ユーア=フォウスからしばらく歩いて、さらにローヴェインを拾った川からずっと奥に向かっていくと、ライカンスロープ達が話していた洞穴があった。
 岩壁にぽっかりと開いた穴の先にはずっと闇が続いていて、昼間なのにどこか冷たい。

「……ここが洞穴か。たしかに、魔晶石の気配がするな」
「わかりゅの?」
「魔晶石に魔力を注げる種族は、肌でその存在と属性を感じ取れるんですよ」

 嫌な雰囲気を感じる洞穴の前に立ち、ローヴェインが言った。

「私が先頭に立とう。ユーリも、私に渡すといい」
「先頭の奴に、ユーリを任せていいのかよ?」
「もしも魔物が襲ってきたとして、ユーリを守ったまま戦えるか?」

 彼女の問いに、ミトがふむ、と考え込む。
 彼と僕の考えはきっと同じだ――洞穴で魔物が襲ってきたり、想定外の事態が起きたりした時、二人まとめて酷い目に遭わないか、ということだ。
 僕もミトも、互いが無事ならいいと思ってる。
 でも、それはお互いに、自分の命を危機にさらしかねない考え方でもある。

「……ユーリ君のことは命を懸けても守りますが、我が身が怪しいですね。ここはどうやら、戦闘経験のあるローヴェインさんに託した方がよさそうです」

 だからミトは、僕をローヴェインに預けた。

「言えてるぜ。ユーリ、ぐずるなよ」
「ぼく、そんにゃ、ちびっこじゃないよ」
「〇歳も一歳も、百歳越えたら変わりないんだっつーの」

 紐でローヴェインの背中に括りつけられると、さっきより大きな背中が頬に当たる。
 クールビューティーなローヴェインの顔がこんなに近いと、一歳なのに照れてしまう。

「……近くで見ると、より愛らしいな……」
「んう?」
「独り言だ。さて、早くダンジョンの中を確かめて、町に安全をもたらすとしよう」

 彼女が時折漏らす言葉の正体はおいおい考えるとして、ローヴェインの言う通り、ここでじっとしていてもトラブルは解決しない。
 彼女を先頭にして、皆で洞穴の中に入ると、たちまち視界が闇に覆われた。

「薄暗くて、嫌な空気ですね……」
「こういう時こそ、発明家の出番だろ! 実は町でも、モノづくりを続けてたんだぜ!」

 カルがリュックを下ろして、中から電球のついた竹とんぼのようなアイテムを取り出す。

「『ぐるぐる光るクン』! 周囲を回転しながら照らしてくれる優れものだ!」

 そしてそれのスイッチを入れると、明かりのついた竹とんぼがくるくると宙を舞い、周囲を照らしてくれる。
 すごいね、これなら真っ暗闇の洞穴だって怖くないや。

『クルクル……クルクル……』
「……あれ?」
『クルクルクルー』

 そう感心したのもつかの間、竹とんぼっぽい発明品はプイーンと音を立てて、洞穴の外へと飛んで行った。
 数秒ほど、暗闇の中で沈黙が続いた。

「……飛んでいきましたね。あれは、後で回収しましょう」
「だな。ユーリ、ランタンを描いてくれるか」

「あい」

 僕が静けさを裂くように、神様の羽ペンでランタンを描いて手渡す。
 カルの発明品ほどじゃないけど、ほどほどの明るさでランタンが洞穴を照らしてくれた。

「明かりがありゃ、気分も多少はマシだな。少なくとも、何も見えない状況じゃ、魔物がいつ襲ってきてもおかしくないぜ」

 てくてくと歩き始めたカルの話を聞いて、ローヴェインが頷く。

「そうだな。すでにもう、我々を見ているのだから」

 そして同時に、ローヴェイン以外の全員の背筋が凍り付いた。
 だって、彼女がとんでもない発言をしたんだもの。

「……今、何と言いましたか?」
「奴らはもう、私達を見ている。壁の影、隙間、通路の端からこちらの様子を伺っている」
「おいおいおい、そりゃやべえんじゃねえのか!?」
「ダンジョンに危険はつきものだ。安心しろ、お前達とユーリたんは私が――」

