「――ユーア=フォウスも、すっかり大きくなったもんだな」

 スタンピードを打ち負かしてから、あっという間にひと月が経った。
 いくつかの家が点在し、畑と井戸と集会所くらいしかなかったユーア=フォウスは、見違えるほどに大きくなっていた。
 大小の家が並ぶ白い道は、策で囲った町中に巡らされている。
 畑も大きくなって、育てられる野菜も増えて、交流の場として酒場もできた。
 今では採ってきた薬草で作った軟膏を、名産にしようかなんて話が出ているくらいだ。
 ちなみに、カルの発明品『ギラギラ放つクン』は、スタンピードを撃退して見せた功績の証として一つだけ残されて、すっかり観光名所のような扱いを受けている。
 噂を聞いていろんなところから、いろんな人が来ると嬉しいな。
 そんな風に思う僕とカル、ミトはベンチに腰かけて街の風景を眺めていた。

「エルフの皆の手助けで、草木が成長したのが大きな原因ですね。緑が増えると、町の雰囲気も良くなりますから」

 そこにローヴェインとフェム、キャシーちゃんが集まるのもいつもの光景だ。
 フェムはケガもすっかり治ったし、キャシーちゃんはいまだに帝都とユーア=フォウスをぐるぐると行き来している。
 でも、何となくこっちにいることの方が多くなったのは気のせいかな。

「畑仕事にも精通しているのには、驚いたぞ。ライカンスロープ族というのは、恥ずかしながら野菜や植物についてはさっぱりだからな」
「エルフ族はいつでも、自然と助け合ってきたの。その技術は、町で活かしてみせるわ」

 胸を張るフェムの肩を、カルが叩いた。

「でも、俺は驚いたぜ! まさか、フェムがユーア=フォウスに皆と一緒に暮らすなんて言い出すなんてな!」

 当たり前のようにフェムはユーア=フォウスにいるけど、正直に言うと、僕にとってもカルにとっても、彼女がここに残るのは意外だった。

「僕もですよ。フェムさんの性格なら、てっきりエルフの里を再興するとばかり……」
「あそこまで助けておいてもらって、死地を乗り越えたらはいおしまい、の関係なんてさみしいじゃない。ユーリちゃんも、そう思うわよね?」
「ぼく、ふぇむやみんながいてくれて、すっごくうれしい!」
「ありがとっ。この子はカルやミトより、ずっと素直でいい子ね」

 フェムが僕を撫でている様子を見て、カルは鼻を鳴らした。
 彼女は僕に言ったけど、カルをちらっと見たのを僕は見逃さなかった。
 カルだって「お小言が増える」とか「やかましい奴が残ったぜ」とか愚痴をこぼしていたけど、本当はちょっと嬉しそうにしてるのを知ってるよ。

「気をつけろよ、ユーリ。こいつはちょっと慣れてくるとすぐ手が出るタイプだぜ」
「ついでに言っておくと、僕らより年上の百七十一歳ですよ」
「それは関係ないでしょうが!」

 茶化す兄弟に怒るフェムを見るのも、もうすっかり慣れた光景だ。
 ローヴェインやキャシーちゃんだって、きっとほほえましいと思ってるよ。

「とにもかくにも、ユーア=フォウスは今後も大きくなり続けるだろうな」
「キャシーちゃんも、取引相手に選んだ甲斐があるニャ。町が大きくなればなるほど質のいい取引も増えて、懐がウハウハニャ~!」

 丸太を担いだレームが通り過ぎるさまを横目に、キャシーちゃんがにやにやと笑う。
 僕のお絵かきスキルを使って町を大きくすることもあるけど、建築物の多くは皆の手で建ててくれている。
 理由を聞くと、「ユーリに頼りっきりになっちゃいけないから」だって。
 フェムもエルフ族の皆に、僕に頼りっぱなしじゃいけないと言ってくれてるみたい。
 だけど、それはそれとして、僕は相変わらずスキルを有効活用しているんだ。
 川を渡るための橋や、長く続く白い道はお絵かきでささっと作っちゃう。
 薬や軟膏に使う薬草やキノコ、魔晶石の希少性や岸壁で採れる鉱物を鑑定してキャシーちゃんと取引をするのも、もちろん僕の役割。
 そのたびに皆から「ありがとう」を言われるのは、とっても嬉しいんだ。

「でも、まだまだやらなきゃいけないこと、あるよ?」

 ただし僕らには、お絵かきスキルを使っても難しいような課題がある。

「他の町につづく道の整備、家や施設の増築、食糧の保存と管理……住む種族が増えれば増えるほど、考えなければならないことが山盛りになりますね」

 まじめな顔で頷くミトの隣で、カルが大笑いした。

「そいつを考えるのも楽しいじゃねえか、だろ?」
「ははは、言えてますね」

 つられて笑うミトと小突き合いながら、カルが僕を自分のところに引き寄せた。

「さて、町のこれからについては置いとくとして、ひとつ、大きな問題があるんだ」
「おおきな、もんだい……?」
「スタンピードも乗り切ったっていうのに、まだどんな問題があるのよ?」

