ユーア=フォウスの朝は早い。
現時点のリーダーであるカルが招集をかければ、町中の住民が集まってくる。
今日もまた、家のついでにお絵かきした集会所の前に、ライカンスロープの皆やレーム、ローヴェインを含めた皆がそろっていた。
彼ら、彼女らの前に立っているのは、カルとミトの二人だ。
僕はどうしてるのかって?
ローヴェインに、赤ちゃんみたいに抱きかかえられてます。
「――皆、集まってくれ。大問題(テリブルプロブレム)だ」
ユーア=フォウスの全住民が集まったのを確かめてから、カルが真剣な面持ちで言った。
「そんな神妙な顔をして、どうしたんですか、兄さん?」
どうやらミトも、カルに呼び出された理由を知らないみたい。
「カルのアニキ、町の発展ならいい具合に進んでますぜ」
「ああ、そりゃ知ってる。皆の分の家をユーリが描いてくれたし、畑も広くなってる」
うんうん、とカルは自分の理想の町の現状を語る。
「ライカンスロープの畜産技術のおかげで、牛やヤギを飼う余裕もできた。ぶっちゃけ、俺の予想よりずっとうまくいってるよ」
「魔物がダンジョンからあふれてきたなら、私が対処しよう」
「いいや、魔物が来たって報告はねえよ。つーか、いつまでユーリを抱えてるんだよ」
「私はユーリの守護者だ。これくらいは当然だろう……ふふ……」
ローヴェインが僕を抱く力が、ちょっぴり強くなる。
彼女は優しくて強くて頼りになるんだけど、時折こうして、何とも言えないオーラを放つときがあるんだよね。
ライカンスロープの皆も、そこについては触れないようにしてる。
だから僕も、「どうして僕を抱えて舌なめずりするの?」なんて聞いたことがないよ。
「だったら兄さん、何が問題なんですか?」
それはともかく、町の運営や開拓はとっても順調に見える。
なのにどうしてカルは、わざわざ僕らを集めて大問題だなんて言うんだろう。
なぜだろう、なんでかなあ、なんて皆がざわついていると、カルは腰に手を当てて、思い切りのいい大声で言った。
「この町には足りないものがある。それは――商人との付き合いだ!」
「「は?」」
あまりに突拍子のない発言に、皆がぽかんと口を開いた。
だって、商人との取引がしたいだなんて、これまでカルの口から聞いたこともない。
僕らはまだしも、ミトですら首を傾げてるんだもの。
「いい町ってのは、行商人がいたり、町に凄腕の商人がいて、他の地域とのやり取りがあってこそだろ! なのにここには、商人どころか、他の町との付き合いがねえじゃねえか!」
「他の町って……兄さん、ユーア=フォウスから人が住むところまで、どれほど離れているか知らないほどおバカさんではないでしょう?」
「たりめーだ! 俺はバカじゃなくて、天才発明家だからな!」
碧色の目を輝かせて、カルが言った。
「バカとなんとかは紙一重、とはよく言ったものだ」
「つーか、実際のところ、このままだと資源に限界が来るんだよ」
ローヴェインのツッコミをスルーして、カルは話を続ける。
「レームがどれだけ鉱石や魔晶石を集めてくれても、町でどれだけ酪農に力を入れても、頭打ちや枯渇がいつか必ずやってくる。そうなる前に、どこか他の地域とのパイプを持ってないと、いざって時に町が滅んじまうんだ」
カルの言い分は確かで、ユーア=フォウスの資源には限界がある。
お絵かきスキルで家や柵、集会所を含めた施設を色々と作ってきたし、水路も引いて、畑や酪農にも手を出したとはいえ、何かトラブルが起きるかもしれない。
そういう時、助けになってくれる相手はいた方がいいよね。
「でも、かる。まわりに、だれも、いにゃいよ?」
もっとも、そんな相手はちっとも思いつかないんだけれども。
「そこなんだよな。ユーア=フォウスは資源が潤沢な代わりに、孤立してるんだよな」
この土地はもともと、カルが騙されて買った土地だ。
ここにユーア=フォウスがあると知っている人なんてほとんどいないだろうし、いたとしても辺鄙な場所だから、来るような人もほとんどいなさそうだよ。
「何よりユーア=フォウスってのは、居場所のない人や亜人、魔物が仲良く暮らす場所だ。変な奴の目に留まるのも、考えものなんだよな」
「しかし、そうも言っていられないだろう」
こういう時に頼りになるのは、やっぱりリーダー経験のあるローヴェインだね。
彼女が意見を出すと、凛とした言葉もあってか、皆が聞き入る姿勢になるんだ。
「もしも外とのつながりをほどほどに保ちつつ、以前手に入れた魔晶石を財源としたいのなら、やはり行商人との売買ルートを確保すべきだろう」
「行商人とつながりが欲しいなら、どうすればいいんだ?」
「人の多い町に行くか、来るのを待つしかない。ただ、ユーア=フォウスは新興の町だ。信頼を得るのは難しいに違いない」
「ローヴェインさんの集落は、そういうところをどう対処していたのですか?」
「私達は移動集落だ。住んでいるところでトラブルが発生すれば移動する……その都度資源を獲得するから、商人とのやり取りの経験などない」
カルが頭の後ろで手を重ね、ため息をついた。
「んだよ、先輩面してるのにそういうところはさっぱりなんだな」
「長としてのアドバイスをしているだけだ。第一、ここの長はお前なのか?」
そう聞かれて、カルはきょとんとした。
「……言われてみりゃ、長って誰だ?」
「「ずっこけ!」」
思わず、僕もミトも、ローヴェインも、レームも、皆がずっこけた。
だって、僕も他の皆も、町を作りたがってるカルが長じゃなきゃ、誰が長になるんだって考えてるもの!
その本人が「長は誰だ」なんて、悪いジョークだよ!
「ぼ、僕も皆も、兄さんだと思っていましたよ!?」
「いやいや、俺はあくまで町をよくしたいと思ってるだけだぜ? 長になって皆を導くとか、そういうのは俺の性に合わないっつーか、なあ?」
ポリポリと頭を掻きながら、カルはバツの悪そうな顔を見せる。
「だいたい俺が長になって、お前らは不安じゃないのかよ」
「……そういえば、不安がないと言えばうそになりますね」
「後先考えない突拍子のなさと無計画さは、不安の種だ」
「天才って言ってますけど、カルのアニキは結構俺達と同じというか……」
「なあ、結構バカ寄りだよな?」
「お前ら、そろいもそろって言ってくれるじゃねえか!」
一度長という皮を剥けば、カルは散々な言われようだ。
「よちよち」
「おおう……こんな時に味方になってくっるのはお前だけだよ、ユーリ」
頭を撫でてあげると、かるはおよよ、と言いながら頬ずりしてくる。
これじゃあ、とてもじゃないけどユーア=フォウスの町長を務めるのは難しいかも。
「とにもかくにも、せっかく資金になる魔晶石もあるんだ! 早いうちに俺達と取引してくれる行商人を見つけて、今後の心配を――」
それでも商人との取引を諦めないと、カルがどうにか奮起した時だった。
『グオ、オオオ!』
急に、集会所の近くにいたレームが雄叫びを上げた。
レームがいきり立っているときはいくつかパターンがある。
これはおそらくそのうちの一つ――何か良くないものが、町に来たパターンだ。
「どうしたんだ、レーム? 何をそんなに騒いでるんだよ?」
「兄さん、あれを見てください!」
最初に異変に気付いたのは、目を丸くして町の入り口を指さすミトだ。
「な、なんだありゃ!?」
次いでカルも、町中の皆も気づいて、同じリアクションを見せた。
僕だって当然驚いたよ。
なんせ町の入り口から――ゴテゴテに装飾された、煌びやかにもほどがある、はっきり言って成金趣味もいい所の馬車がやってきたからだ!
車輪が回るたびに、金色の鎖が揺れる。
真っ黒な馬の蹄も金色で、なのに豪奢な鞍の上には誰もいない。
もしかすると、スキルの力でひとりでに動いてるのかも……いやいや、それを差し引いても趣味の悪さが好奇心を上回ってるよ。
「あんな趣味の悪い馬車、初めて見ましたよ……!?」
「嫌な予感がするな。様子を見に行くぞ」
慌てて僕らは、集会所から馬の方に駆け寄っていった。
陽の光を反射してぎらついた馬車は、僕らが近寄るとぴたりと足を止める。
「こんなにデカい馬車に乗った奴が、どうしてここに……?」
「どこぞの貴族が迷い込んだのかもしれないな」
「おーい! ここは危険な場所じゃない、馬車から下りてきてもいいぞーっ!」
ローヴェインとカルが交互に声をかけると、馬車の扉が勢いよく開く。
そして、予想していた通りのゴージャスな人が現れた。
「――ふう、噂の町がこんなクソ田舎にあるなんて思ってもみなかったニャ」
もっとも、彼女が誰かを知っているメンツなんて、このユーア=フォウスにはちっとも、だぁれもいないと思うんだけども。
だって、そうじゃないなら、ローヴェインですら口をぽかんと開けてないでしょ。
そんなリアクションを取るしかない僕らの前で、謎の人物は鼻で笑った。
「はぁ~? このキャシーちゃんを知らないなんて、町も田舎なら、住んでる奴らも相当な田舎者ニャね~」
開口一番、失礼な発言をかます女性は、頬からピンと伸びたひげをさすった。
どこかべたついた桃色のショートヘア、猫耳もピンクでピアスがすごくついてる。
化粧は濃いめ、唇は厚くて、青いアイラインがしつこいほどに引かれてる。
へそ出しルックにホットパンツ、長いブーツと全身のじゃらじゃら貴金属。
目は猫のようで丸く、尻尾が生えて、八重歯がちらりと覗く。
これらの様子からして、きっとライカンスロープと同じで亜人族……ケットシーのような、猫耳の獣人かな?
そういった種族を見ていない僕は新鮮に感じるけど、カルやミト、町の皆はすぐさま適応したみたいだ。
「初対面の相手に向ける態度じゃないでしょう。自己紹介くらい、したらどうですか?」
「……いいや、その必要はない。私は、この女を知っている」
ローヴェインが僕を庇うようにして前に出ながら、謎の女性を睨みつける。
「ろーべいん、このひと、ぢゃれなの?」
「この女はキャシー。帝国でも屈指の大商人だ」
ローヴェインがキャシーと呼んだ女性は、かわいこぶりっこな仕草を見せつける。
「そこの犬っコロの言う通り、キャシーちゃんは帝国イチ可愛くてお金持ちで有能な、貴族も頭が上がらないサイキョーの商人なのニャっ♪」
しかもどうやら、彼女はとても口が悪い。
そうでなきゃ、ローヴェインのこめかみに血管が浮かび上がるような乱暴な発言を連発するなんて、とてもできやしないよ。
ローヴェインのバカにするなんて、他のライカンスロープ全員を敵に回すようなものなのに……命知らずというか無敵というか、どっちなんだろ。
「そこのキャシーちゃんの次にかわいいちびっこも、分かってくれたかニャ?」
ついでに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてから、彼女はカルのそばまで来た。
「ところで、ここの長は誰ニャ」
「ええと、一応俺ってことになってるけど」
カルが手を上げると、キャシーちゃんはちょっぴりげんなりした顔を見せた。
「はあ……なーんかしけてて、しょぼい顔つきニャね」
ふうん、と言いながら、キャシーちゃんは僕らの顔を一人ずつ見てゆく。
「でも、そこののっぽはなよなよしてて人望がない。逆にごついライカンスロープは怖がって人がついてこない。ぶっちゃけ、そっちのちびっこを町長にした方が、よっぽど皆も信頼がおけるニャ」
今度こそ、キャシーちゃんという亜人さんは、皆に喧嘩を売った。
こういう時、すぐに挑発に乗ってしまうのは意外とミトの方なんだよね。
「兄さん、この人は、いや、この猫耳族の亜人は相当危険です。町から追い出しましょう」
それこそ、もう彼女をユーア=フォウスから追い出したがるくらいには。
「真顔で言うなよ。こいつはきっと、そういうキャラづくりをしてるだけさ」
「だとしても、ユーリ君より自分をかわいいと自負しているのはどうかしています。服装に釣り合わない年齢と察せますし、化粧も厚く、若作りした自分のキャラクターに合わせた口調で一貫しようとしているのも、理解できませんよ」
「全部聞こえてんぞ、クソエルフ!」
キャシーちゃんはミトの冷静な指摘に怒りつつも、すぐにさっきまでのおどけた態度に戻ってみせた。
もしかすると、怒っている方の口調が彼女の本性なのかも?
なんて思っていると、キャシーちゃんは口を尖らせて眉をひそめた。
「はぁ……ったく、せっかく妙な町ができたって風のうわさで聞いて、もしかしたら金の生る木かと思ってきてやったのに、失礼な田舎モンしかいないなんてがっかりニャ」
今度はカルがムッとする。
「そっちこそ、いきなり来ておいて暴言連発なんて失礼じゃねえか」
一方でローヴェインは、さすがというかやはりというか、なおも冷静だ。
「カル、こいつは相当な守銭奴だが、商人としての腕は確かだ。交渉しておいて損はない」
「ぼくも、そーおもうよ」
「……確かに、こっちはちょうど商人とのパイプが欲しかったし、乗り掛かった舟かもな」
「ぼくも、いっしょにはなちゅ!」
とりあえず、方向性は決まった。
キャシーちゃんがここに来たのは、きっと変な町を探しに来ただけじゃない。
商売人なら、売り物になるようなアイテムや素材、人材を探しに来たはず。
だったら、取引を持ち掛けてみれば、きっといい話ができるはずだ。
「よし! キャシーちゃん、よかったらユーア=フォウスと取引してくれねえか?」
「いーやーニャ♪」
「即答!?」
でも、キャシーちゃんはニヤニヤ顔で僕らの提案を断ってきた。
彼女は予想よりも、僕らの予想よりもずっとしたたかなケットシーみたいだね。
「あんたらみたいな貧乏人と取引したところで、キャシーちゃんに得があるニャ?」
「ぐっ……れ、レーム! あれを持ってきてくれ!」
『グオオゥ!』
カルがレームに指示を出して、どかどかと持ってこさせたのは、以前ダンジョンの洞穴で発見したたくさんの魔晶石だ。
なるほど、資金源を見せびらかして、交渉材料があるってアピールするんだね。
「ふーん、確かに綺麗な魔晶石ニャね」
「だろ!? こいつらを金代わりにしてさ、代わりに町に必要なものを売ってくれ!」
「でもいやニャ♪」
手のひらでわざわざ魔晶石を転がしながら、キャシーちゃんは笑顔で断った。
これがダメとなると、カルの手の内は半分以上効果がないのと同然だ。
「な、なんでだよぅ!?」
「まあまあの額にはなるけど、キャシーちゃんの気を引けるほどじゃないニャ」
あれだけの数の魔晶石をまあまあだなんて、キャシーちゃんはいったい、どれだけのお金持ちなんだろう。
それとも、こうやって平静でいるのも、商人の交渉術なのかな?