 カルが慌てて、ローヴェインが淡々と状況を説明する中、突然それはやってきた。

『キシャアアア!』

 洞穴に響く金切り声と共に飛来してきたのは、宙を舞う紫色の影。

「な、なんだこりゃ!?」

 カルが驚いた頃には、もう謎の怪物のドクロのような顔が見えるほど近づいていた。

「レイス……暗闇に住まう、人の魂を食べる魔物です!」
「お化けみたいなもんかよ! 出会っちまったもんはしゃーねえ、ミト、やっちまえ!」
「みと、がんばりぇ!」

 恐ろしい魔物の前に、ミトとローヴェインが仁王立ちしてくれる。
 普段から頼もしいミトと、おっきなローヴェイン、二人の背中がずっと大きく見える――代わりに、僕と一緒に守られてるカルの背中が縮こまって見えるよ。

「こんな魔物に腕力が通用するかはわかりませんが、やってみましょう!」
「ふん。私に任せろと言っただろう」

 オオオオ、と鳴きながら周囲を取り囲むレイスの数は、あっという間に四匹になった。
 ぐるぐると周囲を漂っているさまは、僕らを驚かせてから食べるつもりにも見える。

「それにレイスは、ローブに隠れた本体が半透明になっている魔物だ。攻撃してきた時しかこちらの攻撃が当たらない、厄介な相手だぞ」
「じゃあ、あんたは倒せるのかよ?」
「倒せるか、だと? 造作もない」

 そして僕らが話している間に、とうとうレイスが襲い掛かってきた。

『オオオォッ!』

 ぞっとするほど長い指が、僕やカルの喉を絞め殺そうと伸びてきたのを、ローヴェインは見逃さなかった。

「この程度の雑魚モンスターに、後れを取ると思うなッ! はあぁッ!」

 ローヴェインのオオカミの足が、レイスの顔面にめり込んだ。

『グギャアアア!』

 バキバキとドクロの顔が砕ける音がして、魔物が壁に叩きつけられる。
 半透明で透けているレイスは、紫色の布の中でのたうち回って、すぐに洞窟の奥へと飛び去って行った。
 きっと、ローヴェインには敵わないと本能的に悟ったんだろうね。

「ライカンスロープ族の鼻と直感からは、誰も逃れられん。ついでに、足技からもな」

 足を持ち上げたまま、ローヴェインがレイスを強く睨みつける。
 あまりの覇気に、その場にいたレイスはほとんどたじろぐ。
 一方で僕らは、ライカンスロープのカッコよさにすっかり虜になっちゃってる。

「かっけえ~っ! 一撃で、レイスをぶっ飛ばしちまった!」
「ろーべいん、かっちょいい……!」
「フフッ、だろう? 伊達に私も、男所帯でトップを張ってはいないさ」
「ですが、魔物はまだ出てくるようですよ」

 ミトが指さす先の洞穴の奥から、レイスは群れを成して現れる。

『ギャイー!』

 僕とカルだけならダッシュで洞穴から逃げちゃうんだけど、ミトとローヴェインがいるなら百人力、鬼に金棒で虎に翼だよ。

「汚らしい魔物風情が……私のユーリに触れるな!」
「貴女のユーリ君になった覚えはないでしょう!」

 ローヴェインの蹴りが、レイスをまとめて吹っ飛ばす。
 ミトのパンチやラリアットが、レイスを壁に叩きつける。
 こうして数で勝るはずのレイスは、たちまち二人によって、壁際に追い込まれた。

『『ギギギッ!?』』

 うめくしかないレイスの前に、ミトとローヴェインが仁王立ちする。

「さっさと退くなら、これ以上は何もしません。ですが、まだ戦うというなら、不本意ではありますが、首を胴体から引っこ抜くとしましょう」
「あるいは、私の足技で腹に風穴が開くだろうな」
「どーだ! こいつら二人に勝てるわけねえんだから、さっさと諦めな!」
「かる、さんちた(三下)みたい」
「うるせえっつーの」