 ふむ、と首を傾げる一同の前で、カルは僕の両肩に手を乗せて言った。

「それはな――ユーリの教育方針だ!」

 僕をどんな風に育てるか。
 なんだろう、そんなに真面目に語るほどのことかなあ。

「「……っ!」」

 なんて思っていたのに、皆の顔はやけに真剣になった。
 それこそ、スタンピードの時のように、町のこれからを語るような本気の顔つきだ。

「ぼ、ぼくのきょーいく?」
「ユーリは人間でいうところの三歳らしいし、これからどんなことを教えてやるかで大きく将来も変わるんだ! ちゃんとした教育をするなら、今のうちってわけだぜ!」

 いやまあ、確かに僕は見た目が三歳くらいだけど、中身はそれなりに育ってるよ。
 ただ、だからと言って「僕は中身が大人です」なんて言ったところで、カルに「背伸びしなくていいっての!」と頭をわしゃわしゃされるだけに違いない。
 そんな中、最初に僕の教育方針を切り出したのはやっぱりカルだ。

「誰か意見はあるか? 俺は当然、発明家としてアイデアを教えていく――」
「兄さんの話は却下です。帝都に出ても恥ずかしくない、まじめな子に育てましょう」

 ミトの理想は、きっと眼鏡をかけた秀才タイプの僕かも。

「つまり実質私が母親になるというわけだな? 私の子供として育つと思ってもいいんだな? だったらもっとワイルドに、肉食系で、私をママと呼んでもらってそれから……」

 ローヴェインは僕を、皮のジャケットを着た豪快な男に育てたいみたい。

「落ち着きなさいよ。ユーリちゃんは頭が良くて要領もいいんだから、エルフ族の伝統を学んで、人間族にも広めていく橋渡し的存在になってほしいの」

 エルフ族と同じ衣装を着て牧歌的な生活をするのが、フェムの理想の僕らしい。

「そろいもそろってバカばっかニャ。ちびっこは珍しいスキルがあるんだから、それを使ってぼろ儲けして、金持ちになるのが一番ハッピーニャ!」

 キャシーちゃんの場合は、自分の相棒みたいになってほしいのかな。
 とにもかくにも、三者三葉どころじゃない、全員の理想がぶつかり合ってる。
 しかも皆、僕の育て方については譲るつもりはないみたいだ。

「「さあ、どうしよう?」」

 全員の視線が、僕に集まった。
 そういえばユーア=フォウスに来てから、僕がどうなりたいかなんて考えてみたこと、一度だってなかった。
 代わりに僕は、ずっと同じ考えだけを信じて行動してきた。
 それを伝えれば、きっと僕がどうなりたいかを皆が分かってくれるはず。

「ぼくは……」

 顔を上げて、ニコッと笑って、僕は言った。

「――ぼくは、みんなをしあわせにできる、じぶんになりたい! いまよりもずっと、きのうよりももっと、みんなをえがおにしたいんだ!」

 そうだ――僕は皆の笑顔を守りたい、笑顔にしたいとだけ思ってきた。
 今もこれからも、いつだってどこでだって、僕の信念は変わらない。
 だって僕は、どこまで行っても地元で有名な、ただの『お助けバカ』なんだから。

「……そりゃそうだ、はっはっは!」

 僕の答えを聞いて、カルが大笑いした。
 つられて皆も、同じように笑ってくれる。

「これは、ユーリ君の意見が一番ですね」
「じゃ、早速やることを……あら?」

 フェムも口元に手を当ててくすくすと笑ううち、ふと、町の入り口から誰かがやってきた。
 ライカンスロープやエルフじゃない――上半身が人間で、下半身が馬の種族。
 僕は知ってるよ、あれは半人半馬の亜人、ケンタウロスだ。
 さすらいの旅人らしい風体のケンタウロスが、何人かでとことことこっちにやってくると、ぺこりと頭を下げて言った。

「君達は、この町の町長かな?」
「我々は安住の地を探しているケンタウロスの一団なのだが、様々な種族が住まう町があると聞いてね」
「よかったらしばらくお世話になりたいのだけれど、いいかしら?」

 おっと、これは嬉しいお知らせだね。
 新しい住民なんて、今日の夜は歓迎の宴を開くくらいのハッピーな出来事だ。
 そして僕らが、彼らが町の一員になるのを断るわけがない。
 カルが手を叩いて。
 ミトが頷いて。
 ローヴェインが腕を組んで。
 フェムが微笑んで。
 キャシーちゃんはまたまたお金の感情なんて始めちゃって。

「もちろん、だいかんげい!」

 僕が手を広げて、ケンタウロスの一団を迎え入れた。

「ここはゆーあ=ふぉうす! みんなのかえってくる、おうちだよ!」

 そう、ここはユーア=フォウス。
 誰もが帰って来られる――世界で一番、素敵な町だよ。