「確かにクリスタルゴーレムとライカンスロープ族、エルフ族と人間族が住んでる村ってのは珍しいけど、金になる要素はないニャ」
僕の考えなんて興味ないかのように、キャシーちゃんは皆の周りをうろうろ歩く。
まるで、僕らをとことん見下してるみたいだ。
「つーか、この程度の町なんていくらでもあるニャ。田舎モンが背伸びするのはいいけど、相手を見て取引を持ち掛けた方がいいニャよ」
「こ、こんにゃろ……!」
「言わせておけば、好き勝手暴言を吐いてくれますね」
ミトがぱきり、と拳を鳴らすと、彼女はわざとらしく手を振った。
「おっと、キャシーちゃんに乱暴しない方がいいニャ。もしもキャシーちゃんが貴族に声をかけたら、こんな町なんて一瞬で騎士団が潰しちゃうニャ~」
その途端、町の住民がざわめいた。
ローヴェインでも警戒するくらいなんだから、きっとすごく強いに違いない。
それを一声で操ってしまうキャシーちゃんは、やっぱり富豪にも近い存在なんだ――なんてったって、お金で騎士を動かしちゃうくらいなんだから。
「さ、さっきも言ってたけど、マジなのかよ!」
「言っただろう、キャシーは帝国でもトップクラスの大商人だと。聞くところでは、彼女に反発したほかの商人は、ことごとく廃業に追い込まれたらしい」
それでも、皆を小ばかにする態度を、僕はだんだん許せなくなってきた。
まじめにやって来たカルやミト達をあざ笑うなんて、なんて嫌な猫なんだ。
「む、むう……」
ただ、僕が睨んだところで、キャシーちゃんが怖がるはずがない。
「おやおやぁ~? ちびっこがキャシーちゃんを睨んだって、怖くないニャよ~♪」
「むむむ……ん?」
ところが――僕の目には、くすくすと笑うキャシーちゃん以外の、別のものが見えた。
それは、鑑定スキルを使った時と同じ、うすぼんやりと光る文字の羅列だ。
『モークスエメラルドの首飾り:贋作』
間違いなく、キャシーちゃんの豪奢な首飾りの中心にある緑色の宝石を指している。
しかもそれが、ニセモノだって僕のスキルが告げている。
「きゃしーたん、そりぇ……」
僕が思わず指さすと、キャシーちゃんは自慢げに首飾りを持ち上げてみせた。
「ああ、モークスエメラルドが気になるかニャ? これは帝都のジュエリーショップで買ったものニャ、金貨を山積みにしたって買えない高級品ニャよ」
なるほど、確かに信頼できるお店で買ったんだね。
でも残念だけど、神様からもらったスキルは、きっと嘘をつかないよ。
「そりぇ、にちぇもにょ」
「……は?」
僕がはっきり言うと、キャシーちゃんの顔がこわばった。
彼女だけじゃない、町中の皆の表情が、苛立ちからぽかんとしたものに変わった。
「そんなわけないニャ、あそこのジュエリーショップは貴族にも宝石を売ってる、正真正銘の有名店ニャ! ニセモノを売ってるなんて、聞いたことないニャ!」
うろたえるキャシーちゃんだけど、嘘をついているようには見えない。
なら、これには別の理由があるのかもしれない。
「もしかしてユーリ、鑑定スキルで宝石を見たのか?」
「だったら、彼の言っていることは本当かもしれませんね」
「……確かかニャ?」
「私を助けるための軟膏を、調合先まで鑑定したスキルだ。実力は間違いない」
ふうん、ほおう、とか言いながら、キャシーちゃんは首飾りを外して眺める。
「……これにキズでもついたら、お前ら、ただじゃすまないニャ」
そして僕らをじろりと睨んでから、地面に思い切り叩きつけた。
「どりゃっ!」
「なっ……!?」
『ゴオァゥ!?』
驚愕する僕らの前で、宝石が砕ける。
カルやミト、ローヴェインはもとより、同じ石仲間のレームの前でこんなことをするなんて、キャシーちゃんはデリカシーがないよ。
「おいおいおいおい、何やってんだよ!?」
ざわつく一同とは裏腹に、キャシーちゃんはというと恐ろしいくらいに冷静だ。
「見てのとおり、ニセモノを叩き壊しただけニャ」
「ニセモノって……どうして分かったんだ!?」
「お前らのちびっこが鑑定したってのに、それを信じてないのかニャ?」
「俺達はいつでもユーリを信じてる! 信じられねえのは、いきなり宝石を投げつけるお前の方だっての、キャシーちゃん!」
カルはまだバタバタと騒いでるけど、僕はなんだか、彼女の思惑が分かってきた。
「……にゃるほど」
「そういうことか」
「ユーリ君、ローヴェインさんも察したみたいですね」
僕だけじゃない、ローヴェインやミトも、行動の真意が理解できたみたい。
「ミト達まで、なんでそんなに冷静なんだ!?」
ただひとりだけ、まだ騒いでるカルをじろりと見て、キャシーちゃんがため息をついた。
「モークスエメラルドは、宝石の中でも最高クラスの硬度を持ってるニャ。それこそ、叩きつけたくらいじゃあ、ヒビのひとつも入らないニャ」
「ってことは……!」
「これはニセモノニャ。さしずめ、それっぽい宝石を加工しただけのものニャ」
そう――キャシーちゃんは今、宝石の硬度を試したんだ。
「ちなみに、これはどうニャ?」
次いで僕は、言われるがままキャシーちゃんに宝石を見せつけられる。
「ええと……」
じっと見つめているうちに、パっと文字が浮かび上がる。
『モークスルビーのピアス:本物』
「ほんもにょ」
「こっちは?」
『モークスパールの指輪:本物』
「ほんもにょ!」
どちらも本物だとスキルが告げているから、僕はその通り答えた。
「ふうむ……信じさせてもらうニャ」
キャシーちゃんは僕をじっくり見つめて、顎を指にあてがって何かを考えこんだ。
カルやミトは、さっきから僕を見て「すごい!」とほめてくれてる。
あの調子だと、きっと一連の騒動が終わってから、僕はまたほっぺをむにむにされるに違いない――特にローヴェインが、毛むくじゃらの手でずっと。
「あのジュエリーショップの店主、帰ったらただじゃ済まさないニャよ」
しばらくして、キャシーちゃんがふしゃー、と息を吐きながら言った。
「それにしても、ちびっこの鑑定スキルはなかなかのものニャね。帝都で鑑定士としてギルドに登録すれば、きっと稼げるニャ~♪」
しかも、驚くような提案を持ち掛けてきたんだ。
おまけに僕を持ち上げて、いやらし~い笑顔まで浮かべてる。
「どうニャ、ちびっこ? キャシーちゃんと一緒に、荒稼ぎしないかニャ?」
「え、ええっ?」
「店と客はキャシーちゃんが用意してやるから、取り分はニャ……」
キャシーちゃんが戸惑う僕を無視して話を進めていると、不意にふわりと体が浮いた。
そのまま彼女から僕を奪い返してくれたのは、カルだ。
「おいおい、まさかユーリをユーア=フォウスから引き抜く気じゃないだろうな?」
いつになく敵意を見せるカルに対して、キャシーちゃんはほんの少しだけこわばった。
「……まさか。あんた達全員を敵に回してまで、鑑定しかできないちびを奪うほど、キャシーちゃんはバカでもマヌケでもないニャ」
もっとも、それはカルを怖がったからじゃなく、利益を計算していたからみたいだけど。
「今、少し悩みましたね」
「恐ろしい奴だぜ」
一同が呆れる中、僕の中から、スキルを見せつけたい気持ちが湧きあがってきた。
なぜかって、この状況ならさっきの鑑定スキルのように、キャシーちゃんが強く興味を惹かれるものになるかもしれない。
そうすれば、彼女は町を利益になると判断して、取引をしてくれるかもしれないでしょ?
「ふふふ、ぼく、もっちょすごいすきりゅがあるよ」
「あら、ユーリ君にしては珍しい自慢ですね」
「鑑定よりすごいスキルを、そんなちびっこが持ってるのかニャ?」
あるんだな、これが、ってミトがそんな表情をしてくれてる。
だったら僕も、神様の羽ペンで、キャシーちゃんを驚かせてあげなくちゃ。
「えいっ!」
僕が七色の線でアヒルのおもちゃを描くと、それはポン、と音を立てて実体化した。
押すとぺこぺこと音を立てながら動く、ありふれた木製のおもちゃだ。
「……こりゃあ、たまげたわね」
でも、何もない所から取り出したんだから、キャシーちゃんにとっては驚くべきスキルだ――なんせ、語尾が消えちゃってるんだから。
でも、すぐに自分のキャラを思い出したのか、ごほんと咳払いした。
「じゃ、じゃニャくて。絵に描いたものを現実に出すスキルなんて、初めて見たニャ」
「ユーリのスキルを使えば、どうだ? アンタの仕事もいい感じになるんじゃないか?」
ちょっとだけキャシーちゃんにダメ押しするのは、カルの役目だ。
「確かに……お絵かきの方はおいおい使い方を考えるとして、こっちで手に入れたアイテムを鑑定させて、代わりに素材を渡してやればいいし、他にも……」
何かをむにゃむにゃと勘定し始めてからしばらくして、キャシーちゃんが僕らを見た。
「……そうニャね、もう一押しあれば、この町と取引してやってもいいニャ」
「だ、だったら……ちょっと待っててくれ!」
彼女のぐらぐらと揺らいだ心を、さらにカルが突っつくべく、家に駆けだした。
すぐに戻ってきた彼が両手いっぱいに持ってるのは、彼が発明した山ほどのアイテムだ。
……というか、いつの間にこれだけのものを作ってたの?
「どうだ、この天才発明家のカル様が作った発明品だ! どれもこれも、ちょっとの魔晶石でガンガン動いて活躍してくれる、優れものだぜ!」
「兄さん、よりによって今持ってきますか……?」
「下手をすればマイナスイメージ扱いだぞ」
「う、うるせー! 分かる人には分かるのが、俺の発明なんだよ!」
ミトとローヴェインのツッコミに火を吹いて怒鳴りつつ、カルは発明品を地面に置く。
ばねのついたカエルのような発明品に、以前ダンジョンで使おうとして失敗した竹とんぼのような発明品、他にもいろいろある。
カルはさっそく、その発明品を片っ端から動かしてゆく。
「こっちは周りを照らしながら巡回する『ピカピカ光るクン』、これはばねみたいに跳ねて歩き回る『ぴょんぴょん跳ねるクン』! どうだ、使い道も多そうだろ!?」
ぶんぶんと飛び回るものに、あたりを跳ねるもの、ひとりでに薬を調合してくれるもの。
その他の発明品を一通り見てから、キャシーちゃんはこれ以上ないくらい大きなため息をついた。
「……しょーもない発明ニャ。こんなの、帝都に行けば腐るほど売ってるニャ」
「が、がーん……」
あからさまにショックを受けるカルを見て、キャシーちゃんがふん、と鼻で笑う。
「だけど、使い道がないこともないニャ」
彼女はどうやら、カルの発明品を見ているわけじゃないみたい。
どんどんすごいものを生み出す――カルのアイデアの方を見てるんだ。
「レアな素材やより純度の高い魔晶石を見て、インスピレーションが湧けば、もっといい発明ができるはずニャ。将来を見越して、今のうちに買っておいてやるとするかニャ」
そうしてキャシーちゃんは、手をパンと叩いて言った。
「よし、決まりニャ。あんた達との取引、やってやるニャ」
つまり、商人がユーア=フォウスとつながりを持ってくれた証拠だね。
「「やったーっ!」」
町の皆がわっと湧きあがる中、キャシーちゃんは冷静に条件を話してゆく。
「基本的には貨幣かアイテムと交換、もしくはユーリのスキルの鑑定を料金代わりにするニャ。お前らが欲しいものは、ここに書いて、こいつに送らせるニャ」
そして馬車の中から、小さな竜のような生物を、カルに手渡した。
「これは?」
「郵便ドレイクニャ。こいつから手紙をもらったら、キャシーちゃんがユーア=フォウスに来てやるニャ。ま、一日くらいは待ってもらう必要があるニャよ」
「お、おう! よろしくな!」
「商談成立。言っとくけど、つまんない用事で呼び出したらぶっ飛ばすニャ」
猫のように大きく伸びをしてから、キャシーちゃんは馬車に戻ってゆく。
次に会う時は、きっと町をよくするためのアイテムを持ってきてくれるときだろうね。
「そうそう。町長が決まってないなら、そこのちびっこをキャシーちゃんが推薦するニャ」
なんて思っていると、キャシーちゃんがびっくりするような提案をしてきた。
どうやら彼女は、僕を町長に薦めてるみたい。
「ぼ、ぼく?」
「すごいスキルを持ってるし、何より人に好かれる不思議な魅力を持ってるニャ。ほかに候補がいないなら、エルフ連中がサポートして、そいつを長にしてやったらどうニャ?」
目を丸くしているのが自分でも分かりながら、僕はくるりと振り向く。
「……ど、どうちよ、かる、みと?」
てっきり僕は、ちびっこじゃあ心配だと言われると思ってた。
「どうするもこうするも、俺は大歓迎だぜ!」
でも――帰ってきた言葉は、歓迎も歓迎、カルをはじめとした大歓迎の嵐だ。
「僕も、ユーリ君が町長なら、全身全霊でサポートしますよ」
「愛らしくも優しく、強い心がある。リーダーとして、ユーリ以上の者はいない」
「「ユーリのアニキ、サイコー!」」
『グオ、グオオオウ!』
ここまで背中を押されたなら、断る理由なんてない。
ううん、ただ推されただけじゃない――僕だって、もっと頑張りたい!
「……じゃ、じゃあ……ぼく、なりゅ! ちょーちょーに、なりゅ!」
「「やったーっ!」」
僕の宣言と共に、ユーア=フォウスから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
いつの間にかキャシーちゃんの馬車が走り去っていったのも、誰も気づいちゃいない。
「よーし、さっそくユーリ町長の誕生祝いに、宴会の準備だ!」
そしてこういう時、皆を僕以上に引っ張ってくれるのはカルの役目だね。
「お酒は飲んじゃダメですよ、兄さん」
暴走しがちなカルを止めてくれるのは、ミト。
「私は、久しぶりに飲ませてもらうとするか」
冷静に状況を見つめながら、時に豪胆なローヴェイン。
彼女が率いるライカンスロープ達。
力仕事に欠かせないクリスタルゴーレムのレーム。
彼らがいて、彼女らがいて。
町作りがどうしたって楽しくないわけがない、面白くないわけがないじゃないか!
「みんにゃ、ぼくがんばりゅ! まちを、ゆーあ=ふぉうしゅを、もっとおっきくすりゅ!」
「おう! 皆で、サイコーの町にしようぜ!」
カルに抱えてもらいながら、僕は空高く向かってこぶしを突き上げた。
もちもちの手が、今だけは力強く見えた。
僕はこの日から、ユーア=フォウスの町長になった。
でも、ただおかざりの町長になるつもりなんてないよ。
お絵かきスキルと鑑定スキル――そして誰よりも信頼できる町の皆と一緒に、最高の町を作る、最高の町長になるんだから!
