらを追い払う装置を作って、ユーア=フォウスを守るんだよ!」
言うが早いか、カルはローヴェインが持っていたスケッチブックを手に取る。
「ええと、スケッチブックの裏に、里にいた頃からの発明品が……あった!」
そしてぱらぱらとめくっていくうち、一番後ろの方で手を止めて、それを皆に見せた。
「こいつだ――『ギラギラ放つクン』!」
スケッチブックに描かれていたのは、いくつもの灯台のような発明品。
そこから出ている光を浴びて、黒いバケモノが逃げ惑っているさまだ。
「こりぇ、なぁに?」
「ユーリ、この装置は魔物を混乱させる光を放つんだ! スタンピードで迫ってくる方角に当ててやれば、あいつらはパニクって動けなくなるはずだぜ!」
カルの説明を聞くだけで、すごい発明品だと分かる。
そうでなくても、スタンピードが止められるというだけでとんでもない代物だ。
「しゅ、しゅごい!」
「それだけじゃねえ、光の強さを調整すれば、こっちからハチャメチャな命令を送ってやれる! ユーア=フォウスから少し離れたところに崖があるだろ、そこに誘導して落としてやれば、スタンピードだって止められるんだ!」
もしかすると、カルの発明品はスタンピードを超えられるかもしれない。
理屈はさっぱりでも、魔物を操る光がうまく機能すれば、ユーア=フォウスを守れるかもしれない。
だったら僕としては、ぜひそのアイデアを実現したい。
「……まだ、失敗作を作るつもりなの?」
でも、フェムはカルの考えに否定的だ。
「あなた一人の失敗ならまだしも、今度は皆の命を背負ってるのよ。夢みたいな妄言をつぶやいてないで、現実を見てものを言ってちょうだい」
「仮に今までの発明品が失敗だとしても、俺はそうは思わねえ」
ところが、フェムに何を言われても、今度は怒鳴り返しはしなかった。
代わりにしっかと彼女を見つめ、自分を支えてきた意志をぶつけた。
自分は天才発明家で、どんな苦難も笑顔と発明で乗り越え、前に進むんだって。
「すべての発明は成功だ! 俺は、『ギラギラ放つクン』を作るための礎として、これまでの発明品を作ってきたんだ! だから失敗なんて、絶対ありえねえんだよ!」
そして、夢の町と皆の命を絶対に守って見せるんだって。
「わけのわからないことを言わないで! 一人のそんな屁理屈で、皆の命を……」
いいや、一人じゃないよ。
ここに来た時から、いいや、ここに来る前から、カルは一人で困難に挑んじゃいない。
「……かるのはちゅめーは、せいこうちたよ」
たとえ誰がいなくたって、僕はカルの味方だよ。
どんな発明か分からなくても、成功率が怪しくても――発明品が町を守るなら、成功するように力を貸すのが、僕の役目だよ!
「かるはね、しゅごいんだよ! だから、ちゅぎもしぇーこーするよっ!」
とはいえ、ちびっこ一人の言い分なんて、フェムは軽く受け流すだけだ。
「あのね、ちびちゃん。スタンピードがどれほど恐ろしいか知らないから……」
ならばとばかりに、今度はミトが後ろから身を乗り出して、僕を持ち上げてくれた。
「エルフの皆を逃がすのは手伝います。ですが、僕は残りますよ」
「ミト!? 兄を止めるのは、あなたの役目でしょう!」
驚くフェムに、ミトは首を横に振った。
「僕の役目は、兄の夢を支えることですよ。無茶をしたらもちろん止めますが、そうじゃない時は兄さんとユーア=フォウスを、できる限りサポートします」
「うん、うん!」
「もちろん、ユーリ君もね」
「あい!」
大げさなほど僕が頷くと、ミトが歯を見せて笑ってくれた。
こうなると、フェムはローヴェインに助けを求めざるを得なくなる。
「ローヴェインさん、何か言ってやって! スタンピードの怖さを知ってるなら……」
「ああ、知っている」
「だったら……」
「知っているからこそ、もう逃げるのはうんざりだ」
でも、もうローヴェインだって覚悟を決めてるよ。
特に彼女は、フェムの言う通りスタンピードを知ってるからこそ、もう負けたくない。
白い牙を軋ませる彼女の方こそ、誰よりもスタンピードを乗り越えたいんだ。
自分達をひどい目に遭わせたスタンピードの方を、やっつけてやりたいと思っているに決まってる――その好機を、逃すはずがないよ。
「我らライカンスロープ族がどれほど強く、ユーア=フォウスという町がスタンピードごときに圧し潰されない場所であると、魔物に教えてやるいい機会だろう」
さて、こうして僕らの考えは、フェムにはっきりと伝わった。
「皆……ありがとな」
カルがはにかみ、僕らの肩をそれぞれぽん、と叩いてくれる。
「俺も、皆も、外にいるライカンスロープもクリスタルゴーレムも、どこにも逃げやしねえぜ。お前はどうするんだ、フェム?」
さて、彼女が町から逃げると言うなら、僕らは彼女に手を貸すつもりでいた。
ここでの話は、あくまでユーア=フォウスにいる住民の考えに過ぎない。
エルフの皆を巻き込む理由なんて、ちっともないんだし、多分フェムの考え方がこの世界なら普通なんだと思う。
「……どちらにせよ、ここが潰れれば他の集落も襲われるんでしょう」
でも、フェムはそうはならなかった。
ほとんど躍起になったように、彼女がベッドから乱暴に立ち上がって言った。
「分かったわよ、やってやるわ! その代わり、スタンピードの予定日になってもどうにもならなさそうなら、エルフを連れてここから逃げるわよ!」
よし、これで満場一致(?)だね。
迷っている余地もないし、スタンピードを追い返すつもりなら、さっそく行動しないと。
「よっしゃあ! そうと決まれば、さっそく発明品づくりだ!」
「「おーっ!」」
カルと僕が手を掲げると、皆が追従してくれた。
――ちなみに、町の皆は誰もがスタンピードを追い返すのに賛成してくれた。
――特にライカンスロープの皆は、ローヴェイン以上にやる気満々だ。
――「今度はやっつける」とか「絶対に負けない」とか話してたよ。
――こんな仲間がいるなら、スタンピードなんて怖くないって僕は思えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の昼間から、さっそく『ギラギラ放つクン』の製造が始まった。
最初に試したのは、手のひらに乗るサイズの、灯台のレンズ部分を使った実験。
目の前にいるのは森の近くでローヴェインさんが捕えてくれた、ちょっぴり温厚な魔物のビッグラット。
文字通り、僕よりちょっと大きい、前歯が長くて毛深いネズミだ。
こんなのでも、鑑定すれば『危険』と表示されるくらいには、魔物は危ない存在だ。
「よし、放してくれ!」
それをローヴェインさんが放したところに、カルが灯台のレンズの光を当てた。
僕がお絵かきスキルで作ったレンズは、カルが両手で抱えるほど大きくて、ビッグラット丸々一匹を包み込んでも余るくらいの強い光を放った。
『ギャウ、ガガウッ!』
ビッグラットは光を浴びて、驚いたというよりはひどく嫌そうな顔をして、なぜかその場をぐるぐるとうろつく。
やがて何かに従うかのように、ビッグラットがどたどたと森の方へと帰っていった。
「試作品は完全に成功だ! 魔物をパニック状態にできたぜ!」
「「カルのアニキ、すげえや!」」
「驚いたな、光をぶつけるだけで魔物を追い払えるとは……」
目を丸くするローヴェインと、ライカンスロープの皆に、カルは笑顔でレンズの試作品を見せつけた。
「元から光に弱い魔物は逃げ出すんだがよ、こいつは特別なんだ。なんせ、ユーリのお絵かきスキルと俺のアイデアを混ぜ込んだアイテムなんだからな」
さらに次いで、スケッチブックに描かれた完成図をその場に広げてみせた。
灯台のような発明品には、さっきまでカルが持っていて、今は地面に置かれているレンズよりもずっと大きなものが嵌め込まれている。
複数の灯台を、並べてユーア=フォウスに建設するイメージで合っているかな。
「レバーを降ろすと、ユーリが描いたレンズを通じて、光が当たる。装置の中で反射した光の角度で、命令が変わって、それに従うってわけだ……今回は『逃げろ』って命令したけど、本番じゃ『谷に向かって走れ』って命令すりゃいい」
「命令、か。要するに催眠術のようなものか」
本来は理解できないものを組み立てられないはずの僕のお絵かきスキルが、これを作れるように至ったのは、「どうなってるか」じゃなくて「どんなものか」を理解できたから。
なぜ光の反射で魔物を追い払えるのかじゃなく、魔物を追い払える光の屈折として認識したら、それにピッタリのレンズはすぐに描くことができたよ。
「そんなところだ。問題は、装置に使う素材がほとんどないってところだな」
ただ、問題は光を放つ魔晶石も、土台になる素材もないところだ。
魔晶石は属性があり、『ギラギラ放つクン』の元になる石はない。
木材や鉄材はそれなりに集まっているけど、これを組み立てる時間があるかどうか。
「ユーリに描いてもらおうと思ったんだが、こいつがおねむになっちゃ意味がねえしな」
灯台そのものを組み立てると、一つ作っている間に僕が眠っちゃうかもしれない。
一度僕がスキルの使い過ぎで眠ってしまうと、ちゃんと回復するまでは自分の意志で起きられない――っていうのは、初出の情報だよね。
だから僕が眠ってしまうのは、とても高いリスクになりえるんだ。
なんせ今回は、いくつも木製の灯台っぽい発明品を作らないといけないんだから。
要するに今、僕らはちょっと大きめの壁にぶつかってるんだ。
「ひとまずキャシーちゃんに声をかけないと……」
「キャシーさんなら、もう呼んでありますよ。喉から手が出るほど欲しがるアイテムを手に入れたから、山ほどの光属性の魔晶石をください、とドレイクで伝えました」
「喉から手が出るほど……? そんなの、どこにあるんだよ?」
「ありませんよ。ただ、こう言えばキャシーさんは飛びつくでしょう?」
「お前、なかなか悪知恵の働く奴だったんだな……」
ミトの知恵で、ひとまずキャシーちゃんから魔晶石を買わせてもらえる可能性はできた。
問題は、発明品そのものの開発がどうにもならないって可能性があること。
「だとしても、間に合うとは思えないけど?」
家から出てきて、町の端にやって来たフェムも、その可能性を案じていたみたい。
「フェム! お前、もう歩き回っていいのかよ!」
「スタンピードが近づいているというのに、寝てなんかいられないわ」
まだ頭に包帯を巻いていて、ケガも残っているだろうに、とても強い女性だ。
「エルフ族の皆には、同胞の看病を任せてあるわ。いざという時にも、逃げ出せるようにね」
「ケッ、言ってろっつーの。俺の発明は、絶対成功するんだからよ!」
「でも、どうしても必要なら、声をかけてちょうだい。私が一声かければ、エルフ族はいつでも、ちょっとだけ手を貸してあげる」
「素直じゃねーの」
ふん、と鼻を鳴らすカルと、つん、とそっぽを向くフェム。
二人は仲が悪いように見えるけど、性格の根本はきっと同じなんだろうなあ。
「第一、あなたのスケッチブックを見せてもらったけど、発明品が大きすぎるわ。素材がそろったとしても、組み立てるための土台はどうするつもりなのよ」
「そりぇは、ぼくにまかちぇて!」
「あら、人間族のちびっこ。何ができるか、見せてちょうだい」
ひとまずフェムに協力してもらうべく、僕はお絵かきスキルを披露した。
「おりゃっ!」
僕が地面に描いてみせたのは、大きな木製の灯台の――土台部分だ。
倒れないようにする土台は大事だし、これくらいなら作っても疲れない。
「すごいわね、土を固めた台座が出来上がったわ。とても珍しいスキルを持っているのね」
ただ、僕もフェムも、これでどうにかなるものじゃないとは悟っている。
「……でも、たりにゃい」
そう、足りないんだ。
灯台は最低でも十本は建てないといけないのに、一つだと足りなすぎる。
そこからさらにレンズ、ヘタをすれば発明品の部品をお絵かきしないといけないとなると、途中で眠ってしまうのは間違いない。
もしもそのせいでスタンピードに間に合わないなら――後悔しても、しきれないよ。
「スタンピードに中てられた魔物の総数は、尋常じゃない。土台一つ分の明かりじゃあどうしようもない。まずはそこから作らないといけないわね」
土台を作って、眠って、土台を作って、眠って、発明品をお絵かきする。
あと二日以内にスタンピードが来る状況じゃあ、あまりにも悠長すぎる。
「それじゃ、まにあわないよ」
「だから言ったでしょう。ユーリちゃん、皆を説得して避難させてあげて」
フェムは僕のところまで目線を合わせて、肩に手を載せて言った。
「カルが好きなのはわかるけど、そのカルもミトも、ここに残っていては死んじゃうのよ……私も、それだけは嫌なの」
「でも……」
藍色の目に映る僕が、現実を拒んだ。
こんなちっぽけな見た目のせいで、僕は皆の力になれないなんて。
神様、どうせならもう少し育った状態で、僕を転生させてくれればよかったのに――。
「……っ!?」
――そう願った時だった。
――突然、僕がずっとポケットにしまっていたペンダントが、青い光と共に宙に浮いた。
「こ、この光は……!?」
「そのペンダント、まさか精霊の力を秘めているの!?」
フェムの言う通り、これはウンディーネからもらったペンダントだ。
僕を包むまばゆい光、皆が目を覆うくらいの強い光は、この青い宝石から放たれてる。
やがて光は収束していって、ペンダントは地面にコロン、と落ちてしまった。
いったい何が起きたのか、どうしてペンダントは光ったのか、答えは僕自身が一番よく知っていたし、嫌でも理解させられた。
「……おおきく、なった」
――僕の体は、大きくなった。
ちょっぴり精悍になった顔、伸びた手足。
スッキリした思考に、少しだけ長くなった髪。
そんな僕がペンダントに映っているんだから、どうなったかの答えはただ一つ。
僕は一歳から――三歳くらいの大きさに、強制的に成長したんだ!
