ぽかぽか陽気と、どこか爽やかな空気。
まどろみの中に包まれていた僕――ユーリを、ちょっぴり強い風が起こしてくれた。
「ふわぁ……」
今度の目覚めは、最初のそれよりも苦しくなかった。
ぱちくりと目を開いても、天気は曇りじゃないし、誰かから別れの言葉もかけられない。
「お目覚めですね、ユーリ君。気分はどうですか?」
かわりにかけられたのは、ミトの優しい声。
かごから立ち上がるほどの体力と脚力を持つわんぱく元気な一歳児の僕は――もう一切の姿に慣れてしまった――ぐっと勢いよく立ち上がる。
「んっ!」
そしてはい、ガッツポーズ。
すっかり眠ってエネルギー百倍の姿を見せると、ミトがにっこりと笑った。
「元気で何よりです。さあ、さっそく兄さんの成果を見に行くとしましょうか」
「しぇいか?」
「ええ。ユーリ君一人に全部任せるわけにはいかないって、僕も兄さんも頑張ったんですよ」
「……?」
首を傾げる僕の手を引いて、ミトが歩いていく。
そういえば、さっきと少しだけ町(一軒の家と道があるだけ)の雰囲気が違うような。
ついでに、どこからか聞こえてくるギコギコという音の正体は何だろう。
「兄さん、ユーリ君が起きましたよ!」
ミトが声をかけると、少し離れたところからカルの返事が聞こえてきた。
「おう、ユーリ! よく眠れたみてーだな!」
上着を脱いでシャツ一枚だけになり、泥まみれになったカル。
彼がどこで何をしているのか、明白だ。
「……こりぇ、は……はたけ?」
カルは土を耕し、畑を作ってる。
どこから持ってきたのか、鍬を振り、額の汗をぬぐう姿は、ファンタジー世界の想像するエルフとは程遠いけど、こっちの方がずっとカッコいい。
「おうとも! エルフ族特製、俺とミトの手作りの畑だっ!」
僕とミトが近づくと、カルが白い歯を見せ、太い眉をくいっと上げて笑顔を見せる。
「ひりょーとか、たねは、どーしゅりゅの?」
「種は故郷から持ってきてるさ。肥料は、まあ……毎日出るから、気にすんな!」
「……ですね」
ああ、なるほど。
あんまり言わない方がいいかも、実際僕の出したものも使われるだろうしね。
「場所のことなら、気にしないでください。エルフ族は地面を理解して、どこにどんな植物が咲きやすいかを把握できるんです。いわゆる、センスというものですね」
なるほど、カルはてきとうなところに畑を作ったわけじゃないんだね。
むしろミトの話を聞けば、適当なところに作ったと言った方がいいかも?
「ま、俺たち以外の協力者もいたから、ここまですげえもんが作れたんだけどな」
おや?
ここにいたのは確か、僕とカル、ミトだけだったはずだけど。
「きょーりょく、しゃ?」
「そうとも! 聞いて驚け、見てもう一度驚け!」
カルが鍬を地面に突き刺して、仰々しい態度で勢いよく手を畑にかざした。
「これが俺の発明した――『どんどん耕すクン』だっ!」
そこにいたのは――『かかしロボット』、としか表現できない何かだ。
かかしのような細い手足、異世界の言葉で「へのへのもへじ」と書かれた顔(きっと読み方も意味も違うんだろうけど、明らかにそういった意味合いだよ)。
なのに四肢も何もかも鋼の素材で、鍬を振って畑を耕すたびにガシャガシャと音が鳴る。
『ハタケダイスキ、ハタケダイスキ』
おまけに、どこからか声だって出てるんだ。
あんなの、僕のお絵かきスキルなんて比べ物にならないくらいすごいじゃないか!
剣と魔法のファンタジーらしい世界で、ロボット同然の構築物が見られるなんて!
「にゃに、ありぇ……?」
「驚くのも無理はないですよね。あれは、兄さんが作った発明品ですよ」
ぽかんと口を開くしかない僕の頭を、ミトが撫でた。
「僕と兄さんは、エルフ族特有のスキルが使えません。木々を生やしたり、生命力で人を癒したり……代わりに、兄さんはああやって、何でもすぐに作る力があるんです」
そうか、カルが自分を発明家って呼んでたのは、そういうジョークじゃないみたい。
やり方はさっぱりでも、どうやら彼には、本当に何かを作る力があるんだね。
……それって、魔法よりずっとすごくない?
「畑を一から作ったのは、ミトだけどな! そいつの力も、大したもんだぜ!」
「も、もう、兄さんったら」
ミトが頬を赤くして、ぽりぽりと掻く。
カルに不思議な力があるように、ミトにもきっとすごい力があるんだね。
「まあ、こいつはここに来る前に作ってきたもんだし、発明品を完成させるには素材と時間、あと『魔晶石』も必要なんだけどな!」
ふいにカルが、ファンタジー世界でも知らない言葉をこぼした。
魔晶石。
魔晶石って、何だろう。
「ましょー、しぇき?」
「お、こいつのことは知らないんだな。魔晶石ってのは、魔力が込められたクリスタルだ」
「俺達みたいな高い魔力を持つ種族が触れると、このクリスタルは魔力を引き出すんだ。炎を出したり、水を湧きあがらせたり、色んな作用がある属性を持ってるんだよ」
「発明品は、その魔晶石を原動力にしているんです」
カルがおっきなカバンから取り出したのは、キラキラと光るクリスタル。
手のひらよりも小さなサイズだけど、なんだが吸い込まれそうな、摩訶不思議な魅力を感じる――これが、この世界における魔法ってことかな?
「昔から兄さんはこっそり集落の外で買った本を読み漁って、発明にいそしんでましたが……まあ、変なものばかりです」
「おいおい、火属性の魔晶石を使った街灯や暖炉、汲み取り井戸やオートマタはな、帝都でも流行り出してるんだぜ! エルフ族の方が、時代遅れなんだよ!」
「またそうやって、エルフの文化を見下して……いけませんよ、兄さん」
「何だよ、俺は間違ったことは言ってねえぞ?」
ファンタジー世界で、電気に近いエネルギーを使える。
しかもオートマタと言えば、こういう世界じゃあロボットのようなものじゃないか。
今、僕の目の前で動いているそれも、オートマタのようなものだ。
こんなの、興奮しないわけがないよね!