 勝てそうな時だけ調子に乗るカルは、ちょっぴりカッコ悪い。
ともかく、僕らに詰め寄られたレイスには、もう選択の余地はないだろうね。

『ギュウ、ギュ……!』
『フンギャー!』

 こうしてみっともなく、レイスは束になってやってきたのと同じように、束になって洞穴の奥へと逃げていった。
 もしも前進した先で遭遇したって、きっともう、僕らを襲ってはこないはずだよ。

「逃げていきましたね。賢明な判断です」

「では、前進するとしよう」

 前方の安全を確認した僕らは、洞穴をずんずん進んでゆく。
 てっきりダンジョンみたいなものだと思っていたから、もっと複雑な迷路が待っているのかと思っていたけれど、洞穴はひたすらに一直線だ。
 だから、洞穴の行き止まりにたどり着くのもあっという間だった。
 僕らが足を止めたのは、ドーム状になった、真っ暗な空洞だ。

「ここがダンジョンの一番奥って思っていいのか?」
「間違いない。ここから先は魔物が通る小さな穴しかない。恐らくさっきのレイスは、そこから逃げて行ったのだろう」

 言われてみれば確かに、ところどころにちっちゃな穴が開いてる。
 レイスがここから逃げていったなら、もう僕らを襲う魔物はいないはず。

「みんな、ありぇ!」

 その安心感があったから、僕は冷静に気になるものを指させた。
 僕の視線の先に鎮座しているのは、ミトほどの背丈もある、巨大な岩だ。

「魔晶石……では、ありませんね」
「にしても、デカい岩だな。さっきの魔晶石の気配は、もしかしてこいつか?」

 カルはてくてくと近寄って、岩を軽く叩いた。

「――お前ら、それに触るな!」

 その途端、ローヴェインが鋭い声で彼を制した。

「えっ!?」
「そいつは魔晶石でも岩石でもない――魔物だ!」
「まさか……魔物、ゴーレムですか!」

 カルや僕らが勢いよく後ろに飛び退くと、岩だと思っていたものがグラグラと揺れた。

『グウウ……』

 そして、ゴーレムが地面の中から姿を現した。
 ゴーレムなら僕も知ってるよ――体が岩でできていて、大きくて、一撃で気を叩き折ってしまうようなパワーを持ってる魔物だ。
 もしも戦う羽目になったら、きっとミトやローヴェインがいても苦戦するに違いない。

「あれは希少な『クリスタルゴーレム』だ。どうしてここまで大人しいのかは知らんが、一気に粉々にするなら、今が好機だろう」

 しかもローヴェインの推測が正しいなら、レアなゴーレムらしい。
 地面から出てきて、ずっとじっとしている理由は謎だけど、カルもミトもローヴェインも、今のうちにあの魔物をやっつけるつもりみたい。
 でも、僕はゴーレムのあるところが気になってた。

「ごーりぇむ、おかちいよ」

「おかしい? ユーリ、おかしいって何が……」

 カルも僕と同じところをじっと見て、異変に気付いた。
 あのゴーレムがずっと大人しいのは、単に性格の問題だけじゃない。

「なるほど、右脚がないのか」

 そう、ゴーレムには右脚がなくて、自由に歩けないみたい。
 だから僕らが来ても迎え撃とうとしないし、今もああして動けないんじゃないかな。

「立つのにも苦労してるみたいだな。魔物との戦いでやられたのか?」
「どうでしょうか。生まれつき、足を形成する水晶が足らなかったのかもしれません」
「どちらにせよ、これ以上の好機はない。魔物であるなら、叩き潰すのが道理だ」
「まっちぇ。ごーりぇむ、たたかわない、よ」
「相手に戦う意思がなくても、魔物なら変わらない……」