「かる、みと! ぼく、おっきくなったよ!」
理屈はさっぱりでも、目の前で起きた現象は紛れもない事実だ。
カルとミトの前でぴょんぴょんとはしゃぐと、皆が大騒ぎする。
「うおおおおっ!? どうなってんだ、いきなり成長期を迎えちまったのか!?」
「信じられません……人間の三歳くらいの背丈まで、大きくなっていますよ!」
「大きくなっても愛らしいままで安心したぞ!」
「アネゴ……」
特に感動すらしているローヴェインは、仲間達から若干引かれているのにも気づかない。
「あのね、あのね! うんでぃーねからもらったぺんだんとがひかったの! そしたら、ぼくがおおきくなって……あ、あと、ふくもおっきくなってる!」
長く伸びた黒髪と、もちもちさがちょっぴり抜けた顔、体と同じように大きくなった服。
僕はそうとしか説明できなかったけど、フェムだけは何かを察しているようだった。
「ウンディーネの加護……なるほど、分かったわ」
ふむ、とフェム自身も驚くように、腕を組んで言った。
「水の精霊ウンディーネは、生物の成長と守護の力を強く持っているの。その精霊からもらったペンダントに込められた魔力なら、生き物を急激に育ててもおかしくないわ」
ウンディーネは僕を助けてくれるって言っていたけど、まさかこんな形で助けてくれるなんて思ってもみなかったよ。
「もうよちよち歩きじゃないし、なんか、何でもできそうだぜ!」
でも、カルの言う通り、今の僕は、自分自身の中から力が溢れてるのを感じる。
心臓の奥底からエネルギーが湧き上がってきて、手のひらに現れた神様の羽ペンすらまばゆく光り、新たな力の発現を教えてくれる。
「うん、なんでもできる! いまのぼくなら――なんだって!」
僕はパッと羽ペンを手に取り、大げさなほど勢いよく空に描いてみせた。
今、一番欲しいもの――カルが発明して、僕らが組み立てようとしていたアイテムを。
「「うおぉーっ!」」
皆の歓声が巻き起こる中、それは見事に絵から現実になって、地面にドスンと置かれた。
何本も並んだそれは、木製の灯台のような、カルの最大の発明品。
「これって……まさか、『ギラギラ放つクン』か!?」
そう――『ギラギラ放つクン』!
カルのアイデアを、僕はそのまま具現化して見せたんだ!
しかもこれまでよりもずっと大きいものを何本も作ったのに、眠くもなんともないよ!
……ホントはちょっぴり疲れちゃったのは、ここだけの秘密。
「僕らが組み立てようとしたものを、そのままお絵かきスキルで生み出したんですか!? これは、以前とは比べ物にならないほど強力なスキルですよ!」
「そのかわり、たちあげることはできないの。ごめんね」
もっとも、僕にできるのはお絵かきだけで、地面に突き刺したりはできない。
そこまでできればいいのに、なんだかビミョーに申し訳ないなあ。
「な~にがごめんね、だ! お前はサイコーだよ、ユーリ!」
「もにゅあぁ~っ」
なんて思っていると、カルが僕のほっぺをむにむにした。
三歳くらいになってもむにむにされるなんて、きっと僕が十歳になっても、十五歳になったって、カルにはむにむにされる運命なのかもしれない。
それはまあ、悪くないかもね。
とにもかくにも、僕らの作戦の最大の障害は取り払われた。
皆の中にも、理想が現実になるビジョンが見えてきたのか、やる気が湧いてくる。
「これだけの発明品が完成すれば、後は土台と魔晶石を用意するだけだ! 魔晶石はキャシーちゃんに任せるとして、土台は俺達でも作れるぜ!」
「そして明かりを放つ装置を起こして、設置すれば……行ける気がしてきました!」
「最初から俺は、行ける気しかしてないっつーの!」
カルがぐっと拳を握り締めると、ミトやローヴェインも強く頷いた。
「よし、ライカンスロープ一同で土台を作り上げるぞ! 今日のうちに完成しないのは、我らユーア=フォウスに住まう者の恥と思え!」
「「了解しやした、アネゴ!」」
さらにライカンスロ―プの皆もこぶしを突き上げるさまを見たフェムは、やれやれといった調子で肩をすくめ、小さく笑った。
「……まったく、こんなのを見せられちゃ、手伝わない理由がないじゃない! 手が空いた人は、私のところに来て!」
どうやらついに、フェムが僕らに協力してくれるみたいだ!
その証拠に、フェムの一声でエルフの若者が集まってきてくれた!
「エルフは自然と心を通わせて、操る力があるわ。木々の蔓や根を使えば、カルの発明品を持ち上げられるし、土台用の土を掘り起こせる!」
そう言ってフェムが手をかざすと、緑色の光と共に、地面から木の根が伸びてくる。
まるで鞭のように柔軟に動くそれを操って『ギラギラ放つクン』を引っ張れば、少ない人数で土台の上に発明品を立ち上げられそうだ。
『ゴオオウ!』
もちろん、レームのパワーと地面を掘削する力も合わさればもっと早く完成するはず。
それこそ魔晶石さえ用意できたなら、今日にだってすべて完成したっておかしくない。
「レームもやる気だぜ! 地面の中から、硬い岩を持ってきてくれたぞ!」
「どだいが、もっとがんじょーになるね!」
山ほどの岩があれば、土台代わりに『ギラギラ放つクン』を支えられる。
町が一丸となり、だんだんやる気の炎が燃え上がってきた時。
「――おやおや、田舎モンどもが集まって何してるんだニャ?」
急に、僕らの間からにゅっと顔を出してきた人がいた。
驚く皆の顔をおかしな様子で眺めるのは、キャシーちゃんだ。
「キャシーちゃん!」
あまりに集中していたからか、町のそばに豪華な馬車が停まってるのに気づかなかった。
「つーか、早くねえか!? ドレイク便を出して、まだ半日も経ってねえぞ!?」
「ビジネスチャンスは逃さないのが、キャシーちゃんの信条ニャ」
きっとペガサスと一緒で、あの馬車も信じられないほど早く走るんだろうね。
それを差し引いても、ほんの数時間でユーア=フォウスまで来るのはびっくりしたけど。
「ところで、こんだけの光の力を溜め込んだ魔晶石なんて、何に使うニャ? お前ら、この前山ほどの魔晶石を掘り起こしたって言ってたニャ」
キャシーちゃんの後ろには、明るく輝く魔晶石が風呂敷いっぱいに入ってる。
なるほど、この量が取引できたなら『ギラギラ放つクン』を動かせるはずだ。
「採掘した分だけじゃ足りないし、そもそも光の魔力がある魔晶石はほとんどないんだよ」
「掘りに行きたいんですが、どれだけ量があるか分かりません……だから、キャシーさんを呼びしたんです」
「ほうほう、魔晶石の属性は確かにランダムニャからね。お前らの欲しがってた属性の魔晶石がニャいのも、まあ、あり得ない話じゃないニャ」
ふむ、とキャシーちゃんは鼻を動かして、わざとらしく聞いてきた。
「で、質問だけど……お前ら、キャシーちゃんの欲しいものを持ってるニャ?」
「それはですね……」
ミトが少しどもると、彼女はため息をついた。
「ないんだニャ。帰るニャ」
しまった、こっちにキャシーちゃんを呼び出したアイテムなんてないのがばれた。
このままだと彼女は、風呂敷を馬車に押し込んでさっさと帰っちゃう。
ユーア=フォウスの危機やスタンピードの脅威を伝えるよりも、情に流されないキャシーちゃんを引き留めるには、思いつく限りの交渉材料を話さないと。
「ま、まって! あのひかりはすごいの、まものをおいはらうんだよ!」
「そんなアイテム、帝都で暮らしてれば必要ないニャ。欲しがってる奴がいればまだしも、キャシーちゃんの客にそんな奴はいないニャ」
「じゃあ、これ! うんでぃーねのぺんだんと!」
僕が首から下げたペンダントを、キャシーちゃんはちょっぴり興味深そうに見つめた。
「ふーむ、ほう……いや、やっぱいらんニャ」
でも、すぐに関心をなくした。
「なんで……」
「すっかり魔力の光を失って、価値がなくなってるニャ。精霊の持ち物は、その力が秘められて初めて価値があるってのに、こんなの、買いたがる輩はいないニャ」
はん、と笑って手を揺らすキャシーちゃんに、カルとミトが食い下がる。
「僕らが管理している魔晶石と交換です、それならいいでしょう!」
「光の属性の魔晶石はレアニャ。一対一の交換は割に合わないし……そうニャね、交換するなら一対十のレートは必要ニャよ、もちろんこっちが一ニャね」
「おめー、ふざけんじゃねーぞ!」
「ユーア=フォウスにある魔晶石を全部差し出しても、到底足りないですよ!」
「悪徳商人みたいに言わないでほしいニャ。これでもかなり譲歩した方ニャよ。少なくとも、嘘をついてキャシーちゃんを呼び出す奴に言われたくないニャ」
「うっ……」
むむむ、キャシーちゃんは痛いところを突く天才みたいだ。