「りょぼっと、しゅごい!」
「はっはっは! ユーリはどうやら、すごいものを見抜く目があるみたいだぜ!」
僕が目を輝かせていると、カルが腕を組んで笑う。
「子供からしてみれば、なんだって好奇心の的ですよ」
「だがまあ、こいつのおかげで畑が完成したんだから、悪くねえだろ?」
「それは……確かにそうですが……」
カルがいろんなものを作れるのなら、町の今後にも希望が持てる。
ついでにどうやって素材を集めて、どんな風に作ってるのか聞いてみようなんて、僕がよちよちと歩きながら思っていた時だった。
「あの、兄さん? 発明品はいつ止まるんですか?」
不意にミトが、カルに聞いた。
彼はさほど気にしていない態度で、さらりと答えた。
「ん? あいつは土属性の魔晶石を引っこ抜くまで、ずっと動き続けるぞ?」
「「ええ……」」
ひええ、サラリーマンも真っ青のブラック体制だ。
二十四時間戦えますか、じゃあるまいし。
そう考えると、あののっぺりした顔もちょっぴり怖く見えてくるよ。
「んだよ、そんなの大した問題じゃないぜ。むしろ、俺達がへとへとになるくらい長い時間、作業してても疲れないんだからいいじゃねえか」
実際のところ、カルの言う通り、ロボットはひたすら同じ言葉をつぶやきながら、延々と鍬を振って畑を耕し続けてる。
……という、わけでもなさそうだよ。
『ハタケダイスキ、ハタケダイスキ』
急に、発明品の『どんどん耕すクン』が鍬を振る速度が遅くなった。
さっきまで同じ速度で振るっていたのが、がくんと力が抜けたように遅くなったんだ。
「……おかちいよ」
「何だ、ユーリ?」
僕がカルに返事をする前に、ロボットの異常は明確になった。
かくかくと顔を揺らし、小刻みにけいれんし始める。
『ハタケダイスキ、ダイスキ、スキ、スキ、ススススキキキキ』
「お、おおっと……?」
自称天才発明家のカルの顔に、わずかな焦りが浮かぶ。
「あれも予定していた動きですか、兄さん!?」
「ジョーダン言うなよ! 俺の発明品は、あんなキモい動きなんてしない……」
エルフの兄弟が困惑しているうち、とうとう『どんどん耕すクン』は鍬を投げ捨てた。
『スイマセン、ヤッパリソンナニスキジャナイデースッ!』
まあ、延々と働かされ続けたら出てくるセリフはそれだよね。
案の定というか同情すべきか、ロボットがガシャガシャと駆けだした。
「うわっ、暴走しやがった!」
「わっ……!」
おまけに駆けだしてきたのは、僕の方だ。
このままじゃ、ロボットと激突してしまう。
大人の姿ならさっと避けられるのに、一歳児の姿じゃとても機敏には動けないし、踏みつけられでもしたら命が危ない。
「ユーリ!」
カルが必死の形相で叫ぶ中、迫る発明品と僕の間に、ひとつの影が割って入った。
「まったくもう、いつも通りじゃないですか」
ミトだ。
長い髪を悠然となびかせ、ミトがロボットを受け止める態勢を取ってるんだ。
「みと、あぶにゃい!」
「大丈夫ですよ、ユーリ君」
彼の身を案じる僕の言葉に、振り返った水戸が笑顔で応える。
ついでに、指をばきりと鳴らしながら。
「僕も兄さんと同じで、スキルを使えないんです。代わりに、ちょっとした特技があるんですよ」
とうとう目と鼻の先まで迫ってきた『どんどん耕すクン』に向き直り――。
「それを今から、見せてあげますね――はあぁッ!」
取っ組み合って、ロボットの動きを完全に封じてしまった。
信じられないほどの勢いで走ってきたロボットを、信じられないほどの力で止めたんだ!
『ギ、ギ、ギギギ……!』
「みと、りょぼっと、とめちゃ……!」
驚く僕の眼前で、ミトがロボットを勢い良く抱きしめる。
「僕は、他のエルフより少しだけ力が強いんです。少しだけ、です、けどっ!」
『ガギーッ!』
そしてベアハッグの要領で、ミシミシと音を鳴らしながら、『どんどん耕すクン』をへし折ってしまった。
あんなに硬そうなロボットを一撃で壊してみせるなんて、ミトの怪力はすさまじいよ。
「……ちかりゃもち」
すっかり煙を吹き、動かなくなった発明品を投げ捨て、ミトは僕を片手で抱えた。
「ユーリ君、けがはありませんか?」
「う、うん。ありがちょ」
「いえいえ。ユーリ君にけがなんて、僕の目が黒いうちは絶対にさせませんよ」
うわあ、奥が女の子なら絶対にミトに惚れてる。
心優しくて、力持ちで、笑顔が絶えないイケメンなんだもの。
「二人とも大丈夫か……ぎゃあああああ頭がああああああッ!?」
ついでにそばに寄ってきた兄に、しっかりとアイアンクローで制裁するんだもの。
反省を促してるんだろうけど、あの力で頭を掴んだら潰れちゃいかねないよ。
「大丈夫か、じゃないでしょう。最初にユーリ君に謝るのが、ポンコツ発明家の筋ではないのですか?」
「わ、分かった、分かったから! アイアンクローは勘弁してくれぇ~っ!」
カルが懇願すると、ミトはやっと手を離した。
ちょっぴり形の変わった(ように見える)頭をさすりながら、カルが僕に顔を近づける。
「ふぅ……ごめんな、ユーリ。俺の発明品のせいで、怖い思いをさせちまったな」
とはいえ、僕も怒ってなんかない。
むしろカルの発明に対する感動の方が、ずっと大きいよ。
「きに、ちないで。かるの、はちゅめー、かっこいいよ」
「ははっ、子供にまで気を遣われちゃ、天才発明家とは言えねえか」
カルはちょっぴり残念そうにロボットの残骸を集めながら、つぶやいた。
「ユーリのペンの方が、俺よりずっとすごいものが作れるかもしれねえな」
「だめ。ごちゃごちゃで、ちゅくりぇない」
僕も同じようなものを作りたかったけど、直感で理解できる。
ロボットのような複雑なアイテムや、僕の理解の範疇を超えたものは描けやしないんだ。
でも、もしかしたらカルが色々教えてくれれば、作れる可能性も――。
「なるほど、複雑なものは作れないんだな。でも、確かに俺のアイテムは俺にしか組み立てられないんだが、構造自体はそんなに複雑じゃないんだぜ――」
そしてカルも僕も、同じことを考えてたみたい。
「――なあ、もしかして、俺が組み立て方を教えれば、ユーリにも作れるんじゃないか?」
二人とも、同じ結論を出してた。
「おかしなことを言ってないで、発明品の代わりに畑を耕しますよ」
「いやいやいや、不可能じゃないはずだぜ! 家の内装まで、ベッドからソファーまでお絵かきできるんだ! だったら、発明品も絵に描けるだろ!」
「もう、兄さんってば……」
呆れるミトを置いて、カルはロボットの残骸を脇にどけて、僕に話しかけてきた。
「ユーリ、俺の発明品はだな、こういう感じで……」
カルの説明を聞く限り、ロボットの理屈はさほど難しくない。
機械というよりは、地方のお土産売り場に行くと置いてある小さなからくりだ。
これなら、僕にも多少なり理解はできる。
「……つまり、歯車で動く感覚だな。どうだ、伝わったか?」
「だいたいわかっちゃ」
「やっぱり、お前は天才だよ。じゃ、さっそく描いてみようぜ!」
「ん!」
言われるがまま、僕は空中にペンを奔らせる。
さっきの発明品『どんどん耕すクン』をイメージしつつ、僕なりのアレンジも足して。
「ここを、こうちて、ここを、こうこうこう!」
あっという間に描きあがった発明品は、立体になって光る絵から飛び出した。
色も、姿も、首の後ろにある窪みも、全部『どんどん耕すクン』そのものだね。
「……これって、さっきの……」
「俺が発明した『どんどん耕すクン』だな。こいつはさしずめ、二号ってとこだが」
カルは発明品の残骸から魔晶石を引き抜く。
「あとは動いてくれるかどうかだ。魔晶石を後ろにはめ込んで、っと!」
首の後ろの窪みに石をはめ込むと、へのへのもへじがキラリと光った。
『……ガピー』
そして『どんどん耕すクン』二号はのそのそと畑に向かって歩いていくと、投げ捨てた鍬を手にして、静かに耕し始めたんだ。
『ハタケ、マアマアスキ。ハタケ、ボチボチスキ』
覇気はちっとも感じられないけど。
ただ、あれなら畑仕事が嫌になって逃げだすこともなさそうだ。
……それって、本当に怖いブラック企業なんじゃないかな?