 戦闘態勢を取るローヴェインがすっかりやる気でも、あの魔物と戦いたいと思わない。

『ウゥ……』

 だって、クリスタル以外に何もない顔をこっちに向けてるんだもの。
 まるで「何もしないから帰ってくれ」って、そう言ってるみたいに。

「……と、言いたいが。あのさまだと、我々の採掘の邪魔にすらならなさそうだな」

 さすがのローヴェインも振り上げていた足を降ろして、小さくため息をついた。

「カル、ミト。ゴーレムは私が見張っておく。今のうちに、魔晶石を探せ」
「お、おう!」
「分かりました。ローヴェインさん、ユーリ君をお願いしますね」

 ゴーレムを無視して、カルとミトは周囲の壁を触りながら魔晶石を探す。
 ああやって、魔力を放つ石を見つけるのが、エルフ流のやり方なんだね――ユーア=フォウスで何度かミトから話を聞いてたから、僕も知ってるよ。
 そして持ってきたカル特製のつるはしで、魔晶石を削り出すんだって。

「……何か言いたげだな、ユーリ」

 ただ、ローヴェインが声をかけてくれたように、僕の興味は別のところにあるんだ。
 あのゴーレムがたたずんでいる背中が、どうしてもさみしそうで。
 何だかこのまま放っておけない、僕にできることをしたいって思ってるんだ。

「ごーりぇむ、ありゅけないよ。しょんなの、かわいそう」
「優しい子だな。だが、クリスタルの脚を描けるか?」
「やっちぇみる」

 僕はローヴェインに降ろしてもらって、神様の羽ペンをもう一度ポン、と手に取る。

「うーん、こりぇを、こうちて、こう!」

 そしてキュキュっと、目の前のゴーレムにとって必要なものを描いてみた。

「何してんだ、ユーリ……うおっ、まぶしっ!」

 まばゆい光が一瞬だけ空洞を照らし、ゴーレムがこっちを見る。
 ごろり、と魔物の足元に転がったのは、残っている方の足とそっくりの、岩でできた足。

「――できちゃ! ごーりぇむしゃん、こりぇ、ちゅかって!」

 つまり――ゴーレム専用の、義足だ!

「まさか、クリスタルゴーレムと同じ素材の……義足を、お絵かきで作ったのですか!?」
「ううん、くりしゅたる、むり。だから、しょれっぽいの」
「クリスタルのように見える岩、ということか。我々には区別が難しいが、あれをゴーレムが気に入ってくれるかどうか……」

 ゴーレムがじっと見つめてるのは、自分と違う素材だって分かってるからかな。
 それとも、僕ら人間が作ったアイテムを警戒してるのかも。
 そもそも使い方が分からないのかな、なんて考えているうちに、クリスタルゴーレムはゆっくりと義足を持ち上げ、はめ込むように右脚のある部位に押し付けた。
 ガコン、ギコン、と何かがくっつく音がして――。

『グウ、グォウ♪』

 ゴーレムが立ち上がった!
 右足の色はちょっと違うけど、クリスタルゴーレムは立ち上がった嬉しさで、ぴょんぴょんとはしゃいでくれてる!
 きっと、あの義足がぴったりはまってくれたんだね!

「ノリノリで気に入ってくれたみたいだな」
「お絵かきスキルとは、やはりすごいものだな。ユーリの想像力と優しさがあれば、文字通り何でもできるというわけだ」
「いちばんしゅごいのは、かる、みとといりゅときだよ」