ユーア=フォウスの朝は早い。
現時点のリーダーであるカルが招集をかければ、町中の住民が集まってくる。
今日もまた、家のついでにお絵かきした集会所の前に、ライカンスロープの皆やレーム、ローヴェインを含めた皆がそろっていた。
彼ら、彼女らの前に立っているのは、カルとミトの二人だ。
僕はどうしてるのかって?
ローヴェインに、赤ちゃんみたいに抱きかかえられてます。
「――皆、集まってくれ。大問題(テリブルプロブレム)だ」
ユーア=フォウスの全住民が集まったのを確かめてから、カルが真剣な面持ちで言った。
「そんな神妙な顔をして、どうしたんですか、兄さん?」
どうやらミトも、カルに呼び出された理由を知らないみたい。
「カルのアニキ、町の発展ならいい具合に進んでますぜ」
「ああ、そりゃ知ってる。皆の分の家をユーリが描いてくれたし、畑も広くなってる」
うんうん、とカルは自分の理想の町の現状を語る。
「ライカンスロープの畜産技術のおかげで、牛やヤギを飼う余裕もできた。ぶっちゃけ、俺の予想よりずっとうまくいってるよ」
「魔物がダンジョンからあふれてきたなら、私が対処しよう」
「いいや、魔物が来たって報告はねえよ。つーか、いつまでユーリを抱えてるんだよ」
「私はユーリの守護者だ。これくらいは当然だろう……ふふ……」
ローヴェインが僕を抱く力が、ちょっぴり強くなる。
彼女は優しくて強くて頼りになるんだけど、時折こうして、何とも言えないオーラを放つときがあるんだよね。
ライカンスロープの皆も、そこについては触れないようにしてる。
だから僕も、「どうして僕を抱えて舌なめずりするの?」なんて聞いたことがないよ。
「だったら兄さん、何が問題なんですか?」
それはともかく、町の運営や開拓はとっても順調に見える。
なのにどうしてカルは、わざわざ僕らを集めて大問題だなんて言うんだろう。
なぜだろう、なんでかなあ、なんて皆がざわついていると、カルは腰に手を当てて、思い切りのいい大声で言った。
「この町には足りないものがある。それは――商人との付き合いだ!」
「「は?」」
あまりに突拍子のない発言に、皆がぽかんと口を開いた。
だって、商人との取引がしたいだなんて、これまでカルの口から聞いたこともない。
僕らはまだしも、ミトですら首を傾げてるんだもの。
「いい町ってのは、行商人がいたり、町に凄腕の商人がいて、他の地域とのやり取りがあってこそだろ! なのにここには、商人どころか、他の町との付き合いがねえじゃねえか!」
「他の町って……兄さん、ユーア=フォウスから人が住むところまで、どれほど離れているか知らないほどおバカさんではないでしょう?」
「たりめーだ! 俺はバカじゃなくて、天才発明家だからな!」
碧色の目を輝かせて、カルが言った。
「バカとなんとかは紙一重、とはよく言ったものだ」
「つーか、実際のところ、このままだと資源に限界が来るんだよ」
ローヴェインのツッコミをスルーして、カルは話を続ける。
「レームがどれだけ鉱石や魔晶石を集めてくれても、町でどれだけ酪農に力を入れても、頭打ちや枯渇がいつか必ずやってくる。そうなる前に、どこか他の地域とのパイプを持ってないと、いざって時に町が滅んじまうんだ」
カルの言い分は確かで、ユーア=フォウスの資源には限界がある。
お絵かきスキルで家や柵、集会所を含めた施設を色々と作ってきたし、水路も引いて、畑や酪農にも手を出したとはいえ、何かトラブルが起きるかもしれない。
そういう時、助けになってくれる相手はいた方がいいよね。
「でも、かる。まわりに、だれも、いにゃいよ?」
もっとも、そんな相手はちっとも思いつかないんだけれども。
「そこなんだよな。ユーア=フォウスは資源が潤沢な代わりに、孤立してるんだよな」
この土地はもともと、カルが騙されて買った土地だ。
ここにユーア=フォウスがあると知っている人なんてほとんどいないだろうし、いたとしても辺鄙な場所だから、来るような人もほとんどいなさそうだよ。
「何よりユーア=フォウスってのは、居場所のない人や亜人、魔物が仲良く暮らす場所だ。変な奴の目に留まるのも、考えものなんだよな」
「しかし、そうも言っていられないだろう」
こういう時に頼りになるのは、やっぱりリーダー経験のあるローヴェインだね。
彼女が意見を出すと、凛とした言葉もあってか、皆が聞き入る姿勢になるんだ。
「もしも外とのつながりをほどほどに保ちつつ、以前手に入れた魔晶石を財源としたいのなら、やはり行商人との売買ルートを確保すべきだろう」
「行商人とつながりが欲しいなら、どうすればいいんだ?」
「人の多い町に行くか、来るのを待つしかない。ただ、ユーア=フォウスは新興の町だ。信頼を得るのは難しいに違いない」
「ローヴェインさんの集落は、そういうところをどう対処していたのですか?」
「私達は移動集落だ。住んでいるところでトラブルが発生すれば移動する……その都度資源を獲得するから、商人とのやり取りの経験などない」
カルが頭の後ろで手を重ね、ため息をついた。
「んだよ、先輩面してるのにそういうところはさっぱりなんだな」
「長としてのアドバイスをしているだけだ。第一、ここの長はお前なのか?」
そう聞かれて、カルはきょとんとした。
「……言われてみりゃ、長って誰だ?」
「「ずっこけ!」」
思わず、僕もミトも、ローヴェインも、レームも、皆がずっこけた。
だって、僕も他の皆も、町を作りたがってるカルが長じゃなきゃ、誰が長になるんだって考えてるもの!
その本人が「長は誰だ」なんて、悪いジョークだよ!
「ぼ、僕も皆も、兄さんだと思っていましたよ!?」
「いやいや、俺はあくまで町をよくしたいと思ってるだけだぜ? 長になって皆を導くとか、そういうのは俺の性に合わないっつーか、なあ?」
ポリポリと頭を掻きながら、カルはバツの悪そうな顔を見せる。
「だいたい俺が長になって、お前らは不安じゃないのかよ」
「……そういえば、不安がないと言えばうそになりますね」
「後先考えない突拍子のなさと無計画さは、不安の種だ」
「天才って言ってますけど、カルのアニキは結構俺達と同じというか……」
「なあ、結構バカ寄りだよな?」
「お前ら、そろいもそろって言ってくれるじゃねえか!」
一度長という皮を剥けば、カルは散々な言われようだ。
「よちよち」
「おおう……こんな時に味方になってくっるのはお前だけだよ、ユーリ」
頭を撫でてあげると、かるはおよよ、と言いながら頬ずりしてくる。
これじゃあ、とてもじゃないけどユーア=フォウスの町長を務めるのは難しいかも。
「とにもかくにも、せっかく資金になる魔晶石もあるんだ! 早いうちに俺達と取引してくれる行商人を見つけて、今後の心配を――」
それでも商人との取引を諦めないと、カルがどうにか奮起した時だった。
『グオ、オオオ!』
急に、集会所の近くにいたレームが雄叫びを上げた。
レームがいきり立っているときはいくつかパターンがある。
これはおそらくそのうちの一つ――何か良くないものが、町に来たパターンだ。
「どうしたんだ、レーム? 何をそんなに騒いでるんだよ?」
「兄さん、あれを見てください!」
最初に異変に気付いたのは、目を丸くして町の入り口を指さすミトだ。
「な、なんだありゃ!?」
次いでカルも、町中の皆も気づいて、同じリアクションを見せた。
僕だって当然驚いたよ。
なんせ町の入り口から――ゴテゴテに装飾された、煌びやかにもほどがある、はっきり言って成金趣味もいい所の馬車がやってきたからだ!
車輪が回るたびに、金色の鎖が揺れる。
真っ黒な馬の蹄も金色で、なのに豪奢な鞍の上には誰もいない。
もしかすると、スキルの力でひとりでに動いてるのかも……いやいや、それを差し引いても趣味の悪さが好奇心を上回ってるよ。
「あんな趣味の悪い馬車、初めて見ましたよ……!?」
「嫌な予感がするな。様子を見に行くぞ」
慌てて僕らは、集会所から馬の方に駆け寄っていった。
陽の光を反射してぎらついた馬車は、僕らが近寄るとぴたりと足を止める。
「こんなにデカい馬車に乗った奴が、どうしてここに……?」
「どこぞの貴族が迷い込んだのかもしれないな」
「おーい! ここは危険な場所じゃない、馬車から下りてきてもいいぞーっ!」
ローヴェインとカルが交互に声をかけると、馬車の扉が勢いよく開く。
そして、予想していた通りのゴージャスな人が現れた。
「――ふう、噂の町がこんなクソ田舎にあるなんて思ってもみなかったニャ」
もっとも、彼女が誰かを知っているメンツなんて、このユーア=フォウスにはちっとも、だぁれもいないと思うんだけども。
だって、そうじゃないなら、ローヴェインですら口をぽかんと開けてないでしょ。
そんなリアクションを取るしかない僕らの前で、謎の人物は鼻で笑った。
「はぁ~? このキャシーちゃんを知らないなんて、町も田舎なら、住んでる奴らも相当な田舎者ニャね~」
開口一番、失礼な発言をかます女性は、頬からピンと伸びたひげをさすった。
どこかべたついた桃色のショートヘア、猫耳もピンクでピアスがすごくついてる。
化粧は濃いめ、唇は厚くて、青いアイラインがしつこいほどに引かれてる。
へそ出しルックにホットパンツ、長いブーツと全身のじゃらじゃら貴金属。
目は猫のようで丸く、尻尾が生えて、八重歯がちらりと覗く。
これらの様子からして、きっとライカンスロープと同じで亜人族……ケットシーのような、猫耳の獣人かな?
そういった種族を見ていない僕は新鮮に感じるけど、カルやミト、町の皆はすぐさま適応したみたいだ。
「初対面の相手に向ける態度じゃないでしょう。自己紹介くらい、したらどうですか?」
「……いいや、その必要はない。私は、この女を知っている」
ローヴェインが僕を庇うようにして前に出ながら、謎の女性を睨みつける。
「ろーべいん、このひと、ぢゃれなの?」
「この女はキャシー。帝国でも屈指の大商人だ」
ローヴェインがキャシーと呼んだ女性は、かわいこぶりっこな仕草を見せつける。
「そこの犬っコロの言う通り、キャシーちゃんは帝国イチ可愛くてお金持ちで有能な、貴族も頭が上がらないサイキョーの商人なのニャっ♪」
しかもどうやら、彼女はとても口が悪い。
そうでなきゃ、ローヴェインのこめかみに血管が浮かび上がるような乱暴な発言を連発するなんて、とてもできやしないよ。
ローヴェインのバカにするなんて、他のライカンスロープ全員を敵に回すようなものなのに……命知らずというか無敵というか、どっちなんだろ。
「そこのキャシーちゃんの次にかわいいちびっこも、分かってくれたかニャ?」
ついでに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてから、彼女はカルのそばまで来た。
「ところで、ここの長は誰ニャ」
「ええと、一応俺ってことになってるけど」
カルが手を上げると、キャシーちゃんはちょっぴりげんなりした顔を見せた。
「はあ……なーんかしけてて、しょぼい顔つきニャね」
ふうん、と言いながら、キャシーちゃんは僕らの顔を一人ずつ見てゆく。
「でも、そこののっぽはなよなよしてて人望がない。逆にごついライカンスロープは怖がって人がついてこない。ぶっちゃけ、そっちのちびっこを町長にした方が、よっぽど皆も信頼がおけるニャ」
今度こそ、キャシーちゃんという亜人さんは、皆に喧嘩を売った。
こういう時、すぐに挑発に乗ってしまうのは意外とミトの方なんだよね。
「兄さん、この人は、いや、この猫耳族の亜人は相当危険です。町から追い出しましょう」
それこそ、もう彼女をユーア=フォウスから追い出したがるくらいには。
「真顔で言うなよ。こいつはきっと、そういうキャラづくりをしてるだけさ」
「だとしても、ユーリ君より自分をかわいいと自負しているのはどうかしています。服装に釣り合わない年齢と察せますし、化粧も厚く、若作りした自分のキャラクターに合わせた口調で一貫しようとしているのも、理解できませんよ」
「全部聞こえてんぞ、クソエルフ!」
キャシーちゃんはミトの冷静な指摘に怒りつつも、すぐにさっきまでのおどけた態度に戻ってみせた。
もしかすると、怒っている方の口調が彼女の本性なのかも?
なんて思っていると、キャシーちゃんは口を尖らせて眉をひそめた。
「はぁ……ったく、せっかく妙な町ができたって風のうわさで聞いて、もしかしたら金の生る木かと思ってきてやったのに、失礼な田舎モンしかいないなんてがっかりニャ」
今度はカルがムッとする。
「そっちこそ、いきなり来ておいて暴言連発なんて失礼じゃねえか」
一方でローヴェインは、さすがというかやはりというか、なおも冷静だ。
「カル、こいつは相当な守銭奴だが、商人としての腕は確かだ。交渉しておいて損はない」
「ぼくも、そーおもうよ」
「……確かに、こっちはちょうど商人とのパイプが欲しかったし、乗り掛かった舟かもな」
「ぼくも、いっしょにはなちゅ!」
とりあえず、方向性は決まった。
キャシーちゃんがここに来たのは、きっと変な町を探しに来ただけじゃない。
商売人なら、売り物になるようなアイテムや素材、人材を探しに来たはず。
だったら、取引を持ち掛けてみれば、きっといい話ができるはずだ。
「よし! キャシーちゃん、よかったらユーア=フォウスと取引してくれねえか?」
「いーやーニャ♪」
「即答!?」
でも、キャシーちゃんはニヤニヤ顔で僕らの提案を断ってきた。
彼女は予想よりも、僕らの予想よりもずっとしたたかなケットシーみたいだね。
「あんたらみたいな貧乏人と取引したところで、キャシーちゃんに得があるニャ?」
「ぐっ……れ、レーム! あれを持ってきてくれ!」
『グオオゥ!』
カルがレームに指示を出して、どかどかと持ってこさせたのは、以前ダンジョンの洞穴で発見したたくさんの魔晶石だ。
なるほど、資金源を見せびらかして、交渉材料があるってアピールするんだね。
「ふーん、確かに綺麗な魔晶石ニャね」
「だろ!? こいつらを金代わりにしてさ、代わりに町に必要なものを売ってくれ!」
「でもいやニャ♪」
手のひらでわざわざ魔晶石を転がしながら、キャシーちゃんは笑顔で断った。
これがダメとなると、カルの手の内は半分以上効果がないのと同然だ。
「な、なんでだよぅ!?」
「まあまあの額にはなるけど、キャシーちゃんの気を引けるほどじゃないニャ」
あれだけの数の魔晶石をまあまあだなんて、キャシーちゃんはいったい、どれだけのお金持ちなんだろう。
それとも、こうやって平静でいるのも、商人の交渉術なのかな?