「やった! 俺が作ったやつよりは勢いがないけど、動いてるぜ!」
とにもかくにも、発明品をイラストにして、作り出すことはできた!
スキルの説明通り『誰かといるとき』こそ、このスキルは輝くんだ!
「かるのはちゅめー、しぇーこう!」
「おう、大成功だ! これならきっと、もっとたくさんのアイテムが作れるかもな!」
ぱん、と手を叩いた僕とカルの隣で、ミトもなんだか嬉しそうに微笑む。
「自分の作った発明品よりすごいものができて、悔しくないんですか?」
「まさか! 俺はすごいもんを作りたいが、それ以上に皆の役に立つのが好きなんだよ!」
「……だから、兄さんはすごいんですよ」
くすりと告げたミトの言葉は、きっとカルは聞こえなかったと思う。
でも、目が合った僕とミトが互いににっこりと笑ったから、それでいいんだ。
「そんじゃ、ユーリ! 発明品のアイデアはバリバリあるから、周りの設備と一緒にお絵かきを頼んだぜ!」
「たのまれちゃ!」
さて、やれることが分かったなら、お助けバカの出番だね。
カルとミトと手をつないで、よちよち歩きながらいろんなところにいろんなものを描く。
町の真ん中といえば井戸のイメージだから、井戸を描く。
もちろん見た目だけの張りぼての井戸じゃなくて、ぽっかりと穴が開いてるのは、カルとミトがチェック済み。
ついでに、畑には柵があるだろうし、獣除けの案山子だって置いておかないと。
道と家が一軒、畑と井戸だけだとまださみしいけれど、今作れるのはこれくらいかな。
「驚きました、井戸までお絵かきできるなんて……質感も重さも、確かに石です」
「畑の周りの柵もだ!」
羽ペンを服の胸ポケットにしまうと、ミトが僕を抱き上げてくれた。
「ユーリ君、きみは本当にすごいです! もうすっかり、町の基盤ができたと言っても過言ではないですよ!」
「でもユーリ、眠くなったら無理しないでくれよ!」
「ふわぁ……だいじょぶ!」
僕がぐっとサムズアップすると、二人もちょっぴり安心した様子だ。
家ほど大きなものを何軒も作るとなると難しいけど、畑の柵や井戸くらいなら眠くなるどころか、テンションがどんどん上がってくるよ。
「そりゃあ、頼もしいぜ! だったらこのまま、俺の発明品も作っちまおう!」
そんな僕に触発されたのか、カルは鞄を開き、何かをガチャガチャと組み立てた。
「兄さん、これは何に使うんですか?」
「ま、見てな。こいつはだな、井戸のそばにこうして、はめ込んでっと!」
糸巻のような装置を作り上げたカルは、それにロープを巻いて、もう片方の端に木製の桶を縛り付けて井戸に投げ込む。
ぼちゃん、という音を聞いてから、彼は糸巻装置を井戸の縁にはめ込んだ。
「よっしゃーっ! 『じゃぶじゃぶ水汲みクン』、成功だ!」
なるほど、装置を回せば水を汲めるんだね。
魔晶石を使わなくても発明ができるなんて、やっぱりカルはすごいなあ。
そんな風に発明を繰り返したり、町が少しずつ完成していくのを楽しんだりしているうち、あっという間に日が傾いてきた。
スキルの覚醒やカルとミトの力を見ていて、興奮ですっかり忘れてたけど、今日はまだなーんにも食べてない。
普通なら一歳児は食べるべきなんだろうけど、眠気以外の疲れはあまり感じない。
もしかすると、これも神様の恩恵のひとつかも――健康な体、とかね。
「今日はもう、すっかり日が暮れそうだな。作業はこの辺にして、俺達の素敵な家で過ごすとするか!」
「そうですね、ゆっくり休むとしましょう」
カルもミトも、示し合せたようにぐうう、とお腹が鳴る。
「おなか、ちゅいたね」
「ええ、僕もぺこぺこです。ユーリ君には、エルフ族の料理をふるまいますよ」
「わーい!」
こうして僕は、カルとミトと手をつないで夕暮れの中、家に帰った。
まるで二人が僕のお兄ちゃんになってくれたみたいで、とっても楽しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、ぽつんと立つ家には明かりが灯っていた。
電球のような、魔晶石を埋め込んだガラス瓶のような発明品のおかげで、家の中はまるで昼間みたく明るくなってるんだ。
そして家の中では、テーブルを囲んだカルとミトが料理に舌鼓を打っていた。
キッチンがあれば煙突もあって、なぜか鍋も食器もあるんだから、改めて神様がくれたお絵かきスキルってすごいなあ。
「うめぇーっ! ミトのウサギ料理はサイコーだな!」
偶然町の近くにいたウサギを捕まえて、煮込み料理を作ってくれたのはミト。
不思議な装置で火を出してくれたのはカル。
互いが互いの良いところを出し合って、一つの料理を作るのって、なんだかいいなあ。
「ぼーぼーって、ひ、もえてりゅ」
「『めらめら燃えるクン』だ。いつでもどこでも、魔晶石の力で火を出せる優れものだぜ」
「火の加減が時々制御できなくなること以外は、確かにすごい発明です」
ウサギの煮込みを口に運びながら、ミトは前髪を軽く触り、じろりとカルを見つめる。
「何だよ、前髪を焦がしかけたの、まだ根に持ってんのか? 発明ってのはな、失敗がつきものなんだぜ?」
「ええ。なので、兄さんのウサギ煮込みは没収しますね」
ミトがわざとらしく料理を引っ込めようとすると、カルが慌てた。
「ま、待て待て! ごめんごめん、謝るからさ!」
「冗談ですよ」
そのうち僕のところにも、ミトが深めの器を渡してくれた。
「はい、どうぞ。ユーリ君の分は柔らかくしてますからね」
ぎゅっとスプーンを握り締めて、スープごとウサギの肉を口へと運ぶ。
ほどよい塩気とウサギのうまみが口の中に広がり、押し潰せるほど柔らかい肉が幸せを感じる神経を刺激してくれる。
ただお腹が減ってるから、じゃない。
ミトの料理は、とっても、とぉ~っても美味しい!
