鉄格子の脇の扉をセオドリックは手で示した。まるでミーシャをエスコートするような紳士的な所作だった。その優雅な振る舞いにミーシャの胸の奥は痛んだ。ミーシャはこのような扱いを受けたことがない。王子であり、恋人関係にあったセレスタンからも。それは彼の人生が優雅な作法とは無縁だったことを意味している。セレスタンは子供の頃に祖国を失い、戦火の中で生きてきた。少年期は逃げるように、そして成長してからは反帝国の旗印となって。
私は彼の恋人として、或いは反乱軍の指導者として、彼の苦難に寄り添うことはできていたのだろうか。
できなかった。ミーシャはそう自答した。自分が愛されていることにすっかり舞い上がっていて、それ以上のことは何も考えられなかった。だからこんなことになったのだろうか──かつての恋人の持ち得なかったものを有している者と接して初めて、ミーシャは己がいかに至らなかったかを痛感した。
セオドリックは、その場から動こうとしないミーシャの肩に手を添える。
「行こう。君のような高貴な聖女に粗雑な牢は似合わない」
どこまで本気で言っているのか。セオドリックはミーシャの肩を押し、前に進ませる。
ミーシャを先に牢から出すと、彼は自分のマントを外した。
「そのような格好では寒いだろう」
そう言って、ミーシャの肩にマントを掛けた。
ずっしりとした重みが両肩にのしかかる。これではとっさの時に走ることができないだろう。剣士であるミーシャには、マントの重みで俊敏な動きを阻害されたことがはっきりと分かった。
しかしセオドリックの内心はミーシャには知り得ない。彼の行為にはミーシャの逃亡を阻止する狙いがあったのか、ただ単純に親切心ゆえの行いなのか。セオドリックはミーシャの拘束されたままの手を取ると、まるでどこかの令嬢をエスコートするように、ミーシャの歩調に合わせて暗い廊下を進んだ。ミーシャの手を握る彼の力は強く、ここまでされたら逃げ出せない、ミーシャは力なくそう思った。
通路の向こうの暗がりから誰かが現れた。聖騎士のヴィクトールだった。彼は髪をほどいたミーシャの顔を見て、囚人服に覆われたその全身を眺め回すと、にやにや笑いながらセオドリックに小声で言った。
「この子、可愛いッスね。俺に譲ってもらえませんかね」
「……彼女は我々の大切な客人だ。そのような態度は慎みたまえ」
「はぁ、すみません。……ってか、ちょっと気になることがあるんスけど。この子と一緒にいたグレンとかいう爺さんが団長と話したいって言って聞かないんスよ。旧ヴァルディス王国の聖騎士団長だったとか言ってるんスけど……」
「ふむ……」
セオドリックは何事かを思案していたが、やがて確かな口調でヴィクトールに答えた。
「私が会いに行く。人払いをしておけ」
私は彼の恋人として、或いは反乱軍の指導者として、彼の苦難に寄り添うことはできていたのだろうか。
できなかった。ミーシャはそう自答した。自分が愛されていることにすっかり舞い上がっていて、それ以上のことは何も考えられなかった。だからこんなことになったのだろうか──かつての恋人の持ち得なかったものを有している者と接して初めて、ミーシャは己がいかに至らなかったかを痛感した。
セオドリックは、その場から動こうとしないミーシャの肩に手を添える。
「行こう。君のような高貴な聖女に粗雑な牢は似合わない」
どこまで本気で言っているのか。セオドリックはミーシャの肩を押し、前に進ませる。
ミーシャを先に牢から出すと、彼は自分のマントを外した。
「そのような格好では寒いだろう」
そう言って、ミーシャの肩にマントを掛けた。
ずっしりとした重みが両肩にのしかかる。これではとっさの時に走ることができないだろう。剣士であるミーシャには、マントの重みで俊敏な動きを阻害されたことがはっきりと分かった。
しかしセオドリックの内心はミーシャには知り得ない。彼の行為にはミーシャの逃亡を阻止する狙いがあったのか、ただ単純に親切心ゆえの行いなのか。セオドリックはミーシャの拘束されたままの手を取ると、まるでどこかの令嬢をエスコートするように、ミーシャの歩調に合わせて暗い廊下を進んだ。ミーシャの手を握る彼の力は強く、ここまでされたら逃げ出せない、ミーシャは力なくそう思った。
通路の向こうの暗がりから誰かが現れた。聖騎士のヴィクトールだった。彼は髪をほどいたミーシャの顔を見て、囚人服に覆われたその全身を眺め回すと、にやにや笑いながらセオドリックに小声で言った。
「この子、可愛いッスね。俺に譲ってもらえませんかね」
「……彼女は我々の大切な客人だ。そのような態度は慎みたまえ」
「はぁ、すみません。……ってか、ちょっと気になることがあるんスけど。この子と一緒にいたグレンとかいう爺さんが団長と話したいって言って聞かないんスよ。旧ヴァルディス王国の聖騎士団長だったとか言ってるんスけど……」
「ふむ……」
セオドリックは何事かを思案していたが、やがて確かな口調でヴィクトールに答えた。
「私が会いに行く。人払いをしておけ」