「確かにクリスタルゴーレムとライカンスロープ族、エルフ族と人間族が住んでる村ってのは珍しいけど、金になる要素はないニャ」
僕の考えなんて興味ないかのように、キャシーちゃんは皆の周りをうろうろ歩く。
まるで、僕らをとことん見下してるみたいだ。
「つーか、この程度の町なんていくらでもあるニャ。田舎モンが背伸びするのはいいけど、相手を見て取引を持ち掛けた方がいいニャよ」
「こ、こんにゃろ……!」
「言わせておけば、好き勝手暴言を吐いてくれますね」
ミトがぱきり、と拳を鳴らすと、彼女はわざとらしく手を振った。
「おっと、キャシーちゃんに乱暴しない方がいいニャ。もしもキャシーちゃんが貴族に声をかけたら、こんな町なんて一瞬で騎士団が潰しちゃうニャ~」
その途端、町の住民がざわめいた。
ローヴェインでも警戒するくらいなんだから、きっとすごく強いに違いない。
それを一声で操ってしまうキャシーちゃんは、やっぱり富豪にも近い存在なんだ――なんてったって、お金で騎士を動かしちゃうくらいなんだから。
「さ、さっきも言ってたけど、マジなのかよ!」
「言っただろう、キャシーは帝国でもトップクラスの大商人だと。聞くところでは、彼女に反発したほかの商人は、ことごとく廃業に追い込まれたらしい」
それでも、皆を小ばかにする態度を、僕はだんだん許せなくなってきた。
まじめにやって来たカルやミト達をあざ笑うなんて、なんて嫌な猫なんだ。
「む、むう……」
ただ、僕が睨んだところで、キャシーちゃんが怖がるはずがない。
「おやおやぁ~? ちびっこがキャシーちゃんを睨んだって、怖くないニャよ~♪」
「むむむ……ん?」
ところが――僕の目には、くすくすと笑うキャシーちゃん以外の、別のものが見えた。
それは、鑑定スキルを使った時と同じ、うすぼんやりと光る文字の羅列だ。
『モークスエメラルドの首飾り:贋作』
間違いなく、キャシーちゃんの豪奢な首飾りの中心にある緑色の宝石を指している。
しかもそれが、ニセモノだって僕のスキルが告げている。
「きゃしーたん、そりぇ……」
僕が思わず指さすと、キャシーちゃんは自慢げに首飾りを持ち上げてみせた。
「ああ、モークスエメラルドが気になるかニャ? これは帝都のジュエリーショップで買ったものニャ、金貨を山積みにしたって買えない高級品ニャよ」
なるほど、確かに信頼できるお店で買ったんだね。
でも残念だけど、神様からもらったスキルは、きっと嘘をつかないよ。
「そりぇ、にちぇもにょ」
「……は?」
僕がはっきり言うと、キャシーちゃんの顔がこわばった。
彼女だけじゃない、町中の皆の表情が、苛立ちからぽかんとしたものに変わった。
「そんなわけないニャ、あそこのジュエリーショップは貴族にも宝石を売ってる、正真正銘の有名店ニャ! ニセモノを売ってるなんて、聞いたことないニャ!」
うろたえるキャシーちゃんだけど、嘘をついているようには見えない。
なら、これには別の理由があるのかもしれない。
「もしかしてユーリ、鑑定スキルで宝石を見たのか?」
「だったら、彼の言っていることは本当かもしれませんね」
「……確かかニャ?」
「私を助けるための軟膏を、調合先まで鑑定したスキルだ。実力は間違いない」
ふうん、ほおう、とか言いながら、キャシーちゃんは首飾りを外して眺める。
「……これにキズでもついたら、お前ら、ただじゃすまないニャ」
そして僕らをじろりと睨んでから、地面に思い切り叩きつけた。
「どりゃっ!」
「なっ……!?」
『ゴオァゥ!?』
驚愕する僕らの前で、宝石が砕ける。
カルやミト、ローヴェインはもとより、同じ石仲間のレームの前でこんなことをするなんて、キャシーちゃんはデリカシーがないよ。
「おいおいおいおい、何やってんだよ!?」
ざわつく一同とは裏腹に、キャシーちゃんはというと恐ろしいくらいに冷静だ。
「見てのとおり、ニセモノを叩き壊しただけニャ」
「ニセモノって……どうして分かったんだ!?」
「お前らのちびっこが鑑定したってのに、それを信じてないのかニャ?」
「俺達はいつでもユーリを信じてる! 信じられねえのは、いきなり宝石を投げつけるお前の方だっての、キャシーちゃん!」
カルはまだバタバタと騒いでるけど、僕はなんだか、彼女の思惑が分かってきた。
「……にゃるほど」
「そういうことか」
「ユーリ君、ローヴェインさんも察したみたいですね」
僕だけじゃない、ローヴェインやミトも、行動の真意が理解できたみたい。
「ミト達まで、なんでそんなに冷静なんだ!?」
ただひとりだけ、まだ騒いでるカルをじろりと見て、キャシーちゃんがため息をついた。
「モークスエメラルドは、宝石の中でも最高クラスの硬度を持ってるニャ。それこそ、叩きつけたくらいじゃあ、ヒビのひとつも入らないニャ」
「ってことは……!」
「これはニセモノニャ。さしずめ、それっぽい宝石を加工しただけのものニャ」
そう――キャシーちゃんは今、宝石の硬度を試したんだ。
「ちなみに、これはどうニャ?」
次いで僕は、言われるがままキャシーちゃんに宝石を見せつけられる。
「ええと……」
じっと見つめているうちに、パっと文字が浮かび上がる。
『モークスルビーのピアス:本物』
「ほんもにょ」
「こっちは?」
『モークスパールの指輪:本物』
「ほんもにょ!」
どちらも本物だとスキルが告げているから、僕はその通り答えた。
「ふうむ……信じさせてもらうニャ」
キャシーちゃんは僕をじっくり見つめて、顎を指にあてがって何かを考えこんだ。
カルやミトは、さっきから僕を見て「すごい!」とほめてくれてる。
あの調子だと、きっと一連の騒動が終わってから、僕はまたほっぺをむにむにされるに違いない――特にローヴェインが、毛むくじゃらの手でずっと。
「あのジュエリーショップの店主、帰ったらただじゃ済まさないニャよ」
しばらくして、キャシーちゃんがふしゃー、と息を吐きながら言った。
「それにしても、ちびっこの鑑定スキルはなかなかのものニャね。帝都で鑑定士としてギルドに登録すれば、きっと稼げるニャ~♪」
しかも、驚くような提案を持ち掛けてきたんだ。
おまけに僕を持ち上げて、いやらし~い笑顔まで浮かべてる。
「どうニャ、ちびっこ? キャシーちゃんと一緒に、荒稼ぎしないかニャ?」
「え、ええっ?」
「店と客はキャシーちゃんが用意してやるから、取り分はニャ……」
キャシーちゃんが戸惑う僕を無視して話を進めていると、不意にふわりと体が浮いた。
そのまま彼女から僕を奪い返してくれたのは、カルだ。
「おいおい、まさかユーリをユーア=フォウスから引き抜く気じゃないだろうな?」
いつになく敵意を見せるカルに対して、キャシーちゃんはほんの少しだけこわばった。
「……まさか。あんた達全員を敵に回してまで、鑑定しかできないちびを奪うほど、キャシーちゃんはバカでもマヌケでもないニャ」
もっとも、それはカルを怖がったからじゃなく、利益を計算していたからみたいだけど。
「今、少し悩みましたね」
「恐ろしい奴だぜ」
一同が呆れる中、僕の中から、スキルを見せつけたい気持ちが湧きあがってきた。
なぜかって、この状況ならさっきの鑑定スキルのように、キャシーちゃんが強く興味を惹かれるものになるかもしれない。
そうすれば、彼女は町を利益になると判断して、取引をしてくれるかもしれないでしょ?
「ふふふ、ぼく、もっちょすごいすきりゅがあるよ」
「あら、ユーリ君にしては珍しい自慢ですね」
「鑑定よりすごいスキルを、そんなちびっこが持ってるのかニャ?」
あるんだな、これが、ってミトがそんな表情をしてくれてる。
だったら僕も、神様の羽ペンで、キャシーちゃんを驚かせてあげなくちゃ。
「えいっ!」
僕が七色の線でアヒルのおもちゃを描くと、それはポン、と音を立てて実体化した。
押すとぺこぺこと音を立てながら動く、ありふれた木製のおもちゃだ。
「……こりゃあ、たまげたわね」
でも、何もない所から取り出したんだから、キャシーちゃんにとっては驚くべきスキルだ――なんせ、語尾が消えちゃってるんだから。
でも、すぐに自分のキャラを思い出したのか、ごほんと咳払いした。
「じゃ、じゃニャくて。絵に描いたものを現実に出すスキルなんて、初めて見たニャ」
「ユーリのスキルを使えば、どうだ? アンタの仕事もいい感じになるんじゃないか?」
ちょっとだけキャシーちゃんにダメ押しするのは、カルの役目だ。
「確かに……お絵かきの方はおいおい使い方を考えるとして、こっちで手に入れたアイテムを鑑定させて、代わりに素材を渡してやればいいし、他にも……」
何かをむにゃむにゃと勘定し始めてからしばらくして、キャシーちゃんが僕らを見た。
「……そうニャね、もう一押しあれば、この町と取引してやってもいいニャ」
「だ、だったら……ちょっと待っててくれ!」
彼女のぐらぐらと揺らいだ心を、さらにカルが突っつくべく、家に駆けだした。
すぐに戻ってきた彼が両手いっぱいに持ってるのは、彼が発明した山ほどのアイテムだ。
……というか、いつの間にこれだけのものを作ってたの?
「どうだ、この天才発明家のカル様が作った発明品だ! どれもこれも、ちょっとの魔晶石でガンガン動いて活躍してくれる、優れものだぜ!」
「兄さん、よりによって今持ってきますか……?」
「下手をすればマイナスイメージ扱いだぞ」
「う、うるせー! 分かる人には分かるのが、俺の発明なんだよ!」
ミトとローヴェインのツッコミに火を吹いて怒鳴りつつ、カルは発明品を地面に置く。
ばねのついたカエルのような発明品に、以前ダンジョンで使おうとして失敗した竹とんぼのような発明品、他にもいろいろある。
カルはさっそく、その発明品を片っ端から動かしてゆく。
「こっちは周りを照らしながら巡回する『ピカピカ光るクン』、これはばねみたいに跳ねて歩き回る『ぴょんぴょん跳ねるクン』! どうだ、使い道も多そうだろ!?」
ぶんぶんと飛び回るものに、あたりを跳ねるもの、ひとりでに薬を調合してくれるもの。
その他の発明品を一通り見てから、キャシーちゃんはこれ以上ないくらい大きなため息をついた。
「……しょーもない発明ニャ。こんなの、帝都に行けば腐るほど売ってるニャ」
「が、がーん……」
あからさまにショックを受けるカルを見て、キャシーちゃんがふん、と鼻で笑う。
「だけど、使い道がないこともないニャ」
彼女はどうやら、カルの発明品を見ているわけじゃないみたい。
どんどんすごいものを生み出す――カルのアイデアの方を見てるんだ。
「レアな素材やより純度の高い魔晶石を見て、インスピレーションが湧けば、もっといい発明ができるはずニャ。将来を見越して、今のうちに買っておいてやるとするかニャ」
そうしてキャシーちゃんは、手をパンと叩いて言った。
「よし、決まりニャ。あんた達との取引、やってやるニャ」
つまり、商人がユーア=フォウスとつながりを持ってくれた証拠だね。
「「やったーっ!」」
町の皆がわっと湧きあがる中、キャシーちゃんは冷静に条件を話してゆく。
「基本的には貨幣かアイテムと交換、もしくはユーリのスキルの鑑定を料金代わりにするニャ。お前らが欲しいものは、ここに書いて、こいつに送らせるニャ」
そして馬車の中から、小さな竜のような生物を、カルに手渡した。
「これは?」
「郵便ドレイクニャ。こいつから手紙をもらったら、キャシーちゃんがユーア=フォウスに来てやるニャ。ま、一日くらいは待ってもらう必要があるニャよ」
「お、おう! よろしくな!」
「商談成立。言っとくけど、つまんない用事で呼び出したらぶっ飛ばすニャ」
猫のように大きく伸びをしてから、キャシーちゃんは馬車に戻ってゆく。
次に会う時は、きっと町をよくするためのアイテムを持ってきてくれるときだろうね。
「そうそう。町長が決まってないなら、そこのちびっこをキャシーちゃんが推薦するニャ」
なんて思っていると、キャシーちゃんがびっくりするような提案をしてきた。
どうやら彼女は、僕を町長に薦めてるみたい。
「ぼ、ぼく?」
「すごいスキルを持ってるし、何より人に好かれる不思議な魅力を持ってるニャ。ほかに候補がいないなら、エルフ連中がサポートして、そいつを長にしてやったらどうニャ?」
目を丸くしているのが自分でも分かりながら、僕はくるりと振り向く。
「……ど、どうちよ、かる、みと?」
てっきり僕は、ちびっこじゃあ心配だと言われると思ってた。
「どうするもこうするも、俺は大歓迎だぜ!」
でも――帰ってきた言葉は、歓迎も歓迎、カルをはじめとした大歓迎の嵐だ。
「僕も、ユーリ君が町長なら、全身全霊でサポートしますよ」
「愛らしくも優しく、強い心がある。リーダーとして、ユーリ以上の者はいない」
「「ユーリのアニキ、サイコー!」」
『グオ、グオオオウ!』
ここまで背中を押されたなら、断る理由なんてない。
ううん、ただ推されただけじゃない――僕だって、もっと頑張りたい!
「……じゃ、じゃあ……ぼく、なりゅ! ちょーちょーに、なりゅ!」
「「やったーっ!」」
僕の宣言と共に、ユーア=フォウスから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
いつの間にかキャシーちゃんの馬車が走り去っていったのも、誰も気づいちゃいない。
「よーし、さっそくユーリ町長の誕生祝いに、宴会の準備だ!」
そしてこういう時、皆を僕以上に引っ張ってくれるのはカルの役目だね。
「お酒は飲んじゃダメですよ、兄さん」
暴走しがちなカルを止めてくれるのは、ミト。
「私は、久しぶりに飲ませてもらうとするか」
冷静に状況を見つめながら、時に豪胆なローヴェイン。
彼女が率いるライカンスロープ達。
力仕事に欠かせないクリスタルゴーレムのレーム。
彼らがいて、彼女らがいて。
町作りがどうしたって楽しくないわけがない、面白くないわけがないじゃないか!
「みんにゃ、ぼくがんばりゅ! まちを、ゆーあ=ふぉうしゅを、もっとおっきくすりゅ!」
「おう! 皆で、サイコーの町にしようぜ!」
カルに抱えてもらいながら、僕は空高く向かってこぶしを突き上げた。
もちもちの手が、今だけは力強く見えた。
僕はこの日から、ユーア=フォウスの町長になった。
でも、ただおかざりの町長になるつもりなんてないよ。
お絵かきスキルと鑑定スキル――そして誰よりも信頼できる町の皆と一緒に、最高の町を作る、最高の町長になるんだから!