「おいしい! みと、てんしゃい!」
「あはは、天才だなんて。エルフ族なら誰でも作れる、ただの家庭料理ですよ」
ちょっぴり恥ずかしそうな顔で、碧色の目で見つめながらミトが言った。
「でも、ユーリ君に褒められるのは何よりも嬉しいですね。ありがとうございます」
「ミトはエルフ族の間でも料理や狩りがうまくてな、俺もいろいろと教わったもんだ。知ってるか、料理がうまいエルフってのはモテるんだぜ?」
「も、もう、兄さんってば!」
何とも困った表情のミトと、自慢の弟を持ったカルの顔を、僕は見比べる。
そして、ふと気になったことを聞いてみた。
「かるは?」
するとたちまち、カルは困った顔になっちゃった。
「あー……俺は発明一筋だし、変人じゃない、変エルフ扱いだったから、察してくれ」
「あい」
うん、聞いた僕も悪いけど、気にしなくていいと思うよ。
僕だって前世じゃ料理はあんまり得意じゃなかったし、人助けばっかりで出会いもなかったのに、人生自体はとっても楽しかったもの。
そんな風に前世を振り返っていると、カルが両手を上げて軽くぼやいた。
「あーあ、俺も八十歳くらいまでに、狩りをちゃんと覚えてりゃよかったよ。そうすりゃ今頃、女の子の一人でも俺に着いてきてくれたかもしれねえんだぜ」
ゑ?
あの、ええと、ゑ?
「……はち、じゅう?」
「おっと、そうだった。人間族とエルフ族じゃ、寿命が違うんだったな」
確かにエルフといえば長寿のイメージだけど、カルとミトの見た目は、どう年をとっていると考えても十代後半くらいだ。
「兄さんは百六十二歳、僕は百四十二歳ですよ」
なのに、僕よりも百数十倍年上だなんて。
人生の先輩にもほどがある。
「……ぼく、たぶん、いっちゃい」
人差し指を一本だけ、ちょっぴりみっともなく立てると、カルがからからと笑った。
「歳なんて重要じゃねえさ。大事なのは何ができるかで、ユーリはきっと、他の誰にもできないことができるんだからな」
「ぼく、かる、みとと、がんばりゅ」
「おう! 俺もじゃんじゃん発明品のアイデアを出すから、よろしく!」
カルの快活さがあれば、きっと僕もミトもついていける。
彼は魔法スキルが使えないと言っていたけど、きっとこの明るさと、ついて行けば間違いないと思えるリーダーシップは、それよりもずっとすごいよ。
いつか、もっとちゃんと喋れるようになった時に、伝えてあげたいな。
なんて思いながら、僕はウサギ料理をもぐもぐと食べた。
気づけば3人の器が空っぽになって、皆のお腹を幸福感が満たした。
「ところでよ、この町の名前をまだ決めてなかったよな?」
ふと、カルが思い出したように言った。
「名前なんて、必要でしょうか?」
「当たり前だろ。町に名前がないと、俺達もここに住みたがる奴らも、なんて呼んだらいいか分からねえじゃねえか」
お酒に酔っているような、あるいは自分に酔っているような不敵な表情で、木のテーブルに肘をつきながらカルが告げた。
「で、もうその名前は決めてるんだ――『ユーア=フォウス』」
YOUR HOUSE?
ううん、ユーア=フォウス?
「あなちゃの、おうち?」
「ユーア=フォウス……古代エルフ語ですね」
「そうだ。意味は――皆が帰る場所、だよ」
エルフ語……意味は不思議と、僕が知っている言語とも近かった。
あなたの家が皆の家、なんてのは今の僕とカル、ミトの置かれた状況と全く同じだね。
「俺はエルフ族の中じゃ鼻つまみ者だった。外の文化を取り入れて、発明品づくりに明け暮れて、そのせいで里を追い出されたんだ」
カルはわざとらしく――きっと故郷を思い出して、ふん、と鼻を鳴らした。
「でもさ、見ろよ! おかげで発明品が役に立ったし、外の文化の服も超イケてるぜ!」
ばん、とモデルのごとく服を見せびらかすカル。
ラフなジャケットとズボンのコーディネートは、よくよく見てみれば、確かにファンタジーのエルフの雰囲気とはずいぶん違う。
「えりゅふのふく、これ、ちがうの?」
「エルフ族の衣服は、過去の文化を尊重して、もっと質素なものなんです。でも、それでは外の世界で悪目立ちしてしまいますからね。兄さんと一緒に、なるべく人間族に近い服を着るようにしたんですよ」
なるほど、と納得する僕の前で、カルは勢いよく立ち上がり、拳を握り締めた。
「俺はここを、誰も鼻つまみ者に、厄介者にならなくていい場所にする! 住みたい奴らを迎え入れて、皆が笑顔になれる場所に、帰る場所にしたいんだ!」
これがきっと、カルの偉大な夢。
自分と同じ悲しみを背負わなくていいように、自分のようにならないように。
自分が作った町を、その人にとっての『あなたの家』にしたいんだ。
「協力してくれるか、ユーリ、ミト?」
そんなお願いをされて、僕が断るわけないよね!
「ぼく、かるのゆめ、しゅき!」
「ここまでついてきた弟に、それを聞きますか?」
ミトだって、僕と同じ気持ちだよ!
そう聞いたカルの顔が、ぽかぽか温かくなってきて、ついに我慢ができなくなったみたい。
「――お前ら、大好きだーっ!」
テーブルをひっくり返しかねない勢いで、カルはミトと僕に抱き着いてきた。
「わ、ちょ、やめてください!」
「ぬわぁ~っ」
しかも僕には、もちもちほっぺたへの頬ずり付き。
だけど、むにむにされる感触がたまらなくいとおしい。
出会って一日しか経ってないはずなのに、僕はもうすっかり、カルとミトと十年来の付き合いのように思えていたんだ。
もちもちしたって許せちゃう。
発明で失敗したって、何をしたって一緒に頑張ろうって思えちゃう。
だって、僕はもうカルとミトのことが好きなんだから。
こうして、ユーア=フォウスでの初めての夜は更けていったんだ。
――無自覚の夜泣きで二回ほどミトを起こしちゃったのは、本当にごめんなさいっ!