 とはいえ、僕の想像力だとこれが限界。
 カルの想像力とミトの優しさがあってこそ、僕のスキルは強くなるんだ。

「ふたりと、みんにゃといっしょにかんがえたら、むちぇき! むんっ!」
「……そのようだな」

 僕が両手でムキっとポーズを見せると、ローヴェインが微笑んでくれた。
 一方でクリスタルゴーレムは踊るのをやめて、足元をじっと見つめてる。

『ゴウウ、ウウ』

そのうちクリスタルゴーレムはもう一度しゃがみこんで、ごりごりと地面を腕で殴りつけるようなしぐさを見せた。
どうやら地面を掘って、何かを取り出そうとしてるみたい。

『ゴオオ♪』

 そしてすっかり地面を掘り終えたゴーレムは、両手に何かを掬って見せつけてきた。
 僕やカル、ミト、ローヴェインが集まってそれを見た途端、とてもびっくりした。

「こ、こりゃすげえ! 信じられない量の魔晶石だ!?」

 なんとゴーレムの手一杯に積み上げられているのは――大きな魔晶石!
 ローヴェインの耳、エルフ兄弟の耳がピンと立つほどのでっかい魔晶石、ピカピカ光を浴びて輝く魔晶石が、ゴーレムの手からこぼれるほどあるんだ!
 しかもその後ろ、土の下からも魔晶石がざっくざく!
 どう見積もっても、カルが持ってきていた魔晶石の何十倍もあるよ!

「こんなに綺麗なもの、初めて見ました! 魔力の含有量はとんでもないでしょうし、何より売れば、かなりの額の町の運営資金になりますよ!」

 兄と顔を見合わせて、碧の目を輝かせるミト。
 ローヴェインもいつになく、驚いた顔を隠し切れないみたい。
 ただ僕は、ゴーレムにちゃんと話を聞いておかなきゃいけないと思った。

「……これ、ぼくたちに、くれりゅの?」
『グォム、ゴオー!』

 クリスタルゴーレムの雄叫びは、どう考えても合意だ。
 だって魔晶石を落として、代わりに僕を持ち上げて、強く頷いてくれたんだもの。
 その様子を見て、カル達も僕をかわるがわる抱きしめてくれた。

「やったぜ、ユーリ! お前の大手柄だ!」

 カルも。

「やっぱりユーリ君はすごいです!」

 ミトも。

「聡い子だな、お前は」

 ローヴェインも。

「むにゃむにゃ~っ」

 ……ローヴェインも。
 ローヴェインだけ、ずっと僕に頬ずりしてくれる。

「……おい、ローヴェイン。お前はいつまでユーリにすりすりしてるんだよ」

 カルのツッコミも無視して、ローヴェインの顔がどんどん蕩けてゆくように見えるのは、まだ頬ずりされてる僕の気のせいかな。

「あぁ~かわいいかわいいずっとよしよししたぁ~い!」
「ろ、ろーべいん?」

 ううん、気のせいじゃない。
 なんだか気味の悪さを覚えるくらい、ローヴェインは僕をすりすりしてるんだから。
 牙が見えるくらい口を開けて、とうとう僕を舐め回して食べちゃうんじゃないかって思っていると、彼女もやっと我に返ったみたいだ。

「……はっ」

 きっと、カルとミトが冷めた目で彼を見つめてたからだろうね。
 僕も……うん、ちょっとだけ引いてるよ。
ごめんねローヴェイン。

「……ローヴェインさん、貴女……」
「ごほん。どうやらユーリ、クリスタルゴーレムはお前に懐いているようだな」

 努めて話を逸らそうとしたローヴェインの話題に、僕はすかさず乗った。
 そうじゃないと、彼女もちょっと……どうすればいいか分からない顔だったもの。

「ほんちょに?」
「こいつからは敵意の匂いを感じない。もとより穏やかな性格でもあるようだ」

 なるほど、さっきまでのレイスとはやっぱり違うんだ。
 あれだけ凶暴なら、きっと話も聞かずに襲ってきただろうし。

「それにしても、ずっとクリスタルゴーレムって呼ぶのも面倒なもんだ。もしも俺達の仲間になってくれるなら、名前のひとつでもつけてやったらどうだ?」
「じゃあ……れーむ、がいい」
「レームか。いい名前じゃねえか!」
『ゴゴーウ♪』

 クリスタルゴーレム改め、レームが僕の頭を撫でてくれる。
 冷たいクリスタルの手のひらなのに、なんだかあったかい。
 やっぱりレームは普通の魔物とは違って、優しい性格だから僕らを襲わなかったし、仲間にもなってくれたんだね。