こう言われても反論できないのは、ミトが悪いわけじゃない。
「このままじゃスタンピードがやってきて、ユーア=フォウスはダメになっちまうんだぞ! ちょっとは助けてくれてもいいだろ!」
「だったら逃げればいいニャ。命あっての物種、っていうニャ?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ただ、もう僕らにはキャシーちゃんを納得させられるだけの材料はない。
このまま彼女が踵を返して、風呂敷に手をかけようとするのを、僕らは見てるだけだった。
「キャシーちゃん、だったかしら? 価値のあるものと魔晶石を交換してくれるのね?」
ところが、フェムだけは違った。
彼女はキャシーちゃんの前に立ち、風呂敷を掴む手を止めさせた。
「エルフにそんなもんを出せるかは知らないけど、もちろんニャ」
「だったら、これなんてどう?」
彼女が試すように突き出した手のひらの中にあったのは、怪しくきらめく指輪。
緑の宝石を携えた――さっきまでフェムの指に嵌まっていた、指輪だ。
「おっ、おおお……!?」
「フェム、それは!」
カルが驚くそばで、キャシーちゃんが指輪をつまみ上げて日に透かした。
尻尾も耳も立っている彼女は、誰の目から見ても興奮してるのが明らかだ。
「エルフ族の秘宝、フォレスト・エメラルドの指輪! しかもこれだけ澄んだ輝きの宝石なら、魔晶石なんていくらでも持って行っていいニャよ!」
彼女の鑑定結果を聞いて、僕はぎょっとした。
きっとあれはフェムにとって大事なものだと、誰が言わずとも分かったからだ。
「そう。じゃあ、交渉成立ね」
それなのに、フェムは眉ひとつ動かさず、それをキャシーちゃんに売ってしまったんだ。
僕らが使う魔晶石――風呂敷いっぱい程度の魔晶石と引き換えに。
「よせよ、フェム! フォレスト・エメラルドはエルフ族の秘宝だぞ、なのに……」
「ユーア=フォウスでお金を捻出する方法なんて、これしかないでしょう?」
フェムの言う通りだけど、そのせいでエメラルドを手放すなんて。
特にミトにとっては、無計画が招いた事態だと後悔してるみたいだ。
「ごめんなさい、フェムさん。僕が無計画に、キャシーさんを呼んでしまったせいで……」
心底申し訳なさそうに頭を下げるミトに、フェムは首を横に振った。
「いいえ、気にしないで。この作戦に可能性がないなら、私は何もしなかったわ」
そして二人の胸を軽く叩いてから、僕を青い目でじっと見た。
「エメラルドを渡したのは、あなた達の……カルとユーリちゃんの作戦に、希望を見出したからよ。エルフの皆だって、もうすっかりやる気だもの」
彼女が指さした先には、ライカンスロープの皆と一緒になって発明品を起こすエルフ族の姿があった。
多少なり動けるものは皆揃って、土台用に岩を集めている。
ケガをしている者は、昼食やほかのケガ人の面倒を見ている。
「えっほ、えっほ……」
「蔓を引っ張って、装置を土台のところまで運びましょう!」
誰一人として、どんな形でだって、協力してないエルフなんていない。
「私だって、本心を言えばスタンピードに抵抗したいのよ。エルフの里を破壊したあいつらに一泡ふかしてやれるなら、エメラルドなんていらないわ!」
その姿に心を突き動かされたフェムの決意だというなら、もう誰も彼女を止めないよ。
「じゃ、交渉成立ニャ。ついでに、キャシーちゃんもここに残ってくニャ。お前らがなにをしようとしてるのか、成功するか、退屈しのぎに見てやるニャ」
そんな中、何もしないでただ居座るだけのキャシーちゃんの肩に、ローヴェインがずしりと重い調子で手を乗せた。
「残るならちょうどいい、お前にも手伝ってもらうとするか」
ローヴェインの提案に、キャシーちゃんは尻尾と耳が立つほど驚き、ひどく嫌がった。
「ニャ!? キャシーちゃん、重労働なんて断固反対だし、給料ももらえないなら……」
「今日の夕飯は、猫の丸焼きにするか」
「ひ、ひい……」
もっとも、ユーア=フォウスにいる以上は猫の手も借りたいし、ローヴェインの要求を拒める人なんてここにはいない。
彼女はやると言ったらやる――恐ろしいことだって、やってのけるに違いない。
キャシーちゃんも例に漏れず、近くにいたライカンスロープに引っ張られていった。
「よいしょ、よいしょ!」
そうしてたちまち、土木作業員の仲間入りだ。
明らかにこんな作業に慣れていないキャシーちゃんにとっては、とんでもなく大変かも。
「ひー、ひー、なんでキャシーちゃんがこんな目に……」
「つべこべ言ってないで、装置を土台の上に置くのを手伝いな!」
「はひぃー……爪もボロボロだし、もう最悪ニャ……」
汗をだらだらと流して、ひげをしなしなにして、せっせと岩を運ぶキャシーちゃん。
尻尾は先っぽが地面についちゃうくらい疲れてて、へとへとなのに作業だけは続けてる。
もしかすると、ローヴェインはちょっとした意地悪で手伝いをさせたのかもしれないけど、逃げ出さないキャシーちゃんはとっても偉いと思うよ。
「はい、おみず」
「おおお……おチビ、お前だけは優しいニャ……」
彼女にコップに入ったお水を渡してあげると、顔をふにゃふにゃにして、キャシーちゃんは喜んでくれた。
「それにしても、お前はすごいニャ……あんなのを作り上げるなんて、帝都のスキル使いでもできやしないニャ……」
まだ息の整ってないキャシーちゃんが、僕を褒めてくれる。
気持ちは嬉しいけど、実は僕のやってることは、そんなにすごくないんだよ。
「ほんとうにすごいのは、かるだよ」
「ニャ?」
「かるだけじゃなくて、みんなだよ。かるがはつめいして、みととみんながたちあげてくれた。ぼくはそこまでできないし、がんばるときっとまたねむくなっちゃう」
成長のおかげか、僕の力の限界は一歳の頃よりずっと理解できていた。
だからこそ確信して言えるのは、『ギラギラ放つクン』を立ち上げた状態でお絵かきスキルで生み出したり、土台に起こしたりするようなアイテムを作れば、眠ってしまう。
そうなると、もしも何かがあった時にお絵かきスキルを追加で使えないリスクを負う。
万が一を考えれば、それは避けたいんだ。
「ふーん、ちびっこはやっぱり頭がいいんだニャ」
キャシーちゃんは話を半分だけ聞いてるような調子で、ぬっと顔を近づけてきた。
「この一件が終わったら、キャシーちゃんと一緒に帝都に行かないかニャ?」
「ええっ?」
「ちびっことキャシーちゃんが手を組めば、ぼろ儲けニャ! お絵かきで何でも作れるスキルなんて、それだけでも珍しいし、貴族にも……」
「はいはい、余計なことをユーリちゃんに吹き込まないの」
「ニャギャっ!?」
キャシーちゃんが話し終えるよりも先に、フェムが彼女の尻尾を掴んだ。
「皆、彼女が手が空いてるから仕事が欲しいって言ってるわよ」
「本当に!? ちょうどケガ人に軟膏を塗ってほしかったのよ!」
「発明品を持ち上げるのに人手がいるんだ、こっちに来てくれ!」
「ま、待つニャ! キャシーちゃんはもう限界ニャー……」
そして、ずるずるとライカンスロープやエルフに連れられて行った。
あの調子じゃあ、一日中解放なんてされないだろうね。
「ふぇむ、ありがと」
僕がフェムにお礼を言うと、彼女が小さく笑ってくれた。
あのままだと、僕はキャシーちゃんの怪しい計画に使われちゃってたかもしれないし。
「気にしないで。ユーリちゃんはすごいから、皆が気に入っちゃうのよ」
「ふぇむも?」
こんな質問はちょっと自信過剰だったかなと思ったけど、フェムは笑ってくれた。
「ええ、そうよ。ユーア=フォウスに、そうじゃない種族なんていないわ」
フェムは僕の頭を撫でて、作業に戻っていった。
……なんだか、素敵なエルフだなあ。
僕は自分の頬が、ちょっとだけ赤くなっているのに、触るまで気づかなかった。
そこからはひたすら、皆が皆のやることを必死にやってくれた。
カルとミトは全体に指示を出す。
ローヴェインとライカンスロープが土台代わりの石を運ぶ。
フェムとエルフは木の根や蔓を使って発明品を引っ張って起ち上げる。
キャシーちゃんはケガ人のエルフの面倒を見たり、岩を運んだりと、「もうやだ」「帰る」と言いつつも縦横無尽の大活躍。
そして僕は、キャシーちゃんのお手伝いとお水、食事を運ぶ係。
お絵かきスキルはすごいけど、もう使う必要なんてどこにもなかった。
ユーア=フォウスの住民が一丸となって動けば、陽が暮れる前にすべての『ギラギラ放つクン』が地面に垂直に立っていたんだ!
それはつまり――スタンピードを撃退する唯一の手段が、出来上がった証拠だ!