まどろみの中に包まれていた僕――ユーリを、ちょっぴり強い風が起こしてくれた。
「ふわぁ……」
今度の目覚めは、最初のそれよりも苦しくなかった。
ぱちくりと目を開いても、天気は曇りじゃないし、誰かから別れの言葉もかけられない。
「お目覚めですね、ユーリ君。気分はどうですか?」
かわりにかけられたのは、ミトの優しい声。
かごから立ち上がるほどの体力と脚力を持つわんぱく元気な一歳児の僕は――もう一切の姿に慣れてしまった――ぐっと勢いよく立ち上がる。
「んっ!」
そしてはい、ガッツポーズ。
すっかり眠ってエネルギー百倍の姿を見せると、ミトがにっこりと笑った。
「元気で何よりです。さあ、さっそく兄さんの成果を見に行くとしましょうか」
「しぇいか?」
「ええ。ユーリ君一人に全部任せるわけにはいかないって、僕も兄さんも頑張ったんですよ」
「……?」
首を傾げる僕の手を引いて、ミトが歩いていく。
そういえば、さっきと少しだけ町(一軒の家と道があるだけ)の雰囲気が違うような。
ついでに、どこからか聞こえてくるギコギコという音の正体は何だろう。
「兄さん、ユーリ君が起きましたよ!」
ミトが声をかけると、少し離れたところからカルの返事が聞こえてきた。
「おう、ユーリ! よく眠れたみてーだな!」
上着を脱いでシャツ一枚だけになり、泥まみれになったカル。
彼がどこで何をしているのか、明白だ。
「……こりぇ、は……はたけ?」
カルは土を耕し、畑を作ってる。
どこから持ってきたのか、鍬を振り、額の汗をぬぐう姿は、ファンタジー世界の想像するエルフとは程遠いけど、こっちの方がずっとカッコいい。
「おうとも! エルフ族特製、俺とミトの手作りの畑だっ!」
僕とミトが近づくと、カルが白い歯を見せ、太い眉をくいっと上げて笑顔を見せる。
「ひりょーとか、たねは、どーしゅりゅの?」
「種は故郷から持ってきてるさ。肥料は、まあ……毎日出るから、気にすんな!」
「……ですね」
ああ、なるほど。
あんまり言わない方がいいかも、実際僕の出したものも使われるだろうしね。
「場所のことなら、気にしないでください。エルフ族は地面を理解して、どこにどんな植物が咲きやすいかを把握できるんです。いわゆる、センスというものですね」
なるほど、カルはてきとうなところに畑を作ったわけじゃないんだね。
むしろミトの話を聞けば、適当なところに作ったと言った方がいいかも?
「ま、俺たち以外の協力者もいたから、ここまですげえもんが作れたんだけどな」
おや?
ここにいたのは確か、僕とカル、ミトだけだったはずだけど。
「きょーりょく、しゃ?」
「そうとも! 聞いて驚け、見てもう一度驚け!」
カルが鍬を地面に突き刺して、仰々しい態度で勢いよく手を畑にかざした。
「これが俺の発明した――『どんどん耕すクン』だっ!」
そこにいたのは――『かかしロボット』、としか表現できない何かだ。
かかしのような細い手足、異世界の言葉で「へのへのもへじ」と書かれた顔(きっと読み方も意味も違うんだろうけど、明らかにそういった意味合いだよ)。
なのに四肢も何もかも鋼の素材で、鍬を振って畑を耕すたびにガシャガシャと音が鳴る。
『ハタケダイスキ、ハタケダイスキ』
おまけに、どこからか声だって出てるんだ。
あんなの、僕のお絵かきスキルなんて比べ物にならないくらいすごいじゃないか!
剣と魔法のファンタジーらしい世界で、ロボット同然の構築物が見られるなんて!
「にゃに、ありぇ……?」
「驚くのも無理はないですよね。あれは、兄さんが作った発明品ですよ」
ぽかんと口を開くしかない僕の頭を、ミトが撫でた。
「僕と兄さんは、エルフ族特有のスキルが使えません。木々を生やしたり、生命力で人を癒したり……代わりに、兄さんはああやって、何でもすぐに作る力があるんです」
そうか、カルが自分を発明家って呼んでたのは、そういうジョークじゃないみたい。
やり方はさっぱりでも、どうやら彼には、本当に何かを作る力があるんだね。
……それって、魔法よりずっとすごくない?
「畑を一から作ったのは、ミトだけどな! そいつの力も、大したもんだぜ!」
「も、もう、兄さんったら」
ミトが頬を赤くして、ぽりぽりと掻く。
カルに不思議な力があるように、ミトにもきっとすごい力があるんだね。
「まあ、こいつはここに来る前に作ってきたもんだし、発明品を完成させるには素材と時間、あと『魔晶石』も必要なんだけどな!」
ふいにカルが、ファンタジー世界でも知らない言葉をこぼした。
魔晶石。
魔晶石って、何だろう。
「ましょー、しぇき?」
「お、こいつのことは知らないんだな。魔晶石ってのは、魔力が込められたクリスタルだ」
「俺達みたいな高い魔力を持つ種族が触れると、このクリスタルは魔力を引き出すんだ。炎を出したり、水を湧きあがらせたり、色んな作用がある属性を持ってるんだよ」
「発明品は、その魔晶石を原動力にしているんです」
カルがおっきなカバンから取り出したのは、キラキラと光るクリスタル。
手のひらよりも小さなサイズだけど、なんだが吸い込まれそうな、摩訶不思議な魅力を感じる――これが、この世界における魔法ってことかな?
「昔から兄さんはこっそり集落の外で買った本を読み漁って、発明にいそしんでましたが……まあ、変なものばかりです」
「おいおい、火属性の魔晶石を使った街灯や暖炉、汲み取り井戸やオートマタはな、帝都でも流行り出してるんだぜ! エルフ族の方が、時代遅れなんだよ!」
「またそうやって、エルフの文化を見下して……いけませんよ、兄さん」
「何だよ、俺は間違ったことは言ってねえぞ?」
ファンタジー世界で、電気に近いエネルギーを使える。
しかもオートマタと言えば、こういう世界じゃあロボットのようなものじゃないか。
今、僕の目の前で動いているそれも、オートマタのようなものだ。
こんなの、興奮しないわけがないよね!