現時点のリーダーであるカルが招集をかければ、町中の住民が集まってくる。
今日もまた、家のついでにお絵かきした集会所の前に、ライカンスロープの皆やレーム、ローヴェインを含めた皆がそろっていた。
彼ら、彼女らの前に立っているのは、カルとミトの二人だ。
僕はどうしてるのかって?
ローヴェインに、赤ちゃんみたいに抱きかかえられてます。
「――皆、集まってくれ。大問題(テリブルプロブレム)だ」
ユーア=フォウスの全住民が集まったのを確かめてから、カルが真剣な面持ちで言った。
「そんな神妙な顔をして、どうしたんですか、兄さん?」
どうやらミトも、カルに呼び出された理由を知らないみたい。
「カルのアニキ、町の発展ならいい具合に進んでますぜ」
「ああ、そりゃ知ってる。皆の分の家をユーリが描いてくれたし、畑も広くなってる」
うんうん、とカルは自分の理想の町の現状を語る。
「ライカンスロープの畜産技術のおかげで、牛やヤギを飼う余裕もできた。ぶっちゃけ、俺の予想よりずっとうまくいってるよ」
「魔物がダンジョンからあふれてきたなら、私が対処しよう」
「いいや、魔物が来たって報告はねえよ。つーか、いつまでユーリを抱えてるんだよ」
「私はユーリの守護者だ。これくらいは当然だろう……ふふ……」
ローヴェインが僕を抱く力が、ちょっぴり強くなる。
彼女は優しくて強くて頼りになるんだけど、時折こうして、何とも言えないオーラを放つときがあるんだよね。
ライカンスロープの皆も、そこについては触れないようにしてる。
だから僕も、「どうして僕を抱えて舌なめずりするの?」なんて聞いたことがないよ。
「だったら兄さん、何が問題なんですか?」
それはともかく、町の運営や開拓はとっても順調に見える。
なのにどうしてカルは、わざわざ僕らを集めて大問題だなんて言うんだろう。
なぜだろう、なんでかなあ、なんて皆がざわついていると、カルは腰に手を当てて、思い切りのいい大声で言った。
「この町には足りないものがある。それは――商人との付き合いだ!」
「「は?」」
あまりに突拍子のない発言に、皆がぽかんと口を開いた。
だって、商人との取引がしたいだなんて、これまでカルの口から聞いたこともない。
僕らはまだしも、ミトですら首を傾げてるんだもの。
「いい町ってのは、行商人がいたり、町に凄腕の商人がいて、他の地域とのやり取りがあってこそだろ! なのにここには、商人どころか、他の町との付き合いがねえじゃねえか!」
「他の町って……兄さん、ユーア=フォウスから人が住むところまで、どれほど離れているか知らないほどおバカさんではないでしょう?」
「たりめーだ! 俺はバカじゃなくて、天才発明家だからな!」
碧色の目を輝かせて、カルが言った。
「バカとなんとかは紙一重、とはよく言ったものだ」
「つーか、実際のところ、このままだと資源に限界が来るんだよ」
ローヴェインのツッコミをスルーして、カルは話を続ける。
「レームがどれだけ鉱石や魔晶石を集めてくれても、町でどれだけ酪農に力を入れても、頭打ちや枯渇がいつか必ずやってくる。そうなる前に、どこか他の地域とのパイプを持ってないと、いざって時に町が滅んじまうんだ」
カルの言い分は確かで、ユーア=フォウスの資源には限界がある。
お絵かきスキルで家や柵、集会所を含めた施設を色々と作ってきたし、水路も引いて、畑や酪農にも手を出したとはいえ、何かトラブルが起きるかもしれない。
そういう時、助けになってくれる相手はいた方がいいよね。
「でも、かる。まわりに、だれも、いにゃいよ?」
もっとも、そんな相手はちっとも思いつかないんだけれども。
「そこなんだよな。ユーア=フォウスは資源が潤沢な代わりに、孤立してるんだよな」
この土地はもともと、カルが騙されて買った土地だ。
ここにユーア=フォウスがあると知っている人なんてほとんどいないだろうし、いたとしても辺鄙な場所だから、来るような人もほとんどいなさそうだよ。
「何よりユーア=フォウスってのは、居場所のない人や亜人、魔物が仲良く暮らす場所だ。変な奴の目に留まるのも、考えものなんだよな」
「しかし、そうも言っていられないだろう」
こういう時に頼りになるのは、やっぱりリーダー経験のあるローヴェインだね。
彼女が意見を出すと、凛とした言葉もあってか、皆が聞き入る姿勢になるんだ。
「もしも外とのつながりをほどほどに保ちつつ、以前手に入れた魔晶石を財源としたいのなら、やはり行商人との売買ルートを確保すべきだろう」
「行商人とつながりが欲しいなら、どうすればいいんだ?」
「人の多い町に行くか、来るのを待つしかない。ただ、ユーア=フォウスは新興の町だ。信頼を得るのは難しいに違いない」
「ローヴェインさんの集落は、そういうところをどう対処していたのですか?」
「私達は移動集落だ。住んでいるところでトラブルが発生すれば移動する……その都度資源を獲得するから、商人とのやり取りの経験などない」
カルが頭の後ろで手を重ね、ため息をついた。
「んだよ、先輩面してるのにそういうところはさっぱりなんだな」
「長としてのアドバイスをしているだけだ。第一、ここの長はお前なのか?」
そう聞かれて、カルはきょとんとした。
「……言われてみりゃ、長って誰だ?」
「「ずっこけ!」」
思わず、僕もミトも、ローヴェインも、レームも、皆がずっこけた。
だって、僕も他の皆も、町を作りたがってるカルが長じゃなきゃ、誰が長になるんだって考えてるもの!
その本人が「長は誰だ」なんて、悪いジョークだよ!
「ぼ、僕も皆も、兄さんだと思っていましたよ!?」
「いやいや、俺はあくまで町をよくしたいと思ってるだけだぜ? 長になって皆を導くとか、そういうのは俺の性に合わないっつーか、なあ?」
ポリポリと頭を掻きながら、カルはバツの悪そうな顔を見せる。
「だいたい俺が長になって、お前らは不安じゃないのかよ」
「……そういえば、不安がないと言えばうそになりますね」
「後先考えない突拍子のなさと無計画さは、不安の種だ」
「天才って言ってますけど、カルのアニキは結構俺達と同じというか……」
「なあ、結構バカ寄りだよな?」
「お前ら、そろいもそろって言ってくれるじゃねえか!」
一度長という皮を剥けば、カルは散々な言われようだ。
「よちよち」
「おおう……こんな時に味方になってくっるのはお前だけだよ、ユーリ」
頭を撫でてあげると、かるはおよよ、と言いながら頬ずりしてくる。
これじゃあ、とてもじゃないけどユーア=フォウスの町長を務めるのは難しいかも。
「とにもかくにも、せっかく資金になる魔晶石もあるんだ! 早いうちに俺達と取引してくれる行商人を見つけて、今後の心配を――」
それでも商人との取引を諦めないと、カルがどうにか奮起した時だった。
『グオ、オオオ!』
急に、集会所の近くにいたレームが雄叫びを上げた。
レームがいきり立っているときはいくつかパターンがある。
これはおそらくそのうちの一つ――何か良くないものが、町に来たパターンだ。
「どうしたんだ、レーム? 何をそんなに騒いでるんだよ?」
「兄さん、あれを見てください!」
最初に異変に気付いたのは、目を丸くして町の入り口を指さすミトだ。
「な、なんだありゃ!?」
次いでカルも、町中の皆も気づいて、同じリアクションを見せた。
僕だって当然驚いたよ。
なんせ町の入り口から――ゴテゴテに装飾された、煌びやかにもほどがある、はっきり言って成金趣味もいい所の馬車がやってきたからだ!
車輪が回るたびに、金色の鎖が揺れる。
真っ黒な馬の蹄も金色で、なのに豪奢な鞍の上には誰もいない。
もしかすると、スキルの力でひとりでに動いてるのかも……いやいや、それを差し引いても趣味の悪さが好奇心を上回ってるよ。
「あんな趣味の悪い馬車、初めて見ましたよ……!?」
「嫌な予感がするな。様子を見に行くぞ」
慌てて僕らは、集会所から馬の方に駆け寄っていった。
陽の光を反射してぎらついた馬車は、僕らが近寄るとぴたりと足を止める。
「こんなにデカい馬車に乗った奴が、どうしてここに……?」
「どこぞの貴族が迷い込んだのかもしれないな」
「おーい! ここは危険な場所じゃない、馬車から下りてきてもいいぞーっ!」
ローヴェインとカルが交互に声をかけると、馬車の扉が勢いよく開く。
そして、予想していた通りのゴージャスな人が現れた。
「――ふう、噂の町がこんなクソ田舎にあるなんて思ってもみなかったニャ」
もっとも、彼女が誰かを知っているメンツなんて、このユーア=フォウスにはちっとも、だぁれもいないと思うんだけども。
だって、そうじゃないなら、ローヴェインですら口をぽかんと開けてないでしょ。
そんなリアクションを取るしかない僕らの前で、謎の人物は鼻で笑った。
「はぁ~? このキャシーちゃんを知らないなんて、町も田舎なら、住んでる奴らも相当な田舎者ニャね~」
開口一番、失礼な発言をかます女性は、頬からピンと伸びたひげをさすった。
どこかべたついた桃色のショートヘア、猫耳もピンクでピアスがすごくついてる。
化粧は濃いめ、唇は厚くて、青いアイラインがしつこいほどに引かれてる。
へそ出しルックにホットパンツ、長いブーツと全身のじゃらじゃら貴金属。
目は猫のようで丸く、尻尾が生えて、八重歯がちらりと覗く。
これらの様子からして、きっとライカンスロープと同じで亜人族……ケットシーのような、猫耳の獣人かな?
そういった種族を見ていない僕は新鮮に感じるけど、カルやミト、町の皆はすぐさま適応したみたいだ。
「初対面の相手に向ける態度じゃないでしょう。自己紹介くらい、したらどうですか?」
「……いいや、その必要はない。私は、この女を知っている」
ローヴェインが僕を庇うようにして前に出ながら、謎の女性を睨みつける。
「ろーべいん、このひと、ぢゃれなの?」
「この女はキャシー。帝国でも屈指の大商人だ」
ローヴェインがキャシーと呼んだ女性は、かわいこぶりっこな仕草を見せつける。
「そこの犬っコロの言う通り、キャシーちゃんは帝国イチ可愛くてお金持ちで有能な、貴族も頭が上がらないサイキョーの商人なのニャっ♪」
しかもどうやら、彼女はとても口が悪い。
そうでなきゃ、ローヴェインのこめかみに血管が浮かび上がるような乱暴な発言を連発するなんて、とてもできやしないよ。
ローヴェインのバカにするなんて、他のライカンスロープ全員を敵に回すようなものなのに……命知らずというか無敵というか、どっちなんだろ。
「そこのキャシーちゃんの次にかわいいちびっこも、分かってくれたかニャ?」
ついでに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてから、彼女はカルのそばまで来た。
「ところで、ここの長は誰ニャ」
「ええと、一応俺ってことになってるけど」
カルが手を上げると、キャシーちゃんはちょっぴりげんなりした顔を見せた。
「はあ……なーんかしけてて、しょぼい顔つきニャね」
ふうん、と言いながら、キャシーちゃんは僕らの顔を一人ずつ見てゆく。
「でも、そこののっぽはなよなよしてて人望がない。逆にごついライカンスロープは怖がって人がついてこない。ぶっちゃけ、そっちのちびっこを町長にした方が、よっぽど皆も信頼がおけるニャ」
今度こそ、キャシーちゃんという亜人さんは、皆に喧嘩を売った。
こういう時、すぐに挑発に乗ってしまうのは意外とミトの方なんだよね。
「兄さん、この人は、いや、この猫耳族の亜人は相当危険です。町から追い出しましょう」
それこそ、もう彼女をユーア=フォウスから追い出したがるくらいには。
「真顔で言うなよ。こいつはきっと、そういうキャラづくりをしてるだけさ」
「だとしても、ユーリ君より自分をかわいいと自負しているのはどうかしています。服装に釣り合わない年齢と察せますし、化粧も厚く、若作りした自分のキャラクターに合わせた口調で一貫しようとしているのも、理解できませんよ」
「全部聞こえてんぞ、クソエルフ!」
キャシーちゃんはミトの冷静な指摘に怒りつつも、すぐにさっきまでのおどけた態度に戻ってみせた。
もしかすると、怒っている方の口調が彼女の本性なのかも?
なんて思っていると、キャシーちゃんは口を尖らせて眉をひそめた。
「はぁ……ったく、せっかく妙な町ができたって風のうわさで聞いて、もしかしたら金の生る木かと思ってきてやったのに、失礼な田舎モンしかいないなんてがっかりニャ」
今度はカルがムッとする。
「そっちこそ、いきなり来ておいて暴言連発なんて失礼じゃねえか」
一方でローヴェインは、さすがというかやはりというか、なおも冷静だ。
「カル、こいつは相当な守銭奴だが、商人としての腕は確かだ。交渉しておいて損はない」
「ぼくも、そーおもうよ」
「……確かに、こっちはちょうど商人とのパイプが欲しかったし、乗り掛かった舟かもな」
「ぼくも、いっしょにはなちゅ!」
とりあえず、方向性は決まった。
キャシーちゃんがここに来たのは、きっと変な町を探しに来ただけじゃない。
商売人なら、売り物になるようなアイテムや素材、人材を探しに来たはず。
だったら、取引を持ち掛けてみれば、きっといい話ができるはずだ。
「よし! キャシーちゃん、よかったらユーア=フォウスと取引してくれねえか?」
「いーやーニャ♪」
「即答!?」
でも、キャシーちゃんはニヤニヤ顔で僕らの提案を断ってきた。
彼女は予想よりも、僕らの予想よりもずっとしたたかなケットシーみたいだね。
「あんたらみたいな貧乏人と取引したところで、キャシーちゃんに得があるニャ?」
「ぐっ……れ、レーム! あれを持ってきてくれ!」
『グオオゥ!』
カルがレームに指示を出して、どかどかと持ってこさせたのは、以前ダンジョンの洞穴で発見したたくさんの魔晶石だ。
なるほど、資金源を見せびらかして、交渉材料があるってアピールするんだね。
「ふーん、確かに綺麗な魔晶石ニャね」
「だろ!? こいつらを金代わりにしてさ、代わりに町に必要なものを売ってくれ!」
「でもいやニャ♪」
手のひらでわざわざ魔晶石を転がしながら、キャシーちゃんは笑顔で断った。
これがダメとなると、カルの手の内は半分以上効果がないのと同然だ。
「な、なんでだよぅ!?」
「まあまあの額にはなるけど、キャシーちゃんの気を引けるほどじゃないニャ」
あれだけの数の魔晶石をまあまあだなんて、キャシーちゃんはいったい、どれだけのお金持ちなんだろう。
それとも、こうやって平静でいるのも、商人の交渉術なのかな?