「やったー! ついに装置が完成したぜーっ!」
皆が飛び跳ねて喜ぶ中、ミトがぱん、と手を叩く。
「喜ぶのはまだ早いですよ、兄さん。『ギラギラ放つクン』がちゃんと起動するか、それを確かめないと、本番でひどい目に遭いますからね」
「分かってるっての! 起動装置はすぐに、ユーリと俺で作るからよ!」
ユーア=フォウスで一番大きな建築物を見上げて、カルは言った。
「……一日で完成するなんて、信じられねえな。俺一人じゃ、絶対無理だった」
「かるが、ひとりなんてありえないよ」
そんな彼の手を、僕がぎゅっと握り締める。
「ぼくがいる。みとがいて、ろーべいんも、ふぇむも、れーむも、あときゃしーちゃんも……みんなが、このゆーあ=ふぉうすにいるの」
僕の目に、カルの顔が映る。
夕日と碧の色に染まった瞳が、かすかに潤んで見える。
「だからきっと、ううん、ぜったいにかんせいするって、ぼくはしってたよ!」
でも、カルはそれをすぐに引っ込めて、わしゃわしゃと僕の頭を撫でた。
「わはは、三歳のちびっこが百歳越えてるエルフを励ますのかよ!」
「エルフ族の百歳は、人間で言うと十五歳程度ですがね」
「うるせーっての」
口を尖らせつつも、カルは笑った。
「でも……ありがとな。本当に、本当にありがとう」
カルの笑顔に、僕も笑顔で応えた。
今まで何度も、何度も見たはずなのに、初めて見たような笑顔は――きっと、カルが心の底から笑えた証拠かもしれない。
どこか残っていたしこりや、もやもやが晴れた表情。
それを見れたのが、今の僕にはとっても嬉しかった。
「ふふふ、明日にはスタンピードに圧し潰されているかもしれないぞ」
「縁起でもないこと言うなよ、ローヴェイン!」
そしてこれからも、カルの笑顔を見たい。
ミトの、ローヴェインの、フェムの、町中の皆の笑顔を守っていきたい。
だからこそ、今回の作戦に失敗なんてありえちゃいけない。
いや、失敗なんてありえない。
「みんなのちからがあわさったから、ぜったいにせーこーするよ!」
「絶対大丈夫だ! 俺達皆の発明品なんだからな!」
カルの言う通り、『ギラギラ放つクン』を使えばスタンピードは去っていく。
そう確信しているからこそ、僕らは誰一人として絶望なんてしちゃいなかった。
三歳になる奇跡を起こした。
フェムに信じてもらう奇跡を起こした。
たった一日でたくさんの灯台を立ち上げるなんて、今よりずっと多くの人がいても出来なさそうな――奇跡のような出来事をやってのけた。
これだけの奇跡が集まったなら、それが集まってきっと、希望になるんだ。
今や、ユーア=フォウスの誰もが、希望に満ちた『これから』を信じていた。
その日の夕飯は、皆が集まって当たり前のように、いつもの食事をした。
最後なんかじゃない、明日や明後日も続く――当たり前の食事を。
幸いにも死者は出なかったし、後遺症が残るほどひどいケガをしたエルフもいない。
それに、森に生えてた薬草の種類と量が豊富なおかげで、治療もかなり手早く進んだ。
もしも治療がもたついて、手遅れになったエルフがいたらどうしようかと思うと、僕は怖くて仕方なかった。
そのたびにミトが僕を慰めて「大丈夫ですよ」って言ってくれるのが嬉しかった。
ちなみにペガサスはというと、さっさと飛んで町を離れてしまった。
そんな中、すでに目が覚めて、軽く体を動かせる程度に回復したエルフもいるユーア=フォウスのとある家の一室に、僕らはいた。
「……ん……」
エルフ族の長、フェムがベッドに寝かされた、僕とカルとミトの家。
そこに集まった僕らの前で、フェム=エズ=ミグラがやっと目を覚ました。
「フェム! 目が覚めたか!」
最初に彼女に駆け寄ったのは、カルだ。
口じゃいろいろ言ってたけど、やっぱり幼馴染が心配なのは当然だよね。
次いで僕とミト、ローヴェインが彼女の眠っていたベッドを囲んだ。
「……カル、なの……?」
わずかにカルを認識したフェムは、急に血相を変えた。
「……みんなは……皆は大丈夫なの!?」
「お、おい!」
彼女が目を血走らせ、体を起こしててカルに問いかけるのは、エルフ族の安否。
その姿はまるで、ウンディーネにエルフ族の里がどうなったのかを聞くカルみたいだ。
「私達、エルフの里を襲われて、避難所に行ったけど逃げ遅れた子もいて、それで!」
「落ち着いてください、里の皆は無事です!」
半ばパニックに陥っていたフェムの顔が、次第に正気に戻ってゆく。
「……ほんと、に……?」
「ああ、本当だ。危なかった子供や老人もいるけど、今は容体も安定してるよ」
「ユーリ君の『鑑定』スキルで集めた薬草、お絵かきで作った山ほどのベッドと包帯、兄さんの発明品の調合がないと、とても間に合いませんでしたけどね」
「それに、発明品の方はとうとうぶっ壊れちまった! 次のをさっさと作らねえとな!」
調合マシンが壊れて爆発したことを思い出しながら、カルがけらけらと笑う。
ところが、彼の明るい表情とは裏腹に、フェムの顔つきは次第に険しいものになっていく。
そして大げさなほどのため息をついた彼女はカルを睨んで言った。
「……まだ、あんなくだらない発明品を作ってるのね」
カルの発明をねめつける、厳しい言葉を投げつけたんだ。
「は?」
「エルフの里を出て、反省したと思ったら、まだ外の文化を学び続けてるなんて。相変わらず、一族の歴史を侮辱するような真似を続けるなんて、信じられないわ」
ぽかんとするカルや皆をよそに、フェムはつらつらと言葉を並べてゆく。
さっきまでケガを負い、眠っていたエルフとは思えないほどの饒舌ぶりだ。
僕はそれが、なんだかいい気分には思えないけど。
「なんだよ、その言い方! 俺の発明品がなきゃ、お前の命だって危なかったんだぞ!」
「大方、発明品が役に立ったのは最後の最後。ほとんどはミトのおかげでしょう?」
「ぐぬ……!」
反論できないカルに、フェムはさらにきつい言葉を投げつける。
「あなたはいつもそう。人の話も聞かずに、独りよがりな発明を作って、周りに迷惑をかけてばかり。で、里を追い出されても己を顧みずに、人間とゴーレム……あと、ライカンスロープ族を率いて、何をしているのかしら?」
いくらカルとの軋轢があるからって、そこまで言わなくたっていいのに。
偉ぶった態度で鼻を鳴らすフェムに、とうとう僕の後ろで牙がきしむ音が聞こえた。
「口をはさんで申し訳ないが、命の恩人にかける言葉ではないだろう」
ローヴェインだ。
彼女がいら立てば、子分達はたちまち怯えるというのに、フェムは恐れを見せないどころか強気な態度を微塵も崩さない。
「そういうエルフでもないあなたは、何者かしら?」
「私はライカンスロープ族のローヴェイン。所以あって、ここに住んでいる」
「そう。ひとまず私の説教が終わるまで、黙っていてくれると助かるわ」
フェムがそう言うと、ローヴェインは諦めたようにごきり、と首の骨を鳴らした。
「エルフ族は高慢と聞いていたが、その通りだ。そうでないのはカルとミトだけのようだな」
「フェムは昔からこうなんだよ、ローヴェイン」
カルのあざ笑うような口調に、今度はフェムが眉間にしわを寄せる。
「俺は俺の夢を叶えようとしてるだけだ! 皆が笑って暮らせる町を作る、エルフの里みたいに風習に囚われてばっかりじゃない、新しい町をな!」
売り言葉に買い言葉で、カルも語気が荒くなってる。
エルフの里に行った時はどんなことをしても助けたいって顔だったのに、今は何で助けちゃったんだって言いたげな顔なんだ。
それが真意かはともかく、ローヴェインとミトだっていい表情はしないよ。
フェムがどんな口調だって、どちらも喧嘩は望んでないんだから。
「兄さん、落ち着いて」
「それはそれとして熱くなりすぎだ、カル」
「エルフ族のことを知ろうともしなかったくせに、よく言うわ!」
二人が止めようとしても、フェムが止めなきゃ意味がない。
そしてフェムが攻撃的な姿勢を崩さないなら、カルだってヒートアップするばかりだ。
「老人連中に気に入られようと必死だったお前に言われたくねえな!」
「あなたの発明品が、何度里を危機に陥れたか知ってる!? 道を作るために木を切り倒すなんてふざけたことを言って、里の周辺を丸裸にしかけたことがあったわよね!?」
「お前こそ、わざわざ子供の前に俺を引きずり出して、罰の『頭叩き』をやったよな!? こんなエルフになってはいけません、なんてご丁寧に説教しやがって!」
「それはあなたが、いつまで経っても夢見がちな子供だからよ!」
ミトが呆れても、ローヴェインが天井を仰いでも、二人は口論をやめない。
「俺はただ、エルフ族が静かに滅びるのをどうにかしたいだけだ!」
「滅びるかどうかなんて、分からないじゃない!」
「いーや、分かるね! 森に囲まれて、眠るように滅んでいくだけだぜ!」
「この分からず屋のカル……!」
「石頭のフェムになんか、説明したって分からねえだろーよ!」
さて、そろそろけんかを止めないと、互いに掴みかかりかねない。
ミトが仲裁を投げちゃって、ローヴェインが「いっそ殴り合いでもすればいい」なんておもっている様子なら、きっと誰にも止められない。
だったら、ここは一歳児のメリットを活かして、僕がその役目を買って出ようじゃないか。
「……う、うう……」
僕がうつむき、声を震わせると、二人がじっとこちらを見つめた。
「「ん?」」
いいぞ、後はちょっとだけ悲しいことを思い出して――。
「うえぇ~ん……」
――泣くだけだ。
二人とも、いい機会だから覚えておくといいよ。
ユーリって人間は意外とずる賢くて、手段を択ばない赤ん坊だってことをね。
「「え、ええっ!?」」
僕がわんわんと泣き出すと、二人の表情は怒りから一転、焦りへと変わる。
「お、おいっ!? どうしてユーリが泣くんだよ!」
「あなたが泣かしたんでしょう! 子供が泣くほど騒ぐなんて、百歳を超えてる自覚がない、頭も心の子供の証拠だわ!」
ただ、こんな状況になっても口喧嘩が止まらないなんて想像してなかったけど。
カルとフェムって、もしかすると仲が良いんじゃないのって思っちゃうよ。
……いや、実際仲が良いんだろうけど。
「お前こそ、バカみたいに騒いでるからユーリが泣いちまうんじゃねえか!」
「バカにバカなんて言われる筋合いはないわよ!」
「ええ~ん……」
わざとらしく泣いてみても、二人が口論を止める様子はかけらもない。
むしろヒートアップしちゃってるんだから、二人の関係性は筋金入りだ。
「石頭なんだからバカって言われても理解できないんだろ!」
「何だと!?」
「何よ!? まったくもう、バカは――」
とうとう僕を無視しそうになった時、ミトが一番簡単な手段で仲裁に入った。
「ど・ち・ら・も・です!」
「あたっ!?」
「んぎゃっ!?」
つまり、げんこつだ。
ミトに頭を小突かれて、二人はそろって頭を押さえてうずくまった。
こういう時、しっかりと制裁して物事を収められるミトは、やっぱりカッコいいね。
「ユーリ君を泣かせるようなことをするなら、例外なくげんこつの刑です」
頭をさすりながら体を起こすフェムは、僕をちょっぴり恨めしそうに見つめた。
「……確かに、人間族の子供にウソ泣きさせるほど気を使われたなら、仕方ないわね」
「え、ウソ泣き?」
ありゃりゃ、バレちゃった。
まあ、今はもう泣いてもないし、うつむいてもないから、そりゃバレるよね。
ふっふっふ、でもここまで二人を騙せたし、僕は案外演技派かも。
「てへぺろ」
舌を出して笑うと、フェムもやっと、ちょっぴりだけど笑ってくれた。
カルやミトと同じ金色の髪を揺らす彼女は、笑うととても綺麗だなあ。
「見れば分かるわよ、あれくらい。私達の口喧嘩がエスカレートしてきたから、ウソ泣きで場の空気を変えようとしたんでしょ? カルはともかく、長であるフェム=エズ=ミグラの目はごまかせないわ」
「そこまでされるほど熱くなっていたのに、長とはな」
「熱くなっていたのは事実だわ。謝らせてちょうだい……ごめんなさい」
フェムがぺこりと頭を下げると、今度はカルが腕を組んで眉を吊り上げた。
「へっ。俺だって大人だ、許してやらなくもねえよ」
「あなたに言ったんじゃないのよ、おバカさん」
「んだとぉ!?」
もう、一度はちゃんと場を収めたのに、また言い争いしちゃ意味がないじゃないか。
「今度口論になったら、次は私が首を締め上げてやるが?」
「「うっ……」」
でも、今度はローヴェインが指をばきり、と鳴らしてくれたおかげで、二人とも黙った。
ちょっと乱暴な手段だけど、こうでもしないと、二人はいつ取っ組み合いの大喧嘩を始めたっておかしくないものね。
「言っておきますが、ローヴェインさんの力は僕よりも強いですよ」
「嘘とはいえ、ユーリたんを泣かせたような輩だ。容赦などしてやらないから、安心して気絶するといい」
「……わ、分かったわ」
ちょっとだけ額に汗をかいたフェムに向かって、ローヴェインが言った。
「ひとまず冷静になったなら、聞かせてくれ。なぜ、エルフの住む集落が壊滅したのかを」
フェムはわずかに目をそらし、窓の外の景色を見つめた。
「私達にとっても、あまりに急な出来事で……でも、あれは間違いないわ」
まるで恐るべき事件が起きた瞬間を思い出すように、それでいて彼女は思い出したくないように、藍色の瞳を揺らしてるんだ。
その理由は、僕らにもすぐに分かった。
「あの魔物の群れ――あれは、『スタンピード』よ」
彼女の里を滅ぼしたのは、恐るべき現象。
僕らも聞いたことだけはある――スタンピードだって言うんだ!