「りょぼっと、しゅごい!」
「はっはっは! ユーリはどうやら、すごいものを見抜く目があるみたいだぜ!」
僕が目を輝かせていると、カルが腕を組んで笑う。
「子供からしてみれば、なんだって好奇心の的ですよ」
「だがまあ、こいつのおかげで畑が完成したんだから、悪くねえだろ?」
「それは……確かにそうですが……」
カルがいろんなものを作れるのなら、町の今後にも希望が持てる。
ついでにどうやって素材を集めて、どんな風に作ってるのか聞いてみようなんて、僕がよちよちと歩きながら思っていた時だった。
「あの、兄さん? 発明品はいつ止まるんですか?」
不意にミトが、カルに聞いた。
彼はさほど気にしていない態度で、さらりと答えた。
「ん? あいつは土属性の魔晶石を引っこ抜くまで、ずっと動き続けるぞ?」
「「ええ……」」
ひええ、サラリーマンも真っ青のブラック体制だ。
二十四時間戦えますか、じゃあるまいし。
そう考えると、あののっぺりした顔もちょっぴり怖く見えてくるよ。
「んだよ、そんなの大した問題じゃないぜ。むしろ、俺達がへとへとになるくらい長い時間、作業してても疲れないんだからいいじゃねえか」
実際のところ、カルの言う通り、ロボットはひたすら同じ言葉をつぶやきながら、延々と鍬を振って畑を耕し続けてる。
……という、わけでもなさそうだよ。
『ハタケダイスキ、ハタケダイスキ』
急に、発明品の『どんどん耕すクン』が鍬を振る速度が遅くなった。
さっきまで同じ速度で振るっていたのが、がくんと力が抜けたように遅くなったんだ。
「……おかちいよ」
「何だ、ユーリ?」
僕がカルに返事をする前に、ロボットの異常は明確になった。
かくかくと顔を揺らし、小刻みにけいれんし始める。
『ハタケダイスキ、ダイスキ、スキ、スキ、ススススキキキキ』
「お、おおっと……?」
自称天才発明家のカルの顔に、わずかな焦りが浮かぶ。
「あれも予定していた動きですか、兄さん!?」
「ジョーダン言うなよ! 俺の発明品は、あんなキモい動きなんてしない……」
エルフの兄弟が困惑しているうち、とうとう『どんどん耕すクン』は鍬を投げ捨てた。
『スイマセン、ヤッパリソンナニスキジャナイデースッ!』
まあ、延々と働かされ続けたら出てくるセリフはそれだよね。
案の定というか同情すべきか、ロボットがガシャガシャと駆けだした。
「うわっ、暴走しやがった!」
「わっ……!」
おまけに駆けだしてきたのは、僕の方だ。
このままじゃ、ロボットと激突してしまう。
大人の姿ならさっと避けられるのに、一歳児の姿じゃとても機敏には動けないし、踏みつけられでもしたら命が危ない。
「ユーリ!」
カルが必死の形相で叫ぶ中、迫る発明品と僕の間に、ひとつの影が割って入った。
「まったくもう、いつも通りじゃないですか」
ミトだ。
長い髪を悠然となびかせ、ミトがロボットを受け止める態勢を取ってるんだ。
「みと、あぶにゃい!」
「大丈夫ですよ、ユーリ君」
彼の身を案じる僕の言葉に、振り返った水戸が笑顔で応える。
ついでに、指をばきりと鳴らしながら。
「僕も兄さんと同じで、スキルを使えないんです。代わりに、ちょっとした特技があるんですよ」
とうとう目と鼻の先まで迫ってきた『どんどん耕すクン』に向き直り――。
「それを今から、見せてあげますね――はあぁッ!」
取っ組み合って、ロボットの動きを完全に封じてしまった。
信じられないほどの勢いで走ってきたロボットを、信じられないほどの力で止めたんだ!
『ギ、ギ、ギギギ……!』
「みと、りょぼっと、とめちゃ……!」
驚く僕の眼前で、ミトがロボットを勢い良く抱きしめる。
「僕は、他のエルフより少しだけ力が強いんです。少しだけ、です、けどっ!」
『ガギーッ!』
そしてベアハッグの要領で、ミシミシと音を鳴らしながら、『どんどん耕すクン』をへし折ってしまった。
あんなに硬そうなロボットを一撃で壊してみせるなんて、ミトの怪力はすさまじいよ。
「……ちかりゃもち」
すっかり煙を吹き、動かなくなった発明品を投げ捨て、ミトは僕を片手で抱えた。
「ユーリ君、けがはありませんか?」
「う、うん。ありがちょ」
「いえいえ。ユーリ君にけがなんて、僕の目が黒いうちは絶対にさせませんよ」
うわあ、奥が女の子なら絶対にミトに惚れてる。
心優しくて、力持ちで、笑顔が絶えないイケメンなんだもの。
「二人とも大丈夫か……ぎゃあああああ頭がああああああッ!?」
ついでにそばに寄ってきた兄に、しっかりとアイアンクローで制裁するんだもの。
反省を促してるんだろうけど、あの力で頭を掴んだら潰れちゃいかねないよ。
「大丈夫か、じゃないでしょう。最初にユーリ君に謝るのが、ポンコツ発明家の筋ではないのですか?」
「わ、分かった、分かったから! アイアンクローは勘弁してくれぇ~っ!」
カルが懇願すると、ミトはやっと手を離した。
ちょっぴり形の変わった(ように見える)頭をさすりながら、カルが僕に顔を近づける。
「ふぅ……ごめんな、ユーリ。俺の発明品のせいで、怖い思いをさせちまったな」
とはいえ、僕も怒ってなんかない。
むしろカルの発明に対する感動の方が、ずっと大きいよ。
「きに、ちないで。かるの、はちゅめー、かっこいいよ」
「ははっ、子供にまで気を遣われちゃ、天才発明家とは言えねえか」
カルはちょっぴり残念そうにロボットの残骸を集めながら、つぶやいた。
「ユーリのペンの方が、俺よりずっとすごいものが作れるかもしれねえな」
「だめ。ごちゃごちゃで、ちゅくりぇない」
僕も同じようなものを作りたかったけど、直感で理解できる。
ロボットのような複雑なアイテムや、僕の理解の範疇を超えたものは描けやしないんだ。
でも、もしかしたらカルが色々教えてくれれば、作れる可能性も――。
「なるほど、複雑なものは作れないんだな。でも、確かに俺のアイテムは俺にしか組み立てられないんだが、構造自体はそんなに複雑じゃないんだぜ――」
そしてカルも僕も、同じことを考えてたみたい。
「――なあ、もしかして、俺が組み立て方を教えれば、ユーリにも作れるんじゃないか?」
二人とも、同じ結論を出してた。
「おかしなことを言ってないで、発明品の代わりに畑を耕しますよ」
「いやいやいや、不可能じゃないはずだぜ! 家の内装まで、ベッドからソファーまでお絵かきできるんだ! だったら、発明品も絵に描けるだろ!」
「もう、兄さんってば……」
呆れるミトを置いて、カルはロボットの残骸を脇にどけて、僕に話しかけてきた。
「ユーリ、俺の発明品はだな、こういう感じで……」
カルの説明を聞く限り、ロボットの理屈はさほど難しくない。
機械というよりは、地方のお土産売り場に行くと置いてある小さなからくりだ。
これなら、僕にも多少なり理解はできる。
「……つまり、歯車で動く感覚だな。どうだ、伝わったか?」
「だいたいわかっちゃ」
「やっぱり、お前は天才だよ。じゃ、さっそく描いてみようぜ!」
「ん!」
言われるがまま、僕は空中にペンを奔らせる。
さっきの発明品『どんどん耕すクン』をイメージしつつ、僕なりのアレンジも足して。
「ここを、こうちて、ここを、こうこうこう!」
あっという間に描きあがった発明品は、立体になって光る絵から飛び出した。
色も、姿も、首の後ろにある窪みも、全部『どんどん耕すクン』そのものだね。
「……これって、さっきの……」
「俺が発明した『どんどん耕すクン』だな。こいつはさしずめ、二号ってとこだが」
カルは発明品の残骸から魔晶石を引き抜く。
「あとは動いてくれるかどうかだ。魔晶石を後ろにはめ込んで、っと!」
首の後ろの窪みに石をはめ込むと、へのへのもへじがキラリと光った。
『……ガピー』
そして『どんどん耕すクン』二号はのそのそと畑に向かって歩いていくと、投げ捨てた鍬を手にして、静かに耕し始めたんだ。
『ハタケ、マアマアスキ。ハタケ、ボチボチスキ』
覇気はちっとも感じられないけど。
ただ、あれなら畑仕事が嫌になって逃げだすこともなさそうだ。
……それって、本当に怖いブラック企業なんじゃないかな?
