ミーシャはセオドリックに伴われ、石造りの階段を上る。
ミーシャとグレンはそれぞれ別の牢に収監されていた。ミーシャの牢は異端者や魔術師専門の監獄で、エルンガルトの駐屯地の地下深くに隔絶されている。一方グレンは駐屯地内の軍用の一般牢に収容されていた。戦時捕虜や軍規違反を犯した兵士を一時的に収容するための施設で、聖騎士団の訓練場や兵舎に隣接する場所にある。現在はほとんど使用されていないが、出入り口は厳重に警備されていた。
セオドリックはミーシャにフードを被せ、枷のはまった手を引いて、一般牢へと連れて行く。その丁重な扱いは、捕らえられたこの人物が、囚人であると同時に特別な存在でもあることを周囲に印象づけていた。
一般牢の出入り口では、警備の騎士だけでなくヴィクトールも待機していた。
彼らはセオドリックとミーシャを監獄の内部に通した。
頑丈な鉄格子のはまった牢獄が並んでいる。無人の牢は、エルンガルトの騎士団の規律正しさを物語っていた。グレンの独房はもっとも奥まった場所にある。近くまで行くと、セオドリックはミーシャの手を放し、「募る話もあるだろう」と小声で言って彼女の肩を軽く押した。
ミーシャは格子越しに暗い牢獄の中を見る。
グレンはエリシス教の作法に則って瞑想している最中だったが、ミーシャの足音に気づいて顔を上げた。
「グレン……」
「心配には及ばない。長い間監獄で暮らしていたからね、このような場所には慣れているよ。それに、聖騎士団の若者が話し相手になってくれてね。異国の価値観は新鮮で、退屈しなかったよ」
どうやらヴィクトールによる尋問のことを言っているようだ。
ミーシャの胸は痛んだ。ヴィクトールの言動を鑑みると『話し相手』や『新鮮な価値観』などという穏やかなものではなかったであろうことは察しがつく。ミーシャは囚人服の上からメダリオンを握りしめた。ミーシャに囚人服を着せたのはカタリーナだったが、彼女はミーシャから信仰の証を奪おうとはしなかった。
ミーシャの背後にセオドリックが立ち、獄中のグレンに声をかけた。
「私に話があると聞いたが」
「セオドリック殿。私は貴殿の部下となるべくセリオンに参りました」
「グレン、何を──」
驚いたのはミーシャだった。グレンからも誰からも、そのような話は聞いていない。
グレンはセオドリックからミーシャに視線を移すと、穏やかな口ぶりで語った。
「セオドリック殿はかつて、獄中の私をセリオン・テンプラーズに勧誘してくださったのだよ。しかし当時の私はセオドリック殿の厚意に応えることができなかった。ヴァルディス王国を再興し、亡き陛下の無念を晴らさねばならなかったからね。だが今は自由の身。祖国を離れ、第二の主に仕えるのも悪くはない」
「それは光栄だ」
グレンに応えるセオドリックの声は冷静だった。
セオドリックは一呼吸置き、「しかし」と続ける。
「貴公の言葉を信用することはできん。貴公ほどの忠義の士が、再興して間もない祖国を捨てるとは思えないのでね。それともセレスタンは忠臣に見限られるような愚王だと、貴公はそう言いたいのか?」
グレンは歯噛みし、拳を握りしめた。その腕がかすかに震える。
セオドリックはしばらく黙っていたが、やがて自信に満ちた口調で告げた。
「……もっとも、信用できぬという理由だけで殺すことはない。部下を選り好みできるような身ではないのでね。貴公にはミーシャ殿の護衛を任せよう。ミーシャ殿はこれから聖都に凱旋する。彼女に危害を加えぬという一点において、貴公は信用できる」
その言葉にミーシャは疑問を抱いた。
凱旋とは、勝者が行うはずのこと。
セオドリックの意図がミーシャには見えなかった。
ミーシャとグレンはそれぞれ別の牢に収監されていた。ミーシャの牢は異端者や魔術師専門の監獄で、エルンガルトの駐屯地の地下深くに隔絶されている。一方グレンは駐屯地内の軍用の一般牢に収容されていた。戦時捕虜や軍規違反を犯した兵士を一時的に収容するための施設で、聖騎士団の訓練場や兵舎に隣接する場所にある。現在はほとんど使用されていないが、出入り口は厳重に警備されていた。
セオドリックはミーシャにフードを被せ、枷のはまった手を引いて、一般牢へと連れて行く。その丁重な扱いは、捕らえられたこの人物が、囚人であると同時に特別な存在でもあることを周囲に印象づけていた。
一般牢の出入り口では、警備の騎士だけでなくヴィクトールも待機していた。
彼らはセオドリックとミーシャを監獄の内部に通した。
頑丈な鉄格子のはまった牢獄が並んでいる。無人の牢は、エルンガルトの騎士団の規律正しさを物語っていた。グレンの独房はもっとも奥まった場所にある。近くまで行くと、セオドリックはミーシャの手を放し、「募る話もあるだろう」と小声で言って彼女の肩を軽く押した。
ミーシャは格子越しに暗い牢獄の中を見る。
グレンはエリシス教の作法に則って瞑想している最中だったが、ミーシャの足音に気づいて顔を上げた。
「グレン……」
「心配には及ばない。長い間監獄で暮らしていたからね、このような場所には慣れているよ。それに、聖騎士団の若者が話し相手になってくれてね。異国の価値観は新鮮で、退屈しなかったよ」
どうやらヴィクトールによる尋問のことを言っているようだ。
ミーシャの胸は痛んだ。ヴィクトールの言動を鑑みると『話し相手』や『新鮮な価値観』などという穏やかなものではなかったであろうことは察しがつく。ミーシャは囚人服の上からメダリオンを握りしめた。ミーシャに囚人服を着せたのはカタリーナだったが、彼女はミーシャから信仰の証を奪おうとはしなかった。
ミーシャの背後にセオドリックが立ち、獄中のグレンに声をかけた。
「私に話があると聞いたが」
「セオドリック殿。私は貴殿の部下となるべくセリオンに参りました」
「グレン、何を──」
驚いたのはミーシャだった。グレンからも誰からも、そのような話は聞いていない。
グレンはセオドリックからミーシャに視線を移すと、穏やかな口ぶりで語った。
「セオドリック殿はかつて、獄中の私をセリオン・テンプラーズに勧誘してくださったのだよ。しかし当時の私はセオドリック殿の厚意に応えることができなかった。ヴァルディス王国を再興し、亡き陛下の無念を晴らさねばならなかったからね。だが今は自由の身。祖国を離れ、第二の主に仕えるのも悪くはない」
「それは光栄だ」
グレンに応えるセオドリックの声は冷静だった。
セオドリックは一呼吸置き、「しかし」と続ける。
「貴公の言葉を信用することはできん。貴公ほどの忠義の士が、再興して間もない祖国を捨てるとは思えないのでね。それともセレスタンは忠臣に見限られるような愚王だと、貴公はそう言いたいのか?」
グレンは歯噛みし、拳を握りしめた。その腕がかすかに震える。
セオドリックはしばらく黙っていたが、やがて自信に満ちた口調で告げた。
「……もっとも、信用できぬという理由だけで殺すことはない。部下を選り好みできるような身ではないのでね。貴公にはミーシャ殿の護衛を任せよう。ミーシャ殿はこれから聖都に凱旋する。彼女に危害を加えぬという一点において、貴公は信用できる」
その言葉にミーシャは疑問を抱いた。
凱旋とは、勝者が行うはずのこと。
セオドリックの意図がミーシャには見えなかった。