「確かにクリスタルゴーレムとライカンスロープ族、エルフ族と人間族が住んでる村ってのは珍しいけど、金になる要素はないニャ」
僕の考えなんて興味ないかのように、キャシーちゃんは皆の周りをうろうろ歩く。
まるで、僕らをとことん見下してるみたいだ。
「つーか、この程度の町なんていくらでもあるニャ。田舎モンが背伸びするのはいいけど、相手を見て取引を持ち掛けた方がいいニャよ」
「こ、こんにゃろ……!」
「言わせておけば、好き勝手暴言を吐いてくれますね」
ミトがぱきり、と拳を鳴らすと、彼女はわざとらしく手を振った。
「おっと、キャシーちゃんに乱暴しない方がいいニャ。もしもキャシーちゃんが貴族に声をかけたら、こんな町なんて一瞬で騎士団が潰しちゃうニャ~」
その途端、町の住民がざわめいた。
ローヴェインでも警戒するくらいなんだから、きっとすごく強いに違いない。
それを一声で操ってしまうキャシーちゃんは、やっぱり富豪にも近い存在なんだ――なんてったって、お金で騎士を動かしちゃうくらいなんだから。
「さ、さっきも言ってたけど、マジなのかよ!」
「言っただろう、キャシーは帝国でもトップクラスの大商人だと。聞くところでは、彼女に反発したほかの商人は、ことごとく廃業に追い込まれたらしい」
それでも、皆を小ばかにする態度を、僕はだんだん許せなくなってきた。
まじめにやって来たカルやミト達をあざ笑うなんて、なんて嫌な猫なんだ。
「む、むう……」
ただ、僕が睨んだところで、キャシーちゃんが怖がるはずがない。
「おやおやぁ~? ちびっこがキャシーちゃんを睨んだって、怖くないニャよ~♪」
「むむむ……ん?」
ところが――僕の目には、くすくすと笑うキャシーちゃん以外の、別のものが見えた。
それは、鑑定スキルを使った時と同じ、うすぼんやりと光る文字の羅列だ。
『モークスエメラルドの首飾り:贋作』
間違いなく、キャシーちゃんの豪奢な首飾りの中心にある緑色の宝石を指している。
しかもそれが、ニセモノだって僕のスキルが告げている。
「きゃしーたん、そりぇ……」
僕が思わず指さすと、キャシーちゃんは自慢げに首飾りを持ち上げてみせた。
「ああ、モークスエメラルドが気になるかニャ? これは帝都のジュエリーショップで買ったものニャ、金貨を山積みにしたって買えない高級品ニャよ」
なるほど、確かに信頼できるお店で買ったんだね。
でも残念だけど、神様からもらったスキルは、きっと嘘をつかないよ。
「そりぇ、にちぇもにょ」
「……は?」
僕がはっきり言うと、キャシーちゃんの顔がこわばった。
彼女だけじゃない、町中の皆の表情が、苛立ちからぽかんとしたものに変わった。
「そんなわけないニャ、あそこのジュエリーショップは貴族にも宝石を売ってる、正真正銘の有名店ニャ! ニセモノを売ってるなんて、聞いたことないニャ!」
うろたえるキャシーちゃんだけど、嘘をついているようには見えない。
なら、これには別の理由があるのかもしれない。
「もしかしてユーリ、鑑定スキルで宝石を見たのか?」
「だったら、彼の言っていることは本当かもしれませんね」
「……確かかニャ?」
「私を助けるための軟膏を、調合先まで鑑定したスキルだ。実力は間違いない」
ふうん、ほおう、とか言いながら、キャシーちゃんは首飾りを外して眺める。
「……これにキズでもついたら、お前ら、ただじゃすまないニャ」
そして僕らをじろりと睨んでから、地面に思い切り叩きつけた。
「どりゃっ!」
「なっ……!?」
『ゴオァゥ!?』
驚愕する僕らの前で、宝石が砕ける。
カルやミト、ローヴェインはもとより、同じ石仲間のレームの前でこんなことをするなんて、キャシーちゃんはデリカシーがないよ。
「おいおいおいおい、何やってんだよ!?」
ざわつく一同とは裏腹に、キャシーちゃんはというと恐ろしいくらいに冷静だ。
「見てのとおり、ニセモノを叩き壊しただけニャ」
「ニセモノって……どうして分かったんだ!?」
「お前らのちびっこが鑑定したってのに、それを信じてないのかニャ?」
「俺達はいつでもユーリを信じてる! 信じられねえのは、いきなり宝石を投げつけるお前の方だっての、キャシーちゃん!」
カルはまだバタバタと騒いでるけど、僕はなんだか、彼女の思惑が分かってきた。
「……にゃるほど」
「そういうことか」
「ユーリ君、ローヴェインさんも察したみたいですね」
僕だけじゃない、ローヴェインやミトも、行動の真意が理解できたみたい。
「ミト達まで、なんでそんなに冷静なんだ!?」
ただひとりだけ、まだ騒いでるカルをじろりと見て、キャシーちゃんがため息をついた。
「モークスエメラルドは、宝石の中でも最高クラスの硬度を持ってるニャ。それこそ、叩きつけたくらいじゃあ、ヒビのひとつも入らないニャ」
「ってことは……!」
「これはニセモノニャ。さしずめ、それっぽい宝石を加工しただけのものニャ」
そう――キャシーちゃんは今、宝石の硬度を試したんだ。
「ちなみに、これはどうニャ?」
次いで僕は、言われるがままキャシーちゃんに宝石を見せつけられる。
「ええと……」
じっと見つめているうちに、パっと文字が浮かび上がる。
『モークスルビーのピアス:本物』
「ほんもにょ」
「こっちは?」
『モークスパールの指輪:本物』
「ほんもにょ!」
どちらも本物だとスキルが告げているから、僕はその通り答えた。
「ふうむ……信じさせてもらうニャ」
キャシーちゃんは僕をじっくり見つめて、顎を指にあてがって何かを考えこんだ。
カルやミトは、さっきから僕を見て「すごい!」とほめてくれてる。
あの調子だと、きっと一連の騒動が終わってから、僕はまたほっぺをむにむにされるに違いない――特にローヴェインが、毛むくじゃらの手でずっと。
「あのジュエリーショップの店主、帰ったらただじゃ済まさないニャよ」
しばらくして、キャシーちゃんがふしゃー、と息を吐きながら言った。
「それにしても、ちびっこの鑑定スキルはなかなかのものニャね。帝都で鑑定士としてギルドに登録すれば、きっと稼げるニャ~♪」
しかも、驚くような提案を持ち掛けてきたんだ。
おまけに僕を持ち上げて、いやらし~い笑顔まで浮かべてる。
「どうニャ、ちびっこ? キャシーちゃんと一緒に、荒稼ぎしないかニャ?」
「え、ええっ?」
「店と客はキャシーちゃんが用意してやるから、取り分はニャ……」
キャシーちゃんが戸惑う僕を無視して話を進めていると、不意にふわりと体が浮いた。
そのまま彼女から僕を奪い返してくれたのは、カルだ。
「おいおい、まさかユーリをユーア=フォウスから引き抜く気じゃないだろうな?」
いつになく敵意を見せるカルに対して、キャシーちゃんはほんの少しだけこわばった。
「……まさか。あんた達全員を敵に回してまで、鑑定しかできないちびを奪うほど、キャシーちゃんはバカでもマヌケでもないニャ」
もっとも、それはカルを怖がったからじゃなく、利益を計算していたからみたいだけど。
「今、少し悩みましたね」
「恐ろしい奴だぜ」
一同が呆れる中、僕の中から、スキルを見せつけたい気持ちが湧きあがってきた。
なぜかって、この状況ならさっきの鑑定スキルのように、キャシーちゃんが強く興味を惹かれるものになるかもしれない。
そうすれば、彼女は町を利益になると判断して、取引をしてくれるかもしれないでしょ?
「ふふふ、ぼく、もっちょすごいすきりゅがあるよ」
「あら、ユーリ君にしては珍しい自慢ですね」
「鑑定よりすごいスキルを、そんなちびっこが持ってるのかニャ?」
あるんだな、これが、ってミトがそんな表情をしてくれてる。
だったら僕も、神様の羽ペンで、キャシーちゃんを驚かせてあげなくちゃ。
「えいっ!」
僕が七色の線でアヒルのおもちゃを描くと、それはポン、と音を立てて実体化した。
押すとぺこぺこと音を立てながら動く、ありふれた木製のおもちゃだ。
「……こりゃあ、たまげたわね」
でも、何もない所から取り出したんだから、キャシーちゃんにとっては驚くべきスキルだ――なんせ、語尾が消えちゃってるんだから。
でも、すぐに自分のキャラを思い出したのか、ごほんと咳払いした。
「じゃ、じゃニャくて。絵に描いたものを現実に出すスキルなんて、初めて見たニャ」
「ユーリのスキルを使えば、どうだ? アンタの仕事もいい感じになるんじゃないか?」
ちょっとだけキャシーちゃんにダメ押しするのは、カルの役目だ。
「確かに……お絵かきの方はおいおい使い方を考えるとして、こっちで手に入れたアイテムを鑑定させて、代わりに素材を渡してやればいいし、他にも……」
何かをむにゃむにゃと勘定し始めてからしばらくして、キャシーちゃんが僕らを見た。
「……そうニャね、もう一押しあれば、この町と取引してやってもいいニャ」
「だ、だったら……ちょっと待っててくれ!」
彼女のぐらぐらと揺らいだ心を、さらにカルが突っつくべく、家に駆けだした。
すぐに戻ってきた彼が両手いっぱいに持ってるのは、彼が発明した山ほどのアイテムだ。
……というか、いつの間にこれだけのものを作ってたの?
「どうだ、この天才発明家のカル様が作った発明品だ! どれもこれも、ちょっとの魔晶石でガンガン動いて活躍してくれる、優れものだぜ!」
「兄さん、よりによって今持ってきますか……?」
「下手をすればマイナスイメージ扱いだぞ」
「う、うるせー! 分かる人には分かるのが、俺の発明なんだよ!」
ミトとローヴェインのツッコミに火を吹いて怒鳴りつつ、カルは発明品を地面に置く。
ばねのついたカエルのような発明品に、以前ダンジョンで使おうとして失敗した竹とんぼのような発明品、他にもいろいろある。
カルはさっそく、その発明品を片っ端から動かしてゆく。
「こっちは周りを照らしながら巡回する『ピカピカ光るクン』、これはばねみたいに跳ねて歩き回る『ぴょんぴょん跳ねるクン』! どうだ、使い道も多そうだろ!?」
ぶんぶんと飛び回るものに、あたりを跳ねるもの、ひとりでに薬を調合してくれるもの。
その他の発明品を一通り見てから、キャシーちゃんはこれ以上ないくらい大きなため息をついた。
「……しょーもない発明ニャ。こんなの、帝都に行けば腐るほど売ってるニャ」
「が、がーん……」
あからさまにショックを受けるカルを見て、キャシーちゃんがふん、と鼻で笑う。
「だけど、使い道がないこともないニャ」
彼女はどうやら、カルの発明品を見ているわけじゃないみたい。
どんどんすごいものを生み出す――カルのアイデアの方を見てるんだ。
「レアな素材やより純度の高い魔晶石を見て、インスピレーションが湧けば、もっといい発明ができるはずニャ。将来を見越して、今のうちに買っておいてやるとするかニャ」
そうしてキャシーちゃんは、手をパンと叩いて言った。
「よし、決まりニャ。あんた達との取引、やってやるニャ」
つまり、商人がユーア=フォウスとつながりを持ってくれた証拠だね。
「「やったーっ!」」
町の皆がわっと湧きあがる中、キャシーちゃんは冷静に条件を話してゆく。
「基本的には貨幣かアイテムと交換、もしくはユーリのスキルの鑑定を料金代わりにするニャ。お前らが欲しいものは、ここに書いて、こいつに送らせるニャ」
そして馬車の中から、小さな竜のような生物を、カルに手渡した。
「これは?」
「郵便ドレイクニャ。こいつから手紙をもらったら、キャシーちゃんがユーア=フォウスに来てやるニャ。ま、一日くらいは待ってもらう必要があるニャよ」
「お、おう! よろしくな!」
「商談成立。言っとくけど、つまんない用事で呼び出したらぶっ飛ばすニャ」
猫のように大きく伸びをしてから、キャシーちゃんは馬車に戻ってゆく。
次に会う時は、きっと町をよくするためのアイテムを持ってきてくれるときだろうね。
「そうそう。町長が決まってないなら、そこのちびっこをキャシーちゃんが推薦するニャ」
なんて思っていると、キャシーちゃんがびっくりするような提案をしてきた。
どうやら彼女は、僕を町長に薦めてるみたい。
「ぼ、ぼく?」
「すごいスキルを持ってるし、何より人に好かれる不思議な魅力を持ってるニャ。ほかに候補がいないなら、エルフ連中がサポートして、そいつを長にしてやったらどうニャ?」
目を丸くしているのが自分でも分かりながら、僕はくるりと振り向く。
「……ど、どうちよ、かる、みと?」
てっきり僕は、ちびっこじゃあ心配だと言われると思ってた。
「どうするもこうするも、俺は大歓迎だぜ!」
でも――帰ってきた言葉は、歓迎も歓迎、カルをはじめとした大歓迎の嵐だ。
「僕も、ユーリ君が町長なら、全身全霊でサポートしますよ」
「愛らしくも優しく、強い心がある。リーダーとして、ユーリ以上の者はいない」
「「ユーリのアニキ、サイコー!」」
『グオ、グオオオウ!』
ここまで背中を押されたなら、断る理由なんてない。
ううん、ただ推されただけじゃない――僕だって、もっと頑張りたい!
「……じゃ、じゃあ……ぼく、なりゅ! ちょーちょーに、なりゅ!」
「「やったーっ!」」
僕の宣言と共に、ユーア=フォウスから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
いつの間にかキャシーちゃんの馬車が走り去っていったのも、誰も気づいちゃいない。
「よーし、さっそくユーリ町長の誕生祝いに、宴会の準備だ!」
そしてこういう時、皆を僕以上に引っ張ってくれるのはカルの役目だね。
「お酒は飲んじゃダメですよ、兄さん」
暴走しがちなカルを止めてくれるのは、ミト。
「私は、久しぶりに飲ませてもらうとするか」
冷静に状況を見つめながら、時に豪胆なローヴェイン。
彼女が率いるライカンスロープ達。
力仕事に欠かせないクリスタルゴーレムのレーム。
彼らがいて、彼女らがいて。
町作りがどうしたって楽しくないわけがない、面白くないわけがないじゃないか!
「みんにゃ、ぼくがんばりゅ! まちを、ゆーあ=ふぉうしゅを、もっとおっきくすりゅ!」
「おう! 皆で、サイコーの町にしようぜ!」
カルに抱えてもらいながら、僕は空高く向かってこぶしを突き上げた。
もちもちの手が、今だけは力強く見えた。
僕はこの日から、ユーア=フォウスの町長になった。
でも、ただおかざりの町長になるつもりなんてないよ。
お絵かきスキルと鑑定スキル――そして誰よりも信頼できる町の皆と一緒に、最高の町を作る、最高の町長になるんだから!