「「スタンピード!?」」
僕とカル、ミトが声を上げる中、ローヴェインだけが彼女に掴みかかった。
「スタンピードだと!? どういうことだ、なぜそんな現象がそっちでも起きてるんだ!」
「な、なによ!? 肩を掴まないで!」
戸惑うフェムの声を聞いて、幸い、ローヴェインはすぐに我に返ってくれた。
もしも彼女までうろたえたら、ミトでもどうにかできるか分からなかったよ。
「……すまない。だが、どうしても聞きたいんだ」
「ローヴェインの住処は、最近スタンピードで圧し潰されたんだよ」
「……そうだったのね」
ローヴェインが狼狽した理由を聞くと、フェムは納得してくれた。
彼女は落ち着いた様子を取り戻したように見えるけど、まだ唇を軽く噛み続けてる。
きっと彼女の脳裏には、自分達の集落をが破壊されたさまがまざまざと浮かび上がっているに違いない。
リーダーとして何もできなかった、と今でも悔やむ彼女を想うと、僕もつらくなる。
「ですが、おかしくありませんか?」
なんだか嫌な雰囲気を変えるように、ミトが話を逸らした。
「エルフ族は魔物の動きを察知し、読み取る力に長けています。特にフェム、貴女は遠くにいる魔物の動きすら感じ取る上に、里に近づけないほどの弓の技術があったでしょう」
「しょんなに、しゅごいの?」
「同じ的の中心に、五回連続で矢を当てるほどの実力者ですよ」
そんなことができるなら、きっとオリンピックに出れば金メダルを総なめだね。
「フェムほどのエルフが、どうしてスタンピードを予測できなかったのですか?」
「あれは、明らかに異常よ」
フェムが布団の端を握り締めて、顔をしかめた。
「これまで何度もスタンピードの予兆を察知して、怒りの感情が広まる前にその魔物を仕留めて止めてきたけど……今回は感情の伝播速度も尋常じゃないし、魔物の集まり方も想像以上だったわ」
何度もスタンピードを止められたというのは、僕にとって驚きだ。
でも、そんなフェムですら止められなかったというのが、もっと驚きだ。
「信じられませんね……」
「だけど、まぎれもない事実よ。言いたくはないけど、あっという間に魔物が押し寄せてきて……瞬く間に、里は踏み潰されたもの」
「まあ、スタンピードは天災みたいなもんだ。理屈っぽく考えるだけ、無駄だぜ」
カルが肩をすくめた。
「ローヴェイン、だったかしら。あなたの集落を襲ったスタンピードと同じものかもしれないし、もしもそうなら、動きが事前に予測できるかもしれないわね」
「何かの役に立つのか?」
「災害から生き残ったなら、次の目的地に警告するのが、エルフ族の習性よ」
なるほど、とローヴェインが頷いた。
災害大国の生まれとしては、僕も納得できる習性だ。
「地図はないから、大まかな場所だけを書いていこう。カル、スケッチブックを」
ローヴェインに言われて、カルはいつも発明品のアイデアを書き連ねているスケッチブックを彼女に渡した。
そういえば、僕はユーア=フォウスがどこにあるかを知ってるけれど、もっと広い視点でどこに位置しているかは考えたことがない。
その辺りを、ローヴェインははっきりと理解しているみたいだね。
「ここがユーア=フォウスだ。エルフの里はこの町から西にずっと進んで、ライカンスロープの集落は森を超えた先にある――」
「何ですって!?」
地図を描き始めて半分くらいのところで、今度はフェムが大声を上げた。
「わっ!」
思わず僕が転びそうになったのを、ペンを放り出したローヴェインが支えてくれる。
危ない、もう少しで頭を床に打つところだったかも。
「ユーリを脅かすとは、さっきの警告が堪えていないようだな」
「さっきは貴女が、大きな声を出していたでしょう」
「むむむ……」
言い返せないローヴェインをよそに、フェムはさっきよりもずっと慌てた顔をしてる。
まるで地図を見て、何かとんでもない事実に気づいたような表情だ。
「そうじゃないわ! いいえ、それどころじゃないのよ! このルートが正しければ、次のスタンピードの目的地は……」
すう、と息を吐いてから、フェムは信じられない事実を告げた。
「……この町よ」
スタンピードが、この町にやってくると。
「え」
僕もカルも、ミトも、ローヴェインすらも呆気にとられた。
時間が止まったかのようにすら見える静寂の中で、フェムの声だけが部屋に響く。
「この町、ユーア=フォウスとか言ったかしら? ここに、早ければ五日以内にスタンピードの影響を受けた魔物が押し寄せてくるわ」
恐ろしいほど冷静なフェムが、首を横に振る。
「いいえ、私が眠っていた期間も加味する必要があるわね」
「お前はユーア=フォウスに運ばれてから、三日ほど眠っていたぞ」
「だったら遅くても二日以内ね。今日中には荷物をまとめて、町から逃げるのを勧めるわ」
淡々と告げられた言葉の意味を、僕はまだ理解しきれなかった。
ユーア=フォウスにスタンピードがやってくる?
魔物の群れが、エルフ族の里を圧し潰すほどの群れが、もうじき押し寄せる?
信じられないというより、信じたくなくて、胸が締め付けられる気持ちだ。
「お前、そんな大事なことを、なんで今の今まで言わなかったんだよ!?」
カルが怒鳴ると、やっぱりフェムも怒鳴り返した。
「私だって、さっき聞かれたから答えたのよ! ここがどこにあるかも分からなかったし、里の皆のことで頭がいっぱいだったんだから、無理言わないで!」
「フェムさんの言う通りです、兄さん。彼女を責めるのは、良くないですよ」
「……クソッ」
歯痒そうな顔をするカルの代わりに、僕がフェムに問いかける。
「ふぇむしゃん。どーしゅれば、いいの?」
「ユーア=フォウスがどれだけ思い入れのある場所だとしても、町を離れて一番近い集落に行くしかないわね」
「えっ……」
「運が良ければ、もう一度戻ってこられるけど……悪ければ、町は修復不可能なくらい破壊されるわ。どちらにしても、今の町のことは諦めなさい」
「しょんな……」
きっとどうにかなると答えてくれるかもと、淡い期待を込めた問いかけだったけど、返ってきたのは残酷な現実。
それでもフェムは相当オブラートに包んで、僕に話してくれたに違いない。
里を破壊したスタンピードが、ユーア=フォウスを欠片でも残してくれるはずがない――粉々に破壊しつくされて、戻ってこれないに決まってる。
「ミト、里の皆はどれくらい回復してる?」
「ほとんどのエルフは歩ける程度にはケガが治っていますが、まだ立ち上がるのが難しい老人もいます。少なくとも、万全とは言い難いでしょう」
「だったら、恥を忍んでお願いさせてほしいわ。エルフ族を町から逃がすのを、手伝ってちょうだい。代わりにできることなら、何でもやるから」
「ですが……」
「あなたなら分かるでしょう? 魔物の暴走と、その恐ろしさを」
スタンピードの被害者であるフェムにこう言われれば、ミトも納得せざるを得ない。
「ローヴェインさんも、スタンピードの被害者なら理解できるはずよ。油断していれば同胞だけじゃない、そこのちびっこだってただでは済まないわ」
「……ああ」
同じく魔物の脅威を知るローヴェインも、皆の命を優先して当然だ。
「部外者の私が仕切るつもりはないわ。ローヴェインさん、あなたに指示を――」
でも、違った。
誰もが諦めかけてしまった状況の中で、そうじゃない人もいるんだ。
「――いいや、出ていく必要はねえ」
「なんとかなるよ」
僕とカルだ。
少なくともカルは、何のプランもない僕と違って、目に決意の光を灯してる。
僕はと言うと、ただユーア=フォウスを失いたくないだけだ――でも、誰が何と言おうと、カルの夢を諦めたくない一心だけは嘘じゃない。
「カル? 何を言ってるの?」
「どこから来るのか分かってるなら、それを逆手にとってやりゃあいいんだ! あいつらを追い払う装置を作って、ユーア=フォウスを守るんだよ!」
言うが早いか、カルはローヴェインが持っていたスケッチブックを手に取る。
「ええと、スケッチブックの裏に、里にいた頃からの発明品が……あった!」
そしてぱらぱらとめくっていくうち、一番後ろの方で手を止めて、それを皆に見せた。
「こいつだ――『ギラギラ放つクン』!」
スケッチブックに描かれていたのは、いくつもの灯台のような発明品。
そこから出ている光を浴びて、黒いバケモノが逃げ惑っているさまだ。
「こりぇ、なぁに?」
「ユーリ、この装置は魔物を混乱させる光を放つんだ! スタンピードで迫ってくる方角に当ててやれば、あいつらはパニクって動けなくなるはずだぜ!」
カルの説明を聞くだけで、すごい発明品だと分かる。
そうでなくても、スタンピードが止められるというだけでとんでもない代物だ。
「しゅ、しゅごい!」
「それだけじゃねえ、光の強さを調整すれば、こっちからハチャメチャな命令を送ってやれる! ユーア=フォウスから少し離れたところに崖があるだろ、そこに誘導して落としてやれば、スタンピードだって止められるんだ!」
もしかすると、カルの発明品はスタンピードを超えられるかもしれない。
理屈はさっぱりでも、魔物を操る光がうまく機能すれば、ユーア=フォウスを守れるかもしれない。
だったら僕としては、ぜひそのアイデアを実現したい。
「……まだ、失敗作を作るつもりなの?」
でも、フェムはカルの考えに否定的だ。
「あなた一人の失敗ならまだしも、今度は皆の命を背負ってるのよ。夢みたいな妄言をつぶやいてないで、現実を見てものを言ってちょうだい」
「仮に今までの発明品が失敗だとしても、俺はそうは思わねえ」
ところが、フェムに何を言われても、今度は怒鳴り返しはしなかった。
代わりにしっかと彼女を見つめ、自分を支えてきた意志をぶつけた。
自分は天才発明家で、どんな苦難も笑顔と発明で乗り越え、前に進むんだって。
「すべての発明は成功だ! 俺は、『ギラギラ放つクン』を作るための礎として、これまでの発明品を作ってきたんだ! だから失敗なんて、絶対ありえねえんだよ!」
そして、夢の町と皆の命を絶対に守って見せるんだって。
「わけのわからないことを言わないで! 一人のそんな屁理屈で、皆の命を……」
いいや、一人じゃないよ。
ここに来た時から、いいや、ここに来る前から、カルは一人で困難に挑んじゃいない。
「……かるのはちゅめーは、せいこうちたよ」
たとえ誰がいなくたって、僕はカルの味方だよ。
どんな発明か分からなくても、成功率が怪しくても――発明品が町を守るなら、成功するように力を貸すのが、僕の役目だよ!