「やった! 俺が作ったやつよりは勢いがないけど、動いてるぜ!」
とにもかくにも、発明品をイラストにして、作り出すことはできた!
スキルの説明通り『誰かといるとき』こそ、このスキルは輝くんだ!
「かるのはちゅめー、しぇーこう!」
「おう、大成功だ! これならきっと、もっとたくさんのアイテムが作れるかもな!」
ぱん、と手を叩いた僕とカルの隣で、ミトもなんだか嬉しそうに微笑む。
「自分の作った発明品よりすごいものができて、悔しくないんですか?」
「まさか! 俺はすごいもんを作りたいが、それ以上に皆の役に立つのが好きなんだよ!」
「……だから、兄さんはすごいんですよ」
くすりと告げたミトの言葉は、きっとカルは聞こえなかったと思う。
でも、目が合った僕とミトが互いににっこりと笑ったから、それでいいんだ。
「そんじゃ、ユーリ! 発明品のアイデアはバリバリあるから、周りの設備と一緒にお絵かきを頼んだぜ!」
「たのまれちゃ!」
さて、やれることが分かったなら、お助けバカの出番だね。
カルとミトと手をつないで、よちよち歩きながらいろんなところにいろんなものを描く。
町の真ん中といえば井戸のイメージだから、井戸を描く。
もちろん見た目だけの張りぼての井戸じゃなくて、ぽっかりと穴が開いてるのは、カルとミトがチェック済み。
ついでに、畑には柵があるだろうし、獣除けの案山子だって置いておかないと。
道と家が一軒、畑と井戸だけだとまださみしいけれど、今作れるのはこれくらいかな。
「驚きました、井戸までお絵かきできるなんて……質感も重さも、確かに石です」
「畑の周りの柵もだ!」
羽ペンを服の胸ポケットにしまうと、ミトが僕を抱き上げてくれた。
「ユーリ君、きみは本当にすごいです! もうすっかり、町の基盤ができたと言っても過言ではないですよ!」
「でもユーリ、眠くなったら無理しないでくれよ!」
「ふわぁ……だいじょぶ!」
僕がぐっとサムズアップすると、二人もちょっぴり安心した様子だ。
家ほど大きなものを何軒も作るとなると難しいけど、畑の柵や井戸くらいなら眠くなるどころか、テンションがどんどん上がってくるよ。
「そりゃあ、頼もしいぜ! だったらこのまま、俺の発明品も作っちまおう!」
そんな僕に触発されたのか、カルは鞄を開き、何かをガチャガチャと組み立てた。
「兄さん、これは何に使うんですか?」
「ま、見てな。こいつはだな、井戸のそばにこうして、はめ込んでっと!」
糸巻のような装置を作り上げたカルは、それにロープを巻いて、もう片方の端に木製の桶を縛り付けて井戸に投げ込む。
ぼちゃん、という音を聞いてから、彼は糸巻装置を井戸の縁にはめ込んだ。
「よっしゃーっ! 『じゃぶじゃぶ水汲みクン』、成功だ!」
なるほど、装置を回せば水を汲めるんだね。
魔晶石を使わなくても発明ができるなんて、やっぱりカルはすごいなあ。
そんな風に発明を繰り返したり、町が少しずつ完成していくのを楽しんだりしているうち、あっという間に日が傾いてきた。
スキルの覚醒やカルとミトの力を見ていて、興奮ですっかり忘れてたけど、今日はまだなーんにも食べてない。
普通なら一歳児は食べるべきなんだろうけど、眠気以外の疲れはあまり感じない。
もしかすると、これも神様の恩恵のひとつかも――健康な体、とかね。
「今日はもう、すっかり日が暮れそうだな。作業はこの辺にして、俺達の素敵な家で過ごすとするか!」
「そうですね、ゆっくり休むとしましょう」
カルもミトも、示し合せたようにぐうう、とお腹が鳴る。
「おなか、ちゅいたね」
「ええ、僕もぺこぺこです。ユーリ君には、エルフ族の料理をふるまいますよ」
「わーい!」
こうして僕は、カルとミトと手をつないで夕暮れの中、家に帰った。
まるで二人が僕のお兄ちゃんになってくれたみたいで、とっても楽しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、ぽつんと立つ家には明かりが灯っていた。
電球のような、魔晶石を埋め込んだガラス瓶のような発明品のおかげで、家の中はまるで昼間みたく明るくなってるんだ。
そして家の中では、テーブルを囲んだカルとミトが料理に舌鼓を打っていた。
キッチンがあれば煙突もあって、なぜか鍋も食器もあるんだから、改めて神様がくれたお絵かきスキルってすごいなあ。
「うめぇーっ! ミトのウサギ料理はサイコーだな!」
偶然町の近くにいたウサギを捕まえて、煮込み料理を作ってくれたのはミト。
不思議な装置で火を出してくれたのはカル。
互いが互いの良いところを出し合って、一つの料理を作るのって、なんだかいいなあ。
「ぼーぼーって、ひ、もえてりゅ」
「『めらめら燃えるクン』だ。いつでもどこでも、魔晶石の力で火を出せる優れものだぜ」
「火の加減が時々制御できなくなること以外は、確かにすごい発明です」
ウサギの煮込みを口に運びながら、ミトは前髪を軽く触り、じろりとカルを見つめる。
「何だよ、前髪を焦がしかけたの、まだ根に持ってんのか? 発明ってのはな、失敗がつきものなんだぜ?」
「ええ。なので、兄さんのウサギ煮込みは没収しますね」
ミトがわざとらしく料理を引っ込めようとすると、カルが慌てた。
「ま、待て待て! ごめんごめん、謝るからさ!」
「冗談ですよ」
そのうち僕のところにも、ミトが深めの器を渡してくれた。
「はい、どうぞ。ユーリ君の分は柔らかくしてますからね」
ぎゅっとスプーンを握り締めて、スープごとウサギの肉を口へと運ぶ。
ほどよい塩気とウサギのうまみが口の中に広がり、押し潰せるほど柔らかい肉が幸せを感じる神経を刺激してくれる。
ただお腹が減ってるから、じゃない。
ミトの料理は、とっても、とぉ~っても美味しい!