ユーア=フォウスの朝は早い。
現時点のリーダーであるカルが招集をかければ、町中の住民が集まってくる。
今日もまた、家のついでにお絵かきした集会所の前に、ライカンスロープの皆やレーム、ローヴェインを含めた皆がそろっていた。
彼ら、彼女らの前に立っているのは、カルとミトの二人だ。
僕はどうしてるのかって?
ローヴェインに、赤ちゃんみたいに抱きかかえられてます。
「――皆、集まってくれ。大問題(テリブルプロブレム)だ」
ユーア=フォウスの全住民が集まったのを確かめてから、カルが真剣な面持ちで言った。
「そんな神妙な顔をして、どうしたんですか、兄さん?」
どうやらミトも、カルに呼び出された理由を知らないみたい。
「カルのアニキ、町の発展ならいい具合に進んでますぜ」
「ああ、そりゃ知ってる。皆の分の家をユーリが描いてくれたし、畑も広くなってる」
うんうん、とカルは自分の理想の町の現状を語る。
「ライカンスロープの畜産技術のおかげで、牛やヤギを飼う余裕もできた。ぶっちゃけ、俺の予想よりずっとうまくいってるよ」
「魔物がダンジョンからあふれてきたなら、私が対処しよう」
「いいや、魔物が来たって報告はねえよ。つーか、いつまでユーリを抱えてるんだよ」
「私はユーリの守護者だ。これくらいは当然だろう……ふふ……」
ローヴェインが僕を抱く力が、ちょっぴり強くなる。
彼女は優しくて強くて頼りになるんだけど、時折こうして、何とも言えないオーラを放つときがあるんだよね。
ライカンスロープの皆も、そこについては触れないようにしてる。
だから僕も、「どうして僕を抱えて舌なめずりするの?」なんて聞いたことがないよ。
「だったら兄さん、何が問題なんですか?」
それはともかく、町の運営や開拓はとっても順調に見える。
なのにどうしてカルは、わざわざ僕らを集めて大問題だなんて言うんだろう。
なぜだろう、なんでかなあ、なんて皆がざわついていると、カルは腰に手を当てて、思い切りのいい大声で言った。
「この町には足りないものがある。それは――商人との付き合いだ!」
「「は?」」
あまりに突拍子のない発言に、皆がぽかんと口を開いた。
だって、商人との取引がしたいだなんて、これまでカルの口から聞いたこともない。
僕らはまだしも、ミトですら首を傾げてるんだもの。
「いい町ってのは、行商人がいたり、町に凄腕の商人がいて、他の地域とのやり取りがあってこそだろ! なのにここには、商人どころか、他の町との付き合いがねえじゃねえか!」
「他の町って……兄さん、ユーア=フォウスから人が住むところまで、どれほど離れているか知らないほどおバカさんではないでしょう?」
「たりめーだ! 俺はバカじゃなくて、天才発明家だからな!」
碧色の目を輝かせて、カルが言った。
「バカとなんとかは紙一重、とはよく言ったものだ」
「つーか、実際のところ、このままだと資源に限界が来るんだよ」
ローヴェインのツッコミをスルーして、カルは話を続ける。
「レームがどれだけ鉱石や魔晶石を集めてくれても、町でどれだけ酪農に力を入れても、頭打ちや枯渇がいつか必ずやってくる。そうなる前に、どこか他の地域とのパイプを持ってないと、いざって時に町が滅んじまうんだ」
カルの言い分は確かで、ユーア=フォウスの資源には限界がある。
お絵かきスキルで家や柵、集会所を含めた施設を色々と作ってきたし、水路も引いて、畑や酪農にも手を出したとはいえ、何かトラブルが起きるかもしれない。
そういう時、助けになってくれる相手はいた方がいいよね。
「でも、かる。まわりに、だれも、いにゃいよ?」
もっとも、そんな相手はちっとも思いつかないんだけれども。
「そこなんだよな。ユーア=フォウスは資源が潤沢な代わりに、孤立してるんだよな」
この土地はもともと、カルが騙されて買った土地だ。
ここにユーア=フォウスがあると知っている人なんてほとんどいないだろうし、いたとしても辺鄙な場所だから、来るような人もほとんどいなさそうだよ。
「何よりユーア=フォウスってのは、居場所のない人や亜人、魔物が仲良く暮らす場所だ。変な奴の目に留まるのも、考えものなんだよな」
「しかし、そうも言っていられないだろう」
こういう時に頼りになるのは、やっぱりリーダー経験のあるローヴェインだね。
彼女が意見を出すと、凛とした言葉もあってか、皆が聞き入る姿勢になるんだ。
「もしも外とのつながりをほどほどに保ちつつ、以前手に入れた魔晶石を財源としたいのなら、やはり行商人との売買ルートを確保すべきだろう」
「行商人とつながりが欲しいなら、どうすればいいんだ?」
「人の多い町に行くか、来るのを待つしかない。ただ、ユーア=フォウスは新興の町だ。信頼を得るのは難しいに違いない」
「ローヴェインさんの集落は、そういうところをどう対処していたのですか?」
「私達は移動集落だ。住んでいるところでトラブルが発生すれば移動する……その都度資源を獲得するから、商人とのやり取りの経験などない」
カルが頭の後ろで手を重ね、ため息をついた。
「んだよ、先輩面してるのにそういうところはさっぱりなんだな」
「長としてのアドバイスをしているだけだ。第一、ここの長はお前なのか?」
そう聞かれて、カルはきょとんとした。
「……言われてみりゃ、長って誰だ?」
「「ずっこけ!」」
思わず、僕もミトも、ローヴェインも、レームも、皆がずっこけた。
だって、僕も他の皆も、町を作りたがってるカルが長じゃなきゃ、誰が長になるんだって考えてるもの!
その本人が「長は誰だ」なんて、悪いジョークだよ!
「ぼ、僕も皆も、兄さんだと思っていましたよ!?」
「いやいや、俺はあくまで町をよくしたいと思ってるだけだぜ? 長になって皆を導くとか、そういうのは俺の性に合わないっつーか、なあ?」
ポリポリと頭を掻きながら、カルはバツの悪そうな顔を見せる。
「だいたい俺が長になって、お前らは不安じゃないのかよ」
「……そういえば、不安がないと言えばうそになりますね」
「後先考えない突拍子のなさと無計画さは、不安の種だ」
「天才って言ってますけど、カルのアニキは結構俺達と同じというか……」
「なあ、結構バカ寄りだよな?」
「お前ら、そろいもそろって言ってくれるじゃねえか!」
一度長という皮を剥けば、カルは散々な言われようだ。
「よちよち」
「おおう……こんな時に味方になってくっるのはお前だけだよ、ユーリ」
頭を撫でてあげると、かるはおよよ、と言いながら頬ずりしてくる。
これじゃあ、とてもじゃないけどユーア=フォウスの町長を務めるのは難しいかも。
「とにもかくにも、せっかく資金になる魔晶石もあるんだ! 早いうちに俺達と取引してくれる行商人を見つけて、今後の心配を――」
それでも商人との取引を諦めないと、カルがどうにか奮起した時だった。
『グオ、オオオ!』
急に、集会所の近くにいたレームが雄叫びを上げた。
レームがいきり立っているときはいくつかパターンがある。
これはおそらくそのうちの一つ――何か良くないものが、町に来たパターンだ。
「どうしたんだ、レーム? 何をそんなに騒いでるんだよ?」
「兄さん、あれを見てください!」
最初に異変に気付いたのは、目を丸くして町の入り口を指さすミトだ。
「な、なんだありゃ!?」
次いでカルも、町中の皆も気づいて、同じリアクションを見せた。
僕だって当然驚いたよ。
なんせ町の入り口から――ゴテゴテに装飾された、煌びやかにもほどがある、はっきり言って成金趣味もいい所の馬車がやってきたからだ!
車輪が回るたびに、金色の鎖が揺れる。
真っ黒な馬の蹄も金色で、なのに豪奢な鞍の上には誰もいない。
もしかすると、スキルの力でひとりでに動いてるのかも……いやいや、それを差し引いても趣味の悪さが好奇心を上回ってるよ。
「あんな趣味の悪い馬車、初めて見ましたよ……!?」
「嫌な予感がするな。様子を見に行くぞ」
慌てて僕らは、集会所から馬の方に駆け寄っていった。
陽の光を反射してぎらついた馬車は、僕らが近寄るとぴたりと足を止める。
「こんなにデカい馬車に乗った奴が、どうしてここに……?」
「どこぞの貴族が迷い込んだのかもしれないな」
「おーい! ここは危険な場所じゃない、馬車から下りてきてもいいぞーっ!」
ローヴェインとカルが交互に声をかけると、馬車の扉が勢いよく開く。
そして、予想していた通りのゴージャスな人が現れた。
「――ふう、噂の町がこんなクソ田舎にあるなんて思ってもみなかったニャ」
もっとも、彼女が誰かを知っているメンツなんて、このユーア=フォウスにはちっとも、だぁれもいないと思うんだけども。
だって、そうじゃないなら、ローヴェインですら口をぽかんと開けてないでしょ。
そんなリアクションを取るしかない僕らの前で、謎の人物は鼻で笑った。
「はぁ~? このキャシーちゃんを知らないなんて、町も田舎なら、住んでる奴らも相当な田舎者ニャね~」
開口一番、失礼な発言をかます女性は、頬からピンと伸びたひげをさすった。
どこかべたついた桃色のショートヘア、猫耳もピンクでピアスがすごくついてる。
化粧は濃いめ、唇は厚くて、青いアイラインがしつこいほどに引かれてる。
へそ出しルックにホットパンツ、長いブーツと全身のじゃらじゃら貴金属。
目は猫のようで丸く、尻尾が生えて、八重歯がちらりと覗く。
これらの様子からして、きっとライカンスロープと同じで亜人族……ケットシーのような、猫耳の獣人かな?
そういった種族を見ていない僕は新鮮に感じるけど、カルやミト、町の皆はすぐさま適応したみたいだ。
「初対面の相手に向ける態度じゃないでしょう。自己紹介くらい、したらどうですか?」
「……いいや、その必要はない。私は、この女を知っている」
ローヴェインが僕を庇うようにして前に出ながら、謎の女性を睨みつける。
「ろーべいん、このひと、ぢゃれなの?」
「この女はキャシー。帝国でも屈指の大商人だ」
ローヴェインがキャシーと呼んだ女性は、かわいこぶりっこな仕草を見せつける。
「そこの犬っコロの言う通り、キャシーちゃんは帝国イチ可愛くてお金持ちで有能な、貴族も頭が上がらないサイキョーの商人なのニャっ♪」
しかもどうやら、彼女はとても口が悪い。
そうでなきゃ、ローヴェインのこめかみに血管が浮かび上がるような乱暴な発言を連発するなんて、とてもできやしないよ。
ローヴェインのバカにするなんて、他のライカンスロープ全員を敵に回すようなものなのに……命知らずというか無敵というか、どっちなんだろ。
「そこのキャシーちゃんの次にかわいいちびっこも、分かってくれたかニャ?」
ついでに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてから、彼女はカルのそばまで来た。
「ところで、ここの長は誰ニャ」
「ええと、一応俺ってことになってるけど」
カルが手を上げると、キャシーちゃんはちょっぴりげんなりした顔を見せた。
「はあ……なーんかしけてて、しょぼい顔つきニャね」
ふうん、と言いながら、キャシーちゃんは僕らの顔を一人ずつ見てゆく。
「でも、そこののっぽはなよなよしてて人望がない。逆にごついライカンスロープは怖がって人がついてこない。ぶっちゃけ、そっちのちびっこを町長にした方が、よっぽど皆も信頼がおけるニャ」
今度こそ、キャシーちゃんという亜人さんは、皆に喧嘩を売った。
こういう時、すぐに挑発に乗ってしまうのは意外とミトの方なんだよね。
「兄さん、この人は、いや、この猫耳族の亜人は相当危険です。町から追い出しましょう」
それこそ、もう彼女をユーア=フォウスから追い出したがるくらいには。
「真顔で言うなよ。こいつはきっと、そういうキャラづくりをしてるだけさ」
「だとしても、ユーリ君より自分をかわいいと自負しているのはどうかしています。服装に釣り合わない年齢と察せますし、化粧も厚く、若作りした自分のキャラクターに合わせた口調で一貫しようとしているのも、理解できませんよ」
「全部聞こえてんぞ、クソエルフ!」
キャシーちゃんはミトの冷静な指摘に怒りつつも、すぐにさっきまでのおどけた態度に戻ってみせた。
もしかすると、怒っている方の口調が彼女の本性なのかも?
なんて思っていると、キャシーちゃんは口を尖らせて眉をひそめた。
「はぁ……ったく、せっかく妙な町ができたって風のうわさで聞いて、もしかしたら金の生る木かと思ってきてやったのに、失礼な田舎モンしかいないなんてがっかりニャ」
今度はカルがムッとする。
「そっちこそ、いきなり来ておいて暴言連発なんて失礼じゃねえか」
一方でローヴェインは、さすがというかやはりというか、なおも冷静だ。
「カル、こいつは相当な守銭奴だが、商人としての腕は確かだ。交渉しておいて損はない」
「ぼくも、そーおもうよ」
「……確かに、こっちはちょうど商人とのパイプが欲しかったし、乗り掛かった舟かもな」
「ぼくも、いっしょにはなちゅ!」
とりあえず、方向性は決まった。
キャシーちゃんがここに来たのは、きっと変な町を探しに来ただけじゃない。
商売人なら、売り物になるようなアイテムや素材、人材を探しに来たはず。
だったら、取引を持ち掛けてみれば、きっといい話ができるはずだ。
「よし! キャシーちゃん、よかったらユーア=フォウスと取引してくれねえか?」
「いーやーニャ♪」
「即答!?」
でも、キャシーちゃんはニヤニヤ顔で僕らの提案を断ってきた。
彼女は予想よりも、僕らの予想よりもずっとしたたかなケットシーみたいだね。
「あんたらみたいな貧乏人と取引したところで、キャシーちゃんに得があるニャ?」
「ぐっ……れ、レーム! あれを持ってきてくれ!」
『グオオゥ!』
カルがレームに指示を出して、どかどかと持ってこさせたのは、以前ダンジョンの洞穴で発見したたくさんの魔晶石だ。
なるほど、資金源を見せびらかして、交渉材料があるってアピールするんだね。
「ふーん、確かに綺麗な魔晶石ニャね」
「だろ!? こいつらを金代わりにしてさ、代わりに町に必要なものを売ってくれ!」
「でもいやニャ♪」
手のひらでわざわざ魔晶石を転がしながら、キャシーちゃんは笑顔で断った。
これがダメとなると、カルの手の内は半分以上効果がないのと同然だ。
「な、なんでだよぅ!?」
「まあまあの額にはなるけど、キャシーちゃんの気を引けるほどじゃないニャ」
あれだけの数の魔晶石をまあまあだなんて、キャシーちゃんはいったい、どれだけのお金持ちなんだろう。
それとも、こうやって平静でいるのも、商人の交渉術なのかな?