「かるはね、しゅごいんだよ! だから、ちゅぎもしぇーこーするよっ!」
とはいえ、ちびっこ一人の言い分なんて、フェムは軽く受け流すだけだ。
「あのね、ちびちゃん。スタンピードがどれほど恐ろしいか知らないから……」
ならばとばかりに、今度はミトが後ろから身を乗り出して、僕を持ち上げてくれた。
「エルフの皆を逃がすのは手伝います。ですが、僕は残りますよ」
「ミト!? 兄を止めるのは、あなたの役目でしょう!」
驚くフェムに、ミトは首を横に振った。
「僕の役目は、兄の夢を支えることですよ。無茶をしたらもちろん止めますが、そうじゃない時は兄さんとユーア=フォウスを、できる限りサポートします」
「うん、うん!」
「もちろん、ユーリ君もね」
「あい!」
大げさなほど僕が頷くと、ミトが歯を見せて笑ってくれた。
こうなると、フェムはローヴェインに助けを求めざるを得なくなる。
「ローヴェインさん、何か言ってやって! スタンピードの怖さを知ってるなら……」
「ああ、知っている」
「だったら……」
「知っているからこそ、もう逃げるのはうんざりだ」
でも、もうローヴェインだって覚悟を決めてるよ。
特に彼女は、フェムの言う通りスタンピードを知ってるからこそ、もう負けたくない。
白い牙を軋ませる彼女の方こそ、誰よりもスタンピードを乗り越えたいんだ。
自分達をひどい目に遭わせたスタンピードの方を、やっつけてやりたいと思っているに決まってる――その好機を、逃すはずがないよ。
「我らライカンスロープ族がどれほど強く、ユーア=フォウスという町がスタンピードごときに圧し潰されない場所であると、魔物に教えてやるいい機会だろう」
さて、こうして僕らの考えは、フェムにはっきりと伝わった。
「皆……ありがとな」
カルがはにかみ、僕らの肩をそれぞれぽん、と叩いてくれる。
「俺も、皆も、外にいるライカンスロープもクリスタルゴーレムも、どこにも逃げやしねえぜ。お前はどうするんだ、フェム?」
さて、彼女が町から逃げると言うなら、僕らは彼女に手を貸すつもりでいた。
ここでの話は、あくまでユーア=フォウスにいる住民の考えに過ぎない。
エルフの皆を巻き込む理由なんて、ちっともないんだし、多分フェムの考え方がこの世界なら普通なんだと思う。
「……どちらにせよ、ここが潰れれば他の集落も襲われるんでしょう」
でも、フェムはそうはならなかった。
ほとんど躍起になったように、彼女がベッドから乱暴に立ち上がって言った。
「分かったわよ、やってやるわ! その代わり、スタンピードの予定日になってもどうにもならなさそうなら、エルフを連れてここから逃げるわよ!」
よし、これで満場一致(?)だね。
迷っている余地もないし、スタンピードを追い返すつもりなら、さっそく行動しないと。
「よっしゃあ! そうと決まれば、さっそく発明品づくりだ!」
「「おーっ!」」
カルと僕が手を掲げると、皆が追従してくれた。
――ちなみに、町の皆は誰もがスタンピードを追い返すのに賛成してくれた。
――特にライカンスロープの皆は、ローヴェイン以上にやる気満々だ。
――「今度はやっつける」とか「絶対に負けない」とか話してたよ。
――こんな仲間がいるなら、スタンピードなんて怖くないって僕は思えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の昼間から、さっそく『ギラギラ放つクン』の製造が始まった。
最初に試したのは、手のひらに乗るサイズの、灯台のレンズ部分を使った実験。
目の前にいるのは森の近くでローヴェインさんが捕えてくれた、ちょっぴり温厚な魔物のビッグラット。
文字通り、僕よりちょっと大きい、前歯が長くて毛深いネズミだ。
こんなのでも、鑑定すれば『危険』と表示されるくらいには、魔物は危ない存在だ。
「よし、放してくれ!」
それをローヴェインさんが放したところに、カルが灯台のレンズの光を当てた。
僕がお絵かきスキルで作ったレンズは、カルが両手で抱えるほど大きくて、ビッグラット丸々一匹を包み込んでも余るくらいの強い光を放った。
『ギャウ、ガガウッ!』
ビッグラットは光を浴びて、驚いたというよりはひどく嫌そうな顔をして、なぜかその場をぐるぐるとうろつく。
やがて何かに従うかのように、ビッグラットがどたどたと森の方へと帰っていった。
「試作品は完全に成功だ! 魔物をパニック状態にできたぜ!」
「「カルのアニキ、すげえや!」」
「驚いたな、光をぶつけるだけで魔物を追い払えるとは……」
目を丸くするローヴェインと、ライカンスロープの皆に、カルは笑顔でレンズの試作品を見せつけた。
「元から光に弱い魔物は逃げ出すんだがよ、こいつは特別なんだ。なんせ、ユーリのお絵かきスキルと俺のアイデアを混ぜ込んだアイテムなんだからな」
さらに次いで、スケッチブックに描かれた完成図をその場に広げてみせた。
灯台のような発明品には、さっきまでカルが持っていて、今は地面に置かれているレンズよりもずっと大きなものが嵌め込まれている。
複数の灯台を、並べてユーア=フォウスに建設するイメージで合っているかな。
「レバーを降ろすと、ユーリが描いたレンズを通じて、光が当たる。装置の中で反射した光の角度で、命令が変わって、それに従うってわけだ……今回は『逃げろ』って命令したけど、本番じゃ『谷に向かって走れ』って命令すりゃいい」
「命令、か。要するに催眠術のようなものか」
本来は理解できないものを組み立てられないはずの僕のお絵かきスキルが、これを作れるように至ったのは、「どうなってるか」じゃなくて「どんなものか」を理解できたから。
なぜ光の反射で魔物を追い払えるのかじゃなく、魔物を追い払える光の屈折として認識したら、それにピッタリのレンズはすぐに描くことができたよ。
「そんなところだ。問題は、装置に使う素材がほとんどないってところだな」
ただ、問題は光を放つ魔晶石も、土台になる素材もないところだ。
魔晶石は属性があり、『ギラギラ放つクン』の元になる石はない。
木材や鉄材はそれなりに集まっているけど、これを組み立てる時間があるかどうか。
「ユーリに描いてもらおうと思ったんだが、こいつがおねむになっちゃ意味がねえしな」
灯台そのものを組み立てると、一つ作っている間に僕が眠っちゃうかもしれない。
一度僕がスキルの使い過ぎで眠ってしまうと、ちゃんと回復するまでは自分の意志で起きられない――っていうのは、初出の情報だよね。
だから僕が眠ってしまうのは、とても高いリスクになりえるんだ。
なんせ今回は、いくつも木製の灯台っぽい発明品を作らないといけないんだから。
要するに今、僕らはちょっと大きめの壁にぶつかってるんだ。
「ひとまずキャシーちゃんに声をかけないと……」
「キャシーさんなら、もう呼んでありますよ。喉から手が出るほど欲しがるアイテムを手に入れたから、山ほどの光属性の魔晶石をください、とドレイクで伝えました」
「喉から手が出るほど……? そんなの、どこにあるんだよ?」
「ありませんよ。ただ、こう言えばキャシーさんは飛びつくでしょう?」
「お前、なかなか悪知恵の働く奴だったんだな……」
ミトの知恵で、ひとまずキャシーちゃんから魔晶石を買わせてもらえる可能性はできた。
問題は、発明品そのものの開発がどうにもならないって可能性があること。
「だとしても、間に合うとは思えないけど?」
家から出てきて、町の端にやって来たフェムも、その可能性を案じていたみたい。
「フェム! お前、もう歩き回っていいのかよ!」
「スタンピードが近づいているというのに、寝てなんかいられないわ」
まだ頭に包帯を巻いていて、ケガも残っているだろうに、とても強い女性だ。
「エルフ族の皆には、同胞の看病を任せてあるわ。いざという時にも、逃げ出せるようにね」
「ケッ、言ってろっつーの。俺の発明は、絶対成功するんだからよ!」
「でも、どうしても必要なら、声をかけてちょうだい。私が一声かければ、エルフ族はいつでも、ちょっとだけ手を貸してあげる」
「素直じゃねーの」
ふん、と鼻を鳴らすカルと、つん、とそっぽを向くフェム。
二人は仲が悪いように見えるけど、性格の根本はきっと同じなんだろうなあ。
「第一、あなたのスケッチブックを見せてもらったけど、発明品が大きすぎるわ。素材がそろったとしても、組み立てるための土台はどうするつもりなのよ」
「そりぇは、ぼくにまかちぇて!」
「あら、人間族のちびっこ。何ができるか、見せてちょうだい」
ひとまずフェムに協力してもらうべく、僕はお絵かきスキルを披露した。
「おりゃっ!」
僕が地面に描いてみせたのは、大きな木製の灯台の――土台部分だ。
倒れないようにする土台は大事だし、これくらいなら作っても疲れない。
「すごいわね、土を固めた台座が出来上がったわ。とても珍しいスキルを持っているのね」
ただ、僕もフェムも、これでどうにかなるものじゃないとは悟っている。
「……でも、たりにゃい」
そう、足りないんだ。
灯台は最低でも十本は建てないといけないのに、一つだと足りなすぎる。
そこからさらにレンズ、ヘタをすれば発明品の部品をお絵かきしないといけないとなると、途中で眠ってしまうのは間違いない。
もしもそのせいでスタンピードに間に合わないなら――後悔しても、しきれないよ。
「スタンピードに中てられた魔物の総数は、尋常じゃない。土台一つ分の明かりじゃあどうしようもない。まずはそこから作らないといけないわね」
土台を作って、眠って、土台を作って、眠って、発明品をお絵かきする。
あと二日以内にスタンピードが来る状況じゃあ、あまりにも悠長すぎる。
「それじゃ、まにあわないよ」
「だから言ったでしょう。ユーリちゃん、皆を説得して避難させてあげて」
フェムは僕のところまで目線を合わせて、肩に手を載せて言った。
「カルが好きなのはわかるけど、そのカルもミトも、ここに残っていては死んじゃうのよ……私も、それだけは嫌なの」
「でも……」
藍色の目に映る僕が、現実を拒んだ。
こんなちっぽけな見た目のせいで、僕は皆の力になれないなんて。
神様、どうせならもう少し育った状態で、僕を転生させてくれればよかったのに――。
「……っ!?」
――そう願った時だった。
――突然、僕がずっとポケットにしまっていたペンダントが、青い光と共に宙に浮いた。
「こ、この光は……!?」
「そのペンダント、まさか精霊の力を秘めているの!?」
フェムの言う通り、これはウンディーネからもらったペンダントだ。
僕を包むまばゆい光、皆が目を覆うくらいの強い光は、この青い宝石から放たれてる。
やがて光は収束していって、ペンダントは地面にコロン、と落ちてしまった。
いったい何が起きたのか、どうしてペンダントは光ったのか、答えは僕自身が一番よく知っていたし、嫌でも理解させられた。
「……おおきく、なった」
――僕の体は、大きくなった。
ちょっぴり精悍になった顔、伸びた手足。
スッキリした思考に、少しだけ長くなった髪。
そんな僕がペンダントに映っているんだから、どうなったかの答えはただ一つ。
僕は一歳から――三歳くらいの大きさに、強制的に成長したんだ!