「じゃ、ここらのアイテムを集めて帰るとするか。もちろんレーム、お前も一緒にな!」

 カルがパチン、と指を鳴らすと、レームも深く頷いた。
 こうして僕らは、予想よりもずっと大きな収穫を持って帰ることにした。
 持ってきたカバンに入りきらない魔晶石はおいおい取りに来ると決めて、僕らはいったんユーア=フォウスに戻った。
 レームと一緒に帰ってきたのを見て、ライカンスロ―プの皆がパニックになるほど慌てたことについては、あとでいっぱい謝ったよ。

 とにもかくにも、僕らのダンジョン探索の結果は、見事に大成功!
 だってたくさんの魔晶石と――新しい仲間、クリスタルゴーレムのレームが一緒になってくれたもんね♪

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 レームがユーア=フォウスの一員として馴染み始めた頃、僕らはある工事に着手した。
 畑やいろんなところで役立つ、川から水を引いた水路づくりだ。
 まずは町の住民総出で土を掘り、森から続く一直線のくぼんだ道を作る。
 そしてその壁に沿って石を積み上げていくんだけど、ここでレームの出番ってわけ。

「オーライ、オーライ!」

 森や少し離れたところから集めてきた大小さまざまな石を、レームが一匹で運んで行って、うまい具合に土の壁にはめ込んでくれるんだ。
 しかも地面の中にずぶずぶと潜って、内側に石を仕込んで補強もしてくれる。
ローヴェインがパンチをしてもびくともしないくらいなんだから、きっとちょっとやそっとの豪雨くらいじゃあ崩れもしないだろうね。
 本当ならこれも、町の住民を集めてする作業だったんだよ。
 それをレームだけでやっちゃうんだから、僕もカルも、とても驚いたんだ。

「いやあ、レームのおかげでめちゃくちゃ作業がはかどるぜ!」
『ゴウ、ウォウ♪』

 カルが褒めると、レームはウキウキした様子で手を振り回す。
 そんな姿に触発されたのか、僕らだって他の作業に力が入る。

「地面に潜って、路をガンガン掘ってくれるから、俺達は柵作りに集中できるな!」

 水路に落ちないように、木とお絵かきスキルで柵を作って打ち込んでゆく。
 石のパネルをレームが取り付けてくれる間に、隙間を泥で補う。
 そうしてほとんど時間もかけないまま、水路の作成は最終段階へと入った――つまり、川からの水を堰止めしている板を外す段階だ。

「パネルは全部くっついたな、貼り忘れはないよな!」
「大丈夫ですぜ、カルのアニキ!」
「ミト、レーム、堰止め用の板を剥がす準備はいいか?」
「いつでもどうぞ!」
『ゴオオウ!』

 川を皆で囲み、ただ一つの板に視線を集める。
 カルがそれを引き抜こうとしたけど、不意に何
かを思いついたように、ローヴェインが僕を抱えてそこまで連れてきた。

「ユーリ、君が号令してくれ」
「任せたぜ、ユーリ!」

 どうやら、大きな役割を僕は任せられたらしい。
 カルやローヴェインだけじゃなく、ミトやライカンスロープの皆、レームに視線を向けると、僕を見つめて強く微笑み、あるいは頷いてくれる。
 だったらおっきな声で、町の祝い事にしないとね!

「うん――まちに、みじゅをひくよ!」

 僕の一声で、カルや男衆が一気に板を引き抜いた。
 すると、レームや町の皆で作った水路に、汚れ一つないきれいな水が流れてゆく。
 これから畑を潤し、町に新たな可能性を作ってくれる水路の水を、気づけば僕らだけじゃなくてユーア=フォウスの全員が追いかけていった。
 広がり、分岐する水路のすべてに水が行き渡る。
 ここにいずれ新たな生命が宿れば、町はもっと素敵なものになるはずだよ。

「す、すげえ……町の水路に、水が……!」

 わなわなと震えて喜ぶカルが、勢いよく手を掲げた。

「大成功だ、やったぜ!」
「みんな、はいたっち、だよっ!」
「「いえーいっ!」」

 そして僕らは、全員でばしっとハイタッチをした。
 新たな町の開拓、その一歩。
 僕らはユーア=フォウスの全員で――その一歩を一緒に踏み出したんだ!