「確かにクリスタルゴーレムとライカンスロープ族、エルフ族と人間族が住んでる村ってのは珍しいけど、金になる要素はないニャ」
僕の考えなんて興味ないかのように、キャシーちゃんは皆の周りをうろうろ歩く。
まるで、僕らをとことん見下してるみたいだ。
「つーか、この程度の町なんていくらでもあるニャ。田舎モンが背伸びするのはいいけど、相手を見て取引を持ち掛けた方がいいニャよ」
「こ、こんにゃろ……!」
「言わせておけば、好き勝手暴言を吐いてくれますね」
ミトがぱきり、と拳を鳴らすと、彼女はわざとらしく手を振った。
「おっと、キャシーちゃんに乱暴しない方がいいニャ。もしもキャシーちゃんが貴族に声をかけたら、こんな町なんて一瞬で騎士団が潰しちゃうニャ~」
その途端、町の住民がざわめいた。
ローヴェインでも警戒するくらいなんだから、きっとすごく強いに違いない。
それを一声で操ってしまうキャシーちゃんは、やっぱり富豪にも近い存在なんだ――なんてったって、お金で騎士を動かしちゃうくらいなんだから。
「さ、さっきも言ってたけど、マジなのかよ!」
「言っただろう、キャシーは帝国でもトップクラスの大商人だと。聞くところでは、彼女に反発したほかの商人は、ことごとく廃業に追い込まれたらしい」
それでも、皆を小ばかにする態度を、僕はだんだん許せなくなってきた。
まじめにやって来たカルやミト達をあざ笑うなんて、なんて嫌な猫なんだ。
「む、むう……」
ただ、僕が睨んだところで、キャシーちゃんが怖がるはずがない。
「おやおやぁ~? ちびっこがキャシーちゃんを睨んだって、怖くないニャよ~♪」
「むむむ……ん?」
ところが――僕の目には、くすくすと笑うキャシーちゃん以外の、別のものが見えた。
それは、鑑定スキルを使った時と同じ、うすぼんやりと光る文字の羅列だ。
『モークスエメラルドの首飾り:贋作』
間違いなく、キャシーちゃんの豪奢な首飾りの中心にある緑色の宝石を指している。
しかもそれが、ニセモノだって僕のスキルが告げている。
「きゃしーたん、そりぇ……」
僕が思わず指さすと、キャシーちゃんは自慢げに首飾りを持ち上げてみせた。
「ああ、モークスエメラルドが気になるかニャ? これは帝都のジュエリーショップで買ったものニャ、金貨を山積みにしたって買えない高級品ニャよ」
なるほど、確かに信頼できるお店で買ったんだね。
でも残念だけど、神様からもらったスキルは、きっと嘘をつかないよ。
「そりぇ、にちぇもにょ」
「……は?」
僕がはっきり言うと、キャシーちゃんの顔がこわばった。
彼女だけじゃない、町中の皆の表情が、苛立ちからぽかんとしたものに変わった。
「そんなわけないニャ、あそこのジュエリーショップは貴族にも宝石を売ってる、正真正銘の有名店ニャ! ニセモノを売ってるなんて、聞いたことないニャ!」
うろたえるキャシーちゃんだけど、嘘をついているようには見えない。
なら、これには別の理由があるのかもしれない。
「もしかしてユーリ、鑑定スキルで宝石を見たのか?」
「だったら、彼の言っていることは本当かもしれませんね」
「……確かかニャ?」
「私を助けるための軟膏を、調合先まで鑑定したスキルだ。実力は間違いない」
ふうん、ほおう、とか言いながら、キャシーちゃんは首飾りを外して眺める。
「……これにキズでもついたら、お前ら、ただじゃすまないニャ」
そして僕らをじろりと睨んでから、地面に思い切り叩きつけた。
「どりゃっ!」
「なっ……!?」
『ゴオァゥ!?』
驚愕する僕らの前で、宝石が砕ける。
カルやミト、ローヴェインはもとより、同じ石仲間のレームの前でこんなことをするなんて、キャシーちゃんはデリカシーがないよ。
「おいおいおいおい、何やってんだよ!?」
ざわつく一同とは裏腹に、キャシーちゃんはというと恐ろしいくらいに冷静だ。
「見てのとおり、ニセモノを叩き壊しただけニャ」
「ニセモノって……どうして分かったんだ!?」
「お前らのちびっこが鑑定したってのに、それを信じてないのかニャ?」
「俺達はいつでもユーリを信じてる! 信じられねえのは、いきなり宝石を投げつけるお前の方だっての、キャシーちゃん!」
カルはまだバタバタと騒いでるけど、僕はなんだか、彼女の思惑が分かってきた。
「……にゃるほど」
「そういうことか」
「ユーリ君、ローヴェインさんも察したみたいですね」
僕だけじゃない、ローヴェインやミトも、行動の真意が理解できたみたい。
「ミト達まで、なんでそんなに冷静なんだ!?」
ただひとりだけ、まだ騒いでるカルをじろりと見て、キャシーちゃんがため息をついた。
「モークスエメラルドは、宝石の中でも最高クラスの硬度を持ってるニャ。それこそ、叩きつけたくらいじゃあ、ヒビのひとつも入らないニャ」
「ってことは……!」
「これはニセモノニャ。さしずめ、それっぽい宝石を加工しただけのものニャ」
そう――キャシーちゃんは今、宝石の硬度を試したんだ。
「ちなみに、これはどうニャ?」
次いで僕は、言われるがままキャシーちゃんに宝石を見せつけられる。
「ええと……」
じっと見つめているうちに、パっと文字が浮かび上がる。
『モークスルビーのピアス:本物』
「ほんもにょ」
「こっちは?」
『モークスパールの指輪:本物』
「ほんもにょ!」
どちらも本物だとスキルが告げているから、僕はその通り答えた。
「ふうむ……信じさせてもらうニャ」
キャシーちゃんは僕をじっくり見つめて、顎を指にあてがって何かを考えこんだ。
カルやミトは、さっきから僕を見て「すごい!」とほめてくれてる。
あの調子だと、きっと一連の騒動が終わってから、僕はまたほっぺをむにむにされるに違いない――特にローヴェインが、毛むくじゃらの手でずっと。
「あのジュエリーショップの店主、帰ったらただじゃ済まさないニャよ」
しばらくして、キャシーちゃんがふしゃー、と息を吐きながら言った。
「それにしても、ちびっこの鑑定スキルはなかなかのものニャね。帝都で鑑定士としてギルドに登録すれば、きっと稼げるニャ~♪」
しかも、驚くような提案を持ち掛けてきたんだ。
おまけに僕を持ち上げて、いやらし~い笑顔まで浮かべてる。
「どうニャ、ちびっこ? キャシーちゃんと一緒に、荒稼ぎしないかニャ?」
「え、ええっ?」
「店と客はキャシーちゃんが用意してやるから、取り分はニャ……」
キャシーちゃんが戸惑う僕を無視して話を進めていると、不意にふわりと体が浮いた。
そのまま彼女から僕を奪い返してくれたのは、カルだ。
「おいおい、まさかユーリをユーア=フォウスから引き抜く気じゃないだろうな?」
いつになく敵意を見せるカルに対して、キャシーちゃんはほんの少しだけこわばった。
「……まさか。あんた達全員を敵に回してまで、鑑定しかできないちびを奪うほど、キャシーちゃんはバカでもマヌケでもないニャ」
もっとも、それはカルを怖がったからじゃなく、利益を計算していたからみたいだけど。
「今、少し悩みましたね」
「恐ろしい奴だぜ」
一同が呆れる中、僕の中から、スキルを見せつけたい気持ちが湧きあがってきた。
なぜかって、この状況ならさっきの鑑定スキルのように、キャシーちゃんが強く興味を惹かれるものになるかもしれない。
そうすれば、彼女は町を利益になると判断して、取引をしてくれるかもしれないでしょ?
「ふふふ、ぼく、もっちょすごいすきりゅがあるよ」
「あら、ユーリ君にしては珍しい自慢ですね」
「鑑定よりすごいスキルを、そんなちびっこが持ってるのかニャ?」
あるんだな、これが、ってミトがそんな表情をしてくれてる。
だったら僕も、神様の羽ペンで、キャシーちゃんを驚かせてあげなくちゃ。
「えいっ!」
僕が七色の線でアヒルのおもちゃを描くと、それはポン、と音を立てて実体化した。
押すとぺこぺこと音を立てながら動く、ありふれた木製のおもちゃだ。
「……こりゃあ、たまげたわね」
でも、何もない所から取り出したんだから、キャシーちゃんにとっては驚くべきスキルだ――なんせ、語尾が消えちゃってるんだから。
でも、すぐに自分のキャラを思い出したのか、ごほんと咳払いした。
「じゃ、じゃニャくて。絵に描いたものを現実に出すスキルなんて、初めて見たニャ」
「ユーリのスキルを使えば、どうだ? アンタの仕事もいい感じになるんじゃないか?」
ちょっとだけキャシーちゃんにダメ押しするのは、カルの役目だ。
「確かに……お絵かきの方はおいおい使い方を考えるとして、こっちで手に入れたアイテムを鑑定させて、代わりに素材を渡してやればいいし、他にも……」
何かをむにゃむにゃと勘定し始めてからしばらくして、キャシーちゃんが僕らを見た。
「……そうニャね、もう一押しあれば、この町と取引してやってもいいニャ」
「だ、だったら……ちょっと待っててくれ!」
彼女のぐらぐらと揺らいだ心を、さらにカルが突っつくべく、家に駆けだした。
すぐに戻ってきた彼が両手いっぱいに持ってるのは、彼が発明した山ほどのアイテムだ。
……というか、いつの間にこれだけのものを作ってたの?
「どうだ、この天才発明家のカル様が作った発明品だ! どれもこれも、ちょっとの魔晶石でガンガン動いて活躍してくれる、優れものだぜ!」
「兄さん、よりによって今持ってきますか……?」
「下手をすればマイナスイメージ扱いだぞ」
「う、うるせー! 分かる人には分かるのが、俺の発明なんだよ!」
ミトとローヴェインのツッコミに火を吹いて怒鳴りつつ、カルは発明品を地面に置く。
ばねのついたカエルのような発明品に、以前ダンジョンで使おうとして失敗した竹とんぼのような発明品、他にもいろいろある。
カルはさっそく、その発明品を片っ端から動かしてゆく。
「こっちは周りを照らしながら巡回する『ピカピカ光るクン』、これはばねみたいに跳ねて歩き回る『ぴょんぴょん跳ねるクン』! どうだ、使い道も多そうだろ!?」
ぶんぶんと飛び回るものに、あたりを跳ねるもの、ひとりでに薬を調合してくれるもの。
その他の発明品を一通り見てから、キャシーちゃんはこれ以上ないくらい大きなため息をついた。
「……しょーもない発明ニャ。こんなの、帝都に行けば腐るほど売ってるニャ」
「が、がーん……」
あからさまにショックを受けるカルを見て、キャシーちゃんがふん、と鼻で笑う。
「だけど、使い道がないこともないニャ」
彼女はどうやら、カルの発明品を見ているわけじゃないみたい。
どんどんすごいものを生み出す――カルのアイデアの方を見てるんだ。
「レアな素材やより純度の高い魔晶石を見て、インスピレーションが湧けば、もっといい発明ができるはずニャ。将来を見越して、今のうちに買っておいてやるとするかニャ」
そうしてキャシーちゃんは、手をパンと叩いて言った。
「よし、決まりニャ。あんた達との取引、やってやるニャ」
つまり、商人がユーア=フォウスとつながりを持ってくれた証拠だね。
「「やったーっ!」」
町の皆がわっと湧きあがる中、キャシーちゃんは冷静に条件を話してゆく。
「基本的には貨幣かアイテムと交換、もしくはユーリのスキルの鑑定を料金代わりにするニャ。お前らが欲しいものは、ここに書いて、こいつに送らせるニャ」
そして馬車の中から、小さな竜のような生物を、カルに手渡した。
「これは?」
「郵便ドレイクニャ。こいつから手紙をもらったら、キャシーちゃんがユーア=フォウスに来てやるニャ。ま、一日くらいは待ってもらう必要があるニャよ」
「お、おう! よろしくな!」
「商談成立。言っとくけど、つまんない用事で呼び出したらぶっ飛ばすニャ」
猫のように大きく伸びをしてから、キャシーちゃんは馬車に戻ってゆく。
次に会う時は、きっと町をよくするためのアイテムを持ってきてくれるときだろうね。
「そうそう。町長が決まってないなら、そこのちびっこをキャシーちゃんが推薦するニャ」
なんて思っていると、キャシーちゃんがびっくりするような提案をしてきた。
どうやら彼女は、僕を町長に薦めてるみたい。
「ぼ、ぼく?」
「すごいスキルを持ってるし、何より人に好かれる不思議な魅力を持ってるニャ。ほかに候補がいないなら、エルフ連中がサポートして、そいつを長にしてやったらどうニャ?」
目を丸くしているのが自分でも分かりながら、僕はくるりと振り向く。
「……ど、どうちよ、かる、みと?」
てっきり僕は、ちびっこじゃあ心配だと言われると思ってた。
「どうするもこうするも、俺は大歓迎だぜ!」
でも――帰ってきた言葉は、歓迎も歓迎、カルをはじめとした大歓迎の嵐だ。
「僕も、ユーリ君が町長なら、全身全霊でサポートしますよ」
「愛らしくも優しく、強い心がある。リーダーとして、ユーリ以上の者はいない」
「「ユーリのアニキ、サイコー!」」
『グオ、グオオオウ!』
ここまで背中を押されたなら、断る理由なんてない。
ううん、ただ推されただけじゃない――僕だって、もっと頑張りたい!
「……じゃ、じゃあ……ぼく、なりゅ! ちょーちょーに、なりゅ!」
「「やったーっ!」」
僕の宣言と共に、ユーア=フォウスから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
いつの間にかキャシーちゃんの馬車が走り去っていったのも、誰も気づいちゃいない。
「よーし、さっそくユーリ町長の誕生祝いに、宴会の準備だ!」
そしてこういう時、皆を僕以上に引っ張ってくれるのはカルの役目だね。
「お酒は飲んじゃダメですよ、兄さん」
暴走しがちなカルを止めてくれるのは、ミト。
「私は、久しぶりに飲ませてもらうとするか」
冷静に状況を見つめながら、時に豪胆なローヴェイン。
彼女が率いるライカンスロープ達。
力仕事に欠かせないクリスタルゴーレムのレーム。
彼らがいて、彼女らがいて。
町作りがどうしたって楽しくないわけがない、面白くないわけがないじゃないか!
「みんにゃ、ぼくがんばりゅ! まちを、ゆーあ=ふぉうしゅを、もっとおっきくすりゅ!」
「おう! 皆で、サイコーの町にしようぜ!」
カルに抱えてもらいながら、僕は空高く向かってこぶしを突き上げた。
もちもちの手が、今だけは力強く見えた。
僕はこの日から、ユーア=フォウスの町長になった。
でも、ただおかざりの町長になるつもりなんてないよ。
お絵かきスキルと鑑定スキル――そして誰よりも信頼できる町の皆と一緒に、最高の町を作る、最高の町長になるんだから!