「かる、みと! ぼく、おっきくなったよ!」
理屈はさっぱりでも、目の前で起きた現象は紛れもない事実だ。
カルとミトの前でぴょんぴょんとはしゃぐと、皆が大騒ぎする。
「うおおおおっ!? どうなってんだ、いきなり成長期を迎えちまったのか!?」
「信じられません……人間の三歳くらいの背丈まで、大きくなっていますよ!」
「大きくなっても愛らしいままで安心したぞ!」
「アネゴ……」
特に感動すらしているローヴェインは、仲間達から若干引かれているのにも気づかない。
「あのね、あのね! うんでぃーねからもらったぺんだんとがひかったの! そしたら、ぼくがおおきくなって……あ、あと、ふくもおっきくなってる!」
長く伸びた黒髪と、もちもちさがちょっぴり抜けた顔、体と同じように大きくなった服。
僕はそうとしか説明できなかったけど、フェムだけは何かを察しているようだった。
「ウンディーネの加護……なるほど、分かったわ」
ふむ、とフェム自身も驚くように、腕を組んで言った。
「水の精霊ウンディーネは、生物の成長と守護の力を強く持っているの。その精霊からもらったペンダントに込められた魔力なら、生き物を急激に育ててもおかしくないわ」
ウンディーネは僕を助けてくれるって言っていたけど、まさかこんな形で助けてくれるなんて思ってもみなかったよ。
「もうよちよち歩きじゃないし、なんか、何でもできそうだぜ!」
でも、カルの言う通り、今の僕は、自分自身の中から力が溢れてるのを感じる。
心臓の奥底からエネルギーが湧き上がってきて、手のひらに現れた神様の羽ペンすらまばゆく光り、新たな力の発現を教えてくれる。
「うん、なんでもできる! いまのぼくなら――なんだって!」
僕はパッと羽ペンを手に取り、大げさなほど勢いよく空に描いてみせた。
今、一番欲しいもの――カルが発明して、僕らが組み立てようとしていたアイテムを。
「「うおぉーっ!」」
皆の歓声が巻き起こる中、それは見事に絵から現実になって、地面にドスンと置かれた。
何本も並んだそれは、木製の灯台のような、カルの最大の発明品。
「これって……まさか、『ギラギラ放つクン』か!?」
そう――『ギラギラ放つクン』!
カルのアイデアを、僕はそのまま具現化して見せたんだ!
しかもこれまでよりもずっと大きいものを何本も作ったのに、眠くもなんともないよ!
……ホントはちょっぴり疲れちゃったのは、ここだけの秘密。
「僕らが組み立てようとしたものを、そのままお絵かきスキルで生み出したんですか!? これは、以前とは比べ物にならないほど強力なスキルですよ!」
「そのかわり、たちあげることはできないの。ごめんね」
もっとも、僕にできるのはお絵かきだけで、地面に突き刺したりはできない。
そこまでできればいいのに、なんだかビミョーに申し訳ないなあ。
「な~にがごめんね、だ! お前はサイコーだよ、ユーリ!」
「もにゅあぁ~っ」
なんて思っていると、カルが僕のほっぺをむにむにした。
三歳くらいになってもむにむにされるなんて、きっと僕が十歳になっても、十五歳になったって、カルにはむにむにされる運命なのかもしれない。
それはまあ、悪くないかもね。
とにもかくにも、僕らの作戦の最大の障害は取り払われた。
皆の中にも、理想が現実になるビジョンが見えてきたのか、やる気が湧いてくる。
「これだけの発明品が完成すれば、後は土台と魔晶石を用意するだけだ! 魔晶石はキャシーちゃんに任せるとして、土台は俺達でも作れるぜ!」
「そして明かりを放つ装置を起こして、設置すれば……行ける気がしてきました!」
「最初から俺は、行ける気しかしてないっつーの!」
カルがぐっと拳を握り締めると、ミトやローヴェインも強く頷いた。
「よし、ライカンスロープ一同で土台を作り上げるぞ! 今日のうちに完成しないのは、我らユーア=フォウスに住まう者の恥と思え!」
「「了解しやした、アネゴ!」」
さらにライカンスロ―プの皆もこぶしを突き上げるさまを見たフェムは、やれやれといった調子で肩をすくめ、小さく笑った。
「……まったく、こんなのを見せられちゃ、手伝わない理由がないじゃない! 手が空いた人は、私のところに来て!」
どうやらついに、フェムが僕らに協力してくれるみたいだ!
その証拠に、フェムの一声でエルフの若者が集まってきてくれた!
「エルフは自然と心を通わせて、操る力があるわ。木々の蔓や根を使えば、カルの発明品を持ち上げられるし、土台用の土を掘り起こせる!」
そう言ってフェムが手をかざすと、緑色の光と共に、地面から木の根が伸びてくる。
まるで鞭のように柔軟に動くそれを操って『ギラギラ放つクン』を引っ張れば、少ない人数で土台の上に発明品を立ち上げられそうだ。
『ゴオオウ!』
もちろん、レームのパワーと地面を掘削する力も合わさればもっと早く完成するはず。
それこそ魔晶石さえ用意できたなら、今日にだってすべて完成したっておかしくない。
「レームもやる気だぜ! 地面の中から、硬い岩を持ってきてくれたぞ!」
「どだいが、もっとがんじょーになるね!」
山ほどの岩があれば、土台代わりに『ギラギラ放つクン』を支えられる。
町が一丸となり、だんだんやる気の炎が燃え上がってきた時。
「――おやおや、田舎モンどもが集まって何してるんだニャ?」
急に、僕らの間からにゅっと顔を出してきた人がいた。
驚く皆の顔をおかしな様子で眺めるのは、キャシーちゃんだ。
「キャシーちゃん!」
あまりに集中していたからか、町のそばに豪華な馬車が停まってるのに気づかなかった。
「つーか、早くねえか!? ドレイク便を出して、まだ半日も経ってねえぞ!?」
「ビジネスチャンスは逃さないのが、キャシーちゃんの信条ニャ」
きっとペガサスと一緒で、あの馬車も信じられないほど早く走るんだろうね。
それを差し引いても、ほんの数時間でユーア=フォウスまで来るのはびっくりしたけど。
「ところで、こんだけの光の力を溜め込んだ魔晶石なんて、何に使うニャ? お前ら、この前山ほどの魔晶石を掘り起こしたって言ってたニャ」
キャシーちゃんの後ろには、明るく輝く魔晶石が風呂敷いっぱいに入ってる。
なるほど、この量が取引できたなら『ギラギラ放つクン』を動かせるはずだ。
「採掘した分だけじゃ足りないし、そもそも光の魔力がある魔晶石はほとんどないんだよ」
「掘りに行きたいんですが、どれだけ量があるか分かりません……だから、キャシーさんを呼びしたんです」
「ほうほう、魔晶石の属性は確かにランダムニャからね。お前らの欲しがってた属性の魔晶石がニャいのも、まあ、あり得ない話じゃないニャ」
ふむ、とキャシーちゃんは鼻を動かして、わざとらしく聞いてきた。
「で、質問だけど……お前ら、キャシーちゃんの欲しいものを持ってるニャ?」
「それはですね……」
ミトが少しどもると、彼女はため息をついた。
「ないんだニャ。帰るニャ」
しまった、こっちにキャシーちゃんを呼び出したアイテムなんてないのがばれた。
このままだと彼女は、風呂敷を馬車に押し込んでさっさと帰っちゃう。
ユーア=フォウスの危機やスタンピードの脅威を伝えるよりも、情に流されないキャシーちゃんを引き留めるには、思いつく限りの交渉材料を話さないと。
「ま、まって! あのひかりはすごいの、まものをおいはらうんだよ!」
「そんなアイテム、帝都で暮らしてれば必要ないニャ。欲しがってる奴がいればまだしも、キャシーちゃんの客にそんな奴はいないニャ」
「じゃあ、これ! うんでぃーねのぺんだんと!」
僕が首から下げたペンダントを、キャシーちゃんはちょっぴり興味深そうに見つめた。
「ふーむ、ほう……いや、やっぱいらんニャ」
でも、すぐに関心をなくした。
「なんで……」
「すっかり魔力の光を失って、価値がなくなってるニャ。精霊の持ち物は、その力が秘められて初めて価値があるってのに、こんなの、買いたがる輩はいないニャ」
はん、と笑って手を揺らすキャシーちゃんに、カルとミトが食い下がる。
「僕らが管理している魔晶石と交換です、それならいいでしょう!」
「光の属性の魔晶石はレアニャ。一対一の交換は割に合わないし……そうニャね、交換するなら一対十のレートは必要ニャよ、もちろんこっちが一ニャね」
「おめー、ふざけんじゃねーぞ!」
「ユーア=フォウスにある魔晶石を全部差し出しても、到底足りないですよ!」
「悪徳商人みたいに言わないでほしいニャ。これでもかなり譲歩した方ニャよ。少なくとも、嘘をついてキャシーちゃんを呼び出す奴に言われたくないニャ」
「うっ……」
むむむ、キャシーちゃんは痛いところを突く天才みたいだ。
こう言われても反論できないのは、ミトが悪いわけじゃない。
「このままじゃスタンピードがやってきて、ユーア=フォウスはダメになっちまうんだぞ! ちょっとは助けてくれてもいいだろ!」
「だったら逃げればいいニャ。命あっての物種、っていうニャ?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ただ、もう僕らにはキャシーちゃんを納得させられるだけの材料はない。
このまま彼女が踵を返して、風呂敷に手をかけようとするのを、僕らは見てるだけだった。
「キャシーちゃん、だったかしら? 価値のあるものと魔晶石を交換してくれるのね?」
ところが、フェムだけは違った。
彼女はキャシーちゃんの前に立ち、風呂敷を掴む手を止めさせた。
「エルフにそんなもんを出せるかは知らないけど、もちろんニャ」
「だったら、これなんてどう?」
彼女が試すように突き出した手のひらの中にあったのは、怪しくきらめく指輪。
緑の宝石を携えた――さっきまでフェムの指に嵌まっていた、指輪だ。
「おっ、おおお……!?」
「フェム、それは!」
カルが驚くそばで、キャシーちゃんが指輪をつまみ上げて日に透かした。
尻尾も耳も立っている彼女は、誰の目から見ても興奮してるのが明らかだ。
「エルフ族の秘宝、フォレスト・エメラルドの指輪! しかもこれだけ澄んだ輝きの宝石なら、魔晶石なんていくらでも持って行っていいニャよ!」