「おいしい! みと、てんしゃい!」
「あはは、天才だなんて。エルフ族なら誰でも作れる、ただの家庭料理ですよ」
ちょっぴり恥ずかしそうな顔で、碧色の目で見つめながらミトが言った。
「でも、ユーリ君に褒められるのは何よりも嬉しいですね。ありがとうございます」
「ミトはエルフ族の間でも料理や狩りがうまくてな、俺もいろいろと教わったもんだ。知ってるか、料理がうまいエルフってのはモテるんだぜ?」
「も、もう、兄さんってば!」
何とも困った表情のミトと、自慢の弟を持ったカルの顔を、僕は見比べる。
そして、ふと気になったことを聞いてみた。
「かるは?」
するとたちまち、カルは困った顔になっちゃった。
「あー……俺は発明一筋だし、変人じゃない、変エルフ扱いだったから、察してくれ」
「あい」
うん、聞いた僕も悪いけど、気にしなくていいと思うよ。
僕だって前世じゃ料理はあんまり得意じゃなかったし、人助けばっかりで出会いもなかったのに、人生自体はとっても楽しかったもの。
そんな風に前世を振り返っていると、カルが両手を上げて軽くぼやいた。
「あーあ、俺も八十歳くらいまでに、狩りをちゃんと覚えてりゃよかったよ。そうすりゃ今頃、女の子の一人でも俺に着いてきてくれたかもしれねえんだぜ」
ゑ?
あの、ええと、ゑ?
「……はち、じゅう?」
「おっと、そうだった。人間族とエルフ族じゃ、寿命が違うんだったな」
確かにエルフといえば長寿のイメージだけど、カルとミトの見た目は、どう年をとっていると考えても十代後半くらいだ。
「兄さんは百六十二歳、僕は百四十二歳ですよ」
なのに、僕よりも百数十倍年上だなんて。
人生の先輩にもほどがある。
「……ぼく、たぶん、いっちゃい」
人差し指を一本だけ、ちょっぴりみっともなく立てると、カルがからからと笑った。
「歳なんて重要じゃねえさ。大事なのは何ができるかで、ユーリはきっと、他の誰にもできないことができるんだからな」
「ぼく、かる、みとと、がんばりゅ」
「おう! 俺もじゃんじゃん発明品のアイデアを出すから、よろしく!」
カルの快活さがあれば、きっと僕もミトもついていける。
彼は魔法スキルが使えないと言っていたけど、きっとこの明るさと、ついて行けば間違いないと思えるリーダーシップは、それよりもずっとすごいよ。
いつか、もっとちゃんと喋れるようになった時に、伝えてあげたいな。
なんて思いながら、僕はウサギ料理をもぐもぐと食べた。
気づけば3人の器が空っぽになって、皆のお腹を幸福感が満たした。
「ところでよ、この町の名前をまだ決めてなかったよな?」
ふと、カルが思い出したように言った。
「名前なんて、必要でしょうか?」
「当たり前だろ。町に名前がないと、俺達もここに住みたがる奴らも、なんて呼んだらいいか分からねえじゃねえか」
お酒に酔っているような、あるいは自分に酔っているような不敵な表情で、木のテーブルに肘をつきながらカルが告げた。
「で、もうその名前は決めてるんだ――『ユーア=フォウス』」
YOUR HOUSE?
ううん、ユーア=フォウス?
「あなちゃの、おうち?」
「ユーア=フォウス……古代エルフ語ですね」
「そうだ。意味は――皆が帰る場所、だよ」
エルフ語……意味は不思議と、僕が知っている言語とも近かった。
あなたの家が皆の家、なんてのは今の僕とカル、ミトの置かれた状況と全く同じだね。
「俺はエルフ族の中じゃ鼻つまみ者だった。外の文化を取り入れて、発明品づくりに明け暮れて、そのせいで里を追い出されたんだ」
カルはわざとらしく――きっと故郷を思い出して、ふん、と鼻を鳴らした。
「でもさ、見ろよ! おかげで発明品が役に立ったし、外の文化の服も超イケてるぜ!」
ばん、とモデルのごとく服を見せびらかすカル。
ラフなジャケットとズボンのコーディネートは、よくよく見てみれば、確かにファンタジーのエルフの雰囲気とはずいぶん違う。
「えりゅふのふく、これ、ちがうの?」
「エルフ族の衣服は、過去の文化を尊重して、もっと質素なものなんです。でも、それでは外の世界で悪目立ちしてしまいますからね。兄さんと一緒に、なるべく人間族に近い服を着るようにしたんですよ」
なるほど、と納得する僕の前で、カルは勢いよく立ち上がり、拳を握り締めた。
「俺はここを、誰も鼻つまみ者に、厄介者にならなくていい場所にする! 住みたい奴らを迎え入れて、皆が笑顔になれる場所に、帰る場所にしたいんだ!」
これがきっと、カルの偉大な夢。
自分と同じ悲しみを背負わなくていいように、自分のようにならないように。
自分が作った町を、その人にとっての『あなたの家』にしたいんだ。
「協力してくれるか、ユーリ、ミト?」
そんなお願いをされて、僕が断るわけないよね!
「ぼく、かるのゆめ、しゅき!」
「ここまでついてきた弟に、それを聞きますか?」
ミトだって、僕と同じ気持ちだよ!
そう聞いたカルの顔が、ぽかぽか温かくなってきて、ついに我慢ができなくなったみたい。
「――お前ら、大好きだーっ!」
テーブルをひっくり返しかねない勢いで、カルはミトと僕に抱き着いてきた。
「わ、ちょ、やめてください!」
「ぬわぁ~っ」
しかも僕には、もちもちほっぺたへの頬ずり付き。
だけど、むにむにされる感触がたまらなくいとおしい。
出会って一日しか経ってないはずなのに、僕はもうすっかり、カルとミトと十年来の付き合いのように思えていたんだ。
もちもちしたって許せちゃう。
発明で失敗したって、何をしたって一緒に頑張ろうって思えちゃう。
だって、僕はもうカルとミトのことが好きなんだから。
こうして、ユーア=フォウスでの初めての夜は更けていったんだ。
――無自覚の夜泣きで二回ほどミトを起こしちゃったのは、本当にごめんなさいっ!