彼女の鑑定結果を聞いて、僕はぎょっとした。
きっとあれはフェムにとって大事なものだと、誰が言わずとも分かったからだ。
「そう。じゃあ、交渉成立ね」
それなのに、フェムは眉ひとつ動かさず、それをキャシーちゃんに売ってしまったんだ。
僕らが使う魔晶石――風呂敷いっぱい程度の魔晶石と引き換えに。
「よせよ、フェム! フォレスト・エメラルドはエルフ族の秘宝だぞ、なのに……」
「ユーア=フォウスでお金を捻出する方法なんて、これしかないでしょう?」
フェムの言う通りだけど、そのせいでエメラルドを手放すなんて。
特にミトにとっては、無計画が招いた事態だと後悔してるみたいだ。
「ごめんなさい、フェムさん。僕が無計画に、キャシーさんを呼んでしまったせいで……」
心底申し訳なさそうに頭を下げるミトに、フェムは首を横に振った。
「いいえ、気にしないで。この作戦に可能性がないなら、私は何もしなかったわ」
そして二人の胸を軽く叩いてから、僕を青い目でじっと見た。
「エメラルドを渡したのは、あなた達の……カルとユーリちゃんの作戦に、希望を見出したからよ。エルフの皆だって、もうすっかりやる気だもの」
彼女が指さした先には、ライカンスロープの皆と一緒になって発明品を起こすエルフ族の姿があった。
多少なり動けるものは皆揃って、土台用に岩を集めている。
ケガをしている者は、昼食やほかのケガ人の面倒を見ている。
「えっほ、えっほ……」
「蔓を引っ張って、装置を土台のところまで運びましょう!」
誰一人として、どんな形でだって、協力してないエルフなんていない。
「私だって、本心を言えばスタンピードに抵抗したいのよ。エルフの里を破壊したあいつらに一泡ふかしてやれるなら、エメラルドなんていらないわ!」
その姿に心を突き動かされたフェムの決意だというなら、もう誰も彼女を止めないよ。
「じゃ、交渉成立ニャ。ついでに、キャシーちゃんもここに残ってくニャ。お前らがなにをしようとしてるのか、成功するか、退屈しのぎに見てやるニャ」
そんな中、何もしないでただ居座るだけのキャシーちゃんの肩に、ローヴェインがずしりと重い調子で手を乗せた。
「残るならちょうどいい、お前にも手伝ってもらうとするか」
ローヴェインの提案に、キャシーちゃんは尻尾と耳が立つほど驚き、ひどく嫌がった。
「ニャ!? キャシーちゃん、重労働なんて断固反対だし、給料ももらえないなら……」
「今日の夕飯は、猫の丸焼きにするか」
「ひ、ひい……」
もっとも、ユーア=フォウスにいる以上は猫の手も借りたいし、ローヴェインの要求を拒める人なんてここにはいない。
彼女はやると言ったらやる――恐ろしいことだって、やってのけるに違いない。
キャシーちゃんも例に漏れず、近くにいたライカンスロープに引っ張られていった。
「よいしょ、よいしょ!」
そうしてたちまち、土木作業員の仲間入りだ。
明らかにこんな作業に慣れていないキャシーちゃんにとっては、とんでもなく大変かも。
「ひー、ひー、なんでキャシーちゃんがこんな目に……」
「つべこべ言ってないで、装置を土台の上に置くのを手伝いな!」
「はひぃー……爪もボロボロだし、もう最悪ニャ……」
汗をだらだらと流して、ひげをしなしなにして、せっせと岩を運ぶキャシーちゃん。
尻尾は先っぽが地面についちゃうくらい疲れてて、へとへとなのに作業だけは続けてる。
もしかすると、ローヴェインはちょっとした意地悪で手伝いをさせたのかもしれないけど、逃げ出さないキャシーちゃんはとっても偉いと思うよ。
「はい、おみず」
「おおお……おチビ、お前だけは優しいニャ……」
彼女にコップに入ったお水を渡してあげると、顔をふにゃふにゃにして、キャシーちゃんは喜んでくれた。
「それにしても、お前はすごいニャ……あんなのを作り上げるなんて、帝都のスキル使いでもできやしないニャ……」
まだ息の整ってないキャシーちゃんが、僕を褒めてくれる。
気持ちは嬉しいけど、実は僕のやってることは、そんなにすごくないんだよ。
「ほんとうにすごいのは、かるだよ」
「ニャ?」
「かるだけじゃなくて、みんなだよ。かるがはつめいして、みととみんながたちあげてくれた。ぼくはそこまでできないし、がんばるときっとまたねむくなっちゃう」
成長のおかげか、僕の力の限界は一歳の頃よりずっと理解できていた。
だからこそ確信して言えるのは、『ギラギラ放つクン』を立ち上げた状態でお絵かきスキルで生み出したり、土台に起こしたりするようなアイテムを作れば、眠ってしまう。
そうなると、もしも何かがあった時にお絵かきスキルを追加で使えないリスクを負う。
万が一を考えれば、それは避けたいんだ。
「ふーん、ちびっこはやっぱり頭がいいんだニャ」
キャシーちゃんは話を半分だけ聞いてるような調子で、ぬっと顔を近づけてきた。
「この一件が終わったら、キャシーちゃんと一緒に帝都に行かないかニャ?」
「ええっ?」
「ちびっことキャシーちゃんが手を組めば、ぼろ儲けニャ! お絵かきで何でも作れるスキルなんて、それだけでも珍しいし、貴族にも……」
「はいはい、余計なことをユーリちゃんに吹き込まないの」
「ニャギャっ!?」
キャシーちゃんが話し終えるよりも先に、フェムが彼女の尻尾を掴んだ。
「皆、彼女が手が空いてるから仕事が欲しいって言ってるわよ」
「本当に!? ちょうどケガ人に軟膏を塗ってほしかったのよ!」
「発明品を持ち上げるのに人手がいるんだ、こっちに来てくれ!」
「ま、待つニャ! キャシーちゃんはもう限界ニャー……」
そして、ずるずるとライカンスロープやエルフに連れられて行った。
あの調子じゃあ、一日中解放なんてされないだろうね。
「ふぇむ、ありがと」
僕がフェムにお礼を言うと、彼女が小さく笑ってくれた。
あのままだと、僕はキャシーちゃんの怪しい計画に使われちゃってたかもしれないし。
「気にしないで。ユーリちゃんはすごいから、皆が気に入っちゃうのよ」
「ふぇむも?」
こんな質問はちょっと自信過剰だったかなと思ったけど、フェムは笑ってくれた。
「ええ、そうよ。ユーア=フォウスに、そうじゃない種族なんていないわ」
フェムは僕の頭を撫でて、作業に戻っていった。
……なんだか、素敵なエルフだなあ。
僕は自分の頬が、ちょっとだけ赤くなっているのに、触るまで気づかなかった。
そこからはひたすら、皆が皆のやることを必死にやってくれた。
カルとミトは全体に指示を出す。
ローヴェインとライカンスロープが土台代わりの石を運ぶ。
フェムとエルフは木の根や蔓を使って発明品を引っ張って起ち上げる。
キャシーちゃんはケガ人のエルフの面倒を見たり、岩を運んだりと、「もうやだ」「帰る」と言いつつも縦横無尽の大活躍。
そして僕は、キャシーちゃんのお手伝いとお水、食事を運ぶ係。
お絵かきスキルはすごいけど、もう使う必要なんてどこにもなかった。
ユーア=フォウスの住民が一丸となって動けば、陽が暮れる前にすべての『ギラギラ放つクン』が地面に垂直に立っていたんだ!
それはつまり――スタンピードを撃退する唯一の手段が、出来上がった証拠だ!
「やったー! ついに装置が完成したぜーっ!」
皆が飛び跳ねて喜ぶ中、ミトがぱん、と手を叩く。
「喜ぶのはまだ早いですよ、兄さん。『ギラギラ放つクン』がちゃんと起動するか、それを確かめないと、本番でひどい目に遭いますからね」
「分かってるっての! 起動装置はすぐに、ユーリと俺で作るからよ!」
ユーア=フォウスで一番大きな建築物を見上げて、カルは言った。
「……一日で完成するなんて、信じられねえな。俺一人じゃ、絶対無理だった」
「かるが、ひとりなんてありえないよ」
そんな彼の手を、僕がぎゅっと握り締める。
「ぼくがいる。みとがいて、ろーべいんも、ふぇむも、れーむも、あときゃしーちゃんも……みんなが、このゆーあ=ふぉうすにいるの」
僕の目に、カルの顔が映る。
夕日と碧の色に染まった瞳が、かすかに潤んで見える。
「だからきっと、ううん、ぜったいにかんせいするって、ぼくはしってたよ!」
でも、カルはそれをすぐに引っ込めて、わしゃわしゃと僕の頭を撫でた。
「わはは、三歳のちびっこが百歳越えてるエルフを励ますのかよ!」
「エルフ族の百歳は、人間で言うと十五歳程度ですがね」
「うるせーっての」
口を尖らせつつも、カルは笑った。
「でも……ありがとな。本当に、本当にありがとう」
カルの笑顔に、僕も笑顔で応えた。
今まで何度も、何度も見たはずなのに、初めて見たような笑顔は――きっと、カルが心の底から笑えた証拠かもしれない。
どこか残っていたしこりや、もやもやが晴れた表情。
それを見れたのが、今の僕にはとっても嬉しかった。
「ふふふ、明日にはスタンピードに圧し潰されているかもしれないぞ」
「縁起でもないこと言うなよ、ローヴェイン!」
そしてこれからも、カルの笑顔を見たい。
ミトの、ローヴェインの、フェムの、町中の皆の笑顔を守っていきたい。
だからこそ、今回の作戦に失敗なんてありえちゃいけない。
いや、失敗なんてありえない。
「みんなのちからがあわさったから、ぜったいにせーこーするよ!」
「絶対大丈夫だ! 俺達皆の発明品なんだからな!」
カルの言う通り、『ギラギラ放つクン』を使えばスタンピードは去っていく。
そう確信しているからこそ、僕らは誰一人として絶望なんてしちゃいなかった。
三歳になる奇跡を起こした。
フェムに信じてもらう奇跡を起こした。
たった一日でたくさんの灯台を立ち上げるなんて、今よりずっと多くの人がいても出来なさそうな――奇跡のような出来事をやってのけた。
これだけの奇跡が集まったなら、それが集まってきっと、希望になるんだ。
今や、ユーア=フォウスの誰もが、希望に満ちた『これから』を信じていた。
その日の夕飯は、皆が集まって当たり前のように、いつもの食事をした。
最後なんかじゃない、明日や明後日も続く――当たり前の食事を。



